学位論文要旨



No 216898
著者(漢字) 大塚,正民
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,マサタミ
標題(和) キャピタル・ゲイン課税制度:アメリカ連邦所得税制の歴史的展開
標題(洋)
報告番号 216898
報告番号 乙16898
学位授与日 2008.02.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第16898号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,範雄
 東京大学 教授 浅香,吉幹
 東京大学 教授 増井,良啓
 東京大学 教授 田中,信行
 東京大学 教授 石川,健治
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、序章、第1章、第2章、第3章、第4章、第5章および終章の合計7章から構成され、その要旨は、以下の通りである。

序章は「はじめに」と題して、次の5点を論じている。

第1点は、「研究対象および研究対象期間」である。すなわち、本研究の対象は、アメリカ連邦所得税制におけるキャピタル・ゲイン課税に関する立法および判例の歴史的展開である。キャピタル・ゲイン課税とはいうものの、これは省略形であって、キャピタル・ゲイン(利得)を優遇する措置だけではなく、キャピタル・ロス (損失) を冷遇する措置も含まれる。したがって、より正確にいえば、アメリカ連邦所得税制におけるキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する立法および判例の歴史的展開である。ただし、本研究の直接の研究対象期間は、1913年歳入法の成立時(1913年10月3日)から1986年内国歳入法典(第三次内国歳入法典)の成立時(1986年10月22日)までの期間である。すなわち、1913年歳入法が成立する前の時期と1986年内国歳入法典が成立した後の時期は、本研究の直接の研究対象期間ではない。理由はこうである。前者の時期、つまり1913年歳入法が成立する前の時期は、そもそも恒久的な所得税制が存在しなかった時期であって、キャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置は問題とならなかった時期だからである。後者の時期、つまり1986年内国歳入法典が成立した後の時期について言えば、この1986年内国歳入法典は、キャピタル・ロス冷遇措置は存置したものの、キャピタル・ゲイン優遇措置を廃止したので、いわば伝統的なキャピタル・ゲイン課税制度は1986年内国歳入法典の成立をもっていったんは終焉した、と考えるからである。もちろん、1986年内国歳入法典の下でも、キャピタル・ロス冷遇措置は存置されたし、1990年には個人納税者に限ってのキャピタル・ゲイン優遇措置が復活しているから、完全な終焉ではない。しかしながら、少なくともキャピタル・ゲイン優遇措置がいったんは終焉した時点をもって本研究の直接の研究対象期間の区切りとすることにしたのである。

第2点は、「アメリカ連邦所得税制全体の立法の歴史的展開の概観」である。すなわち、アメリカ連邦所得税制におけるキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する立法の歴史的展開を検討する前提として、まず、アメリカ連邦所得税制全体の立法の歴史的展開を主要な個別税法の重要な特徴を通じて概観している。ただし、上記第1点で述べたように、1913年歳入法が成立する前の時期と1986年内国歳入法典が成立した後の時期は、本研究の直接の研究対象期間ではないのであるが、アメリカ連邦所得税制全体の歴史的展開としては、これら両時期の検討は不可欠である。そこで、これら両時期を含めて、3つの時期、つまり、「1913年歳入法が成立する前の時期」、「本研究の直接の研究対象期間」および「1986年内国歳入法典が成立した後の時期」を概観している。もっとも。「1913年歳入法が成立する前の時期」については、参考論文である「アメリカ合衆国憲法第16修正(所得税修正)成立史」においてより詳細な検討を行っている。したがって、本研究の直接の研究対象期間は、この参考論文で検討した期間に続くものである。その意味では、本論文はこの参考論文の続編である。

第3点は、「キャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する立法の歴史的展開」である。すなわち、アメリカ連邦所得税制全体の立法の歴史的展開の概観を踏まえて、本研究の対象であるキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する立法の歴史的展開を概観している。ここでは5つの時期区分を行っている。すなわち、キャピタル・ゲイン優遇措置もキャピタル・ロス冷遇措置も存在しなかった前史期(1913年から1921年まで)、個人にだけキャピタル・ゲイン優遇措置が適用された第1期(1921年から1924年まで)、キャピタル・ゲイン優遇措置の適用のある個人に対しその代償措置としてキャピタル・ロス冷遇措置が適用された第2期(1924年から1932年まで)、キャピタル・ゲイン優遇措置の適用がない法人に対し租税回避防止策としてキャピタル・ロス冷遇措置だけが適用された第3期(1932年から1942年まで)ならびに個人および法人の双方にキャピタル・ゲイン優遇措置もキャピタル・ロス冷遇措置も適用された第4期(1942年から1986年まで)という5つの時期区分である。

第4点は、「キャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する判例の歴史的展開の意義」である。すなわち、本研究において、個々の判例の検討は、超歴史的な法律解釈論の視点からの検討ではなく、あくまでも立法の歴史的展開の各段階に対応しての歴史的位置付けの検討となる。さらに、本件において検討する判例は、原則として、連邦最高裁判所の判例である。なお、当然のことではあるが、本研究における個々の判例の検討にあたっては、その判例自体の年月日はあまり重要ではない。あくまでも、その判例が判断の対象とした個別の税法の年代が重要となる。加えて、そもそもアメリカの税法事件における判例の役割は、いわゆるコモン・ローが究極的な法源とされるアメリカの一般の訴訟事件の場合とは異なる。すなわち「税法事件における究極的な法源は、判例ではなく、実定税法である。」といわれるように、税法事件においては、判例はあくまでも実定税法を補足するに止まる。つまり、立法が主で、判例は従となる。

第5点は、「本研究の基本的視点」である。すなわち、本研究の基本的視点は、アメリカ連邦所得税制におけるキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置に関する「立法および判例の歴史的位置付け」である。つまり、アメリカ連邦所得税制におけるキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置の歴史的展開の過程において、「個々の立法および個々の連邦最高裁判所の判例を歴史上の出来事として理解しようとするもの」である。

第1章は「前史期」と題して、キャピタル・ゲイン優遇措置もキャピタル・ロス冷遇措置も存在しなかった前史期を検討している。すなわち、1913年歳入法の成立時(1913年10月3日)から1921年歳入法が成立する前までの時期である。

第2章は「第1期」と題して、個人にだけキャピタル・ゲイン優遇措置が適用された第1期を検討している。すなわち、はじめて個人にだけキャピタル・ゲイン優遇措置を設けた1921年歳入法の成立時から1924年歳入法が成立する前までの時期である。ただし、1921年歳入法は、法人に対する従来の所得税率10%を12.5%に引き上げると同時に、個人のキャピタル・ゲインに対する適用税率を12.5%の特別優遇均一税率とする、というものであって、要は、キャピタル・ゲインに関し、個人と法人とを同一に取扱うというものであった。

第3章は「第2期」と題して、キャピタル・ゲイン優遇措置の適用のある個人に対しその代償措置としてキャピタル・ロス冷遇措置が適用された第2期を検討している。すなわち、1921年歳入法が、キャピタル・ゲインを特別の所得として優遇する措置を導入した際に、キャピタル・ロスの控除について特に制限を設けなかったことの税収への影響がほどなく顕れてきた。そこで1924歳入法は、キャピタル・ロスの控除に制限を設けた。しかし1929年に始まった大恐慌による証券価格の暴落は膨大なキャピタル・ロスを生じさせたので、この膨大なキャピタル・ロスを利用した節税策が税収に深刻な影響をもたらした。そこで個人・法人を問わず、キャピタル・ロスの控除に厳しい制限を設けようとする動きが始まった。この動きは最終的に1932年歳入法の立法に結実したのである。第2期は、この1932年歳入法が立法される前までの時期である。

第4章は「第3期」と題して、キャピタル・ゲイン優遇措置の適用がない法人に対し租税回避防止策としてキャピタル・ロス冷遇措置だけが適用された第3期を検討している。すなわち、個人・法人を問わず、キャピタル・ロスの控除に厳しい制限を設けた1932年歳入法の立法時から法人にもキャピタル・ゲイン優遇措置が設けられた1942年歳入法が成立する前までの時期である。

第5章は「第4期」と題して、個人および法人の双方にキャピタル・ゲイン優遇措置もキャピタル・ロス冷遇措置も適用された第4期を検討している。すなわち、1942年歳入法によって、それまではキャピタル・ゲイン優遇措置の適用がなく、キャピタル・ロス冷遇措置だけが適用されていた法人についても、今度はキャピタル・ロス冷遇措置の見返り措置ということで、キャピタル・ゲインを特別の所得として優遇する制度が制定された。かくて課税の技術的方法には差異があるものの、本質的には、個人も法人も共にキャピタル・ゲイン優遇措置およびキャピタル・ロス冷遇措置の適用を受ける制度が確立し、この制度は以後約50年近く1986年内国歳入法典の成立まで続くことになる。

終章は「おわりに」と題して、わが国の「みなし譲渡制度」に関するシャウプ勧告とアメリカ税制との関連を論じている。すなわち、昭和25年法律71号によるわが国の所得税法の改正は、おおむねシャウプ勧告の基本原則に即応した改正であり、とくに「全面的みなし譲渡制度」は改正所得税法5条の2に具現した。確かに「全面的みなし譲渡制度」そのものは短命であった。しかし当初は「全面的みなし譲渡制度」に具現したシャウプ勧告の本来の趣旨は、その後において形は変えたものの、今日のわが国の税法に「原則は、取得価額の引継ぎ」および「例外は、みなし譲渡制度」という形で生きているのである。現行所得税法の59条と60条がそれである。まさに「税法においては、進化する動物の場合のように、その主要な特徴は発生初期の遺伝子によって決定される」という命題を実証しているといえよう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、序章から終章まで7章にわたって、アメリカ合衆国におけるキャピタル・ゲイン課税制度の生成から一応の終結を見た1986年に至る歴史的展開を論述したものである。その概要は、提出された「論文内容の要旨」に譲り、以下、その評価を述べる。

本論文の長所としては、次の点が挙げられる。

第一に、税法といえば必ず複雑という形容詞がつくように、その体系も細部の規定も理解の難しい分野であり、いわんや外国の法制については困難が倍加するところ、本論文は、アメリカ合衆国における所得税制においてきわめて重要なキャピタル・ゲイン課税制度につき、それが生成する前史から始めてレーガン政権における改革で一応の終結を見るまでの歴史をきわめて平易かつ淡々と論じている点が挙げられる。これまでわが国においてこのような有益な資料を提供する研究はなかった。筆者は叙述に際し、1つの軸を個人に対する部分と法人に対する部分の説明、もう1つの軸をキャピタル・ゲイン優遇制度とキャピタル・ロスの冷遇制度の説明に置き、課税に関する立法技術を中心にしながら、制度の設計とそれに対する納税者の行動パターンの変更、最高裁判所の条文解釈、新たに生じた問題への立法による対応といった相互作用を、簡潔だが丁寧に紹介し分析を行った。その説明は、税法の門外漢であっても理解しやすいものになっている。これは、誰にでもできる技ではなく、筆者が30数年にわたって、実務にも関連させながらアメリカ税法の研究を行ってきた蓄積の賜である。

第二に、このような冷静かつ客観的な紹介的記述により、アメリカ合衆国最高裁におけるこの分野の重要判例を網羅しているばかりでなく、判決文の表面的な理解では不十分な点がいくつも明らかになっている。たとえば、納税者が「自社の法人税はもっと高かったはずだ」と主張しているような事例では、当時の超過利得税制の背景が説明されてその意味が解明されている。アメリカの標準的ケースブックにおいて、この判決が先例として言及される場合、キャピタル・アセット等の定義を何の留保もおかずに引用する例が少なくないことを思えば、本論文の歴史的考察により、それぞれの時代と立法の状況の下における最高裁判例の意義を正確に理解することを可能にしており、外国法の基礎研究としての意義が大きい。

第三に、本論文の終章では、戦後のわが国におけるシャウプ勧告、とりわけそれに基づくみなし譲渡制度との関連性が取り上げられ、表面的な制度は変化してもその基本にある考え方が生きている点が指摘されている。それは、本論文がその背景にあるアメリカの税制のあり方を明らかにし、わが国における税に関する議論に際しても貴重なインフラ・ストラクチャーを提供していることの成果の1つである。たとえば、わが国においては、長期譲渡所得と短期譲渡所得を5年で区分し、長期譲渡所得には半額課税とする方式が長らく継続しているが、それに対応するアメリカの立法の変遷過程を明らかにしたことで、ありうべき立法のパターンを実証的に示し、現行制度をより広い文脈に位置づけるための比較法的視点を与えてくれる。日本の実定法研究が本論文から汲み取ることのできる示唆は他にも数多く、このことは、英米法研究(外国法研究)としての本論文の大きな価値であると考えられる。

もとより、本論文にも、短所がないわけではない。

最大の問題は、あまりにも抑制的な筆致で、立法の変遷と最高裁判決をたどることに終始している点である。社会史や政治史的考察は注の中から垣間見えるに過ぎない。アメリカ法研究としても、この分野における制定法と判例法の役割分担のあり方など、さらに深化した考察が望まれてよい。筆者が意識的に本論文のような論述方法を採用したことは明らかであるが、論述の平易さと相俟って、立法と判例の資料紹介としての価値しかない論稿であるかのように誤解されかねない。その謙抑性の趣旨と正当性について論文自体の中でより丁寧な説明がなされていれば、本論文の真意がよりよく読者に伝わり、学界の議論を一層喚起することになったであろう。

本論文には、このような問題点がないわけではないが、これらは、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文はアメリカのキャピタル・ゲイン課税制度について制度史的な観点から客観的かつ実証的にその生成から一応の終結までの全体像を初めて提示した作品であり、学界の発展に貢献する優秀な論文であると認められる。したがって、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものと評価する。

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