学位論文要旨



No 216900
著者(漢字) 槇島,修
著者(英字)
著者(カナ) マキシマ,オサム
標題(和) コンクリート構造物の耐久性を考慮したポリマーセメント系断面修復材の選定システム
標題(洋)
報告番号 216900
報告番号 乙16900
学位授与日 2008.02.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16900号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,佳孝
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 石田,哲也
 芝浦工業大学 教授 魚本,健人
内容要旨 要旨を表示する

コンクリート構造物の技術は、効率的な製造・施工への取り組みから、品質の安定化への取り組みを経て耐久的なコンクリートを構築するための設計手法が確立し、現在では、信頼性の高いコンクリート構造物が構築出来るようになっている。しかし、このような耐久性を考慮した設計・施工技術が確立する以前に構築されたコンクリート構造物は、劣化や損傷が顕在化し補修や補強が行われる例が増加している。また、補修した後に再び劣化が生じている事例も見られ、長期的に構造物の性能が保持できる信頼性の高い補修・補強方法が望まれている。高度経済成長期に建設された多くのコンクリート構造物が近い将来何らかの補修を必要とされることが予想されており、劣化状態に応じた効率的かつ経済的な補修工法を選定することも望まれている。

コンクリート構造物に損傷、劣化が生じた場合、損傷部分の除去と断面を回復させる断面修復工法が最も代表的な補修方法である。このような断面修復工法は、様々な劣化原因に対応可能であることから広く適用されている。断面修復工法に用いられる断面修復材は、設計・施工者が市販の断面修復材で表示されるコンクリートとの一体性に関する性能(付着強さ、曲げ強さ、圧縮強度等)や、施工性(厚塗り性、硬化時間等)に関する性能を基に材料を選定して使用されている。なお、市販の断面修復材には、補修の対象とする構造物のコンクリートを上回る圧縮強度が求められるため、コンクリート構造物の耐久性に関わる断面修復材の性能もコンクリートと同等以上であると考えられてきた。そのため、このような断面修復材を用いればコンクリート構造物の耐久性に支障はないものと考えられていた。ただし、このような考えは、コンクリート構造物の劣化現象が明らかになる以前の考え方であるため、補修後にコンクリート中に残存した劣化因子や、断面修復材を通して劣化因子が侵入することによって鉄筋が腐食し、構造物の劣化が再び生じる結果となった。そこで、補修されたコンクリート構造物の劣化因子の侵入に関する性能(以下、物質遮断性能と呼ぶ)が再劣化を防ぐ重要な性能であることが認識され、物質遮断性能の高い表面被覆材が適用されるようになった。このような背景から、断面修復工法には、物質遮断性能の表示がされないまま多くの構造物の補修に適用され、結果として表面被覆材と併用することが基本的な補修方法となっている。断面修復材には一定の物質遮断性能を有することが推察され、構造物のおかれた劣化環境によっては、表面被覆材と併用することなくコンクリート構造物の耐久性を確保することが可能な場合も多いと考えられる。しかし、断面修復材の物質遮断性能が示されていないため、コンクリート構造物の耐久性を考慮した断面修復材の選定ができないのが現状であり、材料の性能を十分に活用した補修がなされていないものと考えられる。

本研究では、コンクリート構造物の劣化機構として中性化および塩化物イオンの侵入に伴う鋼材腐食を対象とした。この場合、把握すべき断面修復材の特性は、中性化の進行(中性化速度係数)および塩化物イオンの侵入(塩化物イオン拡散係数)である。また、断面修復材として各種の材料が提案されているが、コンクリートとの一体性や施工性の信頼性が高く、最も多く使用されているポリマーセメント系断面修復材(以下、ポリマーセメントモルタルと呼ぶ)を評価の対象とした。ポリマーセメントモルタルを用いた構造物の耐久性能照査を実現するために、ポリマーセメントモルタルの基本性能およびポリマー効果の検討と、実際の製造・施工で想定される品質変動の検討を行った。これらの検討結果から、コンクリート構造物の耐久性を考慮したポリマーセメントモルタルの選定システムを提案することを目的とした。

前述したように、これまでポリマーセメントモルタルの物質遮断性能が明らかにされた例は少ないため、まず始めに、市販のポリマーセメントモルタルの基本性能を把握することにした。市販のポリマーセメントモルタルを標準的な単位水量で練混ぜ、左官工法に準じた打込み方法によって作製した供試体を、20℃の封緘条件で養生する方法を基本的な試験条件とした。この試験条件によって評価された市販のポリマーセメントモルタルは、一般的なコンクリートに比べて高い物質遮断性能を持つ材料であることが確認された。なお、実験の結果から、ポリマーセメントモルタルの物質遮断性能は、水セメント比だけでなくポリマーの影響が大きいことが推察された。このため、ポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の特徴を把握するためには、ポリマーの効果を評価する必要があるものと考えた。一般的にポリマーを添加したモルタルは、ポリマーのフィルム化によって物質遮断性能が向上することが知られており、このフィルム化は乾燥によって形成されるものである。すなわち、ポリマーの効果を推定するためには、フィルム化の状態の違いが物質遮断性能、細孔容積に及ぼす影響を把握する必要があり、これを実験的に実現するために、湿潤と乾燥の養生条件の違いを実験要因として設定した。この結果、一般的なセメント系材料では見られないような、湿潤よりも乾燥の養生条件で物質遮断性能が向上する材料が認められ、物質遮断性能に影響するポリマーの効果を評価することができた。さらに、湿潤と乾燥の養生条件で総細孔容積の差異が少ない材料は、ポリマーフィルムによる乾燥を抑制する養生効果があることや、物質遮断性能が空隙構造の影響を受けない材料は、ポリマーフィルムによる物質の侵入を抑制する物質侵入抑制効果があるなど、主要なポリマーの働きを推察できることがわかった。

ポリマーセメントモルタルによって補修された実際のコンクリート構造物の耐久性を考察するためには、材料の基本性能のみでは十分ではなく、実際の製造・施工状況を想定した検討が必要不可欠である。そこで、ポリマーセメントモルタルの製造、施工、養生の過程における物質遮断性能の変動要因を検討した。製造の段階では、ポリマーセメントモルタルがプレミックス材と水を混合する材料であるため、施工可能なワーカビリティーを確保するために単位水量が調整されることになる。このことから、施工可能なワーカビリティーが得られる範囲の単位水量の変化が物質遮断性能に与える影響を評価すべきと考えた。また施工の段階では、ポリマーセメントモルタルは、左官工法と吹付け工法のいずれかによって施工されるため、施工方法の差異によって充填状態に差異が生じている可能性が考えられた。この充填状態の差異は、結果として空気量の変化をもたらすため、施工方法の差異による空気量の変化が物質遮断性能へ及ぼす影響を評価すべきであると考えた。また、断面修復工法は、型枠を用いない施工方法であるため、施工直後から乾燥を受けやすい。このような条件では、養生条件の差異が物質遮断性能に与える影響が大きいと考え、その影響を評価すべきと考えた。以上の評価を行った結果、製造、施工、養生の段階で生じる条件の差異が物質遮断性能に与える影響を把握することができた。また、この影響の程度を施工条件に応じた補正係数として設定することによって、基本性能から施工条件の差異に応じた物質遮断性能を予測することが可能となった。この予測された物質遮断性能を以下、予測値と呼ぶ。なお、評価したポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の予測値は、実際の劣化環境に適用されたポリマーセメントモルタルの劣化因子の侵入を調査した既往の報告と概ね一致していることを確認している。

次に、実構造物に適用された断面修復材の物質遮断性能は、製造や施工の過程で材料構成のばらつきに伴う変動が生じるものと考えられる。ただし、ポリマーセメントモルタルはプレミックス材として流通しているため、材料の品質は安定していると考えられる。そのため、物質遮断性能の変動要因は、製造時の単位水量の変動と空気量の不均一な分布状態に限定されるものと考えた。単位水量の変動については、施工可能なワーカビリティーの範囲で変化する物質遮断性能の影響を評価しているので、空気量の変動に伴う物質遮断性能の変動を評価すれば良いこととなる。そこで、ポリマーセメントモルタルの空気量の変動を密度試験から予測し、空気量と物質遮断性能の関係を評価することによって、ポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の変動を推定できるものと考えた。この方法によってポリマーセメントモルタルの密度分布の測定から物質遮断性能の変動が予測でき、要求性能を下回る確率を一定の割合以下とするための物質遮断性能の割増係数が設定できる。この物質遮断性能の割増係数を以下、安全係数と呼ぶ。なお、評価したポリマーセメントモルタルの安全係数については、土木学会で示されている一般的なコンクリートの物質遮断性能の安全係数として想定される範囲と同様の範囲にあり、概ね妥当な値が得られたことを確認している。以上から、本研究で提案した実構造物に適用されるポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の予測手法は、概ね妥当な方法であるといえる。

断面修復工法は、構造物の劣化状況と劣化環境に応じて劣化・損傷部を対象とした部分補修か劣化・損傷部だけでなく劣化因子の除去を含む全面補修のいずれかを選択することとなる。このような断面修復工法の適用範囲の設定には、既設コンクリートに侵入した劣化因子による将来の劣化予測を基に、劣化・損傷部以外の部位で供用期間内に劣化を生じることがないか、劣化を生じるとすれば劣化が生じる時点で断面修復工法を適用することが効率的かつ経済的であるかを考慮しなければならない。そこで、コンクリート構造物の劣化状況および劣化の進行予測から断面修復工法の適用範囲の設定と断面修復材を選定する方法を提案した。なお、劣化因子の除去を含む全面補修では、断面修復材の適用範囲に応じてかぶり部に断面修復材だけが存在する場合と断面修復材とコンクリートが存在する場合がある。断面修復材だけが存在する場合は、土木学会のコンクリート標準示方書によって示される劣化因子の侵入の予測式を用いることができる。ただし、コンクリートと断面修復材のように二種類の材料が存在する場合の予測式は示されていないため、既往の研究において提案されている予測式を適用することにした。これにより、いずれの条件においても劣化因子の侵入予測が可能となり、要求される物質遮断性能を算出することが出来た。ここで得られた要求される物質遮断性能を以下、特性値と呼ぶ。

以上の評価によって、ポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の予測値および安全係数が明示でき、劣化因子の侵入予測を基にした物質遮断性能の特性値を満足する材料を選定することが可能となった。このことから、補修したコンクリート構造物の耐久性も、土木学会コンクリート標準示方書に示される耐久性照査と同じ枠組みで照査可能であると考えられる。

本研究では、ポリマーセメント系断面修復材の初期性能としての物質遮断性能を実験的に評価することによって、構造物の耐久性を確保するための材料選定方法を提案した。なお、断面修復工法を適用したコンクリート構造物の長期間の性能を保証するためには、断面修復材自体の劣化によって低下する物質遮断性能の影響、およびコンクリートとの一体化の持続性なども解明すべき課題と考える。

審査要旨 要旨を表示する

コンクリート構造物の設計・施工技術は,効率的な製造・施工への取り組みから品質の安定化への取り組みを経て,現在では,2000年制定の土木学会コンクリート標準示方書施工編において耐久性照査型の耐久性設計として示されている。しかし,耐久性を考慮した設計・施工技術が確立する以前に構築されたコンクリート構造物が多く存在し,新設されるコンクリート構造物に比べて慎重な維持管理を行う必要が生じている。前記した設計法は,新設のコンクリート構造物の設計や不具合の生じていない既設のコンクリート構造物の劣化予測において適用可能なものである。そのため,劣化や損傷が生じたコンクリート構造物および補修を施した構造物では,これらの予測式をそのまま適用することが出来ないのが実情である。本論文は,構造物の耐久性を考慮したポリマーセメントモルタルの材料選定を行うために必要な性能を明らかにし,その評価方法を提案することを目的として,市販のポリマーセメントモルタルを対象に実験的な検討を行っている。結果に基づき,構造物の劣化状況や補修計画に応じ,要求性能を満足する材料の選定が可能なシステムを提案したものである。

第1章は序論であり,研究の背景と目的として,コンクリート技術の変遷,コンクリートの耐久性設計の経緯,コンクリート構造物の維持管理の重要性の高まりなど,補修設計の必要性や現状と課題など研究の目的を示している。

第2章は既往の研究であり,コンクリート構造物の補修工法の分類と適用範囲をまとめ,断面修復工法の特徴と既往の研究をまとめ,現状と課題を整理している。特に,ポリマーセメントモルタルは,耐久性に関する性能が期待される一方でその性能が明示されていない問題点を指摘し,本研究における課題の位置づけを明確にしている。

第3章は断面修復工法の耐久性評価であり,市販のポリマーセメントモルタルを対象に,基本的な試験条件における物質遮断性能を評価している。これにより,ポリマーセメントモルタルが高い物質遮断性能を有することを明らかとした。さらに,簡易的な配合推定によって得られた水セメント比と各種性能との関係が,一般的なコンクリートと異なる傾向を示すことを示し,ポリマーが物質遮断性能に与える影響を評価する必要性を論じている。

第4章はポリマーセメントモルタルのポリマー効果に関する評価であり,ポリマーの効果を把握するために,フィルム化の状態の違いが物質遮断性能,細孔容積に及ぼす影響を明らかとしている。

第5章は断面修復材の品質変動の評価であり,実構造物の耐久性を予測するために実際の製造・施工状況を想定し,単位水量,施工方法,養生条件が物質遮断性能の変動に及ぼす影響を検討している。これらの結果に基づき,設定条件の差異が物質遮断性能に与える影響を補正係数として提案している。

第6章は断面修復材の性能の予測値の設定であり,第3章,第4章,第5章において行った市販のポリマーセメントモルタルの物質遮断性能の評価を基に,施工条件の差異に応じた物質遮断性能が予測可能であることを示し,予測結果の妥当性を既往の調査報告と比較して検証している。

第7章は構造物の劣化状態に応じた断面修復材の選定システムの検討であり,コンクリート構造物の残存供用期間を考慮して断面修復工法を適用する場合の,断面修復材に要求される物質遮断性能の設定と,断面修復工法の適用範囲を設定するための考え方を提案している。また,補修を施したコンクリート構造物への劣化因子の侵入予測を基にした,断面修復材の選定手法を提案している。これにより,要求される物質遮断性能を満足するポリマーセメントモルタルの選定が可能であることを示している。

第8章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめるとともに,断面修復材自体の劣化による影響やコンクリートとの一体性の長期間の保持を考慮した断面修復工法の適用など,今後の課題を挙げ本論文の結びとしている。

以上を要約すると,既存コンクリート構造物に断面修復工法を適用する際の設計コンセプトを提案するとともに,要求性能を満足する材料の選定が可能となるシステムの提案を行ったものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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