学位論文要旨



No 216901
著者(漢字)
著者(英字) Esayas,Gebreyouhannes Ftwi
著者(カナ) イサヤス,ゲッブレヨハンス フトゥイ
標題(和) ひび割れ局所接触点での損傷を考慮したせん断伝達モデルと鉄筋コンクリート構造の疲労寿命予測への応用
標題(洋) Local-Contact Damage Based Modeling of Shear Transfer Fatigue in Cracks and Its Application to Fatigue Life Assessment of Reinforced Concrete Structures
報告番号 216901
報告番号 乙16901
学位授与日 2008.02.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16901号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 准教授 石原,孟
 東京大学 准教授 岸,利治
 東京大学 准教授 小国,健二
内容要旨 要旨を表示する

社会基盤を構成する主要構造形式である鉄筋コンクリートならびにプレストレストコンクリート構造の寿命推定法の確立は,新設構造の耐久設計と既設構造の寿命推定・維持管理に不可欠である。これら構造性能の寿命推定では,力学的な影響を代表する荷重と環境条件の両者を考慮することが肝要であり,構造工学,材料科学の両面からこれまで研究が行われてきた。本研究はコンクリートに導入されるひび割れのせん断応力伝達機構に焦点をあて,高サイクル疲労荷重下での応力伝達機構の劣化と,それを組み入れた構成則を定式化しようとするものである。ここで,水分環境の影響を陽な形で構成則にとれ入れることを眼目とした。さらに,微視的なレベルでの材料挙動と巨視的な部材・構造挙動を同時に追跡する直接積分法に基づく数値構造解析に組み入れることで,環境作用と高サイクル疲労荷重下にある鉄筋コンクリートおよびプレストレスコンクリート構造の寿命推定法を提示することを目的とするものである。

単一のひび割れを含むコンクリート直方体に高サイクル片振りと交番せん断応力を作用させ,せん断変形とひび割れに直交する開口変位を同時に測定した。ここで,ひび割れ直交方向の拘束条件を種々に変化させた実験を実施して,せん断ずれとそれに励起されるひび割れ開口変位(ダイレイタンシー)から,劣化損傷を剛性低下の形で整理することができた。交番載荷履歴では急速な疲労劣化が測定されたとともに,水中に没しているひび割れ面での応力伝達疲労寿命は,気中のそれに比較して100倍程度,低下することが明らかとなった。実験にあたって,高強度を呈する高性能コンクリートのせん断疲労も同時に検討を行ったところ,ひび割れ面が平滑なために応力伝達と対疲労性能は普通強度コンクリートと比較して劣ることが定量的に確認された。移動荷重を受ける鉄筋コンクリートスラブなどは主応力の回転が恒常的に発生するため,構造中に存在するひび割れ面では常時,交番せん断応力に晒される。しかも雨水の侵入は多くの場合,防止困難であることを鑑みれば,数値構造寿命推定では,ここで計測されたせん断伝達機構の大幅な劣化を考慮することが不可欠であることが改めて示された。実験ならびに現実の構造物に発現される疲労履歴経路では,クリープ等の時間効果も同時に含まれる。これらを定量化するためには,時間効果を単独で抽出する必要性を鑑み,伝達応力を固定してひび割れ面でのせん断変位を計測する実験を行った。その結果,時間効果は繰り返し履歴効果に比較して無視できる程度であることを実証した。

ひび割れ面での疲労せん断伝達挙動を,接触面密度関数モデルに基づいて定式化を行った。相対するひび割れ面が接触する点での異方性と局所破壊,接触点での局所摩擦係数の低下,ひび割れ面の形状変化を高サイクル疲労履歴のもとで表現し,さまざまな方向で接触するすべての接触点での応力状態を積分することにより,巨視的なひび割れ面応力伝達モデルを導出することが可能となった。このモデル化は応力伝達機構の源である接触点での機構から導き,かつすべての接触点での変形と局所応力の履歴を数値解析において記憶するものである。したがって,任意の高サイクル疲労荷重に対応が可能であるため,疲労振幅が一定である必要は無く,交番と片振り応力履歴の区別なく適用することが可能である。従来の疲労に対する構成則は,強度や剛性など,巨視的な材料特性値を等価に低減することで間接的に表現しようとするものであった。そのため,適用性は限定されていた。本研究でこれを一般化することが可能となった。高サイクル疲労履歴を全て力学的に追跡することで伝達応力を予測するので,既往の動的非線形応答解析等の技術に直接,導入することが可能となったのである。

本研究で定量化した高サイクル履歴に対応するせん断伝達構成則を,多方向非直交ひび割れモデルに導入することで,高サイクル疲労に対応する鉄筋コンクリート要素構成則を構築した。なお,圧縮疲労とひび割れ面に直交する方向の引張疲労および付着劣化モデルは既往の研究成果を用いた。高サイクル疲労に対応する鉄筋コンクリート構成則を,耐震構造解析で用いられる非線形動的応答解析システムに組み込むことで,構造疲労挙動を逐次追跡する解析法を得た。地震荷重に対しては,構造物の交番変位はおよそ数回~数十回程度であるのに対して,疲労解析では数万~数百万回の履歴を数値計算で追跡することとなる。これを鉄筋コンクリート梁の疲労挙動で検証を行った。固定点ならびに移動載荷の繰り返し応答を実験からもとめ,数値解析結果との比較を行い,疲労寿命精度の検証と確認を行った。対数疲労寿命において変動係数10数%を確保できた。これは,新設の構造設計および既設の構造余寿命推定に適用することが可能なレベルと判断される。

本解析モデルと疲労数値解析法を用いて,乾燥収縮を受ける構造の疲労寿命ならびに雨水による水分の侵入を許した場合の疲労寿命について検討を行った。乾燥に伴う初期ひび割れ,及びひび割れへの水分浸透は,ともに構造疲労寿命の大幅な短縮をもたらすことが予見された。鉄筋コンクリート橋梁床版の疲労寿命が建設時に導入される初期欠陥と強く関連することが経験的に知られており,これを初めて定量的に説明することが可能となったのである。これまで定性的な推定に留まってきた環境作用と荷重作用の複合効果を,疲労寿命問題に関して定量化する方法を提供することができた。

審査要旨 要旨を表示する

社会基盤施設の寿命推定には,温・湿度,日射や雨水等の自然環境からの作用と交通荷重に代表される力学的な作用の二者に大別される。新設設計では、それぞれの作用に対する限界状態を設定し、それを超えることのないように構造諸元や使用材料、境界条件等を決定するのが一般的である。しかし、既設構造物の余寿命を推定する場合には、現状の損傷状況の把握とともに、自然環境作用と力学的作用双方の相互作用までを考慮することが肝要となる。したがって、維持管理において材料レベルでの劣化機構と構造性能の低下とを関連づけた解析システムを保有することが極めて重要である。高サイクル疲労荷重下の鉄筋コンクリート構造強度の変化に関する多くの既往の実験研究があるが、限界状態に至るまでの構造と構成材料の非線形挙動を逐次、追跡可能な技術体系は開発段階にあるといってよい。本研究は数百万回におよぶ繰り返し作用下での材料劣化と構造部材性能の低下を、直接時間-空間積分法によってシュミレーションする解析技術を提供し、その精度の多くを担うコンクリートひび割れ面での疲労せん断伝達モデルを提案し、実用化したものである。これにより20年来の懸案であった、移動荷重による急速なコンクリート橋梁床版の疲労寿命低下を数値解析によって再現が可能となり、残存する余寿命推定を可能としたものである。

第1章は本論文の研究目的について述べ、既往の研究の整理を行っている。固定点高サイクル疲労荷重に対して、移動荷重は鉄筋コンクリート構造の疲労強度を大幅に低減されることが経験的に知られている。しかし、寿命低減の機構はこれまで定性的な説明に留まり、損傷に至る経過を時間的、空間的に追跡する解析技術が整備されておらず、水分や初期損傷、乾燥収縮との相互作用も推定の域に留まっていることを確認している。

第2章はコンクリートの圧縮および引張疲労応力振幅を考慮した一般化構成則について取りまとめたものであり、本研究の疲労直接積分法に採用した経緯と評価結果を与えている。ここで、コンクリートひび割れ面を通じて伝達されるひび割れ応力伝達モデルの精度が、構造解析の上で極めて重要となることを事前解析等で突き止めることに成功した。

第3章では第2章の考察を受けて、コンクリート中にひひ割れを人工的に導入し,直接、高サイクルせん断疲労荷重を作用させてひひ割れ面に沿ったずれと開口を測定している。疲労荷重に対してひび割れ面でのせん断ずれ変位は拘束応力の下で安定的に成長するものの、コンクリートの圧縮・引張疲労に比較して極めて急速な速度で進展すること、緩慢な流水中にあっては疲労寿命は加速的に低下すること,交番繰り返し疲労せん断荷重下では,せん断伝達疲労劣化はおよそ100~1000倍の速度で進展することが実験的に示された。交通荷重に代表される移動荷重下では主応力の回転が各部位で発生する。これがひび割れ面に沿った交番せん断伝達を招き、急速な部材耐力の低下が起こる一因であることを改めて指摘している。

第4章では、高サイクル疲労荷重下での応力伝達構成則を、一般化接触面密度関数モデルを基礎に定式化することに成功したものである。接触面での局所的な劣化損傷を第3章の多角的な実験から逆推定して,これを接触面方向にすべて積分することで,ひび割れ面に沿った空間平均化構成則に取りまとめている。直接積分解析に堪え得るせん断伝達構成モデルとしては,現時点で唯一のもとを得たのである。

第5章ではさらに第4章の内容を高強度コンクリートにまで一般化させている。高強度コンクリートの場合,粗骨材が割裂かれるために接触面の粗度が大幅に低減することを接触面密度関数モデルで表現することで、容易に解析対応できることを示している。これは極めて一般性の高いモデルであることの左証ともいえ、構造解析システムへの組み込みも容易であった。

第6章では対象を鉄筋コンクリートはり部材に焦点をあてて、第4-5章の応力伝達構成則を過去20年にわたって開発されてきた非線形応答解析システムに組み入れ、構造部材レベルでの疲労挙動と解析結果との検証を通じて、提案された構成則の信頼性と精度を確認している。耐震構造解析では10数回程度の繰り返し外力に対して計算するが、本研究で対象とする疲労解析では,これを数百万回にまで行う。そのための数値計算の効率化もあわせて行っている。その結果、疲労荷重のパターンの違いにもかかわらず、疲労振幅強度を変動係数10%程度以内で予測することに成功している。さらに水分の影響、乾燥および自己収縮による初期損傷と疲労寿命に対する影響を数値解析で初めて予測することに成功している。

第7章で本研究の結論をまとめ、今後の課題について概括している。

本研究は、1980年半ばに明らかとなった移動荷重による寿命の大幅な低下と社会基盤の早期劣化問題に対して,初めて数量科学的な手法で機構を解明し、より一般的な環境条件のものでの寿命推定を実用的にも可能としたものである。本研究とそれに連なる一連の技術開発の成果は極めて独創性に富むものである。また、社会基盤の維持管理において不可欠な寿命推定に適用することが期待されており、その工学上の貢献は大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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