学位論文要旨



No 216903
著者(漢字) 中村,隆夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカオ
標題(和) 軽水炉における環境疲労評価手法の規格制定に関する研究
標題(洋)
報告番号 216903
報告番号 乙16903
学位授与日 2008.02.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16903号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的と動機

本研究の目的は、軽水炉に適用する実用的な環境疲労評価手法を開発し学会規格として制定することにある。

環境疲労については、軽水炉が運転されてから30年過ぎ、国民から軽水炉の高経年化を心配する声が高まる中で、重要機器の寿命に大きな影響を与える可能性がある事象として着目されてきた。このため長年に亘り国際的に研究が行われ、多くの技術知見が得られてきた。これらの状況を受けて米国及び日本の規制側は、運転中プラントに対し運転延長に対する余裕の確保また長期保全計画策定の観点から、環境疲労評価の実施を求めてきた。

一方で、過去の原子力発電所の損傷事例を分析した結果、疲労はプラント損傷の重要要因ではあるが、その大半は機械振動や高サイクル熱疲労によるものであり、本研究の対象としている低サイクル疲労については、これまで国内軽水炉において設計段階での疲労評価手法上の問題により生じた例はなく、海外においても、ほぼ同様の状況にある。

これらを踏まえると、これまで軽水炉で長年適用されてきたASME規格Sec.IIIに基づく疲労評価は、低サイクル疲労の発生を防止するのに十分な保守性を有していると言える。しかし、新しい知見を活用し今後の更なる軽水炉の長期運転あるいは高度利用を進める上で、環境疲労評価手法の開発並びに規格制定は大いに役立つものと考える。

2.規格のグランドデザイン

(1) 構造規格体系上の位置付け

1963年、ASME規格Sec.IIIに世界で初めて疲労評価の規定が導入されて以来、軽水炉のクラス1機器の設計では疲労評価が要求されてきた。ASME規格における設計段階での疲労評価は、安全余裕の枠取りであり、運転開始後には要求されない。運転開始後の機器の健全性はASME規格ではSec.XIに規定される検査によって確保される。

また、ASME規格で疲労設計に用いる設計疲労線図は、大気中の疲労試験データを基にして得られた最確曲線に対して、応力で2、サイクルで20の補正係数を掛けることで設定されている。サイクルに対する係数20の中には環境などに対する係数として4が取られたとされているが、ここでいう環境とは、実験室と産業現場の置かれている雰囲気の差という意味であり、本研究で対象としている環境疲労のようなある特定の冷却材の影響を意味するものではないとされている。

(2) 規制体系における位置付け

米国NRCが運転期間延長に際して求めた疲労評価は、規制として40年の運転許可期間を与えたことに対し、それを60年に延長することを許可するに際して余裕の再確認を求めたものと考えられ、疲労評価結果を長期保全計画に反映するというわが国の考え方と合致している。

従って、環境効果を疲労評価で考慮する目的は余裕の確認であり、第一段階として任意規定で制定すべきという考え方に基づき、環境疲労評価手法を学会規格として制定することとした。

(3) 規格の制定プロセス

環境疲労に関する規格制定は、(A)環境疲労評価手法の規格制定、(B)簡易弾塑性評価手法の改訂、(C)設計建設規格(維持規格)への取り入れ、の3つに分けて取り組むことし、本研究では、(A)と(B)について実施する。また、(A)においては、評価手法の開発を評価経験の蓄積や試験データの充実度に合わせて、二つの段階に分けて取り組むこととした。まず、評価手法を開発し事業者の自主基準を火原協ガイドラインとして制定した上で実績を積み、次に日本機械学会にて任意規定として学会規格を制定した。

(4) 国際規格との整合性

学会として科学的合理性に立ってASME規格、IAEA基準やISO規格と国際的に整合性のある規格作りを今後目指していく必要がある。

(5) 規格のグラントデザイン

環境疲労評価手法の開発に当たり、(1)環境効果補正係数の採用、(2)補正係数算出方法の3つのオプション、(3)各機器に特有な評価方法、の3つの研究課題を選定すると共に疲労評価に用いる簡易弾塑性評価手法の改良にも取り組むこととした。

また、これから制定する規格が満足すべき要件を明らかとした。規格が満足すべき要件は、イ)我が国規制要求への対応、ロ)学協会規格の役割、ハ)産業界ニーズ、二)最新の技術知見やプラント運転実績の反映、ホ)国際規格との整合性、の5つである。

これらの研究課題と規格の満足すべき要件を受けて、規格のグランドデザインを取りまとめ、それに沿って研究を進めて規格を制定した。

3.環境疲労評価手法の開発

環境疲労評価手法については、2006年3月に日本機械学会規格として「環境疲労評価手法」を発行することで、本研究の目的を達成した。

環境疲労評価手法の特徴は、次の通りである。

(a)合理的な環境効果の補正方法として、環境効果補正係数(Fen)を用いる。

(b)煩雑であるが精緻で合理的な方法から保守的であるが簡易な方法まで3つのオプションを設定することで評価作業量の低減を図る。

(c) 設計建設規格に規定された各機器に特有な応力評価手法を考慮し、それに適合したひずみ評価の手順を設定することで全ての評価対象機器の評価を可能とする。

(1) 環境効果補正係数

環境効果補正係数Fen は、下式に示すように、あるひずみ振幅での大気中の疲労寿命を、同じひずみ振幅での原子炉冷却水環境中の疲労寿命で除した値と定義する。

環境効果を考慮した疲労累積係数Uenは、Fen を用いて以下のように表すことができる。

F(en)は材料、ひずみ速度、温度、溶存酸素濃度等に依存する関数であり、これらのパラメータが決定されれば求めることができる。

現在の設計・建設規格でのクラス1機器の疲労損傷の評価では、二つの過渡を組合せた応力サイクルの疲労累積係数Uiを全ての応力サイクルに対して線形加算することで疲労累積係数を求めている。

各応力サイクルにおいてひずみ速度、温度、溶存酸素濃度等の条件が決定されれば、Fen評価式に基づき各応力サイクルにおけるFenを算出でき、上記式の通り、各々の応力サイクルによる疲労累積係数Uiとその応力サイクルでのFen,iを乗じたものを線形加算することで環境中での疲労累積係数を求めることができる。

(2) 環境疲労評価方法の3つのオプション

環境疲労評価を行う評価区分の設定方法及び評価方法として、以下の3種類を規定した。

1)係数倍法:過渡毎に評価区分を設定せず、設計条件により保守側に評価する方法。

2)簡易評価手法:過渡中でひずみが連続して増加する範囲をひとつの評価区分として評価する方法。

3)詳細評価手法:過渡中でひずみが連続して増加する範囲で細かく評価区分を分割して評価する方法。

(3) 各機器に特有の評価方法

一般に配管、弁等の場合、容器と異なり、簡略化された応力解析手法が用いられることが多い。このことから、環境効果を考慮する評価方法についても、容器、配管、ポンプ、弁、炉心支持構造物に分けてまとめた。

4.簡易弾塑性評価手法の改良

告示501号(設計建設規格)で規定されている簡易弾塑性解析用割り増し係数について、より適切なKe評価式を検討し、疲労評価の保守性低減を図った。

その結果、新Ke評価式として、Ke'式とAo式を組み合わせたもの、及び直接解析によって求めたKe係数の2案が適切なものとして結論付けられた。この規格改訂案は、疲労解析の対象となる重要機器の形状・材料・荷重条件について保守性を持たせており、規格として汎用的に用いる上で十分に妥当性を持つものである。

5.評価手法の実機検証と規格制定活動の評価

環境疲労評価に関する火原協ガイドラインを適用して、代表的PWRプラントのPLM評価を実施した。また、日本機械学会規格で新たに取り入れたステンレス鋳鋼の評価式の影響を新Ke係数の効果と合わせて確認した。

その結果、以下の結論が得られた。

(1)火原協ガイドラインで策定した環境疲労評価手法をPLM評価に適用した。その結果、60年の運転を仮定し環境効果を考慮した疲労評価を実施することにより、評価手法の実機適用性を確認した。

(2)火原協ガイドラインで適用した環境効果補正係数Fenは暫定的に設定したものであり、EFTプロジェクト成果等の最新の知見を適用して日本機械学会規格を制定した。

(3) 日本機械学会規格で新たに導入したステンレス鋳鋼の環境疲労評価式の適用性が確認された。また、新Ke係数採用によるFenの低減効果も確認できた。

更に、次の観点から規格制定活動の成果について評価を行った。

(1)規格制定のプロセス

規格の制定は多くの段階を経て達成されるが、その各々のプロセスにおいて規格制定活動が満足する成果を挙げたことを確認した。

(2)規格のグランドデザイン

規格のグランドデザインに沿って、規格制定活動が満足する成果を挙げたことを確認した。

(3)制定する規格が充足すべき要件に対する評価

制定する規格が充足すべき要件に対する評価を行い、満足する成果を挙げたことを確認した。

6.今後の課題

環境効果を設計段階での疲労評価に取り入れること等、疲労評価に関する今後の検討課題について取りまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

軽水炉構成材料の環境疲労は、軽水炉の長期間の運転に伴う主要機器寿命に大きな影響を与える可能性がある事象であって、新しい工学的知見による環境疲労評価手法の開発とこれを基盤とする規格の制定は、今後の更なる軽水炉の長期運転あるいは高度利用に貢献しうるものであると考えられる。

本論文の目的は、軽水炉に適用する実用的な環境疲労評価手法を開発し学会規格として制定することにある。本論文は、6章で構成されており、第1章はこのような環境疲労に関する研究と知見の蓄積に基づいた規格化の背景をとりまとめている。

第2章は、大型機器システムの運転段階の規制規格が満足すべき要件、並びに環境疲労評価のための研究課題を系統的に明らかにしており、これに基づいて規格のグランドデザイン法について考察している。構造規格の体系及び安全性規制上の位置付けを各国の規格体系を比較することによって、設計段階の疲労評価と検査によって確保される運転開始後の疲労評価との差異を明確にしており、その上で環境疲労に関する規格の制定プロセスは、1)環境疲労評価手法の規格制定、2)簡易弾塑性評価手法の改訂、3)設計建設規格(維持規格)への取り入れの3段階に分けて取り組むことが適切であることを論じている。また制定する規格が満足すべき要件を体系的に整理している。

さらに、環境疲労評価手法の開発とその規格化のために、環境効果補正係数の採用、補正係数算出方法のオプション、各機器に特有な評価方法の3種の研究課題を解決することが必要であると結論づけ、本論文で取り組むべき課題を明確化している。

第3章は、環境疲労評価手法の開発について論じている。

疲労評価手法に対する合理的な環境効果の補正方法として、環境効果補正係数の工学的意義と制定法を検討するとともに、保守的で簡易な方法から煩雑ではあるが精緻な方法まで、3種類のオプションを設定することで評価作業量の低減を図ることに成功している。また、設計建設規格に規定された各機器に特有な応力評価手法を考慮し、それに適合したひずみ評価の手順を設定しており、容器、配管、ポンプ、弁、炉心支持構造物に分けて環境効果を考慮する評価方法について、具体的な検討結果と考察を行っている。

以上に基づいて、日本機械学会規格である「環境疲労評価手法」の制定を主導し、発行するに至った経緯をとりまとめている。

第4章は、簡易弾塑性評価手法の改良について論じており、設計建設規格で規定されている簡易弾塑性解析用割り増し係数について、より適切な評価式を検討することによって、疲労評価の保守性低減を図っている。さらに、この結果を適用した改訂規格が、疲労解析の対象となる重要機器の形状・材料・荷重条件について合理的に保守性を持たせることに成功したことを明らかにしている。

第5章は、評価手法の実機検証と規格制定活動の評価について検討している。

環境疲労評価に関する制定したガイドラインに基づき、60年間のプラント運転を仮定し環境効果を考慮した疲労評価を実施することにより、評価手法の実機適用性を確認している。また、最新の知見を考慮した日本機械学会規格を制定して、新たに導入したステンレス鋳鋼の環境疲労評価式の適用性等を確認することに成功している。

さらに第2章で議論した規格制定活動のグランドデザインに基づいて、規格制定活動の各々のプロセスにおける成果を確認するとともに、規格制定活動並びに規格が充足すべき要件の双方から満足する成果を挙げたことを確認している。

第6章は、本論文の結論であり、環境疲労評価法の規格制定に関する体系的研究の意義をとりまとめるとともに、設計段階での疲労評価への環境効果取り込みを含む疲労評価に関する今後の検討課題についても展望を提示している。

以上を要するに、本論文では、運転段階の軽水炉システムで課題となる環境疲労評価手法開発を系統的に推進して、これに基づいた規格制定のあり方をとりまとめることに成功しており、システム量子工学及び原子炉機器工学のみならず、技術基準制定とその体系化に関する法工学分野に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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