学位論文要旨



No 216912
著者(漢字) 浅倉,一巌
著者(英字)
著者(カナ) アサクラ,カズミチ
標題(和) 脂肪酸誘導体の製紙用薬剤への応用~紙柔軟剤とアルキルケテンダイマー~
標題(洋)
報告番号 216912
報告番号 乙16912
学位授与日 2008.02.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16912号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 准教授 江前,敏晴
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京農工大学 教授 岡山,隆之
内容要旨 要旨を表示する

産業革命以降、急速に発展した化学技術は、生活における物質的部分を著しく向上させた。その結果、我々の生活は豊かな物質文明に支えられてより快適なものとなったが、これは油脂産業を含む多くの産業の努力によるところが大きい。しかし現代社会におけるこの豊かさは、自然の浄化能力を遥かに超えた大量生産、大量消費、大量廃棄によってもたらされた部分が多く、「ゴミは文化のバロメーター」という標語は、今では社会の現状を皮肉ったものと読む止とさえできる。このように産業によって次々に生み出されたモノがやがて廃棄物となりゴミに転化していく。つまりゴミの発生は、産業活動に形を変えた価値の廃棄にほかならないのではないだろうか。このようなことを考えると、21世紀を迎えた今こそ、我々油脂産業はモノの大切さについて改めて考え直す時期にきているのではないかと思う。

油脂産業を支える基本となる物質は、やはり動物もしくは植物から得られる脂肪酸である。本研究においては、油脂産業における脂肪酸の再認識を行うと共に、この動物・植物由来の脂肪酸を使用した誘導体における可能性を探索することにした。

自身が関係する油脂産業のこれまでの歴史を振り返り、最近の油脂業界では昭和の時代に開発されたような飛躍的な性能や特性の向上を実現する画期的な原料開拓がなされておらず、どの製品も魅力と迫力を失っている点に気づき、これを指摘した。このことは、油脂産業に斬新な原料が生み出されていないことに起因すると考え、これまでの製品に今までとは異なる機能を加えることで、今後の油脂産業に活気を取り戻す新製品の開発を行うことを提案することにした。

技術的限界に向かいつつある油脂産業のこれまでの技術を検証することにより、活気ある油脂産業になるためには何をすべきかを模索した。結果として、油脂産業における主原料である脂肪酸は、その資源の多くを動植物に頼ってきたことを再認識し、まずは植物資源と共存している製紙分野に対し貢献をすることを新たな目標とし、特に現在当社においても検討中である(1)紙用柔軟剤の開発および(2)印刷情報用紙に不可欠な紙用サイズ剤であるアルキルケテンダイマー(AKD)の機能発現機構解明を具体的な検討テーマとした。

紙用柔軟剤の開発に関する検討を行った。昨今、紙の再利用を繰り返した際に発生するパルプ繊維の微細化現象に起因し、紙の厚みの低下が問題となっている。この問題を解決するためには、紙の密度低下効果を有する紙用柔軟剤が必要となる。本項では紙用柔軟剤の開発コンセプトを明確にし、機能発現の可能性を持つ薬剤のスクり一ニングを行うことにより、Fig1に示すようなステアリン酸ジアミド塩化合物を代表とする特定の化合物が良好な紙の密度低下効果を発現することを見出した。そこでその挙動および機能発現機構を解析した。

検討は脂肪酸ジアミド塩化合物を水溶液とし、その分散状態、所定件下での挙動を種々分析手法により進め、考察を行った。

脂肪酸ジアミド塩のコロイドまたはエマルションはカチオン性であり、ウェットエンドでパルプサスペンションに添加することでパルプの繊維間結合を部分的に阻害してシート密度を低下させ、引張強さやサイズ性能を低下させる。また、シート上への歩留まりは37~84%の範囲で、脂肪酸ジアミド塩の脂肪酸部分の化学的構造と添加量に依存する。手すきシートの引張強さは、脂肪酸ジアミド塩の添加量の増加に伴い減少し、同様にシート密度も低下する。

ALUM一アニオンPAMを添加した場合には、明瞭な密度低下効果と共に、引張強さの維持効果を示した。このことは、ALUM一アニオンPAMによる処理が、パルプ繊維表面に新しいアニオンサイト(カチオン部位の吸着サイト)を形成させ、カチオン性の脂肪酸ジアミド塩Bの分散剤粒子を手すきシートに効果的に定着にさせる。未叩解パルプの混合添加と比較すると、脂肪酸ジアミド塩の添加により作製した手すきシートは同じ密度であれば比散乱係数と低い表面粗さを有していた。イソステアリン酸から調製した脂肪酸ジアミド塩をウェットエンドで添加した場合、パルプスラリーのろ水性が向上し、クーチ後とプレス後の湿紙中の含水量は減少する。

ステアリン酸とジエチレントリアミンから合成した脂肪酸ジアミド塩は、ウェットエンドで添加し作製した手すきシートを加熱処理することにより、シート密度の低下、光散乱係数の増加およびサイズ性を発現する。すなわち加熱処理の間に溶融し、パルプ繊維表面上に部分的に広がり、加熱処理工程中に形成する繊維間の結合を一部阻害して、引張強さを低下させ、シート密度を低下させる。サイズ性の発現は、アルキル鎖の疎水性に起因しているということが確認できた。

アルキルケテンダイマー(AKD)の機能発現機構解明に関し検討を行った。Fig2に構造を示すAKD、アルケニルKDおよびイソステアリン酸から調製した液状分岐アルキルケテンダイマーのサイズ挙動を、添加量、紙中歩留まり量、炭酸カルシウム(PCC)添加量との相関、乾燥方法の違いという観点から比較検討した。種々実験の結果、以下に示す結論を得た。アルケニルKDと分岐AKDは類似したサイズ性付与挙動を示した。各サイズ剤は20。C乾燥くドラム乾燥く20。C乾燥→105。C熱処理の順の処理を施すことにより大きな効果を発現した。また、いずれのサイズ剤においてもPCC添加量を増加させると、サイズ度が低下した。これは、サイズ剤成分が紙のサイズ性発現に関与しないPCCの空隙に入り込むためと考えている。これら現象は、特に液状のAKDで顕著に観察された。AKDおよび分岐AKD添加シートはPCC併用添加シートの場合には、風当て処理、紫外線照射処理によりサイズ度が低下した。また、アルケニルKDは、PCCの有無にかかわらず、風当て処理、紫外線照射処理によってサイズ性が低下した。その理由は二重結合を有するアルケニルKDの化学構造に由来すると推定した。

一方、工業用AKDワックスは、Fig3に示すように主成分であるAKDが80~900/o、副成物として遊離脂肪酸(FA)が1~2%、脂肪酸無水物(FAA)が約5%、AKDオリゴマーが5~896からなる。これら3種の副成物が紙のサイズ性、AKD分散体の安定性等に影響を及ぼしている可能性がある。本項では、まずFAに注目し、これらを予めAKDワックスに添加配合し、分散体の安定性および紙のサイズ性に及ぼす影響について検討した。各種実験結果より以下のことが判明した。AKD合成時の副成物であるFAは、30/oの添加でAKD分散体の安定性を低下させ、12%の添加では安定性が向上した。サイズ性に関しては、12%添加を除けば、ほとんど影響を及ぼさなかった。これらよりAKDワックス中に存在するFAは、品質維持のためにはできるだけ少ない方が良い。

次いで、AKDワックス中の副成物のFAAに注目して検討した。具体的には、AKDワックスに所定比率のステアリン酸(S)とパルミチン酸(P)からなるFAAを添加し、AKD分散体の安定性と紙のサイズ性に与える影響に関し検討を行い、以下に示す結論を得た。AKD分散体へのFAAの添加は、粘度、粒子径を増加させ、安定性を低下させた。分散体中に一定量以上のFAAが存在すると、これらが凝集体となりAKDやその他副成物の分散性を低下させる。一方、FAAはAKDワックスのサイズ度を向上させる効果を示した。これは、FAAはFAに比べ、疎水性が高いため少量でも紙中に歩留まれば、サイズ性を発現するためであると考えられる。

最後に、反応中に生成する副成物であるAKDオリゴマーに注目して検討した。AKDオリゴマーをAKDワックス中に所定比率で添加し、分散体の安定性および紙のサイズ性等に及ぼす影響に関し検討した。各種実験および解析の結果、以下に示す結論に達した。AKDオリゴマーは、AKD分散体の安定性を向上させた。サイズ性については室温乾燥ではその効果を発現しないが、加熱乾燥処理を行うとある程度のサイズ挙動を示し、AKD成分によるサイズ発現も阻害しない。また、AKDワックス分散休中にAKDオリゴマーが存在すると、AKD粒子の一部の凝集→局在化が抑制され、ワックスの液中の分布がより均一化され、AKDワックス分散体の安定性が向上する。

以上、脂肪酸誘導体を用いた紙用柔軟剤とAKDの機能発現に関わる検討を進めてきた。結果として、これまでには無い薬剤の開発、そしてこれまで解明されていなかったAKDのサイズ性発現挙動及AKD中のマイナー成分の働きを解明することができた。

Fig.1 Chemical structures of diethylene triamine di-fatty acid amides A-E used in this study.

Fig.2 Chemical structures of AKD,alkenyl-KD and branched AKD.

Fig.3 AKD production and dispersion scheme.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、脂肪酸誘導体のうち、脂肪酸ジアミド塩類、アルキルケテンダイマー関連物質および低融点で常温液体状のケテンダイマー誘導体類を合成し、それらの化学構造や分散状態、パルプ繊維との総合作用等の基礎的な観点から、製紙用柔軟剤あるいはサイズ剤としての機能を検討し、多くの重要な知見を得ることができた。以下にその詳細を示す。

まず、効率的な紙の密度低下効果を有する紙用柔軟剤の検討を行った。紙の低密度化は、軽量書籍やパルプ等の資源の有効利用の観点から重要な課題である。そこで、脂肪酸ジアミド塩類に注目し、その化学構造と機能発現機構を解析した。脂肪酸ジアミド塩のコロイドまたはエマルションはカチオン性であり、ウェットエンドでパルプサスペンションに添加することでパルプに定着し、繊維間結合を部分的に阻害してシート密度を低下させ、引張強さやサイズ性能を低下させることが明らかになった。また、シート上への定着率は37~84%で、脂肪酸ジアミド塩の脂肪酸部分の化学的構造と添加量に依存する。イソステアリン酸から調製した脂肪酸ジアミド塩をウェットエンドで添加した場合、パルプスラリーのろ水性が向上し、クーチ後とプレス後の湿紙中の含水量は減少することから、密度低下作用のみならず、乾燥エネルギーの低減化、抄紙速度の向上機能等の抄紙操業性の向上機能も有することが明らかになった。

続いて、低融点アルキルケテンダイマー(AKD)の機能発現機構解明を検討した。AKD、アルケニルKDおよびイソステアリン酸から調製した液状分岐AKDのサイズ挙動を、添加量、紙中定着量、炭酸カルシウム(PCC)添加量との相関、乾燥方法の違いという観点から比較検討した。その結果、アルケニルKDと分岐AKDは類似したサイズ性付与挙動を示した。また、いずれのサイズ剤においてもPCC添加量を増加させるとサイズ度が低下した。これは、サイズ剤成分が紙のサイズ性発現に関与しないPCCの空隙に入り込むためである。また、アルキル鎖部分に二重結合を有するケテンダイマー添加紙は、紫外線照射や酸化によって親水性基が導入されるためにサイズ性が低下することが明らかになった。

一方、工業用AKDワックスは主成分であるAKDが80~90%、副成物として遊離脂肪酸(FA)が1~2%、脂肪酸無水物(FAA)が約5%、AKD系オリゴマーが5~8%からなる。これら3種の副成物が紙のサイズ性、AKD分散体の安定性等に及ぼす影響を検討した。FAAの影響については、AKDワックスに所定比率のステアリン酸とパルミチン酸からなるFAAを添加して実験を行った。その結果、FAAは分散体の粘度、粒子径を増加させ、安定性を著しく低下させた。一方、FAAの存在億紙のサイズ性付与にはプラスの効果が認められた。これは、FAAの疎水性の高さに起因していることが判明した。続いて、AKD合成中に生成する副成物であるAKD系オリゴマーに注目して検討した。AKDオリゴマーをAKDワックス中に所定比率で添加し、分散体の安定性および紙のサイズ性等に及ぼす影響に関し検討した。その結果、AK系オリゴマーはAKD分散体の安定性を明瞭に向上させた。サイズ性については室温乾燥ではその効果を発現しないが、加熱乾燥処理を行うとある程度のサイズ挙動を示し、AKD成分によるサイズ発現も阻害しない。これらの現象は、分散体調製時に併用添加する分散安定剤のアニオン性樹脂との疎水結合による吸着安定性が向上し、結果的にそのアニオン性樹脂にイオン吸着するカチオン性デンプンとの結合を強めるためであることを明らかにした。この理論によって、AKDワックスAKD系オリゴマー一が存在すると、分散体の安定性が向上し、室温乾燥シートではサイズ性が低下することを矛盾なく説明することができる。

このように、脂肪酸誘導体を用いた紙用柔軟剤とAKDの機能発現に関わる検討を進め他結果、新規製紙用薬剤の開発、これまで未解明だったAKDのサイズ性発現機構およびAKD中の共存成分の特性と機能を解明することができた。

以上のように申請者は、脂肪酸誘導体類の製紙用添加剤としての機能発現機構を詳細に検討し、多くの新しい基礎的な知見を得るとともに当該誘導体類の実用化への道を開いた点は画期的である。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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