学位論文要旨



No 216915
著者(漢字) 小川,覚之
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,タダユキ
標題(和) 中央モーター領域型KIF2の微小管脱重合機構の構造生物学的研究
標題(洋) Structural analysis of microtubule destabilizers, KIF2
報告番号 216915
報告番号 乙16915
学位授与日 2008.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16915号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 中村,元直
内容要旨 要旨を表示する

KIF2はモーター領域が分子の中央にあるユニークなタンパク質(Mキネシン)であり、多くのKIFが微小管上を動いて細胞内物質輸送を行う「運び屋」タンパク質であるのに対して、微小管を端から壊す(脱重合する)働きがあり、細胞分裂の際に紡錘糸を脱重合して染色体の移動に関与することや、神経の伸長を制御することが報告されている。しかし、微小管の上を動く他のKIFモーターと非常によく似た一次構造を持つ(モータードメインは80%以上のHomologyをもつ)KIF2がどうやって微小管を壊すのかというメカニズムは、これまで分かっていなかった。私はX線結晶解析によりKIF2のATP状態・ADP状態それぞれの3次元立体構造を解くことにより、微小管の脱重合能に重要なKIF2の領域を決定し、KIF2による微小管の脱重合のモデルを提唱する。

私はまず細胞内にKIF2の様々な長さのドメイン領域を強発現することにより微小管の様子を観察し、KIF2の微小管脱重合能に必須な最小の領域を決定した。次にその最小の領域(N末Neck領域+モータードメイン)を大腸菌の発現系において発現・精製し、蛋白を結晶化することに成功した。そこでX線結晶解析により、KIF2のATP状態・ADP状態それぞれの3次元立体構造を解析した。

微小管を脱重合するKIF2のタンパク構造を、微小管上を動くモーターであるKIF1Aの構造と比較すると、KIF2はNeckへリックスとKVD フィンガーというKIF1Aとは大きく異なった構造を持つ事が分かった。

(1ページ図:両方に共通する部分は灰色、大きく構造が異なった部分は赤(KIF2)と黄色(KIF1A)で示す。)。

また、α4へリックスやL8ループ等の微小管結合面の構造やATP結合ポケットにも違いがあり、微小管上を動く他のKIFではATP状態の時に閉じているATP結合ポケット(右図:紫)が、KIF2ではL8ループからα3へかけてのシフトによって開いており、ATPを加水分解できない状態である(右図:青)ことが分かった。

そこでNeckへリックス及びKVD フィンガーに変異を入れたところKIF2の微小管脱重合能が全く無くなり、これらの構造がKIF2の「微小管を脱重合する」働きに不可欠であることを示した。

次に、NeckへリックスやKVD フィンガーがどのように微小管に作用するかを確かめる為、コンピュータ上でKIF2と微小管の3次元立体構造のドッキングシュミレーションを行なった。微小管は通常まっすぐな管状の構造をしているが、両端だけはプロトフィラメントが外側に反り返って丸みを持った不安定な構造をしている。微小管上を動く分子モーターは、まっすぐな管状の構造に良くフィットするような微小管結合面を持ち、これにより微小管の上を動く事が可能になることが知られている。ところが、KIF2の微小管結合面は、まっすぐな微小管の表面よりも、微小管の端の曲がったプロトフィラメントの構造によくフィットすることが分った(右図)。すなわちKIF2は、まっすぐな微小管の上では微小管の上を滑るように微小管の端まで移動(Neckへリックス(緑)と微小管との静電相互作用を利用)し、微小管の端の曲がったプロトフィラメントに到達してはじめて微小管と強く結合することが示唆された。この際、Neckへリックス(緑)は微小管プロトフィラメントの側面の結合を不安定化し、KVDフィンガー(赤)は微小管プロトフィラメントの曲がった構造を安定化し、チューブリンダイマーの間の結合を切るように作用する位置になっている。そしてこの時にL8ループ(青)とチューブリンとの強い結合によってはじめて構造がシフトし、ATP結合ポケットが閉じてATPの加水分解反応が始まると考えられる。つまりL8ループは、KIF2と微小管端の曲がったプロトフィラメントとの結合を感知し、ATPの加水分解を開始するセンサーとして働いていると考えられる。

以上から、KIF2は特有の微小管結合表面やNeckへリックス、KVDフィンガー等を用いて微小管の端の不安定な曲がった構造に結合し、その状態を安定化することによって、結果的に微小管を脱重合していると考えられる。本研究は微小管を脱重合するKIF2の三次元立体構造を世界に先駆けて明らかにし、微小管脱重合の基本的なメカニズムを提唱する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はキネシンスーパーファミリーの中央モーター領域型KIF2による微小管の脱重合機構を明らかにするため、主にX線結晶解析によりKIF2の3次元立体構造を解明しKIF2による微小管脱重合のモデルを考察したもので、下記の結果を得ている。

1.細胞内にKIF2の様々な長さのドメイン領域を強発現することにより微小管の様子を観察し、KIF2の微小管脱重合能に必須な最小の領域を決定し、その最小の領域(N末Neck領域+モータードメイン)を大腸菌の発現系において発現・精製し、蛋白を結晶化することに成功した。

2.X線結晶解析により、KIF2のATP状態・ADP状態それぞれの3次元立体構造を解析し、微小管上を動くモーターであるKIF1Aの構造と比較することにより、KIF2はNeckへリックスとKVD フィンガーというKIF1Aとは大きく異なった構造を持つ事を示した。

3.α4へリックスやL8ループ等の微小管結合面の構造やATP結合ポケットにも違いがあり、微小管上を動く他のKIFではATP状態の時に閉じているATP結合ポケットが、KIF2ではL8ループからα3へかけてのシフトによって開いており、ATPを加水分解できない状態であることを示した。

4.Neckへリックス及びKVD フィンガーに変異を入れたところKIF2の微小管脱重合能が全く無くなり、これらの構造がKIF2の「微小管を脱重合する」働きに不可欠であることを示した。

5.コンピュータ上でKIF2と微小管の3次元立体構造のドッキングシュミレーションを行ない、まっすぐな管状の構造に良くフィットする微小管結合面を持ち微小管上を動くKIF1Aに比べて、KIF2は微小管の端の曲がったプロトフィラメントの構造によくフィットする結合面を持つことを示した。つまり、まっすぐな微小管の上を滑るように微小管の端まで移動していたKIF2が、微小管の端の曲がったプロトフィラメントに到達してはじめて微小管と強く結合することを示した。

6.ドッキングシュミレーションにより得たKIF2と微小管の位置関係により、KIF2は微小管の端の曲がったプロトフィラメントに到達した際、Neckへリックスが微小管プロトフィラメントの側面の結合を不安定化し、KVDフィンガー(L2ループ)は微小管プロトフィラメントの曲がった構造を安定化し、チューブリンダイマーの間の結合を切るように作用する位置になっていることが示された。そしてこの時にL8ループとチューブリンとの強い結合によってはじめて構造がシフトし、ATP結合ポケットが閉じてATPの加水分解反応が始まるであろうとの解釈を示した。つまりL8ループはKIF2と微小管端の曲がったプロトフィラメントとの結合を感知し、ATPの加水分解を開始するセンサーとして働くという役割を提唱した。

以上、本論文は微小管を脱重合するKIF2の三次元立体構造を世界に先駆けて明らかにし、その構造からKIF2が特有の微小管結合表面やNeckへリックス、KVDフィンガー等を用いて微小管の端の不安定な曲がった構造に結合し、その状態を安定化することによって結果的に微小管を脱重合しているという微小管脱重合の基本的なモデルを提唱した。本研究はこれまで未知に等しかった、KIF2による微小管脱重合のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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