学位論文要旨



No 216916
著者(漢字) 佐藤,新平
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,シンペイ
標題(和) 超音波ドプラ法を用いた肝細胞癌治療の効果判定と臨床応用
標題(洋)
報告番号 216916
報告番号 乙16916
学位授与日 2008.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16916号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 国土,典宏
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 講師 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

肝癌の超音波診断は、簡便性と非侵襲性によって病変をスクリーニングする手段として広く応用されてきた。超音波カラードプラ法は、非侵襲的に生理的な血流状態をリアルタイムに観察できる検査法である。更に、超音波パワードプラ法の導入により、低流速の臓器内血流や腫瘍内血流の検出能が飛躍的に向上した。臨床応用として、1、腫瘍性病変と血管性病変の鑑別、2、腫瘍血流の多寡や血管構築の把握による鑑別診断、3、原発臓器診断、4、良、悪性の鑑別、5、癌の血管侵襲、6、治療効果判定と経過観察などである。

肝細胞癌の非外科的治療である経皮的エタノール注入療法PEITは、組織を凝固壊死させ、腫瘍細胞を死滅させる。ラジオ波焼勺療法RFAは日本では1999年より導入され、その5年生存率は50-70%である。治療効果、局所再発率はPEITのそれを凌駕し、いまや局所療法はPEITからRFAへ移行した。肝動脈塞栓療法TAEは、多発した肝細胞癌の場合は今でも第一選択となっており、初回の治療が切除や局所療法を施行しても、いずれはほとんどの患者は治療を受けることになる。

我々は、1990年代半ばより超音波ドプラ法を用いて肝癌の診断、治療の臨床研究に取り組んできた。まず、本論文の第1章、第2章、第3章では、「パワードプラ超音波法が、PEIT、RFA およびTAEの治療効果判定と経過観察に有用である。」ことを検証した。また、パワードプラ超音波法の応用技術により三次元構築が可能となり、第4章では「三次元パワードプラ超音波法が肝細胞癌の診断に有用である。」ことを検証した。

[第1章の要約]

「パワードプラ超音波法が、PEITの治療効果判定と経過観察に有用である。」ことを検証した。

1996年8月から98年4月にかけて、東京大学消化器内科に入院した肝細胞癌199人、359結節中、PEIT前に腫瘍内部および辺縁にドプラシグナルが認められた結節は130結節、一方、ドプラシグナルが認められなかった結節は229結節であった。治療前にシグナル陽性であった130結節は、120結節(92%)が陰性となったが、残り10結節(8%)は陽性のままであった。経過観察期間中、359結節中36結節(10%)に局所再発を認めた。この内、術前シグナル陰性の229結節中8結節(4%)が局所再発をきたしたのに対して、陽性であった130結節中28結節(22%)が局所再発をきたした。術後もシグナルが陽性であった10結節中9結節(90%)が局所再発をきたしたのに対して、術後シグナル陰性であった120結節中19結節(16%)のみが局所再発をきたしたにすぎなかった。多変量解析において治療前のパワードプラシグナルの有無と治療後の有無、組織型、腫瘍数が局所再発をきたす有意な因子であった。以上、残存するパワードプラシグナルは腫瘍細胞の残存を意味し、局所再発の原因となる。

[第2章の要約]

「パワードプラ超音波法が、RFAの治療効果判定に有用である。」ことを検証した。

2001年9月より11月に東京大学消化器内科に入院した肝細胞癌患者でRFA前にパワードプラシグナルが検出された結節で、ダイナミックCTで古典的肝細胞癌である30人30結節を対象にした。治療終了3-5日後、効果判定のためダイナミックCTを撮像し、かつパワードプラ超音波法でシグナルの残存の有無を確認した。RFA術後3、6、12ヶ月ごとにパワードプラ超音波法、ダイナミックCTで経過を観察し、血流シグナルの再出現、局所再発の有無を確認した。RFAが施行された30結節は、全例、RFA後にはシグナルは消失していた。治療効果判定のダイナミックCTにおいても、全例完全壊死と判定された。RFA後の経過観察(平均観察期間16ヶ月)で、CT上局所再発した症例は12ヶ月で1例、18ヶ月で1例に認められた。局所再発率は18ヶ月で6 %であった。局所再発した症例はRFA後、パワードプラシグナルは腫瘍の辺縁、内部ともに陰性であり、かつダイナミックCTで完全壊死が確認されたものであった。局所再発した症例は、RFAを再度追加し完全に治療された。以上より、パワードプラ超音波法が、RFAの治療効果判定とその後の経過観察に有用である。

[第3章の要約]

「パワードプラ超音波法が、TAEの治療効果判定に有用である。」ことを検証した。

1996年1月より98年12月に東京大学消化器内科に入院し血管造影が施行された肝細胞癌患において、血管造影前にパワードプラ超音波法で腫瘍内部及び辺縁にドプラシグナルが検出された48人、67結節の患者を対象とした。TAE24時間後および、14日後に超音波パワードプラ法を施行し、シグナルの有無を検討した。腫瘍生検はTAE後14日以後に施行された。TAE24時間後、67結節のうち、54結節 (80%)はパワードプラシグナルが消失したが、13結節 (20%)は残存していた。24時間後にシグナルが消失した54結節のうち、14日後までシグナルが消失していた結節は25結節 (46%)であった。しかし、再出現した結節は29結節 (54%)であった。腫瘍生検は56結節で施行された。TAE後にドプラシグナルが残存していた34結節のうち、27結節(79%)が腫瘍生検で腫瘍細胞が検出された。しかし、シグナルが検出されなかった22結節では5結節(23%)しか残存腫瘍細胞が検出されなかった。TAE後に腫瘍細胞が残存する因子を多変量解析で検討すると、腫瘍径、パワードプラシグナルの有無が残存腫瘍細胞が検出するための独立した因子であった。

[第4章の要約]

「三次元パワードプラ超音波法が肝細胞癌の診断に有用である。」ことを検証した。

1998年より99年に入院した肝細胞癌患者で、血管造影前に超音波パワードプラ法で腫瘍内部及び辺縁にドプラシグナルが検出された48人、52結節の患者を対象とした。三次元構築画像は10-15秒の息止めの間に、探触子を腫瘍の上縁からした下縁にかけて同じ速度でスキャンし、シネメモリーに保存した。構築した三次元画像はType 1からType 4に分類した。Type 1は腫瘍血管が連続した三次元画像として構築できなかった場合、Type 2は腫瘍辺縁を取り囲む腫瘍血管が構築できるも、内部の血管は三次元構築できなかった場合、Type 3は腫瘍辺縁と内部の血管が三次元構築できた場合、Type 4はType 3に加えて流出静脈まで三次元構築可能であった場合と定義した。Type 1は23結節 (44%)、Type 2は5結節 (10%)、Type 3は19結節 (36%)、Type 4は5結節 (10%)であった。三次元超音波法でType 2、3、4と分類された結節は、全例血管造影で腫瘍濃染を呈した。さらに、三次元超音波法でType 1と分類された23結節中、9結節 (39.%)は腫瘍血管が描出された。一方、腫瘍血管のみならず流出静脈まで描出できたType 4の5人は、全例血管造影では流出静脈は認められなかった。

[考察]

超音波パワードプラ法を用いた臨床研究を発表した。第1章、第2章では肝細胞癌のPEIT及びRFAの効果判定の有用性を述べた。肝細胞癌の局所治療がPEITからRFAへ移行してきた昨今だが、パワードプラ法はどちらに対しても治療効果判定やその後の経過観察に有用であることが判明した。第3章では、肝細胞癌のTAEの効果判定の有用性を述べた。ドプラシグナルの残存が腫瘍細胞の残存を意味していることを、組織学的に検証した。TAEの効果判定を造影CTもしくは、リピオドールCTで判定している施設が多いなか、パワードプラシグナルの有無を指標にした治療効果判定は、高感度で低浸襲、安価な検査であるといえる。第4章ではパワードプラ法の応用である三次元パワードプラ超音波法の有用性を述べた。腫瘍の存在部位などの制約はあるが、血管造影とほぼ同等の立体構築画像が可能であることを実証した。近年、超音波造影剤レボビストが臨床導入されたが、その労力に応じた結果、効果が得られていないために、一般的に普及していないのが現状である。しかし、このパワードプラ法はその機能を備えた超音波機器があれば、瞬時に診断が可能であり、労力も高額な費用も必要としない検査である。造影剤アレルギー、被爆の問題が取沙汰される昨今、まず低浸襲な検査から開始し、必要があれば浸襲度の高い検査に移行していくべきであろう。今後展開される第二世代超音波造影剤においても、基本的に本研究で示した理論が基礎となるため、普遍的な事象と考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「パワードプラ超音波法が、PEIT、RFA およびTAEの治療効果判定と経過観察に有用である。」ことを検証した。また、その応用技術により三次元構築が可能となり、「三次元パワードプラ超音波法が肝細胞癌の診断に有用である。」ことを検証した。その結果、下記の結果を得ている。

1.「パワードプラ超音波法が、PEITの治療効果判定に有用である。」ことを検証した。肝細胞癌199人、359結節を対象に、PEIT前および後のパワードプラドプラシグナルの推移と局所再発を検討した。その結果シグナルが術後残存した結節は90%が局所再発をきたした。多変量解析で治療前のパワードプラシグナルの有無と治療後の有無は局所再発をきたす有意な因子であった。以上、残存するパワードプラシグナルは腫瘍細胞の残存を意味し、局所再発の原因となる。

2.「パワードプラ超音波法が、RFAの治療効果判定に有用である。」ことを検証した。

肝細胞癌30人、30結節を対象に、RFA術後、3、6、12ヶ月ごとにパワードプラ超音波法を施行し、血流シグナルの再出現、局所再発の有無を確認した。RFA後の経過観察で、CT上局所再発した症例は12ヶ月で1例、18ヶ月で1例に認められた。局所再発率は18ヶ月で6 %であった。局所再発した症例はRFA後、シグナルは陰性であり、かつCTで完全壊死が確認されたものであった。以上、パワードプラ超音波法が、RFAの治療効果判定とその後の経過観察に有用である。

3.「パワードプラ超音波法が、TAEの治療効果判定に有用である。」ことを検証した。

肝細胞癌48人、67結節の患者を対象とした。TAE24時間後および、14日後に超音波パワードプラ法を施行し、シグナルの有無を検討した。腫瘍生検はTAE後14日以後に施行した。TAE24時間後、67結節のうち、13結節 (20%)はシグナルは残存していた。しかし、14日後 29結節 (54%)に残存していた。TAE後にドプラシグナルが残存していた34結節のうち、27結節(79%)が腫瘍生検で腫瘍細胞が検出された。しかし、シグナルが検出されなかった22結節では5結節(23%)しか残存腫瘍細胞が検出されなかった。多変量解析では、腫瘍径、パワードプラシグナルの有無が残存腫瘍細胞が検出される独立した因子であった。

4.「三次元パワードプラ超音波法が肝細胞癌の診断に有用である。」ことを検証した。

肝細胞癌患者48人、52結節の患者を対象とした。三次元超音波法で腫瘍血管が連続して描出可能であった29結節は、全例血管造影で腫瘍濃染を呈した。さらに、三次元超音波法で三次元画像として構築できなかった23結節中、9結節 (39.%)は血管造影で腫瘍血管が描出された。

以上、論文は超音波パワードプラ法によるPEIT、 RFA及びTAEの効果判定の有用性を述べている。肝細胞癌の局所治療がPEITからRFAへ移行してきた昨今だが、パワードプラ法はどちらに対しても治療効果判定やその後の経過観察に有用である。TAEの効果判定ではドプラシグナルの残存が腫瘍細胞の残存を意味していることを、組織学的に検証した。三次元パワードプラ超音波法は、腫瘍の存在部位などの制約はあるが、血管造影とほぼ同等の立体構築画像が可能であることを実証した。パワードプラ法はその機能を備えた超音波機器があれば、瞬時に診断が可能であり、労力も高額な費用も必要としない検査である。造影剤アレルギー、被爆の問題が取沙汰される昨今、まず低浸襲な検査から開始し、必要があれば浸襲度の高い検査に移行していくべきであろう。そのためのエビデンスとして重要な貢献をなすと考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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