学位論文要旨



No 216917
著者(漢字) 国,前
著者(英字)
著者(カナ) コク,ゼン
標題(和) 大腸癌および転移組織におけるシアル酸含有複合糖質の発現とその臨床意義に関する研究
標題(洋) Clinical significance of sialoglycoconjugate expression in primary colorectal carcinoma and the metastatic tissues
報告番号 216917
報告番号 乙16917
学位授与日 2008.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16917号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 講師 椎名,秀一朗
内容要旨 要旨を表示する

MUC1ムチンは、種々の培養癌細胞株をはじめ、生体内では呼吸器や消化器の上皮組織において発現している膜貫通型の高分子量糖タンパク質である。MUC1は様々な機能を有しており、正常組織におけるその発現性が細胞間接着の調節や免疫応答の効果の減衰に影響を及ぼすほか、細胞内シグナル伝達に関係することが示唆されている。一方、癌細胞においては、MUC1の高発現が複数の研究で報告されており、それが癌細胞の浸潤性と関連することが示唆された。当研究室の最近の研究においてもMUC1の異常発現を検出しており、消化器癌の一種である乳頭部癌組織におけるMUC1の高発現が癌の病態の進行と統計学的関連性をもつことを明らかにした。

本研究では、種々の癌組織で異常発現が認められるMUC1に着目し、原発性大腸癌およびそのリンパ節転移ならびに転移性肝癌組織におけるMUC1の局在性を解明することを目的とした。MUC1の検出には抗体を用いた免疫組織化学的手法を行ったが、その際MUC1のシアル酸含有糖鎖をエピトープとして認識するKL-6と呼ばれるモノクローナル抗体を使用した。これまでの他の研究で、原発性大腸癌組織におけるMUC1の発現性が腫瘍の悪性度に関係することが示唆されていた。しかしながら、大腸癌細胞におけるKL-6ムチンの局在性やその生理学的機能に関しては明らかではなかった。当該論文では、細胞周囲の細胞膜及び細胞内におけるKL-6ムチンの異常な局在性が、癌のリンパ節転移や肝転移、ならびに大腸癌患者の予後の悪化に関係することを報告する。

本研究では、術中採取された原発性大腸癌組織82例を解析に使用した。また、転移陽性症例においては、同時に採取されたリンパ節転移組織や転移性肝癌組織も使用した。さらに、転移性肝癌組織におけるKL-6ムチンの発現性がもつ機能や臨床意義を解明するのに十分な症例数を得るために、転移性肝癌組織を56例追加して解析を行った。

解析では、KL-6抗体を用いた免疫組織化学的手法によりKL-6ムチンの局在性を検出した。その結果、82例の原発性大腸癌組織のうち、6例が陰性、29例が癌細胞頭頂部においてのみ陽性を示し、47例が癌細胞周囲の膜及び細胞内において陽性を示した。なお、この染色は癌組織のみで認められ、周囲の正常大腸上皮組織では検出されなかった。また、患者の5年生存率は、陰性の症例群(100%)や癌細胞頭頂部のみ陽性の症例群(85.7%)に比べ、細胞周囲の膜および細胞内が陽性の症例群(63.0%)で有意に低かった。そして、KL-6ムチンの局在性と臨床病理学的因子との相関性を統計学的に解析したところ、細胞周囲の膜および細胞内で陽性を認めた症例群において、脈管浸潤(P = 0.0003)、リンパ管浸潤(P < 0.0001)、リンパ節転移(P < 0.0001)、肝転移(P = 0.058)の発生が有意に高頻度で、進行癌を示すステージの症例数も有意に多かった(P < 0.0001)。なお、転移陽性症例から採取された転移組織においては、原発巣と同様のKL-6ムチンの局在性を認めた。

MUC1に関する以前の研究では、大腸癌組織全体におけるKL-6ムチンの発現性が着目され、癌細胞におけるMUC1の高発現が癌細胞の浸潤性や転移性を亢進させることが示唆された。しかし、MUC1の局在性と、癌の転移性や大腸癌の予後との間の詳細な臨床病理学的関連性は明らかではなかった。本研究でも、KL-6ムチンの発現レベルと癌の転移や患者の予後といった臨床病理学的因子との関連性を解析したが、有意な結果は得られなかった。最近、乳癌に関する複数の研究において、癌組織全体におけるMUC1の発現性ではなく、癌細胞におけるMUC1の局在性が癌の転移などに重要な関連性をもつことが示唆された。

本研究では、大腸癌におけるMUC1の局在性と転移との関連性を解明するために、臨床材料を用いて研究を行い、癌細胞周囲の膜および細胞内におけるKL-6ムチンの局在性が大腸癌におけるリンパ節転移の発生と有意に関連することを明らかにした。加えて、すべての肝転移組織(7例)において癌細胞周囲の膜および細胞内におけるKL-6ムチンの局在性を認めたことから、KL-6ムチンのこの異常な局在性が癌細胞の肝臓への転移に何らかの役割を果たすことが強く示唆された。MUC1は、末端の構造を切断した可溶性の状態で正常な上皮細胞から分泌され、組織内では細胞頭頂部表面に存在する。しかし、癌細胞において異常に高発現したMUC1は、この極性を失うことで細胞周囲の膜や細胞内という異常な局在性示すようになる。このことから、異常な局在性により発現するMUC1が細胞同士および細胞‐細胞外マトリクス間の相互作用を阻害して抗接着作用を引き起こすことにより、癌細胞が原発巣から離脱するのを助長すると考えられる。また、興味深いことに、数例のリンパ節転移ならびに転移性肝癌組織では、この異常なKL-6ムチンの局在性は癌組織全体の5%以下という限られた部位にのみ検出された。従って、リンパ節転移といった癌の病態の悪化に対して重要な因子となるのは、癌組織におけるKL-6ムチンの発現レベルよりも、むしろ癌細胞におけるKL-6ムチンの局在性であることが示唆された。

以上より、当該研究では、癌細胞におけるKL-6ムチンの局在性が癌の病態を決定する上で重要な役割を果たし、特に癌細胞周囲の細胞膜および細胞内におけるKL-6ムチンの発現が大腸癌のリンパ節や肝臓への転移、患者の予後を示す重要な指標となることを示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、膜貫通型のタンパク質であるMUC1ムチンの局在性の臨床意義を明らかにすることを目的に大腸癌およびそのリンパ節転移及び肝転移組織にMUC1ムチンの発現の解析を行ったものであり、下記に示すような結果を得た。

1.MUC1を認識する抗体を用いた免疫組織化学的解析の結果、大腸癌組織における癌細胞においてMUC1ムチンの局在性を検出した。解析した全82症例のうち、6例は陰性、29例では癌細胞の細胞頭頂部でのみ発現が認められ、47例では細胞質及び細胞膜において発現が認められた。また、MUC1ムチンは、大腸癌を原発とするリンパ節転移組織や肝転移組織においても癌細胞で発現することが示された。

2.本研究では、MUC1ムチンの発現性と各種臨床病理学的因子との関連性を統計学的に解析した。その結果、組織全体におけるMUC1ムチンの発現レベルと臨床病理学的因子との間に有意な関連性は示されなかった。一方で、上記のようにMUC1ムチンの発現性をその局在性に基づいて分類し解析したところ、細胞質及び細胞膜においてMUC1ムチンの局在性が、脈管浸潤(P = 0.0003)、リンパ管浸潤(P < 0.0001)、リンパ節転移(P < 0.0001)、肝転移(P = 0.058)、ステージ分類(P < 0.0001)との間に相関性をもつことが示された。

3.大腸癌を原発とする転移巣組織に対しても組織化学解析を行った結果、全ての転移巣組織において原発層と同様のMUC1の発現が認められ、局在性は癌細胞の細胞質及び細胞膜に認められた。なお、リンパ節転移及び肝転移陽性例のうち数例では、前述した異常なMUC1の局在性を示す癌細胞は原発巣において5%未満という少数のみ検出された。

4.組織全体におけるMUC1ムチンの発現レベルに基づいて症例群を分類した場合、MUC1ムチンの発現と患者の予後との間に有意な相関性は示されなかった。

5.前述のように症例群の分類をMUC1ムチンの局在性に基づいて行ったところ、5年生存率は、陰性症例群で100%、細胞頭頂部表面で認めた症例群で85.7%であったのに比較して、細胞質及び細胞膜で認めた症例群では63.0%と有意に悪化した。

以上の通り、本論文はKL-6ムチンの細胞局在性が癌疾患の病態を決定する上で重要な役割をもつことを示唆し、特に癌細胞質及び細胞膜におけるKL-6ムチンの局在性が大腸癌患者のリンパ節転移や肝転移、患者の予後を示す重要な因子であることを明らかにした。本研究は、これまでに報告がなかったMUC1の局在性が大腸癌の病態に関して生物学的に重要な役割をもつことを示唆する有用な結果であり、MUC1の癌進行メカニズムへの関連性を解明する基礎となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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