学位論文要旨



No 216918
著者(漢字) 太田,美緒
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ミオ
標題(和) 一般介護意識と主体的介護意識に関連する要因の分析
標題(洋)
報告番号 216918
報告番号 乙16918
学位授与日 2008.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16918号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 講師 長野,宏一郎
内容要旨 要旨を表示する

目的

2007年におけるわが国の65歳以上の高齢者人口は2,727万人に上り、高齢化率は21.3%である。1960年以降、核家族化が進み、家族のあり方や形態が変化している中で、家族による老親扶養の機能が脆弱になっていると指摘されて久しい。ただし、扶養意識の変化がみられる一方、介護が必要になった場合、未だ約70%が世帯員により介護されており、その主な担い手は女性である(厚生省1995、厚生労働省2001c)。

岡本(1986)は私的扶養を規定する要因として、経済的条件、物的条件、身体的能力、扶養意識に加えて、親族の関わり方、家族・親族の形態・続柄、介護者数、老人扶養に関する決定権者の意向、老人の病状に関する認識、情報源、および公的扶養への関心を挙げている。また、実際に介護をしている人の支えに関する質的研究では、愛情、恩返し、扶養義務感、意地、あきらめ、公的サービスの利用、家族の協力等が挙げられている(日本労働研究機構 1990)。Yamamoto and Wallhagen(1997)は介護の価値を見出す要因として、愛情と扶養義務感を強調している。さらに、公的介護サービスを利用する要因分析で指摘されている主な要因は、心身の機能、主介護者の年齢(以上、横山ら 1994、岡本1996、山本,杉下1998、塚原 2005)、主介護者の性別(塚原 2005)、家族構成(横山ら 1994、岡本1996、遠藤,吉田 2001、塚原 2005)、続柄(山本,杉下 1998)、副介護者の有無、就労による支障の有無、1週間程度の介護代替者の有無(以上、岡本1996)、排泄の自立(横山ら 1994、山本,杉下1998)である。

アメリカにおける先行研究でも、Guberman et al.(1992)は女性が介護をする要因として、愛情、扶養義務感、施設の利便性、就業状態、健康状態、経済状態等を含む14の要因を指摘している。

上記の先行研究において指摘されている要因の中で、家族の統合力としての観点から重要と思われるのは、愛情と扶養義務感である。これが意味するところは、子の親に対する愛情や扶養義務感が高ければ高いほど、自分で親を介護するということである。特に質的研究においては、「親に対する愛情があるからこそ介護をしている」という点が強調される傾向がある。この命題、およびこの命題の裏である「愛情がなければ介護はしない」が真であるか否かは、愛情と介護意識の関連を統計的に分析することによって初めて確認することが可能となる。

そこで本研究の目的は、愛情、扶養義務感、およびその他の物理的要因を投入し、統計的に分析することにより、介護意識に影響を与える要因を検討することである。また、被介護者が実の親である場合と、義理の親である場合における関連要因の比較検討を行なう。さらに、東京近郊の新興住宅地区と農村地区における関連要因の比較検討も行なう。

方法

埼玉県川越市伊勢原町(東京近郊の新興住宅地区)に在住する30歳代の全女性375名を対象として、2000年7月にアンケート調査を実施し、199名(有効回答率53.1%)より回答を得た。また同市芳野地区(農村地区)に在住する30歳代の全女性210名を対象として、2001年5月に同じくアンケート調査を実施し、93名(有効回答率44.3%)より回答を得た。両アンケートとも、調査主体は東京大学医学部保健社会学教室であり、配布、回収は郵送にて行なった。

調査項目は、一般介護意識(実の親、および義理の親が要介護状態となった時どうするのがよいと思うか:自宅介護、施設介護)、主体的介護意識(実の母親および義理の母親が要介護状態となり、回答者自身が主介護者になる場合どうするか:自宅介護、施設介護)(以上、目的変数)、愛情、老親扶養義務感、住居形態、介護者数、主な属性等である。愛情については、Walker and Thompson(1983)の母娘間親密度尺度を修正し、愛情を測る尺度として用いた。老親扶養義務感については、太田,甲斐(2002)が開発した老親扶養義務感尺度を用いて測定した。全ての説明変数について二変量解析を行ない、その結果、関連が確認された変数を投入したロジスティック回帰分析を行なった。

結果

伊勢原町、芳野両地区において回答者の90%以上が既婚者であった。学歴は伊勢原町が高く、70%以上の回答者が短大・専門学校、あるいは大学・大学院卒であった。芳野地区では49.4%が高卒、48.1%が短大・専門学校卒であった。仕事は両地区とも半数以上が無職であり、常勤で働いている者は各々16.8%、21.5%であった。同居については、伊勢原町では実の親との同居は6.5%、義理の親との同居は8.8%、芳野地区では実の親との同居は16.9%、義理の親との同居は39.1%であった。

二変量解析の結果、愛情、扶養義務感、世帯収入、経済的ゆとりが一般介護意識や主体的介護意識に有意に関連していることが認められた。ただし、世帯収入と経済的ゆとりは共に経済的状況を尋ねた項目であるため、経済的状況をより的確に表わしている世帯収入を投入した。その結果、愛情、扶養義務感、世帯収入の3変数を説明変数とし、一般介護意識、主体的介護意識を目的変数としたロジスティック回帰分析を行なった。また、愛情と扶養義務感との交互作用を検証した。さらに、扶養義務感は経済的援助、身体的介護、情緒的支援より構成されているため、この3要素を扶養義務感の代わりに投入し、5変数を説明変数としたロジスティック回帰分析を行なった。また、愛情と扶養義務感の3要素との交互作用についても検証した。

モデルの係数の有意性を検証した結果、芳野地区の対実母の主体的介護意識(3変数のモデル)と対義理の親の一般介護意識(3変数と5変数のモデル)における結果が良くなかった。したがって、これらについては分析せず、言及しない。ロジスティック回帰分析の結果、実の親に対する一般介護意識では、伊勢原町では扶養義務感と世帯収入が有意に関連していたのに対し、芳野地区では扶養義務感が有意に関連していた。主体的介護意識では、伊勢原町では扶養義務感が有意に関連していた。義理の親に対する一般介護意識では、伊勢原町では愛情、扶養義務感が有意に関連していた。主体的介護意識では、伊勢原町では愛情、扶養義務感が有意に関連していたのに対し、芳野地区では愛情が有意に関連していた。つまり、愛情や扶養義務感が高いほど自宅介護の比率が高まり、世帯収入が高いほど施設介護の比率が高まる。なお、愛情と扶養義務感との交互作用は認められなかった。

扶養義務感の代わりに経済的援助、身体的介護、情緒的支援を投入した結果、実の親に対する一般介護意識では、伊勢原町では身体的介護、世帯収入が有意に関連していたのに対し、芳野地区では身体的介護、情緒的支援が有意に関連していた。主体的介護意識では、伊勢原町では身体的介護、情緒的支援が有意に関連していたのに対し、芳野地区では情緒的支援が有意に関連していた。義理の親に対する一般介護意識は、伊勢原町では愛情、身体的介護が有意に関連していた。主体的介護意識については、伊勢原町では愛情が有意に関連していたのに対し、芳野地区では身体的介護が有意に関連していた。つまり、愛情、身体的介護、情緒的支援が高いほど自宅介護の比率が高まり、世帯収入が高いほど施設介護の比率が高まる。なお、愛情と扶養義務感の3要素との交互作用は確認されなかった。

考察

愛情については、義理の親の場合、一般介護意識や主体的介護意識との関連が認められ、義母に対する愛情の度合いが高いほど自宅で介護するが、低いほど介護しないことが示唆された。愛情が実の親の場合には影響せず、義理の親の場合に影響していることが示唆された点が興味深い。もともと血のつながりのない、他人である義母に対して、好き嫌いの感情が明確に介護形態の選択に関する意識に投影されたと考えられる。今回の対象者が30歳代と比較的若いことから、実の親または義理の親が要介護状態になるという仮定の質問に対して、自分の気持ちに忠実に回答した結果であると考えられる。

また、扶養義務感が対実の親、対義理の親の一般介護意識、主体的介護意識に関連することが認められた。扶養義務感が一般介護意識や主体的介護意識に関連するのは自然なことであり、扶養義務感が自宅で介護するか否かといった介護形態の選択に関する意識に影響を与えることが示唆された。また、扶養義務感を構成する3要素のうち、身体的介護が両地区において、対実の親、対義理の親の一般介護意識や主体的介護意識に関連することが認められた。また、情緒的支援が両地区において、対実の親の一般介護意識や主体的介護意識に関連しているのに対し、対義理の親では関連していない点が興味深い。義理の親の場合、親の介護をするべきだという身体的介護が介護形態の選択に関する意識に影響していても、親の孤独感の解消や情緒的満足に寄与すべきだとする情緒的支援が影響していないのは、もとは他人である義理の親であるからこその結果であると思われる。

さらに、世帯収入が一般介護意識に関連することが認められ、物理的な要因が介護形態の選択に関する意識に影響を与えることが示唆された。

伊勢原町と芳野地区ではサンプル数や調査時期に違いがあるため、単純な比較は困難であるが、2地区における関連要因を比較した結果、関連要因や要因との関連の強さに違いが認められた。例えば、伊勢原町では実の親の場合、扶養義務感との関連の度合いが一般介護意識より主体的介護意識において強く、情緒的支援が一般介護意識では関連が認められなかったのに対し、主体的介護意識では関連が認められた。これは嫁としての務めが比較的少ない伊勢原町において、実の娘としての立場が反映された結果と解釈できる。それに対し、芳野地区では実の親の場合、身体的介護が一般介護意識では関連が認められたのに対し、主体的介護意識では認められなかった。これは農村地区の嫁としての立場が反映されたものと解釈できる。以上のように、新興住宅地区である伊勢原町と農村地区である芳野地区において、嫁としての立場、役割の違いが反映された結果であると考えられる。また、義理の親の場合、主体的介護意識において芳野地区の方が愛情との関連の度合いが強かったが、これは日頃の嫁・姑関係の濃さが反映された結果であると解釈できる。

本研究においては、一般介護意識、主体的介護意識に関連する要因を統計的に分析することにより、両者の関連を検証し、明らかにすることができた。とりわけ実の親の場合、愛情ではなく、むしろ扶養義務感や世帯収入が影響を与えていることが示唆されたことは注目すべき点である。しかしながら、本調査で得られた知見は介護形態の選択に関する意識に影響を与える要因にすぎず、決定要因ではない。今回の回答と実際に介護をする必要が生じた時の介護形態の選択に乖離があるのか、またあるとすればその要因を探る研究も重要である。今後パネルによる追跡調査を行ない、介護形態を決定する要因を分析する必要がある。本研究はその決定要因を検証するための布石とも言うべき第1段階の調査である。本調査で得られた知見を発展させるためにも、継続性のある追跡調査が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、親が要介護状態となった時にどのような介護形態を取るかという介護意識を一般介護意識(親が要介護状態となった時どうするのがよいと思うか:自宅介護、施設介護)と主体的介護意識(実の母親および義理の母親が要介護状態となり、回答者自身が主介護者になる場合どうするか:自宅介護、施設介護)に分け、これらに関連する要因を30代の女性を対象に検証した。また、被介護者が実の親である場合と、義理の親である場合、および東京近郊の新興住宅地区(伊勢原町)と農村地区(芳野地区)における関連要因の比較検討も行ない、以下の知見を得た。

1.被介護者が実の親の場合、伊勢原町では扶養義務感と世帯収入が、芳野地区では扶養義務感が一般介護意識に影響を与えることが示唆された。また、両地区において扶養義務感が主体的介護意識に影響を与えることが示唆された。

2.被介護者が義理の親の場合、伊勢原町では愛情と扶養義務感が、芳野地区では愛情が一般介護意識に影響を与えていることが示唆された。また、同様に伊勢原町では愛情と扶養義務感が、芳野地区では愛情が主体的介護意識に影響を与えていることが示唆された。

3.また、扶養義務感を構成する3要素(経済的支援、身体的介護、情緒的支援)を投入した結果、被介護者が実の親の場合、伊勢原町では身体的介護に関する義務感と世帯収入が、芳野地区では身体的介護と情緒的支援に関する義務感が一般介護意識に影響を与えることが示唆された。また、伊勢原町では身体的介護と情緒的支援に関する義務感が、芳野地区では情緒的支援に関する義務感が主体的介護意識に影響を与えることが示唆された。

4.被介護者が義理の親の場合、伊勢原町では愛情と身体的介護に関する義務感が、芳野地区では愛情が一般介護意識に影響を与えていることが示唆された。また、伊勢原町では愛情が、芳野地区では身体的介護に関する義務感が主体的介護意識に影響を与えていることが示唆された。

5.上記の知見に基づき、以下の点について考察を加えた。愛情が実の親の場合は介護意識に影響せず、義理の親の場合に影響していることが示唆された点が興味深い。もとは血のつながりのない他人である義母に対して、好き嫌いの感情が介護形態の選択に関する意識に反映されたわけだが、対象者が30代と比較的若い時点において自分の気持ちに素直に回答した結果であると思われる。また、先行研究において「介護するのは愛情があるからだ」と、愛情が要因として指摘されていたが、本研究では扶養義務感と世帯収入が介護意識に影響していることが示唆された点が興味深い。

6.2地区の比較については、関連要因に違いが見られた。例えば、実の親の場合、伊勢原町では身体的介護に関する義務感が両介護意識に影響しているが、芳野地区では主体的介護意識には影響していないことが示唆された。これは、両地区における「嫁」としての立場の相違が反映されたと解釈できる。つまり、嫁としての役割の比重が比較的高い農村地区において、実の親の場合、より具体的な状況を設定されると、嫁としての立場に縛られ、たとえ身体的介護に関する義務感があっても介護意識には反映されにくいと解釈できる。

当該研究のオリジナリティとして、以下の2点が挙げられる。先行研究では、主に介護者を対象として介護をする要因を分析しているのに対し、本研究では、介護経験のない人を対象に介護意識に関連する要因を分析した。また、関連要因を量的に分析するため、老親扶養義務感尺度を開発し、それを用いて分析した。老親扶養義務感を定量化し、介護意識との関連を検証した研究は未だない。本研究は、介護意識に影響を与える要因を量的に分析することにより、親の介護に関わる要因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク