学位論文要旨



No 216925
著者(漢字) 左近,樹
著者(英字)
著者(カナ) サコン,イツキ
標題(和) 中間~遠赤外線観測に基づく天の川銀河及びその遠方における星間塵拡散光の性質
標題(洋) Properties of the Diffuse Interstellar Dust Emission in the Milky Way and Beyond Based on Mid- to Far-Infrared Observations
報告番号 216925
報告番号 乙16925
学位授与日 2008.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16925号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 教授 小林,行泰
 東京大学 准教授 小林,尚人
 京都大学 教授 長田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

今日の天文学において、星間空間中に漂う固体微小粒子(ダスト)が、銀河内の星間空間中で繰り広げられる様々な天体現象のもとで、どのように形成され、化学的物理的に進化し、また破壊されるのか、という物質循環の描像を明らかにすることは極めて重要な課題の一つである。本学位論文中では、中間赤外線及び遠赤外線の観測を基に、我々の銀河系内の星形成領域、銀河内星間空間中の銀河拡散光、非常に活発な星形成領域である超星団を有する近傍の倭小銀河Henize2-10及びIIZw40で繰り広げられる星間ダストの進化の過程を探る。

まず、はじめに中間赤外から遠赤外の波長域において、比較的広帯域バンドによって観測的に得られるエネルギー分布(Spectral Energy Distribution;SED)に対して、従来のモデルと比べて、より現実的な状況を想定して、その正しい解釈や理解を得ることを目指す。これは、ダスト自体の物理量である温度や存在量、あるいは組成などを特定する上で、極めて本質的であり、一方、それらの熱源となる輻射場の環境、すなわち星形成の度合いやその他の星間空間の環境に関する物理量に重要な制限を与えるために大きな役割を演じる。我々は、観測される中間赤外~遠赤外のSEDの性質が、視線方向上あるいは観測に用いるビームサイズに対応する空間に異なる輻射場強度を有する様々な天体環境が含まれていることを考慮したモデルでよく再現できることを明らかにした。特に波長で10ミクロンから50ミクロンにかけての放射は、ビームの見る空間領域に含まれる活発な星形成環境の含有度合いに極めて敏感に依存し、例えば、遠方の銀河において、静止波長系で10ミクロンから50ミクロンに対応する放射を他のダスト成分が担う放射の量と比較することによって、その銀河の大質量形成の程度を探るための重要な指標として適応できる可能性が示唆される。

次に、星間ダストのうちで、特に普遍的にさまざまな天体に見られる未同定赤外(UIR)バンドの担い手として考えられている多環式芳香族炭化水素分子及びそれに関連する炭素系ダストの性質に着目し、銀河の星間空間中において、異なる星形成の活動レベル下での変質過程の差異や、極端に活発な超星団中での進化について調べた。本論文中での観測結果からは、星形成環境に起因する系統的なUIRバンド強度比の変化が得られ、「星形成の活動性が増すと共に6-9ミクロン帯に見られるC-C格子振動モードのバンドと11.2ミクロンに現れるC-Hの面外屈伸モードのバンドとの強度比が増加する」という結果が得られた。銀河の星間空間中の多環式芳香族炭化水素分子は、星形成活動に伴う環境によってだけでなく、その銀河内の金属量や星間空間中のwindに伴うshock、プラズマとの相互作用などで多様な変質破壊を経験すると考えられる。従って、従来考えられていた「UIRバンド放射は担い手である多環式芳香族炭化水素が紫外光を効率的に熱源とするがゆえに、その放射量が星形成の指標になる」という理解は必ずしも適当でなく、特に最近の観測からは、例えば活動銀河核を有する環境下では、UIRバンド強度が他のダスト放射に埋もれてしまい、銀河内での星形成活動を探る上で正しい評価を与えないことが指摘されている。こうした状況を考慮して、本論文では存在量自体には無関係な量である6.9ミクロン帯のバンドと11.2ミクロンバンドの強度比が、銀河の活動性を探る上でより強力な指標となり得ることを提案する。一方で、この多環式芳香族炭化水素の放射の性質を正しく理解するためには、地上での実験室による測定実験や量子化学計算に基づく理論的な研究との協力が重要である。今後、これらの共同作業に基づく更なる研究によって、星間ダストの進化と物質循環の過程に対するより正確な描像が得られるであろう。

さらに、星間空間中のダストの形成について、従来から小・中質量星の進化における質量放出でのダスト形成が指摘されているが、今回は最近爆発した超新星SN2006jcの周囲でのダスト形成について、最新の赤外線天文衛星「あかり」のデータを用いて、新しく超新星の放出物質中で生成されたダストからの直接の放射の近赤外から中間赤外にかけての分光データ及び測光データを取得することに初めて成功した。本学位論文中では、そのダスト放射のデータから、形成されたダストの組成や質量の評価を行い、星間ダストの物質循環のうちの「ダストの形成」の部分について、重要な観測の一例を与えた。

以上の観測に基づく結果を通じて、星の進化の一生や銀河の進化の一生の歴史の中で、星間空間中のダストが、いかにして、生成、進化、破壊を繰り返していくのかについての描像と理解を得ることを目指す。

審査要旨 要旨を表示する

星間空間を漂う微小な固体粒子は星間塵と呼ばれ、それからの輻射は一般に中間・遠赤外域で強い。したがって最近の天文衛星と地上望遠鏡による赤外線観測は星間塵の研究を大きく前進させる原動力となった。本論文は赤外衛星と、大型地上望遠鏡により得られた星間塵からの赤外拡散光スペクトルを用い、星間塵が存在する環境がスペクトルの特徴にどう反映されているかを研究したものである。

第1章はイントロダクションであり、最初に地上望遠鏡すばる、赤外衛星IRAS,COBE,IRTS,ISO,Spitzer,AKARIの赤外観測装置を比べ、続いて星間塵からの輻射の特徴である未同定赤外光について、その各バンドと原子結合との関係を説明している。さらに本申請者がデータ処理に直接かかわったIRTSとAKARIの観測装置についての解説が加えられている。

第2章では、天の川銀河での未同定赤外光を、IRTSに搭載された中間赤外分光器MIRSの観測を使って調べている。COBEによる遠赤外拡散光の観測結果との比較から未同定赤外光強度が遠赤外光強度と強い相関を有することが確認された。さらに未同定赤外光の遠赤外光に対する相対強度比とその62,7.7μmバンドに対する8.6,11.2μmバンド強度比は、共に銀河系の太陽軌道外部の方が内側より高い値を示すこと、バンドのピーク波長が太陽軌道の内側と外側とでやや異なることが示された。

第3章では、COBEとIRASの観測データの解析に基づき、大マゼラン雲の星間塵の性質を調べている。遠赤外線100,140,240μm光の二色図から、大マゼラン雲では星間塵輻射率の波長依存性が銀河系よりやや弱いことが分かった。また、中間赤外12,25,60μmの強度超過が銀河系に比べると弱いが、超微粒子のサイズ分布の差に起因することが示された。興味深いことに、大マゼラン雲では中間赤外超過の遠赤外光強度に対する比が二つの系列をなしている。単一温度モデルでこの2系列を説明することは不可能である。星間空間拡散光強度が視線方向に沿って変化するモデルを用いて解釈した結果、若い星団からの強い輻射の影響を受けているか否かで、観測される二系列が再現できることが示された。この強い輻射は同時に赤外未同定光のバンド強度比とピーク波長にも影響するので、この二つが星形成活動の進行状態の指標に使えるという示唆がなされた。

第4章にはAKARIによる近傍の晩期型渦状銀河NGC6946の観測結果が述べられている。中間赤外スリット分光の結果、渦状腕では未同定赤外光の6.2,7.7,8.6μmバンド強度は11.2μmバンド強度に比べ相対的に強まることが分かった。渦状腕では超微粒子が星形成に伴うOB型星からの強い光を受けて、未同定赤外バンドの相対強度が変化するという考察に基づき、赤外未同定光のバンド強度比を遠方銀河における星形成活動の指標として使うという提案がなされた。

第5章は二つの青色コンパクト綾小銀河,Henize2-10とIIZw40,をすばる望遠鏡に搭載されたCOMICS中間赤外分光撮像装置で観測した結果が述べられている。ダスト雲に埋もれた超巨大星団が幾つかの輝点に分解されたが、赤外未同定光の強度はそれらとの相関を示さなかった。その原因として、電離領域ではダスト破壊が進行し、サイズ分布が大きい方に片寄るという解釈が示された。

第6章はAKARIによる超新星SN2006jcの爆発後200日での近-中間赤外観測の結果が述べられている。母銀河のスペクトルを取り除いて抽出した超新星赤外スペクトルは、超新星から放出されたガス内に形成された約800Kの非晶質炭素微粒子からの輻射と、超新星爆発以前に星から流出していたガス内に生じた約320Kの非晶質炭素微粒子からの輻射の合算として解釈された。

第7章は二つのHerbig Ae/Be型星、IRAS03260+3111とMWC1080、を第5章と同様にすばる望遠鏡で観測した結果が述べられている。赤外未同定バンド間の強度比が中心星からの距離に応じて変化していくことが分かり、その原因として輻射源微粒子の電離が最も有力であることが示された。

第8章には上記の各章で得られた結論がまとめられている。特に波長10-50μmの中間赤外光強度と遠赤外光強度の比および赤外未同定光のバンド間の強度比が星形成活動の良い指標であることは本論文で得られた大きな成果である。

以上、本論文は星間空間赤外拡散光スペクトルの解析により星間塵の形成、変成、破壊が様々な宇宙環境中で進行していく姿を明らかにしたもので天文学上高い意義を有すると判断される。本論文の第2章は尾中その他5名との、第3章は尾中その他6名との、第4章は尾中その他24名との、第5章は尾中その他8名との、第6章は野沢その他19名との、第7章は岡本その他4名との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって解析および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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