学位論文要旨



No 216926
著者(漢字) 西村,典夫
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,ノリオ
標題(和) Candidatus Phytoplasma asterisの媒介昆虫特異性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216926
報告番号 乙16926
学位授与日 2008.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16926号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 寄付講座教員・客員教授 堀江,博道
 東京大学 准教授 鈴木,匡
 東京大学 寄付講座教員・客員准教授 濱本,宏
内容要旨 要旨を表示する

1967年、土居らは電子顕微鏡観察によって、それまでウイルス病と考えられていたクワ萎縮病、ジャガイモてんぐ巣病、キリてんぐ巣病に罹病した植物の茎葉篩部にマイコプラズマ様微生物(mycoplasmalike organism, MLO;1994年「ファイトプラズマ(Candidatus Phytoplasma)」と改称されたため以下ファイトプラズマとする)が局在していることを発見し、これが病原体であることを報告した。ファイトプラズマによる植物病害の世界で最初の報告である。これが契機となり、ファイトプラズマによる植物の病害が世界各地で次々と発見された。我が国でも1967年以降3年の間に、イネ黄萎病(那須ら、1967)、サツマイモてんぐ巣病・マメ類てんぐ巣病(土居ら、1967)、ミツバてんぐ巣病(奥田ら、1968)、香料ゼラニュウムてんぐ巣病・ホウレンソウ黄萎叢生症状(奥田ら、1969)などのファイトプラズマ病が新たに発見された。これらの病害の多くは、ファイトプラズマ病と確認される前に、1960年代にすでに媒介昆虫が判明していたが、ウイルス病と考えられていた。例えば、クワ萎縮病はヒシモンヨコバイにより、イネ黄萎病はツマグロヨコバイ、マメ類てんぐ巣病はミナミマダラヨコバイによりそれぞれ媒介されることが報告されていた。しかし、キリてんぐ巣病やミツバてんぐ巣病などについては媒介昆虫は不明であった。ファイトプラズマは機械的接種が不可能であり、人工培養できないうえに、有効な防除薬剤が無く、研究遂行上も、病害防除の観点からも、媒介昆虫を明らかにすることは最重要課題である。

全ゲノムが解読され、系統解析が急速に進んだ今日、同一種のファイトプラズマは同じ昆虫により媒介されることが明らかになりつつあり、種に対して特異的な媒介昆虫が存在すると考えられるようになった。しかし、Ca. Phytoplasma asteris (asteris種のファイトプラズマ)を構成するファイトプラズマのOY系統(タマネギ萎黄病ファイトプラズマ(OYP)、ミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CJWP)など)、MD系統(クワ萎縮病ファイトプラズマ(MDP) )、およびPW系統(キリてんぐ巣病ファイトプラズマ(PWP) )の3系統では、OY系統がヒメフタテンヨコバイにより、MD系統がヒシモンヨコバイおよびヒシモンモドキにより、PW系統はクサギカメムシにより媒介されると報告されており、系統により媒介昆虫が大きく異なり、我が国におけるCa. Phytoplasma asterisには何故か媒介昆虫の種特異性が認められない事が知られていた。

茨城県では、1967年に霞ヶ浦沿岸地方を中心にミツバてんぐ巣病が大発生し問題となった。その後これがファイトプラズマに由来する病気であることが明らかとなり、防除対策確立の見地から、その媒介昆虫を明らかにすることが急務となった。本研究は、この問題を契機に、ミツバてんぐ巣病ファイトプラズマの媒介昆虫を明らかにするとともに、特にCa. Phytoplasma asterisと媒介昆虫の関係を詳細に検討し、ファイトプラズマの系統と媒介昆虫との関係を調べ、ファイトプラズマの種に対する媒介昆虫特異性について再検討することを目的に行ったものである。本研究の背景には、分子生物学的な手法の導入により16SrRNA遺伝子配列にもとづいたファイトプラズマの系統分類体系確立の存在が大きい。その概要は以下のとおりである。

1.OY系統のミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CJWP)の媒介昆虫の探索

ミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CJWP)の伝染方法を明らかにするため、汁液伝染、土壌伝染、アブラムシ伝染および発病圃場から採集した7種ヨコバイによる伝染試験を行ったところ、ヒメフタテンヨコバイによってのみ伝染が認められ、ヒメフタテンヨコバイがファイトプラズマの、またしかもCJWPの媒介昆虫であることが本研究によって初めて明らかになった。そこで詳細な試験を行い、ヒメフタテンヨコバイは30分間の獲得吸汁および30分間の接種吸汁でCJWPを伝搬し、虫体内潜伏期間は20~26日であること、さらに同虫が一旦CJWPを獲得すると、一生体内にCJWPを保有し伝搬能を保持することを明らかにした。また、CJWPを獲得吸汁したヒメフタテンヨコバイをキリに接種吸汁したところ、キリへの感染も認められた。草本植物を宿主とするファイトプラズマが木本植物にも感染し得ることを示したのは、本研究が初めてである。

2.OY系統(CJWP及びOYP)のヒシモンヨコバイ・ヒシモンモドキによる伝搬、およびMD系統(MDP)のヒメフタテンヨコバイによる伝搬試験

16SrRNA遺伝子配列に基づいて確立された系統分類体系によって(CJWPを含む)Ca. Phytoplasma asterisに分類されるファイトプラズマの媒介昆虫について詳細な検討を行った。先ず、クワ萎縮病ファイトプラズマ(MDP)の媒介昆虫として知られるヒシモンヨコバイとヒシモンモドキが、同じくCa. Phytoplasma asterisであるCJWP或いはタマネギ萎黄病ファイトプラズマ(OYP)を媒介するか否かについて調べた。CJWP或いはOYPを獲得吸汁させたヒシモンヨコバイおよびヒシモンモドキの各虫体を材料に、PCR法によりそれぞれのファイトプラズマの検出を試みたところ、いずれも当該ファイトプラズマが検出され、同時に、それぞれの保毒昆虫は健全植物にそれぞれCJWPあるいはOYPを伝搬した。しかし、CJWPの媒介昆虫であるヒメフタテンヨコバイにMDPを獲得吸汁させたところ、本研究ではMDPの伝搬は確認されなかった。以上を要するに、Ca. Phytoplasma asterisの系統であるOY系統とMD系統は、ヒメフタテンヨコバイの媒介性に差が認められたものの、両系統ともヒシモンヨコバイおよびヒシモンモドキにより媒介された。これらの昆虫は両ファイトプラズマ系統に共通で、asteris種の系統を越えた種特異的な媒介昆虫である事が示された。また、3種ヨコバイのCJWPの伝搬能にはほとんど差が無かった。

3.PW系統のキリてんぐ巣病ファイトプラズマ(PWP)の媒介昆虫の探索

つぎに、分子系統分類体系によってCa. Phytoplasma asterisの一系統(PW系統)に分類されるキリてんぐ巣病ファイトプラズマ(PWP)について媒介昆虫の再検討を行った。PWPの既報の本邦媒介昆虫はクサギカメムシとされる。そこでPWP株を用いて、まず、クサギカメムシによる伝搬能について調べた。PWPを獲得吸汁したクサギカメムシは、体内からPCR法でPWPがまれにしか検出されず、またキリならびにニチニチソウへのPWPの伝搬は認められなかった。一方、ヒメフタテンヨコバイ、ヒシモンヨコバイ、ヒシモンモドキにPWPを獲得吸汁させたところ、ヒシモンヨコバイで1例だけ体内からPWPが検出されたが、いずれもキリへの伝搬は確認されなかった。一方、キリ樹に多数生息するミドリヒメヨコバイをキリ病枝葉上で14日以上獲得吸汁させ、獲得吸汁開始後28日以上経過させると、PCR法で虫体内から低率(8.4%)ながら安定してPWPが検出された。キリおよびニチニチソウへの伝搬は本研究条件下では認められなかったが、自然条件下で大量のミドリヒメヨコバイの接種吸汁と、植物体内における潜伏期間が長い可能性を考慮すれば、ミドリヒメヨコバイがPWPの媒介昆虫である可能性を示唆している。もし、PW系統もヨコバイ科の昆虫で媒介される可能性が確認されれば、PW系統もOY系統、MD系統との間で媒介昆虫の共通性が認められる可能性があり、我が国におけるCa. Phytoplasma asterisに共通した媒介昆虫特異性が認められる可能性が高いものと考えられた。

以上を要するに、本研究ではミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CWJP)の媒介昆虫がヒメフタテンヨコバイであることを明らかにし、同病の防除法を確立した。さらに、16S rRNA遺伝子配列にもとづいた分類に従ってCa. Phytoplasma asterisに分類されるOY、MD、PWの3系統のファイトプラズマの媒介昆虫を詳細に検討することにより、これまで媒介昆虫の種特異性が認められていなかった同種ファイトプラズマに共通して、ヨコバイ科の昆虫が種特異的な媒介昆虫となり得ること、すなわちCa. Phytoplasma asterisに「媒介昆虫特異性」が認められることを初めて明らかにし、現場における防除体系を確立することが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

1967年、土居らは電子顕微鏡観察によって、それまでウイルス病と考えられていたクワ萎縮病、ジャガイモてんぐ巣病、キリてんぐ巣病などに罹病した植物の茎葉篩部にファイトプラズマを発見した。以降、数多くの重要病害がファイトプラズマ病であることが明らかになった。ファイトプラズマは機械的接種が不可能であり、人工培養できない上に有効な防除薬剤が無く、研究遂行上も病害防除の観点からも媒介昆虫を明らかにすることは最重要課題である。全ゲノムが解読され、系統解析が急速に進んだ今日、同一種のファイトプラズマは同じ昆虫により媒介されることが明らかになりつつあり、種に対して特異的な媒介昆虫が存在すると考えられるようになった。しかし、Candidatus Phytoplasma asteris (asteris種のファイトプラズマ)を構成するファイトプラズマは系統ごとに媒介昆虫が大きく異なり、我が国におけるCa. Phytoplasma asterisには何故か媒介昆虫の種特異性が認められない事が知られていた。本研究では、ミツバてんぐ巣病ファイトプラズマの媒介昆虫を解明し、その上で、Ca. Phytoplasma asterisと媒介昆虫の関係を詳細に検討し、ファイトプラズマの種に対する媒介昆虫特異性について再検討した。

1.OY系統のミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CJWP)の媒介昆虫の探索

ミツバてんぐ巣病ファイトプラズマ(CJWP:OY系統)の伝染試験を行いヒメフタテンヨコバイがファイトプラズマを媒介すること、さらにCJWPの媒介昆虫であることを明らかにした。また、CJWPを獲得吸汁したヒメフタテンヨコバイをキリに接種吸汁したところ、キリへの感染が認められ、草本植物を宿主とするファイトプラズマが木本植物にも感染し得ることが初めて示された。

2.OY系統(CJWP及びOYP)のヒシモンヨコバイ・ヒシモンモドキによる伝搬、およびMD系統(MDP)のヒメフタテンヨコバイによる伝搬試験

16SrRNA遺伝子配列にもとづいた系統分類体系によってCa. Phytoplasma asteris と分類されるCJWP、タマネギ萎黄病ファイトプラズマ(OYP:OY系統)、クワ萎縮病ファイトプラズマ(MDP:MD系統)の媒介昆虫について詳細な検討を行った。その結果、Ca. Phytoplasma asterisの系統であるOY系統とMD系統は、ヒメフタテンヨコバイの媒介性に差が認められたものの、両系統ともヒシモンヨコバイおよびヒシモンモドキにより媒介された。これらの昆虫は両ファイトプラズマ系統に共通で、asteris種の系統を越えた種特異的な媒介昆虫である事が示された。

3.PW系統のキリてんぐ巣病ファイトプラズマ(PWP)の媒介昆虫の探索

つぎに、分子系統分類体系によってCa. Phytoplasma asterisの一系統(PW系統)に分類されるキリてんぐ巣病ファイトプラズマ(PWP)について媒介昆虫の再検討を行った。PWPの既報の本邦媒介昆虫はクサギカメムシとされる。そこで、まずクサギカメムシによるPWP株の伝搬能について調べた。PWPを獲得吸汁したクサギカメムシは、体内からPCR法でPWPがまれにしか検出されず、またキリならびにニチニチソウへのPWPの伝搬は認められなかった。一方、ヒメフタテンヨコバイ、ヒシモンヨコバイ、ヒシモンモドキにPWPを獲得吸汁させたところ、ヒシモンヨコバイで1例だけ体内からPWPが検出されたが、いずれもキリへの伝搬は確認されなかった。一方、キリ樹に多数生息するミドリヒメヨコバイを獲得吸汁させると、PCR法で虫体内から低率ながら安定してPWPが検出された。キリおよびニチニチソウへの伝搬は本研究条件下では認められなかったが、自然条件下で大量の接種吸汁と、植物体内における潜伏期間が長い可能性を考慮すれば、ミドリヒメヨコバイがPWPの媒介昆虫である可能性を示唆している。もし、PW系統もヨコバイ科の昆虫で媒介される可能性が確認されれば、PW系統もOY系統、MD系統との間で媒介昆虫の共通性が認められる可能性があり、我が国におけるCa. Phytoplasma asterisに共通した媒介昆虫特異性が認められる可能性が高いものと考えられた。

以上、本研究は、OY系統のファイトプラズマの媒介昆虫を明らかにし、さらにOY系統を含むCa. Phytoplasma asterisの媒介昆虫の詳細な解明と再検討によって、従来は何故か媒介昆虫の種特異性が認められないと考えられていたCa. Phytoplasma asterisにおいても媒介昆虫特異性が認められることを明らにした。この成果は、学術上また応用上きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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