学位論文要旨



No 216927
著者(漢字) 中榮,功一
著者(英字)
著者(カナ) ナカエ,コウイチ
標題(和) 後根神経節細胞におけるプロスタサイクリンレセプターの機能解析と過活動膀胱治療薬への可能性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216927
報告番号 乙16927
学位授与日 2008.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16927号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

膀胱機能の異常を伴う疾患の一つである過活動膀胱は切迫性尿失禁の有無に関わらず、通常頻尿および夜間頻尿を伴う尿意切迫感を有する症状として国際禁制学会において定義された疾患であり、Quality of Lifeを害するとして注目されている。現在までこの過活動膀胱に対する薬剤としてムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗剤が開発されているが、副作用等もみられることから、新しい作用機序をもつ薬剤の開発が望まれている。近年、一次求心性線維のなかでも主に無髄C線維が過活動膀胱に関与している可能性が示唆されたことから、本研究では後根神経節(DRG)神経細胞において機能的な役割を担っている分子について検討することとした。

第一章:後根神経節細胞におけるプロスタサイクリンレセプターの機能解析

まずDRG neuron初代培養系において、多検体の試料評価に対応したcAMPの産生および細胞内カルシウム濃度の上昇を検出可能な系を構築し、様々な刺激によって誘導される変化ついて評価した。その結果、プロスタサイクリンレセプター(IPレセプター)アゴニストであるiloprostが顕著にcAMPの産生を誘導することを見出したことから、以下では知覚神経におけるIP レセプターの機能的役割について解析した。

ラットに抗癌剤であるcyclophosphamide(CYP)を投与すると膀胱容量の低下や頻尿が誘起されることが知られており、過活動膀胱病態モデルとして利用されている。そこでCYP投与ラットにおける膀胱でのPGI2代謝物の産出、また後根神経節および膀胱におけるIP レセプターの発現とCYP投与ラットにおけるその発現量の変化について検討した。その結果、CYP投与ラットでは膀胱においてPGI2代謝物の産出増加が認められた。また、膀胱におけるIP レセプターのmRNA発現量は非常に少なく、後根神経節に発現が顕著に認められ、その発現量はCYPを投与しても変化することはなかった。このことからCYP投与時においてPGI2は膀胱内で産出され、知覚神経の終末に作用していると考え、DRG neuronにおいて更なる検討を行うこととした。IP レセプターはG蛋白質共役受容体(GPCR)ファミリーに属し、G(αs)、サブユニットとカップリングしていることからリガンドが作用するとcAMPの産生が期待されるが、プロスタノイドアゴニストの中でIPレセプターアゴニストは最もcAMP産生を誘導した。神経細胞内においてcAMPの産生は神経組織の過敏化を誘導することが報告されている。そこでDRG neuronにおいても神経伝達物質の放出に影響を及ぼす可能性があると考え、プロスタグランジンと同様に炎症時に分泌されると考えられているlys-bradykininとプロスタノイドアゴニストを併用し、興奮性神経伝達物質であるサブスタンスPの放出について検討を行った。その結果、各種アゴニストは濃度依存的にサブスタンスPの放出を引き起したが、中でもiloprostが最も効果的なアゴニストとして作用することが明らかとなった。更にcapsaicinをリガンドとするtransient receptor potential cation channel(TRPV1)は非特異的な陽イオンチャネルとして知られており、ATPはP2x、P2Yレセプター(非特異的陽イオンチャネル、GPCR)のリガンドとして、また高濃度KCIはvoltage gated Ca(2+)channe1を介しサブスタンスPの放出を促すと報告されている。Iloprost処理後、上記三種類の刺激に対するサブスタンスPの放出を検出した結果、iloprostはいずれの刺激に対してもサブスタンスPの放出を相乗的に増加させたことから、IP レセプターは様々な刺激によって誘導されるサブスタンスPの放出を元進させることが明らかとなった。以上の結果から、様々なレセプターの中でもIPレセプターはDRG neuronにおいて機能的役割を果たしており、知覚神経の感受性を亢進し、cAMP産生を介して神経伝達物質放出亢進に関わることが示唆された。

第二章:IPレセプターアンタゴニストの解析

これまで多くのプロスタノイドレセプターに対するアゴニスト、アンタゴニストが開発され、既に臨床で用いられている薬剤もある。しかしながらIP レセプターのアンタゴニストについてはほとんど報告がなく、わずかに特許情報として存在しているのみであり詳細な解析がされていなかった。そこで特許情報に記載されていたIP レセプター抑制作用を持つとされる2-[4-(IH-indol-4-yloxymethyl)-benzyloxycarbonylamino]-3-pheny1-propionica cid(compound A)について詳細な解析を行うと共に、DRG neuronに対する影響について検討した。

まずcompound Aの様々なエイコサノイドによって誘導されるセカンドメッセンジャーの変動に及ぼす影…響を検討した。CompoundAはラット骨肉腫細胞UMR-108においてiloprostによって誘導されるcAMPの産生を濃度依存的に阻害した(IC(50)=480nM)。しかしながら他の5種類のエイコサノイドアゴニストよって誘導されるセカンドメッセンジャーの変動にcompound Aは10μMまで影響を及ぼさなかったことから、compound AはIPレセプターシグナリングを選択的に阻害することが明らかとなった。またレセプターバインディングアッセイの系を構築し化合物を評価したところ、compoundAはアンタゴニストとして作用することが明らかとなった。次にDRG neuronに及ぼすcompoundAの影響について検討を行った。CompoundAはDRGneuronにおいてもcAMP産生を濃度依存的に阻害し、IPレセプターを介したサブスタンスPの放出元進を抑制した。またprotein kinase A(PKA)の阻害剤であるH89の影響についても併せて検討を行った結果、H89はサブスタンスPの放出亢進を抑制することが明らかとなり、IPレセプターを介したサブスタンスP放出亢進はPKAを介していることが明らかとなった。更にDRG neuronにおいてIPレセプターが機能的な役割を果たしていることが明らかとなったことから、compoundAをCYP誘発過活動膀胱モデルラットにて評価した。その結果、compoundAは膀胱内圧に影響に及ぼすことなく膀胱容量を有意に増加させた。このことからIPレセプターは過活動膀胱において重要な役割を果たしており、そのアンタゴニストは過活動膀胱治療薬となりうる可能性が示唆された。

第三章:G蛋白質共役型受容体アゴニストによって誘導されるカルシウムシグナリング阻害物質の探索

GPCRアゴニストによって誘導される細胞内カルシウムイオン濃度上昇の阻害物質探索を様々な有用な物質を作り出すとされる微生物二次代謝産物より行った。

阻害活性が確認された微生物培養液より各種クロマトグラフィーを用い、活性物質の単離精製および各種スペクトルより構造解析を行った結果、活性物質は新規物質14-O-(N-acetylglucosaminyl)teleocidin A(GlcNAc-TA)であった。Teleocidin類は多様な活性が知られているが、その標的蛋白質はprotein kinase C(PKC)であり、PKC activatorとして作用することから、PKCα-GFPおよびPKCθ-GFPを細胞に安定的に発現させ、GlcNAc-TAの与える影響について検討した。その結果、GlcNAc-TAはPKCα一GFP、PKCθ一GFPをそれぞれ細胞膜へと移行させ、PKCのactivatorとして作用することが示唆された。PKCactivatorであるphorbol esterを用いた実験により、PKCを活性化させるとphosphatidylinositol 4,5-bisphosphate(PIP2)の加水分解を抑制し、細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を阻害すると報告されている。GlcNAc-TAも様々なアゴニストによって誘導される細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を2-5μMで阻害することから、GlcNAc-TAが他のPKCactivatorと同様の作用を持つことが明らかとなった。

近年、PKCはTRPV1をリン酸化すると報告された。またcapsaicinはDRG neuronよりサブスタンスPの放出を誘導することから、DRG neuronを用いてGlcNAc-TAのcapsaicinによって誘導されるサブスタンスP放出に与える影響について検討した。その結果、GlcNAc-TAはサブスタンスPの放出を相乗的に増加させた。更にGlcNAc-TA単独処理における影響を検討した結果、GlcNAc-TAはサブスタンスPの放出を濃度依存的に誘導したことから、PKCの活性化はcapsaicinによって誘導されるサブスタンスPの放出を増加させるのみならず、直接サブスタンスPの放出を引き起こすことが明らかとなった。

まとめ

過活動膀胱がその原因の一部として、知覚神経の異常亢進を伴うことによって生ずる疾患であることが明らかとなったことから、一次求心性線維である後根神経節細胞に焦点を当て、研究を行った。その結果、IPレセプターはDRG neuronにおいて機能的に作用しており、知覚神経の感受性を亢進し、cAMP産生を介して様々な刺激によって誘導される神経伝達物質放出を亢進することが明らかとなった。さらにcompoundAはIPレセプターのアンタゴニストとして作用し、過活動膀胱動物モデルにおいても有効であったことから、IPレセプターは知覚神経の亢進によって誘導される過活動膀胱の治療標的分子となる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

膀胱機能の異常を伴う疾患の一つである過活動膀胱は切迫性尿失禁の有無に関わらず、通常頻尿および夜間頻球を伴う尿意切迫感を有する症状として国際禁制学会において定義された疾患であり、Quality of Lifeを害するとして注目されそいる。現在までこの過活動膀胱に対する薬剤としてムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗剤が開発されているが、副作用等もみられることから、新しい作用機序をもつ薬剤の開発が望まれている。近年、一次求心性線維あなかでも主匠無髄C線維が過活動膀胱に関与している可能性が示唆されたことから、本研究では後根神経節(DRG)神経細胞において機能的な役割を担っている分子について検討することとした。

1.後根神経節細胞におけるプロスタサイクリシレセプターの機能解析

まずDRG neuron初代培養系において、多検体の試料評価に対応したcAMPの産生および細胞内カルシウム濃度の上昇を検出可能な系を構築し、様々な刺激によって誘導される変化ついて評価した。その結果、プロスタサイクリンレセプター(IPレセプター)アゴニストであるiloprostが顕著にcAMPの産生を誘導することを見出したことから、以下では知覚神経におけるIP レセプターの機能的役割について解析した。

ラットに抗癌剤であるcyclophosphamide(CYP)を投与すると膀胱容量の低下や頻尿が誘起されることが知られており、過活動膀胱病態モデルとして利用されている。そこでCYP投与ラット1における膀胱でのPGI2代謝物の産出、また後根神輝節および膀胱におけるIPレセプターあ発現とCYP投与ラットにおけるその発現量の変化について検討した。その結果、CYP投与ラットでは膀胱においてPGI2代謝物の産出増加が認められた。また、膀胱たおけるIPレセプターのmRNA発現量は非常に少なく、後根神経節に発現が顕著に認められ、その発現量はCYPを投与しても変化することはなかった。このことからCYP投与時1とおいてPGI2は膀胱内で産出され、知覚神経の終末に作用していると考え、DRG neuronにおいて更なる検討を行うこととした。IPレセプターはG蛋白質共役受容体(GPCR)ファミサーに属し,G(αs)サブユニットとカップリングしていることからリガンドが作用すると6AMPの産生が期待されるが、プロスタノイドアゴニストの中でIPレセプターアゴニストは最もcAMP産生を誘導した。神経細胞内においてcAMPの産生は神経組織の過敏化を誘導することが報告されでいる.そこでDRGneuronにおいても神経伝達物質め放出に影響を及ぼす可能性があると考え、プロスタグランジンと同様に炎症時に分泌されると考えられているlys-bradykininとプロスタノイドアゴニストを併用し,興奮性神経伝達物質であるサブスタセスPの放出について検討、を行った。その結果、各種アゴニストは濃度依存的にサブスタンスPの放出を引き起したが、中でもiloprostが最も効果的なアゴニストとして作用することが明らかとなった。更にcapsaicinをリガンドとするtransient receptor potential cation channel(TRPV1)は非特異的な陽イオンチャネルとして知られており、ArpはP2X、P2Yレセプター(非特異的陽イオンチャネル、GPCR)のリガンドとして、また高濃度KCIはvoltage gated Ca(2+)channelを介しサブメタンスPの放出を促すと報告されいる。Iloprost処理後、上記三種類の刺激に対するサブスタンスPの放出を検出した結果、iloprostはいずれの刺激に対してもサブスタンスPの放出を相乗的に増加させたことから、IPレセプターは様々な刺激によって誘導されるサブスタンスPの放出を亢進させることが明らかとなった。以上の結果から、IPレセプタらはDRG neuronにおいて機能的役割を果たしでおり、知覚神経の感受性を充進し、cAMP産生を介して神経伝達物質放出亢進に関わることが示唆された。

2.IPレセプターアンタゴニストの解析

これまで多くのプロスタノイドレセプターに対するアゴニスト、アンタゴニストが開発され、既に臨床で用いられていう薬剤もある。しかしながらIPレセプターのアンタゴニストについてはほとんど報告がなぐ、わずかに特許情報として存在しているのみであり詳細な解析がされていなかった。そこで特許情報に記載されていたIPレセプター抑制作用を持つとされる.2-[4-(IH-indol-4-yloxyrpethyl)-benzyloxycarbonylamino]-3-phenyl-propionic acid(compoundA)について詳細な解析を行うと共に、DRG neuronに対する影響について検討した。

まずcompoundAの様々なエイコサノイドによって誘導されるセカンドメッセンジャーの変動に及ぼす影響を検討した。CompoundAはラット骨肉腫細胞UMR-108においてiloprostによって誘導されるcAMPの産生を濃度依存的に阻害した(IC(50)=480nM)。しかしながら他の5種類のエイコサノイドアゴニストよって誘導されるセカンドメッセンジャー一の変動にcompoundAは10μMまで影響を及ぼさなかったことから、compoundAはIPレセプターシグナリングを選択的に阻害することが明らかとなった。またレセプターバインディングアッセイの系を構築し化合物を評価したところ、compoundAはアンタゴニストとして作用することが明らかとなった。次にDRG neuronに及ぼすcompoundAめ影響について検討を行った。CompoundAはDRG neuronにおいてもcAMP産生を濃度依存的に阻害し、IPレセターを介したサブスタンスPの放出亢進を抑制した。またprotein kinaseA(PKA)の阻害剤であるH89の影響についても併せて検討を行った結果、H89はサブスタンスPの放出亢進を抑制することが明らかとなり、IPレセプターを介したサブスタンスP放出亢進はPKAを介していることが明らかとなった。更にDRG neuronにおいてIPレセプ外一が機能的な役割を果たしていることが明らかとなった,ことから、compgundAをcYP誘発過活動膀胱モデルラットにて評価した。その結果、compoundAは膀胱内圧に影響することなく膀胱容量を有意に増加させた。このことからIPレセプターは過活動膀胱において重要な役割を果たしており、そのアンタゴニストは過活動膀胱治療薬となりうる可能性が示唆された。

3.G蛋白質共役型受容体アゴニストによって誘導されるカルシウムシグナリング阻害物質の探索

GPCRアゴニストによって誘導される細胞内カルシウムイオン濃度上昇の阻害物質探索を様々な有用な物質を作り出すとされる微生物二次代謝産物より行った。

阻害活性が確認された微生物培養液より各種クロマトグラフィーを用い、活性物質の単離精製および各種スペクトルより構造解析を行った結果、活性物質は新規物質14-O-(N-acetylglucosaminyl)teleocidinA(GlcNAc-TA)であった。Teleocidin類は多様な活性が知られているが、その標的蛋白質はprotein kinase C(PKC)であり、PKC activatorとして作用することから、PKC(α-GFPおよびPKCθ-GFPを細胞に安定的に発現させ、GlcNAc.TAの与える影響について検討した。その結果、GlcNAc-TAはPKCα-GFP、PKCθ-GFPをそれぞれ細胞膜ヘと移行させ、PKCのactivatorとしそ作用することが示唆された。PKC activatorであるphorbol esterを用いた実験により、PKCを活性化させるとphosphatidylinositol 4,5-bisphosphate(PIP2)の加水分解を抑制し、細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を阻害すると報告されている。GlcNAc-TAも様々なアゴニストによって誘導される細胞内カルシウムイオシ濃度の上昇を2-5μMで阻害することから、GlcNAc・TAが他のPKC activatorと同様の作用を持つことが明らかとなった。

近年、PKCはTRPV1をリン酸化すると報告された。またcapsaicinはDRG neuronよりサブスタンスPの放出を誘導することから、DRG neuronを用いてGlcNAc-TAのcapsaicinによって誘導されるサブスタンスP放出に与える影響について検討した。その結果、GlcNAc-TAはサブスタンスPの放出を相乗的に増加させた。更にGlcNAc-TA単独処理における影響を検討した結果、GlcNAc-TAはサブスタンスPの放出を濃度依存的に誘導したことから、PKCの活性化はcapsaicinによって誘導されるサブスタンスPの放出を増加させるのみならず、直接サブスタンスPの放出を引き起こすことが明ちかとなった。

過活動膀胱がその原因の一部として、知覚神経の異常亢進を伴うことによって生ずる疾患であることが明らかとなったことから、一次求心性線維である後根神経節細胞に焦点を当て、研究を行った。その結果、IPレセプターはDRG neuronにおいて機能的に作用しており、知覚神経の感受性を亢進し、cAMP産生を介して様々な刺激によって誘導される神経伝達物質放出を亢進することが明らかとなった。さらにCompoundAはIPレセプターのアンタゴニストとして作用し、過活動膀胱動物モデルにおいても有効であったことから、IPレセプターは知覚神経の亢進によって誘導される過活動膀胱の治療標的分子となる可能性が示唆ざれた。本研究は、後根神経節を介する膀胱機能調節を明らかにし、過活動膀胱治療薬の開発に繋がるものであり、博士(薬学)の学位授与に値するものと判断された。

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