学位論文要旨



No 216928
著者(漢字) 今田,智之
著者(英字)
著者(カナ) コンダ,トモユキ
標題(和) 高血圧を伴う腎障害進行におけるN型カルシウムチャネルの役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 216928
報告番号 乙16928
学位授与日 2008.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16928号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

高血圧の状態が持続することにより、腎糸球体の内圧上昇が生じ、圧刺激や伸展刺激などによってアンジオテンシンII、TGF-βやアルドステロンなどの様々な増殖因子の活性化が起こる。その結果、腎糸球体の肥大や硬化、腎間質の線維化などが惹起されて腎機能が低下し、やがて腎障害へと進行する。腎障害の進行を抑制するためには、腎糸球体内圧を低下させることが重要であり、そのために降圧薬を用いて全身血圧を低下させる降圧治療が行われている。日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインの中で、推奨薬の1つとされているカルシウム拮抗薬は、L型カルシウムチャネルをブロックすることにより血管平滑筋を弛緩させ、降圧作用を来たす。このL型カルシウムチャネル拮抗薬は、全身血圧を下げることによって糸球体内圧を低下させ、その結果として腎保護作用を示すことが報告されている。また、L型カルシウムチャネルは、腎輸入細動脈に存在し、糸球体内圧の調整にも大きな役割を持つことが知られている。即ち、レ型カルシウムチャネルは、主に循環動態に対する作用を介して腎障害の進行に関与していることが明らかになっている。しかしながら、血圧の低下に伴う反射性の交感神経活性の亢進により、組織障害関連因子の産生系であるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の活性化が起こること、また、降圧が不充分な場合には、腎輸出入細動脈収縮の不均衡により、腎糸球体内圧が逆に上昇してしまう可能性があることなどから、L型カルシウムチャネルをブロックすることは、必ずしも腎障害の進行抑制に対して充分な効果を示していないというのが現状である。

N型カルシウムチャネルは主に交感神経終末に存在し、シナプス伝達の主体をなすカテコールアミンの放出を抑制することで、血圧の上昇や心拍数の増加を抑制するなど、多様な生理機能の調節を行っている。一方、交感神経は腎臓における腎輸出入細動脈の収縮をコントロールし、腎微小循環動態を調整することや、レニン分泌細胞からのレニン分泌を制御し、アンジオテンシンIIの産生を調整していることが知られている。これらのことから、N型カルシウムチャネルは交感神経を介して腎微小循環やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の調節に関与しており、N型カルシウムチャネルをブロックして交感神経の過剰興奮を抑制することが、腎障害の進行抑制につながることが期待される。しかしながら、選択的なN型カルシウムチャネル拮抗薬が、世の中に貝毒ペプチドであるω-コノトキシンしか存在せず、N型カルシウムチャネルの交感神経活性における機能的役割以外に関しては未だ不明な点が多いことから、N型カルシウムチャネルの腎障害進行における役割を検証した結果は報告されていない。

本研究は、L/N型カルシウムチャネル拮抗薬であるシルニジピンを用いてN型カルシウムチャネルの薬理特性を把握した上で、腎障害の進行に対する抑制作用をL型カルシウムチャネル拮抗薬の作用と比較し、腎障害の進行におけるN型カルシウムチャネルの役割およびN型カルシウムチャネルをブロックすることの治療上の有用性を明らかにすることを目的としている。本論文の要旨は以下の項目である。

1.交感神経におけるN型カルシウムチャネルの役割確認

交感神経の活性亢進に対するN型カルシウムチャネルの役割をin vivo評価系にて確認することを目的として、麻酔下イヌの両側総頸動脈を結紮することにより交感神経を刺激する評価系を用い、シルニジピンの循環器系に対する作用検討を行った。

5~31mmHg程度の降圧作用を示すシルニジピンの投与下では、両側総頸動脈の結紮による昇圧、頻脈および血漿中ノルエピネフリン濃度の上昇は有意に抑制された。選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬では、同様の評価系で作用が見られないことが報告されていることから、本評価系におけるシルニジピンの作用は、N型カルシウムチャネルの拮抗作用を介して起こっていることが確認された。これらの結果から、N型カルシウムチャネルは、交感神経活性の亢進に基づく循環器パラメータおよび血液生化学パラメータ変化の制御に関与していることがイヌ麻酔下の評価系で確認された。

2.腎障害進行におけるN型カルシウムチャネル拮抗作用の有用性確認

腎障害進行におけるN型カルシウムチャネル拮抗作用の有用性を明らかにすることを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの、高食塩食負荷DahlSラットにおける腎障害進行抑制作用に対する検討を行った。DahlSラットにシルニジピンを8週間投与したところ、シルニジピンは、腎障害進行の指標となる血中尿素窒素の上昇およびクレアチニンクリアランスの低下を抑制することが確認された。また、腎臓の組織学的検討から、シルニジピンは、糸球体硬化を抑制することが確認された。さらに、シルニジピン投与群では、vehicle投与群に比べて血漿中ノルエピネフリン濃度および血漿レニン活性が低値を示すことが明らかになった。

これらの結果から、シルニジピンは腎障害を呈する高血圧モデルラットに対して腎障害進行抑制作用を持つことが明らかになった。その作用は、L型カルシウムチャネル拮抗作用を介した降圧作用のみならず、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した、交感神経活性およびレニン・アンジオテンシン系の亢進抑制が関与していることが確認された。

3.高蔗糖負荷高血圧モデルラットにおける腎障害進行とN型カルシウムチャネル

N型カルシウムチャネル拮抗作用に基づく腎保護作用の特徴を明らかにすることを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの腎障害進行抑制作用を、高蔗糖食を負荷した食塩感受性高血圧モデルであるDahlSラットを用いて検討し、選択的L型カルシウム拮抗薬であるアムロジピンと比較した。シルニジピン投与群とアムロジピン投与群は、実験期間中ほぼ同等の血圧推移を示したにもかかわらず、シルニジピン投与群でのみ、尿中アルブミン排泄量の抑制および糸球体肥大の抑制が確認された。また、腎組織学的検討により、シルニジピン投与群で、ICAM-1の発現、ED-1陽性細胞の増加および間質の線維化が抑制されることが確認された。一方アムロジピン投与群ではこれらの作用は見られなかった。さらに、シルニジピンは、尿中ノルエピネフリン排泄量、腎組織中アンジオテンシンII濃度および腎臓組織中レニンmRNAの発現に対して影響を与えなかったが、アムロジピンはいずれのパラメータもvehicle投与群に比べて増加させた。このことは、シルニジピンがN型カルシウムチャネル拮抗作用を介して、降圧による反射性の交感神経活性亢進およびそれに続くレニン・アンジオテンシン系の活性亢進を抑制したことを示している。

これらの結果から、L/N型カルシウムチャネル拮抗薬は、選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬にくらべて、優れた腎保護作用を持つことが確認された。そのメカニズムとして、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した交感神経活性およびニン・アンジオテンシン系の抑制と、それに基づく腎微小循環の改善および腎組織における細胞浸潤の抑制が関与していることが明らかになった。

4.N型カルシウムチャネルのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系に対する作用

N型カルシウムチャネルのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)への影響を検証することを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの、SHR/lzmにおけるRAAS血液生化学パラメータに対する作用検討を行い、選択的L型カルシウム拮抗薬であるアムロジピンおよびニフェジピンの作用と比較した。

SHR/lzmにほぼ同等の降圧作用を示すシルニジピン、アムロジピンおよびニフェジピンを単回投与し、降圧作用のピーク時間で採血して血液生化学パラメータを測定した。シルニジピンは血漿レニン活性や血漿中アンジオテンシンII濃度に影響を与えなかったものの、アムロジピンおよびニフェジピンは、両パラメータを顕著に増加させた。注目すべきことに、シルニジピン投与群でのみ血漿中アルドステロン濃度の低下が観察された。さらに、シルニジピンで見られた結果がN型カルシウムチャネル拮抗作用に基づく結果であることを確認するために、麻酔下のSHR/Izmに選択的N型カルシウムチャネル拮抗薬であるω-コノトキシンGVIAを静脈内投与し、血液生化学パラメータを測定した。ω-コノトキシンGVIAは、血漿中カテコールアミン濃度と血漿中アルドステロン濃度を低下させることが確認された。

これらの結果からL/N型カルシウムチャネル拮抗薬は、RAASに対して、選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬とは異なる作用を示すことが確認された。そのメカニズムとして、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した交感神経活性およびRAASの抑制が関与していることが明らかになった。

本研究により、N型カルシウムチャネルは、交感神経活性およびレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の亢進抑制を介して腎障害の進行に大きな役割を持つこと、およびN型カルシウムチャネルをブロックすることが腎障害の進行抑制につながることが確認された。臨床において、N型の両カルシウムチャネルを同時にブロックすることが、高血圧を伴う腎障害の進行を抑制する上で、極めて有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

高血圧の状態が持続することにより、腎糸球体の内圧上昇が生じ、圧刺激や伸展刺激などによってアンジオテンシンII、TGF-βやアルドステロンなどの様々な増殖因子の活性化が起こる。その結果、腎糸球体の肥大や硬化、腎間質の線維化などが惹起されて腎機能が低下し、やがて腎障害へと進行する。腎障害の進行を抑制するためには、腎糸球体内圧を低下させることが重要であり、そのために降圧薬を用いて全身血圧を低下させる降圧治療が行われている。L型カルシウムチャネル拮抗薬は、全身血圧を下げること、および腎輸入細動脈を拡張することによって糸球体内圧を低下させ、その結果として腎保護作用を示す。しかしながら、血圧の低下に伴う反射性の交感神経活性の亢進により、組織障害関連因子の産生系であるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の活性化が起こること、また、降圧が不充分な場合には、腎輸出入細動脈収縮の不均衡により、腎糸球体内圧が逆に上昇してしまう可能性があることなどから、L型カルシウムチャネルをブロックすることは、必ずしも腎障害の進行抑制に対して充分な効果を示していないというのが現状である。

N型カルシウムチャネルは主に交感神経終末に存在し、シナプス伝達の主体をなすカテコールアミンの放出に関与するなど、多様な生理機能の調節を行っている。交感神経は腎臓における微小循環動態を調整することや、レニン分泌、アンジオテンシンIIの産生を促進することが知られている。これらのことから、N型カルシウムチャネルをブロックして交感神経の過剰興奮を抑制することが、腎障害の進行抑制につながることが期待される。しかし、選択的なN型カルシウムチャネル拮抗薬が、今までのところ貝毒ペプチドであるω-コノトキシンしか存在せず、N型カルシウムチャネルの腎障害進行における役割を検証した結果は報告されていない。

本研究は、L/N型カルシウムチャネル拮抗薬であるシルニジピンを用いてN型カルシウムチャネルの薬理特性を把握した上で、腎障害の進行に対する抑制作用をL型カルシウムチャネル拮抗薬と比較し、腎障害の進行におけるN型カルシウムチャネルの役割およびN型カルシウムチャネル拮抗薬の治療上の有用性を明らかにすることを目的とした。、

1.交感神経におけるN型カルシウムチャネルの役割確認

交感神経の活性亢進に対するN型カルシウムチャネルの役割をin vivo評価系にて確認することを目的として、麻酔下イヌの両側総頸動脈を結紮することにより交感神経を刺激する評価系を用い、シルニジピンの循環器系に対する作用検討を行った。

5~31mmHg程度の降圧作用を示すシルニジピンの投与下では、両側総頸動脈の結紮による昇圧、頻脈および血漿ノルエピネフリン濃度の上昇は有意に抑制された。選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬では、同様の評価系で作用が見られないことが報告されていることから、本評価系におけるシルニジピンの作用は、N型カルシウムチャネルの拮抗作用を介して起こっていることが確認された。これらの結果から、N型カルシウムチャネルは、交感神経活性の亢進に基づく循環器パラメータおよび血液生化学パラメータ変化の制御に関与していることがイヌ麻酔下の評価系で確認された。

2.腎障害進行における,N型カルシウムチャネル拮抗作用の有用性確認.

腎障害進行におけるN型カルシウムチャネル拮抗作用の有用性を明らかにすることを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの、高食塩食負荷DahlSラットにおける腎障害進行抑制作用に対する検討を行った。DahlSラットにシルニジピンを8週間投与したところ、シルニジピンは、腎障害進行の指標となる血中尿素窒素の上昇およびクレアチニンクリアランスの低下を抑制することが確認された。また、腎臓の組織学的検討から、シルニジピンは、糸球体硬化を抑制することが確認された。さらに、シルニジピン投与群では、vehicle投与群に比べて血漿ノルエピネフリン濃度および血漿レニン活性が低値を示すことが明らかになった。

これらの結果から、シルニジピンは腎障害を呈する高血圧モデルラットに対して腎障害進行抑制作用を持つことが明らかになった。その作用は、L型カルシウムチャネル拮抗作用を介した降圧作用のみならず、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した、交感神経活性およびレニン・アンジオテンシン系の亢進抑制が関与していることが確認された。

3.高蔗糖負荷高血圧モデルラットにおける腎障害進行とN型カルシムチャネル

N型カルシウムチャネル拮抗作用に基づく腎保護作用の特徴を明らかにすることを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの腎障害進行抑制作用を、高蔗糖食を負荷した食塩感受性高血圧モデルであるDahlSラットを用いて検討し、選択的L型カルシウム拮抗薬であるアムロジピンと比較した。シルニジピン投与群とアムロジピン投与群は、実験期間中ほぼ同等の血圧推移を示したにもかかわらず、シルニジピン投与群でのみ、尿中アルブミン排泄量の抑制および糸球体肥大の抑制が確認された。また、腎組織学的検討により、シルニジピン投与群で、ICAM-1の発現、ED-1陽性細胞の増加および間質の線維化が抑制されることが確認された。一方アムロジピン投与群ではこれらの作用は見られなかった。さらに、シルニジピンは、尿中ノルエピネフリン排泄量、腎組織中アンジオテンシンII濃度および腎臓組織中レニンmRNAの発現に対して影響を与えなかったが、アムロジピンはいずれのパラメータもvehicle投与群に比べて増加させた。このことは、シルニジピンがN型カルシウムチャネル拮抗作用を介して、降圧による反射性の交感神経活性亢進およびそれに続くレニン・アンジオテンシン系の活性亢進を抑制したことを示している。

これらの結果から、L/N型カルシウムチャネル拮抗薬は、選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬にくらべて、優れた腎保護作用を持つことが確認された。そのメカニズムとして、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した交感神経活性およびレニン・アンジオテンシン系の抑制と、それに基づく腎微小循環の改善および腎組織における細胞浸潤の抑制が関与していることが明らかになった。

4.N型カルシウムチャネルのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系に対する作用

N型カルシウムチャネルのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)への影響を検証することを目的として、L/N型カルシウム拮抗薬であるシルニジピンの、SHR/IzmにおけるRAAS血液生化学パラメータに対する作用検討を行い、選択的L型カルシウム拮抗薬であるアムロジピンの作用と比較した。

SHR/lzmにほぼ同等の降圧作用を示すシルニジピンおよびアムロジピンを単回投与し、降圧作用のピーク時間で採血して血液生化学パラメータを測定した。シルニジピンは血漿レニン活性や血漿アンジオテンシンII濃度に影響を与えなかったものの、アムロジピンは、両パラメータを顕著に増加させた。注目すべきことに、シルニジピン投与群でのみ血漿アルドステロン濃度の低下が観察された。さらに、シルニジピンで見られた結果がN型カルシウムチャネル拮抗作用に基づく結果であることを確認するために、麻酔下のSHR/Izmに選択的N型カルシウムチャネル拮抗薬であるω-コノトキシンGVIAを静脈内投与し、血液生化学パラメータを測定した.ω-コノトキシンGVIAは、血漿カテコールアミン濃度と血漿アルドステロン濃度を低下させることが確認された。

これらの結果から、L/N型カルシウムチャネル拮抗薬は、RAASに対して、選択的L型カルシウムチャネル拮抗薬とは異なる作用を示すことが確認された。そのメカニズムとして、N型カルシウムチャネル拮抗作用を介した交感神経活性および'RAASの抑制が関与していることが明らかになった。

本研究により、N型カルシウムチャネルは、交感神経活性およびレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の亢進を介して腎障害の進行に大きな役割を持つこと、およびN型カルシウムチャネルをブロックすることが腎障害の進行抑制につながることが確認された。臨床において、LとN型の両カルシウムチャネルを同時にブロックすることが、高血圧を伴う腎障害の進行を抑制する上で、極めて有用であることを示した。このように本研究は高血圧に伴う腎障害の病態を明らかにし、N型カルシウムチャネル拮抗薬の有効性を明らかにしたもので、博士(薬学)の授与に値すると結論した。

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