学位論文要旨



No 216932
著者(漢字) 今村,能之
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ヨシユキ
標題(和) 世界の水問題解決に向けた国連世界水アセスメント計画(WWAP)の役割と日本の国際的地位向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 216932
報告番号 乙16932
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16932号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 中山,幹康
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

戦後日本は、経済面・技術面における多大な国際貢献、さらには海外に派遣された専門家達の献身的な取り組みにも関わらず、日本はお金だけを出すとの国際的な評判が続いている。このため、「顔の見える援助」を目指す取り組みが進められている。しかしながら、国益が衝突する弱肉強食の国際社会においては、お金を出すが口は出さない(出せない)日本の存在はキャッシュ・ディスペンサーとさえいわれ、歓迎されている。日本国憲法に謳われている「国際社会において名誉ある地位を占めたい」という国民の気持ちとは大きな乖離が生じている。

特に国連においては、戦勝国がつくった国際連合(United Nations=連合国)に敗戦国として敵国条項が残ったまま加盟しているため、加盟後半世紀を経て、米国と並ぶ規模の資金面での貢献を国連に行っているにもかかわらず、安全保障理事会の常任理事国となれず、日本語も国連公用語となっていないというハンディキャップを背負い続けている。

このような状況の中であらゆる人間活動の基礎でありながら、世界規模で深刻化している水問題においても、日本は水供給・衛生分野で1990年代から継続的に世界のトップドナーであり、ソフト・ハードの両面で多大な国際貢献を行ってきたが、正当な評価を受けてこなかった。しかしながら、近年このような状況が水分野において改善されつつある。例えば、2003年3月に琵琶湖・淀川流域で開催された第3回世界水フォーラム(京都、大阪、滋賀、3WWF: Third World Water Forum)やそのフォローアップの活動は、国連総会決議や主要国首脳会合(G8サミット)などで具体的に言及され、評価されている。

本研究では、過去の文献をレビューし、水分野、国連、地球規模、日本の取り組みについて、どのような要件が重要であったかを整理する。その上で、国連システム全体の水に関する唯一の取り組みであり、日本がイニシャティブを取った国連世界水アセスメント計画(WWAP: World Water Assessment Programme)を取り上げ、そのフェーズ1(2000年8月~2003年7月)の構想、計画、実施のそれぞれの段階でどのような要因がWWAPの進展にとって重要であったかを整理する。さらに、類似の取り組みであるグローバル国際水域評価(GIWA: Global International Waters Assessment)との比較により、どのような要件が決定的であったかを明らかにする。これにより、日本主導の水に関する国連の取り組みが機能するための要件を抽出し、我が国の国際貢献への正当な国際的評価に資することを目的とする。

なお、筆者はWWAP設立構想に携わるとともに、ユネスコ(国連教育科学文化機関、UNESCO: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)の要請を受けてUNESCO本部(パリ)に派遣され、WWAP事務局設立前の2000年7月からフェーズ1の期間中、さらにはフェーズ2のとりまとめ段階までの約5年間を通じて、初代事務局長であるヤング氏(Prof. Gordon Young)とともにWWAPを推進した唯一の事務局メンバーであり、WWAPの設立及び計画立案、さらに活動の実施を主導した。

また、世界の水分野に係わる主要な流れを国連、政府、NGOの3つの軸で体系的に整理したものを図に示す。この図において、WWAP及び日本の役割と世界の潮流の関係が示されている。

結 論

WWAPの構想段階においては、松浦事務局長の水分野を最優先課題とし、その中心プロジェクトとして日本の支援を受けながらWWAPを立ち上げるという政治判断がそれまで停滞していた構想を大きく前進させる決定的要因であった。そしてこの時期に「援助協調」と「国連機関連携」という二つの方針が決められた。

計画段階では、他の課題に埋没せず「水」にハイライトが当たる場ということで、WWAPのフェーズ1の目標をWSSDから3WWFに変更するという政治判断があった。また、国連機関がそれぞれの課題を担当すること、ケース・スタディは政府主体で実施すること、資金についてのルール(これによりUNESCOの主導性が確定した)、広報戦略を推進することが決められた。

実施段階では、WWDRの作成を中心とするWWAPの実施過程で、国連機関及び各国政府の協力が実行、強化された。また、3WWFに向けての明確な政治及び広報戦略が立案、実行された。

この結果、国連、主要先進国を含む各国政府などの高い評価を受けることとなった。

類似性の高いGIWAとの比較により、特定の国・地域に偏らない援助協調の方針、特定の国連機関(UNEP)ではなく国連システム全体による推進体制、ケース・スタディの専門家中心ではなく政府主体での実施、適切な場(3WWF)に向けての明確な政治及び広報戦略が、WWAPを大きく発展させたことが明確になった。

以上より、日本主導の水に関する国連の取り組みが機能するための要件は、

(1)政治的リーダーシップ

(2)援助協調

(3)国連システム全体による推進体制

(4)政府主体の実施

(5)効果的な広報戦略

であり、特に、政治的リーダーシップが決定的要因と考えられる。

国際的に重要性が増大している水分野において我が国は国際的に優れた技術の蓄積と経験を有しているだけでなく、日本主導で設立されたWWAPの活動が3WWFを中心とする日本のイニシャティブとの相互連携することにより、国連、各国政府、NGOのすべての基軸において活性化が起こり、世界レベルで水問題への取り組みを拡大、強化させていったことも明らかになった。

(1)~(5)の要件は、日本だけでなく他の主要国が主導する取り組みにおいても必要な要件であるという見方もある。しかしながら、

・「政治的リーダーシップ」に関しては、国際社会で共通認識となっているハイレベルのリーダーの果たす役割がわが国では十分に認識されておらず、如何に政治レベルのリーダーが育つ環境を確保していくかは、日本にとって特に重要な課題である。

・「援助協調」に関しては、現地でのスタッフ、国連の職員、特に上級職員が少ない我が国が主導して援助協調をすすめることは容易ではないが、第2次世界大戦での敗戦国である我が国が未だに不利に扱われている国際環境においては、我が国単独ではなく、援助協調を進めつつ日本が主導権を握る戦略を取ることが適切である。

・「国連システム全体による推進体制」に関しては、国連は不完全な点も存在するがそれに代わる組織が存在しない以上、国際社会において最も普遍性を有し、国際社会において未だに敗戦国の地位を引きずっている我が国がその取組の正当性を主張するために活用するのに最も適した組織である。

・「政府主体の実施」に関しては、NGOなどの役割が増大しているが、日本のNGOについては、欧米諸国のNGOに比べ、歴史が浅く、国連とも緊密でないといような状況を鑑みれば、我が国の外交戦略としては、少なくとも日本のNGOが国際的に重要なアクターとして育つまでは、政府間を主体とする政策を取るべきである。

・「効果的な広報戦略」に関しては、国民の理解を得るための情報提供、我が国の経験や技術の海外への情報発信というレベルにとどまっており、我が国の政策を国際的に実現するために実行される重層的な広報戦略のレベルまで達していないのが現状である。

このため、これらの要件を具備することが、我が国にとって国際的な取り組みを進めるための必要不可欠な要素であると考えられる。特に、「政治的リーダーシップ」については、多くの文献で重要性が指摘されていること、WWAPの発展とGIWAとの比較についての考察の結果、さらには国内において結果の平等主義が徹底しているために、国際舞台でリーダーシップを発揮できる人材が育ち難い環境にあることを鑑みれば、我が国にとって極めて重要であると言えるであろう。

つまり、日本が他国に比し優位であり、国際的に重要な課題に対して、政治的リーダーシップの下、援助協調の方針、国連システム全体による推進体制、政府主体の実施、効果的な広報戦略といった適切な手法・戦略を取ることにより、国際的に高い評価を受けることが可能となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

世界規模で深刻化している水問題において、わが国の政府開発援助は水供給・衛生分野で1990年代から継続的に世界のトップでありながら,必ずしもわが国の国際貢献に対する国際的評価が高いとは言えず,「顔の見える援助」を目指す取り組みが進められているところである.本論文提出者は,近年のサミットや閣僚級会合などにおいてよく引用され,成功事例と評価される「世界水アセスメント計画(WWAP)」の事務局に日本政府から派遣された専門家として,同プロジェクト立ち上げ期から,計画,実施のフェーズに参画しその活動の実施を主導した.本研究は,その経験と,文献レビュー,および類似の国際プロジェクトとの比較により,わが国主導の水に関する国連の取り組みが機能し,成功裡に実施される要件を抽出することを目的としている.

本研究では,まず,WWAPの構想、計画、実施のそれぞれの段階でどのような要因がWWAPの進展にとって重要であったかを整理している.その構想段階においては、ユネスコ事務局長松浦氏が水分野を最優先課題とし、その推進のために日本の支援によりWWAPを立ち上げるという政治判断と,その際に定められた「援助協調」と「国連機関連携」という二つの基本方針の重要性が指摘されている.計画段階では、国連機関と各国政府の役割分担,資金メカニズム,広報戦略などが,基本方針にそって策定され,実施段階ではその成果の初めての発表の場をわが国で開催された第3回世界水フォーラムにするという政治的広報戦略がとられたことが指摘されている.

本研究ではさらに、類似の国連の取り組みであるグローバル国際水域評価(GIWA: Global International Waters Assessment)との比較研究により,国連、主要先進国を含む各国政府などの高い評価を受けることとなった背景を整理して,特定の国・地域に偏らない援助協調の方針、特定の国連機関(UNEP)ではなく国連システム全体による推進体制、ケース・スタディの専門家中心ではなく政府主体での実施、適切な場(3WWF)に向けての明確な政治及び広報戦略が、WWAPを大きく発展させたことが明確にしている.

その上で、日本主導の水に関する国連の取り組みが機能するための要件として,政治的リーダーシップ,援助協調,国連システム全体による推進体制,政府主体の実施,効果的な広報戦略を挙げ,その中でも、特に、政治的リーダーシップが決定的要因と指摘し,リーダシップを発揮できる国としての取り組みの要件を整理している.

結果として,わが国の比較優位の国際的課題に対して,政治的リーダーシップとそれを支える国として取り組みを構築し,援助協調の方針,国連システム全体による推進体制,政府主体の実施、効果的な広報戦略といった適切な手法・戦略を取ることにより,国際的に高い評価を受ける国際プロジェクトを構想,計画,実施することが可能であると結論付けている.

以上のように本研究は、国連における水施策を運営する経験を踏まえ,わが国主導の国連プロジェクトが成功に至る理由を,同様の他の国連プロジェクトとの比較の上で抽出し,我が国の国際貢献が正当な国際的評価を得るために何が重要であるかを示唆するものである,わが国の今後の国際協力のあり方に有益な示唆を与えている.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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