学位論文要旨



No 216933
著者(漢字) 森田,慶子
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ケイコ
標題(和) 免震構造用別置型鉛ダンパーの復元力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216933
報告番号 乙16933
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16933号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 准教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

免震構造は、建築物を地盤から絶縁することにより、構造体のみならず、建物の中の居住者や内容物までも含めて大地震の被害から免れようとする構造システムである。基本的には基礎と上部構造の間に免震層が設けられる。免震層は、上部構造を地震動の水平成分から絶縁し、建物重量を支持しつつ大きな水平変形に追随でき、弾性復元力を持つアイソレータと、地震入力エネルギーを吸収するダンパー等の免震部材で構成される。

従来の構造物は、柱や梁などの各部材は剛接され、その力学的挙動はお互いに影響しあうために、個々の部材試験から得られた結果から構造物全体の挙動を捉えることは容易ではない。しかし、免震部材が地震時に受ける変形のほとんどは、純粋なせん断変形であるため、免震部材単体の試験結果から免震構造全体の地震時挙動を把握することは比較的容易となる。そこで、免震構造の主要構造部材であるダンパーの復元力特性について研究を行った。ダンパーには、種々の形状、機構、材質を持つものが考案され、使用されている。現在では、ダンパー機能が付与されたアイソレータも利用されているが、本研究では、鉛部分を露出させ、アイソレータと独立して使用する鉛ダンパー(別置型鉛ダンパー)を対象とし、現在までの知見を集約する。別置型鉛ダンパーは、免震構造用ダンパーとしての機能を充分有しており、ダンパーの設計の自由度も大きいことを示す。加えて、鉛ダンパーの復元力特性の明確化を計り、鉛ダンパーの限界性能を把握することを目的とする。

鉛は、免震構造や制震構造において減衰材として利用されている。純度の高い鉛は、降伏応力度が低く、極めて延性に富んだ特性を示し、大変形領域で優れた繰返し塑性変形能力を発揮する。履歴特性は、矩形に近い形状となり、大きな減衰性能を持つことが期待できる。また、鋼材ダンパーに比べて早期に降伏を促すことができ、比較的小変形時からダンパーとして必要な減衰性能を発揮することも期待できる。

しかし、鉛は遮音材や防振材として使用されることが多く、建築の構造部材として使用されることは、鋼材に比べると非常に少ない。このため、まず既往の研究結果を参考に鉛、特に純鉛の基本特性について述べ、鉛と鉄の接合方法について紹介する。加えて既往の研究結果で示されている基本的な材料試験結果のみでは、鉛ダンパーへの適用は不十分であると判断したため、鉛ダンパーへの適用を想定した材料試験を実施し、その結果について述べる。単調引張試験および、動的繰り返し特性を把握するための試験である。これらの試験においても鉛の素材試験と同様に下記の様な性質を示すことを確認した。

1.軸方向及びせん断方向の動的繰り返し試験においても、最初にひずみを与えた場合の弾性限は、再結晶が完了せずに継続してひずみを与えた場合の弾性限より低い値を示す。

2.繰り返し試験においてもひずみ速度に比例して応力度が大きくなる傾向を示す。

3.動的繰り返し試験において、軸方向試験から得られた応力度は、せん断試験から得られた相当応力度とほぼ対応する。

本研究で用いた別置型鉛ダンパーは、円柱状(I型)鉛ダンパーと、この形状を発展させて、可撓部をU字形に湾曲させた湾曲型(U型)鉛ダンパーの2種類である。実建物に使用されているダンパーはU型鉛ダンパーであるが、基本的な形状であるI型鉛ダンパーの復元力特性からU型鉛ダンパーの特性についても推定できることを示す。これらの基本特性をふまえて、鉛ダンパーの基本的な復元力特性について下記の様な知見を得た。

1.鉛ダンパーの復元力特性をI型、U型についてその特徴を示し、応答解析に必要なパラメータのモデル化を行う。I型鉛ダンパーの復元力特性は、変形が大きくなるに従いせん断力が大きくなる蝶型を示す。U型鉛ダンパーの復元力特性は、小変形領域と大変形領域とで分けて考えることができる。小変形領域では剛塑性を示し、大変形領域では僅かではあるがハードニングを示す。

2.鉛ダンパーの降伏耐力の評価については、鉛材が既に塑性領域に入っているために、厳密には弾性理論は適用できない。しかし、試験結果を理解する上で有効であると考えられるため、弾性論に基づいて鉛ダンパーを両端固定の曲げ部材と考えて、降伏耐力と降伏応力度を対応づけることにより評価する。

3.鉛ダンパーの最大変形能力は、可撓部の高さH及び可撓部の長さLを用いて示すことができる。最大変形量で示される試験体可撓部の伸びは可撓部長さの30%程度と推定され、一軸引張の材料試験結果とほぼ対応する。

4.実験より得られたU型鉛ダンパーの破断までの繰返し回数と部材角 の関係より、U型鉛ダンパーが充分なエネルギー吸収能力を保持していることを確認した。

建築構造物の地震時挙動を把握する方法として、数値解析による応答予測がある。免震構造に対する応答解析モデルは目的に応じて集中質量型の簡易モデルからねじれ応答、立体振動を考慮できる詳細モデル等が用いられる。設計を行う際、鉛ダンパーなどの履歴型ダンパーの復元力特性として完全弾塑性型bi-linearが多用されているが、実際のダンパーの復元力特性とは多少の差異がある。ダンパーの復元力特性をモデル化する方法の違いが免震構造の応答特性に及ぼす影響について把握しておくことは必要である。そこで、集中質量型の1質点系モデルを設定し、降伏点の振幅依存性を考慮した場合のモデル、降伏後の復元力特性にハードニングを考慮したモデルを用い、ダンパーの復元力特性を完全弾塑性型bi-linearにモデル化した場合の応答特性との比較を行うことでその特徴を把握した。これらの復元力特性の違いが免震層の応答変位に与える影響については、エネルギー論の観点からほぼ説明することができる。完全弾塑性型bi-linearから得られた結果を用いて推定した応答変位の予測式について述べ、下記の様な知見を得た。

1.U型鉛ダンパーの復元力特性は、大変形を許容する比較的大きな地震を対象とした場合、完全弾塑性型である単純bi-linearでモデル化することにより、充分な精度で設計に必要な応答を予測することが可能である。

2.鉛は極めて小振幅から降伏し、減衰能力を発揮する。小地震時や強風時などの小外乱の際の免震構造の挙動について検討を行う場合には、小変形時の特性を考慮した振幅依存bi-linearモデルの使用が有効である。

3.復元力特性の違いが応答変位に与える影響は、履歴曲線の面積を考慮することで、予測可能であることを確認した。

4.応答加速度は、振幅依存bi-linearモデルの応答加速度より単純bi-linearモデルの方が大きくなる傾向を示した。tri-linearモデルの加速度応答は、単純bi-linearモデルの応答とほぼ同じ値を示した。

以上、鉛ダンパーは免震用ダンパーとして要求される性能を十分保持しているものである。現在、実免震建物に使用される場合には、鋼棒ダンパーと併用されることが多い。しかし、純鉛を使った別置型鉛ダンパーを使用することにより比較的小振幅から減衰能力を発揮することができ、地震時の応答性状を向上させることができる。地震時には優れた変形追随能力を示し、リサイクルも可能である。鋼棒ダンパーと併用される理由の一つに、コストの問題が指摘されている。現在の鉛ダンパーの降伏耐力では、鋼材ダンパーと比較して必要となる個体数が増えてしまうことが一因である。この問題を解消するためにU180型鉛ダンパーの改良型ダンパーも使用され始めているが、やはり併用されている。鉛ダンパーの使用によって建物の安全性を向上させるために、更に効果的な形状を継続的に追求してゆく必要がある。

本研究で把握したダンパーとしての鉛の復元力特性は、鉛材のみならず錫などの超塑性材料の特性把握にも寄与するものであると考えている。平易で確実に免震構造の構造性能を向上させるためのダンパー開発の一助となることを望む。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、免震構造物にアイソレータと独立して設置しエネルギー吸収の役目をする鉛ダンパーの履歴特性を実験的に考究し、鉛特有の履歴モデルの考案により強震時の応答変位の予測技術を確立したものである。論文は本文5章と付録から構成されている。

第1章は序文で、様々な免震構法の中における本構法すなわち別置型鉛ダンパーを用いた免震構法の特徴および利点を整理している。また、鉛ダンパーに関する既往の研究がまとめられており、本論文で対象とする研究課題の位置付けが明らかにされている。

第2章は鉛の基本的な物性に関する調査結果、および鉛ダンパーを構造物に装着する上で実用上欠かすことのできない鉄とのホモゲン溶着による接合部の強度特性について既往のデータを整理している。免震構造に適用するに当たって必要な鉛材料の大変形塑性域におけるひずみ速度依存性および繰返し履歴特性については、既往の研究データが不足しているので、新たに動的実験を行うことによって必要な知見を補充している。

第3章は本論文の中心となる部分で、鉛ダンパーの繰返し履歴特性を実験的に調査し、それに基づいて履歴モデルの作成に必要な特性値を定量化している。すなわち、鉛ダンパーの初期剛性、降伏耐力、塑性域における硬化特性、せん断抵抗のひずみ速度依存性と振幅依存性、発熱の影響、破断までの変形能力とエネルギー吸収能力などを定量化した。鉛ダンパーの形状としては、棒状のI型ダンパーと曲線部を有するU型ダンパーの2種類を扱っている。I型ダンパーは大変形時の軸力付加によって塑性域の硬化が顕著となるため、床応答加速度を低減する上ではU型ダンパーのほうが有利であるとしている。さらに、この繰返し載荷実験を通して、ホモゲン溶着接合部の耐久性についても問題のないことを確認している。

第4章はU型鉛ダンパーを装着した免震構造物の地震応答解析を行ったもので、鉛ダンパーの履歴モデルの違いが応答に及ぼす影響を検討している。比較した履歴モデルは、もっとも単純な完全弾塑性型を基準にして、降伏せん断力の振幅依存性を組み込んだモデル、塑性域における硬化を組み込んだモデルである。入力地震動には過去に観測された地震動のうち代表的な国内2波と海外3波を用いている。その結果は、完全弾塑性モデルで工学的に十分な精度で応答予測が可能であること、他のモデルの応答値についてはエネルギーの観点から補正して求めることが可能であることを確認し、設計に便利なように応答予測式を提案している。さらに、別置型鉛ダンパーを採用した実機の鉄筋コンクリート造建築物の地震応答観測値と解析結果との比較検討を行い、提案された履歴モデルにより、地震力の小さな範囲ではあるが、精度良く応答を予測できることを確認している。

第5章は本論文全体のまとめとなっている。また、今後の課題として、長周期地震動に対する応答、鋼材ダンパーなど他のダンパーとの併用などについて言及している。

付録は有限要素解析による鉛ダンパーの内部ひずみ分布について検討したものであり、ひずみ集中箇所が実験で観測された温度上昇部と対応していることを確認している。

以上のように、本論文は別置型鉛ダンパーを用いた免震構造物について、ダンパー自体の繰返し履歴特性を明らかにするとともに、免震構造物の応答予測にいたるまでの研究を行ったものであり、実用化に向けた総合的な研究成果がまとめられている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42895