学位論文要旨



No 216934
著者(漢字) 星野,邦広
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,クニヒロ
標題(和) 実温度条件下における材料から放散される準揮発性有機化合物(SVOC)測定に関する研究
標題(洋)
報告番号 216934
報告番号 乙16934
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16934号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 准教授 立間,徹
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 熊谷,一清
 早稲田大学 教授 田邉,新一
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、室内環境条件下における各種材料から放散される準揮発性有機化合物(SVOC)を正確に測定するための測定方法であるチャンバー内吸着‐加熱脱着法(Thermal Desorption Test Chamber method : TDC method)を開発し、その実用性の検証を行った。また、TDC methodを応用して作られたマイクロチャンバー法の性能評価を行った。さらに、温度とSVOC放散速度の関係について検討を行った。

近年、化学物質による室内空気汚染が起因とされる「シックハウス症候群」や「化学物質過敏症」が大きな社会問題として取り上げられ、それに対する様々な対策が行われている。シックハウス症候群は、新築・改築後の住宅やビルにおいて住宅の高気密化や化学物質を放散する建材・内装材の使用などにより、居住者に様々な体調不良が生じる症状を示すものである。一方、化学物質過敏症は最初にある程度の量の化学物質に暴露されるか、あるいは低濃度の化学物質に長期間反復暴露された場合、その後極めて微量の同系統の化学物質に対しても過敏症状を来すものである。それらの症状は様々な複合要因が考えられ、未だ未解明な部分が多い。これらの問題に対し、厚生労働省(当時厚生省)では1997年にホルムアルデヒドに関する室内の濃度指針値100 μg/m3を示し、現在まで13物質の化学物質に対する室内濃度指針値を示している。さらに2002年には建築基準法が改正され、翌2003年7月に施行されている。この改正建築基準法では、クロルピリホスの使用を禁止し、ホルムアルデヒドに関しては内装仕上げの制限や機械換気設備の設置義務化などが始まった。それにより、ホルムアルデヒドに関しては放散量の等級表示が義務付けられ低放散建材の普及が進んでいる。また、2003年1月に建築材料などから放散される化学物質濃度測定のためのJIS A 1901 小形チャンバー法の制定に伴い、建材を始めとした各種材料から放散するトルエンやキシレン等の揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC、沸点50-100から240-260℃)に関しても測定が精力的に行われ、対策も施されている。

一方、より沸点が高く室内での濃度も低くなる準揮発性有機化合物(Semi-Volatile Organic Compounds: SVOC、沸点260~400℃)による室内空気汚染も懸念されている。フタル酸エステル(PAE: Phthalic acid ester)やリン酸エステル(Phosphoric acid ester) は可塑性や難燃性を目的として、建材・内装材・家具・家電製品・自動車関連など様々な材料の中に使用されており、その多くはSVOCに分類されている。特に厚生労働省が室内濃度指針値を策定しているフタル酸ジ-n-ブチル(DBP: Di-n-butyl phthalate)やフタル酸ジ-2-エチルへキシル(DEHP: Di-2-ethylhexyl phthalate )は、SVOCの代表的な物質であり、フタル酸エステル類に属する。フタル酸エステルの年間生産量は約40万tで、わが国で生産されている可塑剤のうち80%強を占めている。これらの物質は沸点が高いにも関わらずガス状物質として室内空気中に存在することが指摘されている。海外の研究では、子供の喘息やアレルギー症状と家庭のハウスダスト中に含まれるDEHP濃度の間に相関性がみられるという報告もなされ、DEHPによる健康影響も懸念されている。また、建材・内装材以外の材料からも放散されており、室内環境の実態把握を行うためにも各種材料から放散するSVOC を測定する必要性と要望が高まっている。

小形チャンバー法を始めとしたいわゆるテストチャンバー法による各種材料からの化学物質放散量の測定は温度23~28℃、相対湿度50%で行われることが一般的であり、ホルムアルデヒド類等の超揮発性有機化合物(Very Volatile Organic Compounds: VVOC、沸点0から50~100℃以下)及びVOCの放散量の測定には適応している。しかし、高沸点成分であるSVOCの放散量測定をテストチャンバー法により室内常温で行う場合、材料から放散されるフタル酸エステルなど蒸気圧の小さいSVOC成分はチャンバー内壁に吸着されてしまう。チャンバー内空気の捕集によるVVOCやVOC成分と同様な方法による放散量測定では正確なSVOC成分の放散量を求めることは困難である。このような状況に対し、チャンバーごと建材などを60~100℃に加熱して測定を行う加熱加速試験法ではSVOC成分のチャンバー内壁への吸着をある程度防いだ測定が可能である。この加熱加速試験法による建材等からのSVOC放散量の測定例は蓄積されつつあるが、このような測定方法は室内環境条件を無視した結果となってしまう。

本研究では、まず室内環境条件下において各種材料から放散されるSVOCを正確にかつ短時間で測定するための測定方法の開発を行うことを目的とし、チャンバー内吸着-加熱脱着法(TDC method)の開発を行った。続いて、チャンバー内吸着-加熱脱着法の実用性の確認を行うため、建築材料をはじめ、家電製品の部品、ノートパソコン、自動車内装材料等、実試料からのSVOC放散測定を実施した。また、建築材料から放散されるSVOCの測定を目的としてチャンバー内吸着-加熱脱着法を応用して作られたマイクロチャンバー法(JIS A 1904(案))に関する性能評価を行った。そして、最後にSVOCのターゲット成分の一つであるDEHPを対象として、室内温度とSVOC放散速度との相関性についての検討を行った。

本論文は以下のように構成されている。

第1章では、室内空気汚染化学物質の中でホルムアルデヒドおよび揮発性有機化合物(VOC)については建築材料をはじめとした各種材料からの放散量測定手法は確立されていることを示す。それに対し、室内空気汚染化学物質のひとつである準揮発性有機化合物(SVOC)に対しては適切な放散量測定手法が確立されていないことを示す。そこで、室内環境条件下におけるSVOC放散量測定方法としてチャンバー内吸着-加熱脱着法(TDC method)の開発を行った経緯を報告し、本研究の目的および方向性を説明する。

第2章では、現在の国内外における室内空気汚染問題に対する取組み、室内空気汚染化学物質の分析法および放散量測定法についての概説を行う。続いて、室内SVOC濃度の実態調査と測定法および材料からのSVOC放散量測定に関する既往の研究事例について説明する。

第3章では、本研究で開発したチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)の開発経緯に関する説明を行う。また、本手法を行うための測定条件(チャンバー材質・形状、測定温度、供給ガス等)に関する報告、さらには性能評価結果について報告する。

第4章ではチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)による実試料の測定を行う。壁紙および防炎カーテン、テレビのプラスチックケーシング、端子基板さらにノートパソコンから放散されるSVOC測定例について報告する。

第5章ではチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)を基本として作成されたJIS原案マイクロチャンバー法(JIS A 1904(案))の測定精度と測定再現性を向上させるための性能評価および環境因子の変化によるDEHP放散速度への影響に関する検討等を行う。

第6章では、最近、社会的関心が高まって来ている自動車車室内VOC問題に着目し、今後対策が予想される自動車内装材から放散されるSVOCについてチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)による測定を検討し、その報告を行う。

第7章では各種材料からのSVOC放散量はその環境温度の上昇に伴い大きくなる現象を説明する。さらに、SVOCの代表的な成分であるDEHPに着目し、塩化ビニル樹脂系壁紙を試験体とし、測定温度とSVOC放散速度の関係について検討する。

第8章では全体のまとめを行ない、本研究の成果と今後の検討課題を総括する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「室内環境条件下における材料から放散される準揮発性有機化合物(SVOC)測定に関する研究」と題して、室内環境条件下において各種材料から放散されるSVOCを正確にかつ短時間で測定するための測定方法の開発を行うことを目的とし、チャンバー内吸着-加熱脱着法(TDC method)の開発を行っている。また、建築材料をはじめ、家電製品、ノートパソコン、自動車内装材料等実試料からのSVOC放散測定を行うことにより、チャンバー内吸着-加熱脱着法の実用性の確認を実施した。さらに、可塑剤として使用されている代表的なSVOCであるDEHP(フタル酸ジ-2-エチルへキシル)を対象として、室内温度とSVOC放散速度との相関性についての検討を行っている。

本論文は以下のように構成されている。

第1章では、室内空気汚染化学物質の中でホルムアルデヒドおよび揮発性有機化合物(VOC)については建築材料をはじめとした各種材料からの放散量測定手法は確立されているが、VOCに比べ沸点が高く蒸気圧が低くなるSVOCに対しては適切な放散量測定手法が確立されていないことを示す。そこで、室内環境条件下におけるSVOC放散量測定方法としてチャンバー内吸着-加熱脱着法(TDC method)の開発を行った経緯を報告し、本研究の目的および方向性を示している。

第2章では、現在の国内外における室内空気汚染問題に対する取組み、室内空気汚染化学物質の分析法および放散量測定法についての概説を行っている。続いて、室内SVOC濃度の実態調査と測定法および材料からのSVOC放散量測定に関する既往の研究事例について説明している。

第3章では、本研究で開発したチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)の開発経緯に関する説明を行っている。また、本手法を行うための測定条件(チャンバー材質・形状、加熱脱着温度、供給ガス等)に関する報告、さらには性能評価結果(添加回収率、検量線の作成)について報告している。

第4章ではチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)による実試料の測定を行っている。建築材料(壁紙、防炎カーテン)、家電製品材料(テレビのプラスチックケーシング、端子基板)さらに家電製品(ノートパソコン)から放散されるSVOCを測定し、各材料からのSVOC放散速度を求めている。また、ノートパソコンに関しては電源を入れることによりSVOC放散量が増加することを報告している。

第5章ではチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)を基本として作成されたJIS原案マイクロチャンバー法(JIS A 1904(案))の測定精度と測定再現性を向上させるための性能評価を行い報告している。また、マイクロチャンバー法を用いた環境因子の変化によるDEHP放散速度への影響に関する検討を行いその結果についても報告している。さらに、フタル酸エステル以外のSVOCである農薬およびリン酸エステル放散測定につて検討を行い概ね良好な結果が得られたことを報告している。

第6章では、最近、社会的関心が高まって来ている自動車車室内VOC問題に着目し、今後対策が予想される自動車内装材から放散されるSVOCについてチャンバー内吸着‐加熱脱着法(TDC method)による測定を行っている。その結果、住宅に比べ室内温度が高温になる車室内ではSVOC放散速度が大きくなり、SVOC濃度も無視できなくなることを報告している。

第7章では各種材料からのSVOC放散量はその環境温度の上昇に伴い大きくなる現象を説明している。さらに、SVOCの代表的な成分であるDEHPに着目し、塩化ビニル樹脂系壁紙を試験体とし、測定温度とSVOC放散速度の関係について検討している。

第8章では全体のまとめを行ない、本研究の成果と今後の検討課題を総括している。

以上を要約するに、本論文は、VOC以外に人への健康影響が懸念されるSVOCの適切な放散量測定手法が確立されていないことから、チャンバー内吸着-加熱脱着法(TDC method)を開発し、本手法がSVOC放散量測定に対応可能であることを報告している。この測定手法の開発により、各種材料から放散されるSVOCの定性および放散速度を求めることが可能となった。また、本測定手法が建築材料に限らず、家電製品、自動車内装材等幅広い分野での適応も示しており、今後の計測技術の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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