学位論文要旨



No 216936
著者(漢字) 信太,洋行
著者(英字)
著者(カナ) シダ,ヒロユキ
標題(和) 動産化インフィルの構法計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 216936
報告番号 乙16936
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16936号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
 東京大学 准教授 吉田,敏
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

「平成15年住宅・土地統計調査」における空き家659万戸の内訳を見ると、賃貸用が367万戸と多く、今後益々増えると予想されるこれらのストックとその利用を考慮すると、再投資を断続的に行っていく仕組みが求められている。いわゆるプロジェクトファイナンスは、事業の収益性やキャッシュフローに担保価値をおいた新たな資金調達の仕組みの総称であり、我が国ではPFIプロジェクトなどにおいて適用されはじめている。建物への再投資が、使用料収入や賃料収入など何らかのキャッシュフローを生む場合には、再投資資金をプロジェクトファイナンスの手法が適用可能であり、不動産担保価値が下落し、更に資金調達が困難になるという悪循環を回避することも出来ると考えられる。

但、そのためには、キャッシュフローを生み出す「装置」が、不動産である建築スケルトンから独立した資産として扱われなければならない。民法242条は「附合の原則」を規定する。ここで、附合とは、異なった所有権者の複数の物(建築スケルトン、「装置」)が、分離させたのでは利用に適さない程度に結合していることをさす。このことを考慮するならば、キャッシュフローを生み出す「装置」が不動産である場合、これを建築スケルトンとは独立した資産であると主張することには法理上難点があると考えられる。

むしろ、発想を変えて、キャッシュフローを生み出す「装置」が、家具や家庭電化製品と同様に、動産として扱えるならば、建築スケルトンとは独立した資産であると、より明確に主張できると考えられる。

研究の目的

本論文は、以上のような背景をもとに、スケルトン・インフィル方式による既存ストック利用を念頭に、「所有から利用へ」「プロダクトからサービスへ」といった社会的な価値転換期に応えるべく「装置」としての建築インフィルの動産化の実行可能性を、法的側面及び建築構法計画・建築計画の側面から検討し、設計指針を見出すことを目的としている。

動産化インフィルのための法的要件の整理(第2章)

プロジェクトファイナンス方式が一般的に成立するためには、建築スケルトンに附合しない動産として、建築インフィルを扱われねばならない。そこで、建築インフィルの一部または全部が、建築スケルトンに附合しないための法的要件を整理するため、建物本体と建築設備・機器との附合が争点になった過去の判例を、弁護士事務所の協力を得て収集・分析した。その結果、以下の2点を検討していることが分かった。

1) 分離復旧が事実上不可能となる結合状態にあるか否か。

2) 分離復旧することが社会経済上著しく不利な程度に至る結合状態にあるか否か。

更に、これらを建築スケルトン・建築インフィルにおいて読み替えて必要条件を推測した。

また、固定資産税における「家屋の範囲」と判例から抽出した条件を照合し、考えるべき動産化インフィルの範囲を検討した。その結果、いわゆる内装は家屋に含まれ、建築設備はある一定の条件を満たしていれば、家屋に含まれない可能性があることを抽出した。従来のSIの考え方は、スケルトン(構造や基幹設備)・インフィル(住戸内装や住戸設備)と一般的には判断されていたが、民法や固定資産税の観点からみると、スケルトン(構造や基幹設備・住戸内装)・インフィル(ある一定の要件を満たす住戸設備)のように分類され、動産化インフィルはスケルトンだけでなく、いわゆる内装との着脱性も配慮されなくてはいけないという点を導き出した。

インフィルを動産として扱うための建築構法計画・建築計画要件(第3章)

法的必要条件を、建築構法計画・建築計画条件として解釈すれば次のように読み替えることができる。

a. 建築インフィルは、標準化された汎用的な部品で構成される。

b. 建築インフィルは建築スケルトンから (1)短時日のうちに、(2)他の構成材を傷めることなく、(3)比較的安価な費用で、着脱が可能である。

c. 建築の非専門家からみてもインフィルの着脱性が伺える。

d .建物所有者及び利害関係者が共通認識している建物の用途機能が、当該建築インフィルの有無にかかわらず発揮できる。

ここでは、a.、b.、c.の条件を満たし、インフィル(建築設備)と内装・スケルトンを分離するための概念として、スケルトン・内装(床、壁、天井)・インフィルの入れ子状の構造を設定し、それらの着脱性を容易にする概念として、一眼レフ・カメラにおけるマウント・アダプターをイメージした、インターフェース部品を着想した。

動産化インフィルのモデル化とその検証 (第4章)

3章で抽出した条件を満たす構法システムを開発するにあたり、まずモックアップ実験に取り組んだ。その結果、開発の優先順位は、以下の理由で設備床・設備壁を先行することにした。

・設備床は、スケルトンとの固定度が低い

・設備床・設備壁は、給水・給湯・排水・電気・ガスと想定されるインフラが、設備天井(電気・換気・空調)と比較して多いため、実現した後の利用度が高いと思われる。

・壁内の配管類は、横引き配管と一体となってはじめて機能し、その配管類は床下に敷設されるのが一般的なため、設備壁は床構法システムと組み合わせて使用されると思われる。

この結果をもとに、設備床を中心とした「床構法システム」と、構造的には自立し、スケルトンとの取り合いは床スラブのみという、いわば4面をデザインされたユニットバスのような「BOXユニット」を組み合わせるインフィル・システムを開発した。

更に、れらのインフィル・システムを、90m2の事務所ビルにインストールし、その後移設するという実装実験の結果、床構法システムを敷設すれば、4日間・10人工で移設可能という、ある程度の施工容易性が確認され、短期間・他の構成材をいためることなく・比較的安価にという要件の実現可能性を示すことができた。

動産化インフィルの評価(第5章)

移設工事の結果より、開発した床構法システムをインストールすれば、4日間・10人工で移設が可能であることが検証され、動産化の要件を満たす見通しがたったため、この章では、開発したインフィル・システムを、設計・製造・施工・機能の4つの観点から評価し、設計指針作成への手がかりとした。

動産化インフィルの設計指針(第6章)

実験による検証・評価を通じて、開発した床構法システムを設置すれば、ユニットバスやキッチンといった汎用的インフィルは、動産として扱うための必要条件を満たすことができるという見通しを示すことが出来た。本論文で検討したインフィル・システムは、数ある要素技術の一つの組み合わせに過ぎないため、今後更なる検討を必要とするが、その方向性を示すことを目的に、「基本的な構法計画」と「各水周りの構法計画」の二つの面で指針を示した。設計指針の適用範囲は、主として100m2以下の規模で、既存RC造の建物を想定している。

審査要旨 要旨を表示する

建築のスケルトン(S)とインフィル(I)を分離して設計・計画・管理運営し、刻々変化する要求条件に応じてインフィルを変更していくことによって、建築の長期耐用性を高めようとする、いわゆるSI建築(オープンビルディング)は、過去約30年の間に、精緻な理論化がなされ、世界的な注目を浴びるような要素技術を盛り込んだ多くのモデル建築が作られてきた。しかしながら、依然としてSI建築は、一般的な建築手法になりえていない。

本論文は、その一般化を阻害する要因の一つが、インフィルがスケルトンから分離独立した法的権利に裏づけられた資産として位置づけられていないことであることに着目し、インフィルを動産化することでその阻害要因を除去することを目的に、その具体的な技術的手段を開発することを目的としたものである。

本論文第二章においては、インフィルの動産化インフィルが成立するための法的要件を判例分析をもとに整理している。その結果、1) 分離復旧が可能となる結合状態であること、2) 分離復旧することが社会経済上著しく不利な程度に至らない結合状態であることが、動産化のための必要条件であることを明らかにした。加えて、従来、建築実務者は、スケルトン=構造や基幹設備、インフィル=住戸内装や住戸設備と理解してきたが、むしろ、スケルトン=構造や基幹設備・住戸内装、インフィル=ある一定の要件を満たす住戸設備と理解すべきであり、インフィルを動産化するためには、スケルトンからだけではなく、内装との着脱性も確保されねばならないことを導き出した。

第三章においては、前章で明らかにした法的必要条件を満たしうるための構法計画上の要件が明らかにされている。具体的には、スケルトン・内装(床、壁、天井)・インフィルの入れ子状の構造を設定したうえで、これら相互の間の着脱性をインターフェース部品を付加することで実現する方式を考案し、あわせて、インターフェース部品としての、「設備床」「設備壁」等の概念設計を行った。

第四章は、前章で明らかにした構法計画上の要件を満たす構法システムを開発するために行ったモックアップ実験の内容・結果を報告し、インフィルの動産化のための構法計画上の諸課題を明らかにしている。そして、この特定された課題を解決さるためには、考えられうるインターフェース部品のうち、「設備床」方式を採用することが有用性も最も高いという判断を与えたうえで、床構法システムを開発している。これは、階高が低いスケルトンへの対応、配管配線類の錯綜の回避及びジョイント部の着脱性の確保を目途に、配管スリーブ部品、床配管吊り構法、キャッチパンなどの要素技術を開発するとともに、圧送ポンプを用いた排水システム技術も活用したものである。筆者は、施工実験を通じて、構法計画上の課題を分析するとともに、その解決策を示した上で、床構法システムが機能することを実証している。また、筆者は、運搬組み立て着脱が容易な「BOXユニット」構法も考案し、これについても試作実験を行い、その有効性を検証している。そのうえで、開発した床構法システムと「BOXユニット」を組み合わせた動産化インフィル・システムを開発し、これを用いて90m2の事務所ビル1フロアに床構法システムを敷設しそのうえに三種類の「BOXユニット」を設置することで住居に用途転換する試行施工実験、及び「BOXユニット」の移設実験を行なっている。その結果、4日間・10人工で「BOXユニット」と関連する設備床の移設が可能であることが明らかになり、開発したインフィル・システムが第二章、第三章で整理した必要条件を満たす構法であることを実証している。

第五章において、試行施工を踏まえた開発したインフィル・システムを、設計・製造・施工・機能の4つの観点から評価したうえで、第六章においては、その評価結果をてがかりに、動産化インフィルの構法計画にかかわる設計指針の作成を試みている。具体的には、設計指針の適用範囲は、100m2以下の平面規模のRC造の建物を想定し室単位での構法計画及び各水周り部位の構法計画についての指針をまとめている。

このように、本論文で開発された構法計画手法は、SI建築を普及させるためのブレークスルーとなる内容をもっており、その成果は、高い学術的意義と社会的意義をもっていると考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク