学位論文要旨



No 216937
著者(漢字) 藤岡,照高
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,テルタカ
標題(和) 無次元化構造応答パラメータに基づく発電用高温圧力機器の簡易構造健全性評価法の開発
標題(洋)
報告番号 216937
報告番号 乙16937
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16937号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 准教授 梅野,宜崇
内容要旨 要旨を表示する

発電用高温圧力機器の設計は設計規格に基づいてなされる.米国のボイラーおよび圧力容器規格(ASME Boiler & Pressure Vessels Code)では,火力発電機器に対しては,内圧を受ける軸対称体における弾性応力公式に代表される「公式設計」が(ASME Section I),原子力発電用機器に対しては,有限要素法に基づく「解析設計」が採用されている(ASME Section III).解析設計には,本来は非弾性変形を伴う各種の損傷メカニズムの評価を弾性解析に基づき行うため,応力分類法が採用されている.すなわち解析の結果得られる応力を,まずその発生原因に基づき,内圧等の荷重制御型応力を一次応力,熱応力等のひずみ制御・変位制御型応力を二次応力に分類した上で,板厚方向の平均成分を膜応力,板厚方向に線形近似した際の勾配成分を曲げ応力,さらにこれら以外のピーク成分に分類し,それぞれ損傷に寄与する性質に応じた許容性判定に持ち込まれる.このように現状の設計規格類では,公式設計では軸対称体に対する公式が用いられ,解析設計では一次元的な応力分布の線形近似が求められ,いずれも軸対称形状を前提とし,三次元解析を行った場合の許容性判定法は明確でない.

塑性およびクリープの非弾性変形の影響が顕著になる高温機器に対しては,米国高温原子力発電機器設計規格(ASME Section III Subsection NH(策定当時はCode Case N-47))において,クリープ疲労損傷と累積ひずみの制限に非弾性解析が導入され,応力分類法を一部不要とした.しかしSubsection NHでは,累積ひずみの制限において,主ひずみの板厚方向線形近似が求められ,三次元形状の取扱の問題は完全に解決されてはいない.また,非弾性解析の適用にあたって考慮すべき,負荷履歴等の不確かさの影響に対する考え方が明確化されず,解析者の任意性が介在し得る.我が国の高速増殖原型炉設計方針(文部科学省内規)では,このような任意性の影響を回避するため,弾性解析を基調として,各種の簡易評価法によって非弾性変形の影響を考慮可能としているが,応力分類法が必要になっている.

一方,運用中の機器の健全性を確保する上では,各種の余寿命評価が行われる.特に,有害性が高い場合があるき裂状損傷に対しては,非クリープ領域に対する米国原子力発電機器検査規格(ASME Section XI)において,応力拡大係数に基づく評価法が規格化されているが,高温機器の評価で必要になる,二次応力による顕著な塑性変形やクリープの影響を考慮した評価法は,規格化の水準に達していない.英国British Energy社が発行する高温構造健全性評価手順書(R5)には,参照応力法を用いて塑性やクリープの影響を考慮するき裂状損傷評価法が記載されているが,参照応力法は本来,外力に対して導かれていることから,二次応力問題への適用方法など,未解決な点は多い.

本研究は,解析労力と解析者の任意性の影響を軽減するため,全面的な非弾性解析の適用を回避しながらも,形状一般性の欠如等の問題を解消し得る簡易構造健全性評価法を開発することを目的とした.無き裂構造の設計手法に関しては,高速増殖原型炉設計方針が必要とする損傷メカニズムの範囲をカバーし,かつ同方針をベースとしてその高度化を図り,既存設計規格類との整合性を確保することとした.また,き裂状損傷の評価については,塑性やクリープを生じる条件下で,き裂進展挙動と相関関係を有する非弾性J積分(弾塑性体における弾塑性J積分とクリープ体におけるクリープJ積分とを総称的にこう呼ぶ)の簡易評価法を取り上げ,R5をベースとして,その高度化を図ることで荷重条件に対する一般性を確保することとした.

本論文では,上記の背景および目的の下に,以下のように検討を進めた.

第1章では,既存の設計規格類や余寿命評価法について,その概略を述べ,既存手法が持つ前述の問題点を明らかにした.また,実際の発電用高温圧力機器で考慮すべき損傷メカニズムの概要をレビューし,本論文提案法に求められるものを明らかにした.

そして,簡便な非弾性構成式を仮定した簡易非弾性解析に基づく簡易構造健全性評価法の開発方針を立てた.ここで非弾性構成式に,弾塑性ひずみに対するRamberg-Osgood則およびクリープひずみ速度に対するNorton則,すなわちともに応力のべき乗で表現される構成式を仮定すれば,簡易非弾性解析の結果が,構造の寸法や荷重の大きさに依存しない無次元化構造応答パラメータによって表現可能なことに着目し,同一形状および同一応力指数に対するパラメータの解が既知であれば,弾性解析のみからでも高精度な構造健全性評価が可能となる見通しを述べた.

第2章では,本研究が提案する簡易法のベースとなる各種の構造応答パラメータについて,その理論的根拠と決定方法を明確化した.

このようなパラメータとしては,参照応力の簡易解を厳密解に近づける「実断面応力補正係数」,二次応力の緩和挙動を表現する「弾性追従係数」,参照応力法に基づく非弾性J積分の近似解を厳密解に近づける「極限荷重補正係数」などがあり,いずれも弾塑性解析によって一意的に決定可能で,構造の寸法や荷重の大きさに依存しないこと,さらにHoffの類似に基づけば,弾塑性解析で得られたパラメータを,同一応力指数を持つクリープ問題にも適用可能であることを述べた.

第3章では,外力が定義されることから参照応力法に基づく厳密な検討が可能な荷重制御問題の取扱方法を述べた.

まず,設計規格が求める一次応力制限の力学的意味を近似理論的に明確化し,複数荷重の取扱方法や,加工硬化を伴う弾塑性解析と弾完全塑性体に基づく極限解析の対応関係を明確化した.

き裂状損傷に対しては,複数荷重を受けるき裂入り円筒の弾塑性解析により,実断面応力補正係数と極限荷重補正係数の有効性を確認した.また,定常クリープ状態に到達する前の小規模クリープ状態における一般的なクリープJ積分の簡易評価法を初めて提案した.そして,弾塑性解析から決定される実断面応力補正係数と極限荷重補正係数,および本小規模クリープ評価法を用いることで,保持開始直後から定常クリープ状態に至るまでの全期間におけるクリープJ積分が簡便かつ高精度で評価できることを,き裂入り円筒の弾塑性クリープ解析で検証した.

第4章では,変位規定点における反力を外力とみなすことで荷重制御と同様な取扱が可能な,変位制御問題を取り上げた.二次応力の取扱にあたっては,高速増殖原型炉設計方針が採用する弾性追従係数に着目し,非弾性体の応力状態を弾性解析結果から推定する方法を検討した.

まず,変位保持を受ける任意形状のクリープ体におけるひずみの挙動を検討し,応力分布の形状が変化しない準定常クリープ状態では,任意点における弾性追従係数が,形状と応力指数のみに依存した一定値になることを解析的に初めて証明した.さらにHoffの類似に基づけば,同様な性質は全面塑性状態におかれる弾塑性体でも成立し,弾性追従係数は,弾塑性解析において変位を増大させた時,形状と応力指数に固有の,クリープ体と共通の一定値に収束することを示した.

また,定常クリープ状態到達前の応力再配分過程に対しては,既往研究を参考に,応力-ひずみ線図上でNeuber則に従う双曲線型の応力緩和軌跡を辿り,時間の経過に伴い,上記の弾性追従係数の収束値で表現される直線に漸近することを,変位保持を受ける切欠き付き丸棒の弾性クリープ解析で確認した.

これより,一意的に決定可能な応力緩和軌跡に基づくピークひずみ,ピーク応力緩和履歴の簡易評価法を提案した.提案法の有効性は,上記の切欠き付き丸棒に対する弾塑性解析および弾性クリープ解析で検証した.また,これらの非弾性解析を通じて,弾性追従係数は応力指数が大きいほど大きく,弾塑性体では荷重の増加とともに増大する傾向を確認した.

き裂状損傷に対しては,R5では明確にされていなかった,参照応力に対する弾性追従係数の決定方法を,初めて理論的に明確化した上で,弾性追従係数の収束値を荷重の大きさによらずに使用する簡易非弾性J積分評価法を提案した.提案法の有効性は,強制変位を受けるき裂入り平板の弾塑性解析によって検証した.

第5章では,高温圧力機器において重要な熱応力問題を取り上げた.熱応力に対しても第4章に示した変位制御問題と同様な性質が成立すると考えた.

まず,クリープ疲労損傷評価のベースとなるピークひずみ範囲・ピーク応力の挙動を表現する弾性追従係数の収束性と応力指数への依存性について,非線形温度勾配を受ける平滑円筒および軸方向温度勾配を受けるテーパ付き円筒の弾塑性解析によって検討し,変位制御問題と同様な性質を持つことを確認した上で,弾性追従係数の収束値は,応力指数が大きいほど大きいことから,弾完全塑性モデルを用いた解析によって,弾性追従係数を安全側に決定する方法を提案した.こうして決定可能な弾性追従係数を荷重の大きさによらずに使用するピークひずみ,ピーク応力緩和履歴の簡易評価法を提案し,その有効性を上記の平滑円筒の弾塑性解析およびテーパ付き円筒の弾塑性ならびに弾性クリープ解析によって検証した.

き裂状損傷に対しては,英国き裂状損傷評価手順書(R6)が推奨する,応力分類法を要さない簡易弾塑性J積分評価法,Neuber法をクリープ問題に拡張した.また,第3章で提案した小規模クリープ評価法を修正し,二次応力問題に適用可能とした.これらの組合せに基づく簡易クリープJ積分評価法の有効性は,熱応力を受けるき裂入り円筒の弾塑性クリープ解析によって検証した.

また,累積ひずみの評価に関して,高速増殖原型炉設計方針が採用するBreeの線図において非ラチェット領域と弾性核の存在条件とが一致することから,相対弾性核寸法に基づく制限法を初めて提案した.提案法の有効性は,内圧と熱応力繰返しを受ける円筒の弾塑性解析によって検証した.

第6章では,本研究で得られた知見を要約して述べ,本論文の結論とした.

以上

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「無次元化構造応答パラメータに基づく発電用高温圧力機器の簡易構造健全性評価法の開発」と題し、6章からなる。

火力発電用ボイラーや高速増殖炉等の発電用高温圧力機器の構造健全性評価技術の発展は,関連する規格・基準類の策定と高度化に反映されてきている。本論文は、これら既存の規格・基準類や実際に行われている技術慣行を踏まえ、それらにおける考え方と整合する形で、さらに、一般形状に対する適用性など、既往手法が持つ問題点の解決が図れるものとして、規格・基準類で考慮される損傷モード、すなわち一次応力による過大な非弾性変形、二次応力繰返しによるクリープ疲労損傷および累積ひずみ、さらにはき裂状損傷のより信頼性の高い有害性評価を実用的な計算負荷および労力で可能とする一連の簡易構造健全性評価法を提案したものである。

第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

第2章「構造応答パラメータの性質と評価法および無次元化」では、機械的外力に対する構造物の非弾性変形にかかわる実断面応力補正係数、き裂入り構造物における非弾性J積分の高精度な近似を可能とする極限荷重補正係数、二次応力緩和挙動を記述する弾性追従係数、ひずみの累積性を表す相対弾性核寸法等の構造応答パラメータの力学的性質について整理し、それらのべき乗型非弾性構成式を仮定した簡便な非弾性解析による一意的な決定法を示している。またこれらパラメータが何れも無次元化できることを示し、一度その値を求めておけば、同一形状、同一応力指数の構造物に対しては、再度算出の必要がなく、既存解を再利用することで、弾性解析のみに基づく簡便な構造健全性評価が可能となることを述べている。

第3章「参照応力概念に基づく荷重制御型応力に対する構造設計および非弾性J積分評価法」は、外力が与えられることから参照応力法に基づく厳密な検討が可能な荷重制御問題の取扱方法を述べたものである。まず、設計において求められる一次応力制限の力学的意味を近似理論的に明確化し、複数荷重の取扱方法や、加工硬化を伴う弾塑性解析と弾完全塑性体に基づく極限解析の対応関係を明らかにしている。さらにき裂状損傷に対しては、複数荷重を受けるき裂入り円筒の弾塑性解析により、実断面応力補正係数と極限荷重補正係数の有効性を確認し、また、定常クリープ状態に到達する前の小規模クリープ状態における一般的なクリープJ積分の簡易評価法を提案している.そして、弾塑性解析から決定される実断面応力補正係数と極限荷重補正係数、および本小規模クリープ評価法を用いることで、保持開始直後から定常クリープ状態に至るまでの全期間におけるクリープJ積分が簡便かつ高精度で評価できることを、き裂入り円筒の弾塑性クリープ解析で検証している。

第4章「弾性追従概念に基づく変位制御型応力に対する応力集中および非弾性J積分評価法」では、変位制御問題の取り扱いを述べている。弾性追従係数を導入して、この値が全面塑性状態および定常クリープ状態において一定値に収束することを示し、さらに応力再配分過程に対するNeuber則の適用性を検討することで、変位制御荷重に対する弾塑性およびクリープによる弾性追従挙動に基づくピークひずみおよびピーク応力の緩和挙動の評価法を提案している。また,参照応力に対する弾性追従係数の評価法を初めて具体化し,無き裂構造と同様な収束性があることを初めて示した上で、弾塑性J積分およびクリープJ積分の評価法を示している。

第5章は「熱応力に対するピークひずみ範囲・ピーク応力および非弾性J積分ならびに累積ひずみ評価法」であり、熱応力問題に対しても変位制御型問題と同様な扱いができることを示し、また累積ひずみの新たな評価法を提案している。まず、弾性追従概念に基づき、クリープ疲労損傷の評価のベースとなる応力集中部におけるピークひずみ範囲・ピーク応力の緩和挙動の評価法について述べ、さらに弾性追従係数の収束値のみを用いるピークひずみ、ピーク応力緩和履歴の評価法について述べている。また、き裂問題については、荷重制御問題に対する議論で得られた参照応力法と応力分類法の等価性に着目し、変位制御問題と同様に弾性追従係数を用いた熱応力下弾塑性J積分およびクリープJ積分評価への参照応力法の適用を試みている。さらに、応力分類法を必須としないNeuber則に基づく熱応力下弾塑性J積分評価法のクリープJ積分評価法への拡張を提案している。最後に、微小変形解析に基づく各種の簡易法の妥当性の前提となる累積ひずみの制限について、相対弾性核寸法に基づく評価法を提案している。

第6章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

以上要するに本論文は、設計にあたって考慮されるべき負荷条件を網羅し、無次元化した各種の構造応答パラメータを用いることで、火力発電用ボイラーや高速増殖炉等の発電用高温圧力機器の規格・基準類で評価が求められている各種損傷モードの有害性評価を簡便な形で可能とする一連の簡易構造健全性評価法を開発したもので、今後の発電用高温圧力機器の規格・基準類の高度化やき裂状損傷の許容性判定法の標準化に寄与するところが大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49031