学位論文要旨



No 216939
著者(漢字) 天野,博之
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,ヒロユキ
標題(和) 電力系統における同期安定度の非線形動特性解析とそのPSS制御系設計への応用
標題(洋)
報告番号 216939
報告番号 乙16939
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16939号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 准教授 橋本,秀紀
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

電力系統を安定に運用するためには,周波数,電圧,同期運転などに関する安定性を保持する必要がある。本研究で扱う問題は,このうちの同期運転の安定性,すなわち同期安定度であり,系統擾乱の後に発電機が同期運転を保てるか否かに関する問題である。

わが国の電力系統について言えば,地形的な制約から系統が一方向に長く大電力・長距離送電を行っており,また故障発生時の事故波及を抑制するため各地域間の連系点が少ないという特徴がある。このため,系統がメッシュ状に密に連系された欧米諸国と比べて同期安定度による制約が厳しい。さらに今後の電力系統においては,コスト低減のために既存設備が最大限に活用されることや電力自由化によって託送量が増加することに伴って,送電線が重潮流化することが予想される。このため同期安定度による制約が一層厳しくなることが懸念される。

このような同期安定度には,電力系統の様々な非線形の特性が影響するため,複雑な現象が発生し得る。特に,今後重潮流化が進み非線形性の影響が増大すると,これまでと比べてN波脱調(故障後の第二波以降の動揺で脱調する現象)のような非線形性に起因した複雑な現象が増す懸念がある。

一方,安定度解析において現在一般的に用いられている手法としては,シミュレーション解析(数値積分による微分方程式の求解)と固有値解析があるが,非線形性を考慮できるのはシミュレーション解析のみである。またそのシミュレーション解析についても,N波脱調の安定判別等の解析には多数のケーススタディが必要であるという点で効率的とは言い難い。このため非線形性を考慮してより効率的に安定性を解析できる手法の開発が必要となると考えられる。また系統制御に関しては,PSS等の動揺のダンピングの向上を目的とした制御系は主に固有値解析等の線形解析をもとに設計されているが,非線形性の影響が増した場合には制御系が有効に機能する範囲が限られてくる懸念がある。また,線形解析の中で無視されていた系統の非線形性を適切に考慮して設計を行えば,系統の安定性を更に向上できる可能性がある。

このような背景のもと,本研究では以下を目的として研究を行った。

・今後増す懸念があるN波脱調に関して,その発生メカニズムを考察し,非線形動特性解析理論の適用の可能性を明らかにする。

・安定度解析に関して,非線形動特性解析理論を応用することにより,非線形性を考慮して安定性を効率的に解析できる新たな手法を開発する。

・これまで線形解析が主に用いられていたPSS等の動揺のダンピングの向上を目的とした制御系設計に関して,非線形動特性解析理論を応用し非線形性を考慮することによって制御効果の向上を図る。

まずN波脱調の発生メカニズムについては,簡単な電力系統モデルを用いて,状態空間における安定領域の構造から考察した。電力系統を表現するシステムの安定領域の境界は,典型的には,不安定平衡点によって形成される場合と不安定周期軌道(リミットサイクル)によって形成される2種類の場合があると考えられる。このため,それぞれの場合について安定領域の構造を詳細に調べ,N波脱調の発生メカニズムについて考察した。安定領域の構造に関しては,リアプノフ関数などによりその十分条件を求める方法が一般的であるが,本研究では実際の安定領域の構造を調べる必要がある。このため,状態空間の中にある断面をとり,初期条件を格子状に与え,各初期値の収束先を数値積分によって調べるというアプローチを採用した。その結果,安定領域の境界が不安定平衡点によって形成される場合には,安定領域は非常に複雑な構造となり得ることを示し,解析的な扱いが困難であることを示した。一方,不安定な周期軌道によって境界が形成される場合には,安定領域は比較的単純な構造となり,解析的に評価できる可能性があることを示した。

この結果を踏まえて,不安定な周期軌道に起因して振動的に発散する形態のN波脱調(以下,振動発散と呼ぶ)に対して,非線形動特性解析理論であるホップ分岐理論および標準形理論等を適用することとした。これらの理論は基本的には固有値解析を非線形性を考慮できるように拡張したものと解釈でき,固有値解析ではシステムの線形項しか考慮しないのに対して,高次(本研究では3次)の項まで考慮することによって固有値解析ではできない非線形性を考慮した安定性の評価を可能としている点が特徴である。

非線形動特性解析理論の応用として,まず,ある一つの動揺モードの安定性を非線形性を考慮して評価できるホップ分岐理論の適用について検討した。ホップ分岐には2種類あるが,そのうちのサブクリティカルホップ分岐は,ホップ分岐点の手前(平衡点の安定性は安定である範囲)であっても,擾乱が大きいと振動発散に至るため,電力系統の過渡安定度の面から重要である。このため,擾乱の大きさによって減衰したり発散したりするサブクリティカルホップ分岐に対応する場合に対して,動揺の安定性を故障除去時の運転状態から判別する方法を提案した。提案手法は,ホップ分岐理論を応用することにより安定領域の境界を形成する不安定な周期軌道を算出し,故障除去時の運転状態を非線形性を考慮した固有空間上へ座標変換することによって安定判別を行うものである。また,この提案手法を一機無限大母線系統の振動発散現象に適用し,提案手法によって動揺の安定性を適切に判別できることを検証した。

さらに,実際の電力系統で生じ得る振動発散は複数の動揺モードの相互作用によって引き起こされることが多いことを考慮して,複数の動揺モードの安定性を扱うことができる標準形理論によって前述の安定判別法を拡張した手法を提案した。提案した安定性解析手法は,固有値解析では扱えなかったある程度大きな動揺に対して,非線形性(3次まで)の影響を振幅の変化に対する動揺特性(減衰,周期)の変化という形で表現し,各モードの安定領域の大きさを与えるものである。また提案手法は,わが国のような長距離くし形系統における広域動揺モードの間で生じ易い内部共振の解析に対しても有効である。内部共振とは,複数の動揺モードの固有値の比が整数に近くなり,非線形の相互作用が生じ,安定性に大きく影響する現象である。提案手法では,内部共振を適切に考慮する(内部共振を考慮した標準形を用いる)ことにより,内部共振が生じる場合に対しても安定限界を定める周期軌道の近似解を解析的に求めることができる。この提案手法をわが国の電力系統の特性を簡易にモデル化した電気学会標準系統モデル等の多機系統モデルに適用し,内部共振の場合も含めて安定領域の大きさを的確に評価できることを検証した。

最後に,開発した安定性解析手法を活用して,非線形性を考慮可能な制御系設計手法を開発した。開発した手法は,PSS等の動揺のダンピングの向上を目的とした制御系に対して,非線形性を考慮して振動発散に対する安定性を高めるような設計を行うことによって限界送電電力の増大を図るものである。具体的には,固有値を用いて設計した制御系定数をスタートとし,非線形解析手法から得られる振動発散に関する安定領域の大きさを大外乱に対する安定性の指標として,この指標が拡大する方向に定数を調整する。但し,小外乱を対象に最適化を行う固有値解析に基づく設計と比較すると,小外乱に対するダンピングは低下するため、これを許容範囲内に収めるように留意している。この設計手法を電気学会標準系統モデルにおけるPSSの定数設定に適用し,固有値解析に基づく設計との比較から有効性を検証した。その結果,開発した設計手法を用いることによって,発電機至近端での大外乱事故ケースに対して限界送電電力を数%程度増加できることを明らかとした。

以上,本論文の結果を一言で要約すれば,従来の線形解析では扱えなかった不安定周期軌道に起因して生じる振動発散タイプのN波脱調に対しては,非線形動特性解析理論を適用することによって安定領域の評価が可能であり,それを応用した制御を行うことによって安定性の向上が可能であることを示したと言える。

以上

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「電力系統における同期安定度の非線形動特性解析とそのPSS制御系設計への応用」と題し、7章よりなる。

第1章は「序論」で、電力系統の同期安定度、その解析手法について概観し、電力系統の非線形性を考慮した効率的な同期安定度解析手法の必要性とそのPSS制御系設計への応用の可能性について述べている。

第2章では,「N波脱調の発生機構と非線形動特性解析の適用の可能性」と題し、同期安定度におけるN波脱調の発生メカニズムを、状態空間における安定領域の構造から考察している。N波脱調が不安定な平衡点によって引き起こされる場合には、安定領域は非常に複雑な構造となり得るため解析的な扱いが困難であり、N波脱調が不安定な周期軌道によって引き起こされる場合には、安定領域は比較的単純な構造となり、解析的に評価できる可能性があることを示している。

第3章では、「非線形動特性解析理論」と題し、本論文で用いる非線形動特性解析理論である中心多様体理論、標準形理論、ホップ分岐理論について定式化を含めて説明している。

第4章では、「ホップ分岐理論による振動発散の安定性判別」と題し、平衡点の安定性は安定であるにもかかわらず擾乱が大きい場合には振動発散に至るような場合(サブクリティカルホップ分岐)に対して、非線形動特性解析理論の一つであるホップ分岐理論を適用することによって動揺の安定性を判別する手法を提案している。提案手法は、ホップ分岐理論を適用して安定領域の境界を定める不安定な周期軌道を算出し、故障除去後の運転状態を、非線形性を考慮した固有空間上へ座標変換することにより動揺の安定判別を行うものであり、これを一機無限大母線系統に適用し、動揺の安定性を的確に判別できることを示している。

第5章では,「標準形理論を用いた安定性評価」と題し、標準形理論を用いることにより、従来の固有値解析では無視されていた非線形性を考慮して、複数の動揺モードの安定性を解析する手法を提案している。提案指標は、固有値解析では扱えなかったある程度大きな動揺に対して、事故時のショックの大きさの差異による安定性の相違(振動の減衰率と周期の違い)を評価するものであり、内部共振が起こる場合についても、内部共振を考慮した標準形を用いることにより安定領域の大きさに対応する指標を算出可能であることを示している。また、提案手法を電気学会標準系統モデルなどの多機系統へ適用し、内部共振の場合も含めて安定限界を定める周期軌道を近似的に求めることができ、安定領域の大きさを適切に評価できることを明らかにしている。

第6章では,「標準形理論を応用した制御系設計:振動発散の抑制に有効なPSS設計」と題し、前章で開発した非線形性を考慮した安定性解析手法に基づいて、振動発散現象の抑制に有効なPSS(電力系統安定化装置)の制御系設計手法を開発している。本設計手法は,大外乱に対する安定性を向上させるために、振動発散に関する安定領域が大きくなるような設計を行うものである。その有効性の検証のため、電気学会標準系統モデルにおいて、本設計手法を発電機のPSSの制御系定数設定に適用し、小外乱に対する安定性だけでなく大外乱に対する非線形性の影響まで考慮した定数設定を行うことができるため,線形解析により得られた設計と比較して限界送電電力の向上が期待できることを示している。

第7章は「結論」で、各章の結論をまとめている。

以上を要するに、本論文は、同期安定度限界付近で運転する電力系統において、従来の線形解析では扱えなかった不安定周期軌道に起因して生じる振動発散形のN波脱調に対して、非線形動特性解析理論を適用して安定領域の評価を可能にし、それを応用した発電機PSSの制御系設計手法を提案し、電力系統の安定運用に大きく寄与することをシミュレーションによって明らかにしたもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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