学位論文要旨



No 216940
著者(漢字) 北山,匡史
著者(英字)
著者(カナ) キタヤマ,マサシ
標題(和) 需要家電気設備の高機能化と保守最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216940
報告番号 乙16940
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16940号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 准教授 藤井,l康正
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

大規模な電力システムにおいてさまざまな種類の分散電源が導入され、配電系統と連系された新しい電力ネットワークシステムの構築が課題となっている。本論文は、電力ネットワークシステムにおける需要家の観点から、需要家電気設備を対象として、電気設備における高機能化としての電力品質の向上と、電気設備運用コストを低減するための設備保全計画の最適化・設備監視計測システム構築の効率化に関する研究成果を取りまとめたものである。

第1章では、環境負荷の低減、規制緩和の進展、エネルギー安定供給の背景のもとで、火力・水力・原子力などの従来型大容量電源と、コージェネレーション・自然エネルギーなどの小規模分散電源が協調した電力ネットワークシステムの必要性について述べた。新しい電力ネットワークシステムの課題として、配電系統を計画・運用する電力供給サイドにおける課題および電力供給を受ける需要家サイドでの課題を整理し、後者の需要家サイドにおける課題として、設備運用コストの低減と電力品質の向上がより一層要請されていることを指摘した。

以上のような背景から、本論文では、大規模需要家の電気設備において、瞬低対策による電力品質向上を実現するための高速解列システムの高機能化と、設備保守コストの最適化を実現するための高速保護方式と保守計画最適化・保守運用効率化を実現する方策として、下記の4項目の提案を行う。

(1)瞬時電圧低下(瞬低)対策のための高速解列システムにおける保護方式

(a)分散電源を活用した高速解列システムにおいて、需要家構内の事故時における不要動作を防止するための短絡事故方向高速検出手法

(b)高速解列システムにおいて、需要家構内の変圧器起動時の励磁突入電流による誤動作を防止するための励磁突入電流の高速判別手法

(2)需要家設備の運用コスト低減のための保守最適化手法

(a)経済性とリスクを考慮してトータルコストを最小化するための需要家設備の最適保全計画策定手法

(b)需要家設備監視計測システムに対して電力線通信を適用した通信ネットワークの通信特性評価手法

第2章では、需要家設備の瞬低対策として有望な高速解列システムの保護方式について論じた。従来の高速解列システムでは、現状のCPUでサンプリング周期に同期して処理を行う保護リレーのハードウェアで、電気角30°のサンプリングデータを用いることを前提としているため高速事故検出は不可能であり、アナログ処理を採用していた。本研究では、需要家構内系統のうち商用系統側事故と自家発系統側事故を1サイクル以内での短絡事故方向の高速検出機能をディジタル処理によって実現するために、DSPを用いた高速演算が可能なハードウェアの採用、10kHz以上の高速サンプリングデータを処理できる性能が必要であることを指摘した。短絡事故方向の高速検出方式として、電圧・電流波形のサンプリングデータを用いて、電圧波形を正弦波、電流波形を正弦波と一定値の直流分との和で近似し、回帰によって求めた振幅・位相から有効分・無効分の位相平面上にプロットがあらかじめ設定した動作領域に入ることによって検出を行う手法を提案した。提案手法の検証のため、66kV受電の需要家構内系統を想定し、事故種別、電源設備・負荷容量、電圧高調波含有率などのパラメータを考慮した960ケースについてEMTPによるシミュレーションデータを用いた数値シミュレーションを行い、提案手法の有効性を明らかにした。

第3章では、第2章で論じた高速解列システムにおける高速事故検出機能について、励磁突入に対する誤動作防止機能として、励磁突入電流の高速判別手法を提案した。提案手法として、電流波形に対して離散ウェーブレット変換を行って電流波形の変化点を検出するDWT法、電流波形と電圧波形に対して変圧器鉄心の磁化特性を推定することによって高速判別を行うBH法の2手法を示した。DWT法は、励磁突入電流の開始時・終了時、短絡事故電流の開始時における不連続点を離散ウェーブレット変換によって検出し、検出した不連続点の個数を数えることによって判別する手法である。ウェーブレット変換を用いることによって電流波形の高調波成分に相当するレベル3のウェーブレット成分を計算し、この成分の値が一時的に大きくなる形状が1サイクルのうちに2度検出されることによって、励磁突入電流を判別することが可能となる。ウェーブレット成分の大きくなる点を判別するための判別関数を設定するために、ノイズ除去などに用いられるthresholding手法を適用し、ウェーブレット成分のばらつきを統計処理によって判別関数のパラメータを決定した。BH法は、磁化力と磁束密度との関係が励磁突入発生時には空心リアクタンスを傾きとする線形関係になることを利用し、電流値と電圧積分値との関係を線形回帰し、回帰直線からのばらつきの大きさがしきい値より小さくなることで励磁突入を判別する手法である。この方法は、単相励磁突入での二次側Δ巻線の環流電流による助成効果を考慮して一次側電流値を補正した単相励磁突入電流値を用いることによって、三相変圧器に対しても適用可能である。

DWT法とBH法の有効性を検証するために、実機の単相変圧器・三相変圧器による試験データを用いて、判別性能の数値シミュレーションを行い、DWT法では半サイクルから1サイクル程度の時間、BH手法では4~5msの半サイクル以内で励磁突入電流を判別することができることを示した。また、2つの提案手法の比較として、判別時間ではBH法がDWT法よりも高速に判別できる点で優位であるが、BH法は電圧波形を測定するVTの設置が必要であるためコスト面ではDWT法がBH法より優位であり、高速解列システムに対して性能とコストとを勘案した2手法の選択指針を示した。

第4章では、RCM (Reliability Centered Maintenance) の概念に基づいて点検周期を決定する手法として、信頼性を定量的に評価することのできる機器の確率的な故障モデルを提案した。提案する故障モデルは、機器の正常状態・軽故障状態・重故障状態と状態間の遷移確率によってモデル化されており、この故障モデルに基づいて状態遷移確率に点検周期をパラメータとして表現し、システム全体で点検費用・修理コスト・被害コストの和である総コストが最小となる点検周期を最適周期とする手法を提案した。また、故障率の経年変化を考慮する場合においても、各年度で計算した連続値の最適点検周期を点検計画実施年度の整数値で近似することによって、最適な点検計画を決定する手法も提案した。

故障モデルの入力パラメータから点検周期を決定するだけでなく、点検周期を所与として、入力パラメータを逆問題として推定する手法、入力パラメータの変更による総コストの変化を把握する感度解析機能、予算制約を考慮して最適保全計画からの修正を行う予算制約機能についても提案した。これらの手法により、さまざまな前提条件・制約条件に対して条件を変えながら計画を評価することが可能となる点、入力データから保全計画の一方的な流れだけでなく、入力データと保全計画の両面からスパイラルに評価することが可能となる点の2点において、設備保全計画策定業務の効率化に対して有効であることを示した。また、提案手法に基づいて設備点検計画策定支援システムを開発し、提案手法の実用性を示した。

第5章では、設備保全を目的とした設備監視計測システムのネットワークインフラとして高速電力線通信を適用することを想定し、配電系統における任意の箇所に信号結合装置を設置した場合の通信特性の評価手法を提案した。提案手法では、個々の配電機器の伝送特性を4端子行列によるコンポーネントモデルとしてモデル化し、信号結合装置の間の配電機器をトポロジーに沿って自動的に組み合わせて伝送路モデルを生成し、ディジタル変調方式であるOFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplexing)におけるSN比とビットエラーレートとの関係から通信特性を計算する。配電機器を対象とした解析モデル化については、屋内系ではこれまで検討されているが、アクセス系ではこれまでほとんど検討例が見られない。本研究では、個々の配電機器および信号結合装置など電力線通信に用いる機器を総称するPLC機器のコンポーネントモデルとして、電線モデルとして線路断面の形状に基づく物理モデルと、単体のSパラメータを実測してFパラメータに変換するモデルを用い、ネットワークアナライザによる実測データによるモデルデータの収集およびモデルパラメータの同定を行った。また、配電設備データベースから配電機器の接続情報を抽出することを想定し、構成された配電系統トポロジーにおいて、信号結合装置を任意の位置に置いた場合の伝送路トポロジーモデルを動的に生成するために、PLC機器に対応するコンポーネントモデルをノードとするツリー構造によって配電系統をモデル化し、ツリー構造の中で信号の流れる方向に沿って配電機器モデルを合成して伝送路トポロジーモデルを生成する方法を提案した。提案する伝送路トポロジーモデル生成方法の有効性を示すために、評価用系統において信号結合装置の設置位置を変えたケースに対して、伝送路トポロジーモデルが動的に生成できることを確認した。また、試験配電系統において提案手法の結果と実測データとを比較し、通信速度が1割程度の誤差で推定できることを確認し、提案手法が実フィールドにおいて適用可能であることを示した。

第6章では、本研究による成果を総括するとともに、今後に残された研究課題についてまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「需要家電気設備の高機能化と保守最適化に関する研究」と題し、6章よりなる。

第1章は「序論」で、分散電源が連系された電力システムにおける課題について整理し、大規模需要家の電気設備を対象として、瞬時電圧低下(瞬低)に対する電力品質向上を実現するための重要負荷と分散電源の系統からの高速解列システム高機能化と、設備保守コストの最適化を実現するための設備の保護高速化と保守計画最適化・保守運用効率化について述べ、本研究の位置づけと意義を明らかにしている。

第2章は「高速解列における事故方向高速検出手法」と題し、大規模需要家における瞬低対策として、商用系統側事故と自家発系統側事故を判別しながら瞬時電圧低下時間を1サイクル以内に抑える高速事故方向検出手法を提案している。提案手法では、電圧・電流波形の高速サンプリングデータを用いて、それぞれ正弦波で回帰することによって推定される振幅・位相から有効電力・無効電力を計算し位相平面上にプロットし、あらかじめ設定した動作領域に入ることで事故検出をしている。提案手法の有効性を検証するために、66kV受電の需要家構内系統を対象とした数値シミュレーションによって正常に動作することを確認している。

第3章は「高速解列における励磁突入高速判別手法」と題し、負荷高速解列システムにおける変圧器励磁突入電流による短絡事故検出の誤動作防止機能として、DWT法とBH法の2種類の励磁突入電流の高速判別機能を提案している。DWT法は、電流波形のみを用いており、その離散ウェーブレット変換によって励磁突入電流を判別する手法であり、BH法は、電圧波形と電流波形を用いて、電圧の積分値と電流値との関係から変圧器鉄心の磁化特性を推定し励磁突入電流を判別する手法である。DWT法とBH法の有効性を検証するために、実機の変圧器による試験データを用いたシミュレーションを行ない、DWT法では、半サイクルから1サイクル程度の時間で判別でき、BH手法では、4~5msの半サイクル以内で励磁突入電流を判別することができることを示している。また、高速解列システムに対して判別性能とコストとを勘案した2提案手法の選択指針を示している。

第4章は「需要家設備の保全計画策定支援手法」と題し、まず、RCMの概念に基づいて設備の点検周期を決定するために、機器の確率的な故障状態遷移モデルを構築し、その遷移確率に点検周期をパラメータとして考慮することによって、システム全体の総コストが最小となる点検周期を求める手法を述べている。また、点検周期を所与として、機器の故障データなどの入力パラメータを逆問題として推定する手法や予算制約を考慮して最適保全計画からの修正を行う手法を開発することによって、設備全体での点検計画の最適化を図り、策定した点検計画を定量的かつ多面的に評価することが可能となることを明らかにしている。

第5章は「電力線通信における通信性能評価手法」と題し、効率的な設備保全を目的とした設備監視計測システムのネットワークインフラとして高速電力線通信を適用することを想定し、配電系統における任意の箇所に信号結合装置を設置した場合の通信特性を計算する手法を提案している。本手法は、個々の配電機器の伝送特性を4端子行列によるコンポーネントモデルとしてモデル化し、信号結合装置の間の配電機器をトポロジーに沿って自動的に組み合わせることによってボトムアップで伝送路モデルを生成し、伝送特性を計算するものである。提案する手法の有効性を示すために、評価用系統において伝送路トポロジーに対応した伝送路モデルが生成できることを確認し、実測データとの比較により、コンポーネントモデルの精度が実用レベルにあることを確認している。

第6章は「結論」で、各章の結論をまとめている。

以上を要するに、本論文は、大規模需要家の電気設備の電力品質向上と運用効率化を目的として、瞬時電圧低下に対する分散電源をもつ設備の高速解列システムの高機能化手法、設備運用コスト低減のための最適保守計画策定手法と効率的な設備監視システムのための電力線通信のネットワーク伝送特性評価手法を開発し、実用モデルにより有効性を確認したもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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