学位論文要旨



No 216941
著者(漢字) 吉村,健
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,タケシ
標題(和) モバイルマルチメディア伝送の高品質・高機能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216941
報告番号 乙16941
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16941号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 准教授 中山,雅哉
内容要旨 要旨を表示する

本論文ではモバイルマルチメディア伝送の高品質化・高度化に向けて,無線リンク技術,エンドエンド技術,ネットワークシステムの幅広い見地から議論を進め,検討結果を論ずる.

第1章では,モバイル環境におけるマルチメディア伝送の課題を提示し,本論文の目的および位置づけを明らかにする.第2章では,ビット誤りの多い無線リンクにおいて,効率的なパケット伝送を実現するロバストヘッダ圧縮方法を提案する.第3章では,ネットワークの輻輳状態と無線リンク誤り状態を判別し,適切なQoS制御を実行するモバイルストリーミングQoS制御方式を提案する.第4章では,ネットワークリソースの有効活用とクライアントモビリティのサポートを統一的なフレームワークによって実現するモバイルストリーミングメディアCDNについて論ずる.第5章においては,片方向の無線放送チャネルに適用可能高度な機能を提供するモバイル放送向けマルチメディア伝送システムを示す.第6章において,各章の研究成果をまとめる.

第1章

本章ではマルチメディア化が進む"ケータイ"向けサービスの動向を紹介し,モバイルマルチメディアを支える標準化技術として,無線アクセス技術,トランスポート技術,符号化技術,セッション制御技術等を紹介する.またモバイルマルチメディア伝送に向けた課題として,1)低品質な無線リンク,2)端末のモビリティ,3)大規模化,4)端末能力の制約,5)ユーザの利用形態を挙げ,各課題に対する研究状況を述べる.本論文において,これらの課題を解決する要素技術を確立することを目指し,各研究テーマが取り組む課題を明らかにする.

第2章

本章では,無線リンクにおいてRTP/UDP/IPヘッダのオーバヘッドを削減するロバストヘッダ圧縮技術について提案を行う.従来のヘッダ圧縮技術(CRTP)では,1つ前のヘッダ情報からの差分値を伝送することで圧縮しているため,無線リンク誤りによるパケットロスが発生した場合,圧縮コンテキストの同期はずれにより以降の圧縮ヘッダを正しく復元することができずに廃棄していた.その課題を解決するために,次の2つの方式を提案する.

MRC(Multi-Reference Compression)

複数のヘッダを参照し,複数の差分値情報を含めて圧縮することで,パケットロスがある環境においても参照ヘッダのうちいずれか一つかロスしていなければ正しく復元することができる.複数差分値の共通因子の伝送を省略することで効率的な差分値情報の圧縮を実現している.

RevDec(Reverse Decompression)

同期はずれがあったとしても同期を再確立したリフレッシュヘッダの情報に基づき後方から圧縮ヘッダの復元を試みる.RevDecにより,パケット伝送遅延が増加するものの,パケット廃棄数を低減することができる.

これら2方式がパケットロスのある無線リンクに対して有効であり,主観品質も向上させることをシミュレーション及び伝送実験により明らかにする.またIETFで標準化されたROHCの特徴についても解説し,CRTPやMRCに対する利点・欠点を述べる.

第3章

本章では,送信サーバとモバイル端末間の伝送路において,マルチメディア伝送品質を高めるエンドエンド型のQoS制御技術について検討を行う.従来の方式では,送信サーバは伝送品質が悪化するとネットワークの輻輳によるものと判断し,送信レートの制御を行っていた.しかし伝送路に無線リンクを含む場合,伝送品質の悪化が無線リンク誤りに起因することもあり,その場合には送信レートの制御は無意味である.したがって,送信サーバが有線ネットワークの輻輳状態だけでなく,無線リンクの無線誤り状態も適切に判断し,各状態に応じたQoS制御を実行できることが重要である.

そこで,有線ネットワーク/無線リンクの境界にRTPモニタリングエージェントを配置し,RTPモニタリングエージェントからRTCPレポートと同等のフィードバック情報を送信サーバに送ることを提案する.これにより,送信サーバがRTPモニタリングエージェントからとモバイル端末からの2つのフィードバック情報から,輻輳状態と無線リンク状態を適切に判別し,各状態に応じたQoS制御が可能となる.

あわせてRTPモニタリングエージェントからの情報を活用したMPEG-4ビデオ品質制御方式を検討する.シミュレーションによって1)何も制御しない場合と,2)レート制御のみの場合,3) レート制御と映像符号化のIピクチャ頻度を制御する場合,4)レート制御とFECパケットの送信頻度を制御する場合の4方式について比較評価を行い,RTPモニタリングエージェントからの情報を活用する3)及び4)の方式により,クライアント端末で再生されるMPEG-4ビデオ品質が向上できることを示す.

第4章

本章では,ストリーミングコンテンツを同時に大多数のモバイル端末に配信するために,コンテンツデリバリネットワーク(CDN)の要素を取り込んだモバイルストリーミングメディアCDN(MSM-CDN)について提案する.MSM-CDNでは,モバイルクライアントは単にポータルサーバからダウンロードしたSMILファイルに従うことで,CDN内の最適なサロゲートからマルチメディアコンテンツ配信を受けることができるようになる.本アーキテクチャの主要機能は以下のとおりである.

セグメント間の時間関係を記録したSMIL変換を伴ったコンテンツセグメンテーション

コンテンツ位置を最適なサロゲート位置に書き換えたSMIL変換によるリクエストルーティング

SMILファイルから抽出された時間情報に基づくプリフェッチスケジューリング

クライアント移動にあわせて最適なサロゲート位置に置き換えるSMILファイル更新機構

また,モバイルQoSテストベッド上に構築した現状のMSM-CDNプロトタイプシステムについても報告する.本プロトタイプは3GPP-PSS規格に準拠し,すべてのインタフェースをSOAPにより実装している.本プロトタイプシステムによる実験において,コンテンツセグメンテーションによるセッション確立時間の短縮効果を示す.

第5章

本章では,片方向の無線チャネル上で動作する放送型ストリーミングプロトコルを検討する.3G MBMSのように無線チャネルがブロードキャスト配信に対応したときに,ブロードキャスト配信においてもユニキャスト配信と同様に,テキスト情報や静止画などの静的なメディアも音声や映像に同期させて表示させる機能が求められる.しかし,ユニキャスト配信で用いられているプロトコルを片方向の無線放送チャネルに提供することができない.

そこで3GPP-PSS規格との整合性を考慮しつつ,かつ片方向の無線放送チャネル上に適用可能な放送型ストリーミングプロトコルを提案する.提案プロトコルでは,1)柔軟なレイアウト設定を可能とするSDPと連携したSMIL記述と,2)RTPカルーセルによる静的メディアオブジェクトの高信頼伝送及び同期再生機能,を提供する.

モバイルQoSテストベッド上に提案プロトコルによるシステムプロトタイプを構築し,3G無線チャネルエミュレーション上での実験を行う.実験結果から,メディア伝送の信頼性と再生待ち時間のトレードオフ関係や,SDP,SMIL,Iフレームの同期伝送による待ち時間短縮効果を明らかにする.今後の課題としては,更なる待ち時間の短縮が必要である.テレビのようにザッピングすることを考えると,待ち時間はせいぜい1~2秒程度に抑えることが求められる.

第6章

本論文の主たる結果をまとめるとともに,今後の課題として,端末能力の制約を考慮した革新的なユーザインタフェースと,ケータイならではのデバイスを活用した新たなサービス展開が重要と考えている.ケータイユーザの利用形態を把握することも重要であり,データを活用した行動解析を検討している.

また今後のモバイルマルチメディアサービスの展望についても述べる.VoIPやRTPストリーミングは,技術は確立されつつあるのに対し,本格展開は見えていない.一方で,DLNAや放送サービスとの連携など,家電や放送業界を巻き込んだマルチメディアサービスの展開が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「モバイルマルチメディア伝送の高品質・高機能化に関する研究」と題し,低品質な無線リンク特性や端末のモビリティ等のモバイルマルチメディア伝送特有の課題に対し,無線リンク,トランスポート,ネットワークシステムの幅広い観点から議論を進め,各課題を克服するための要素技術について提案及び評価を行っている.

1章は「序論」であり,マルチメディア化が進む"ケータイ"向けサービスの動向と,モバイルマルチメディアを支える標準化技術を紹介するとともに,モバイルマルチメディア伝送に向けた課題と各課題に対する研究状況を述べている.そして本論文における各研究テーマが取り組む課題を明らかにしている.

2章は「ロバストヘッダ圧縮」と題し,無線リンクにおいてRTP/UDP/IPヘッダのオーバヘッドを削減するロバストヘッダ圧縮技術について提案を行っている.従来のヘッダ圧縮技術(CRTP)では,無線リンク誤りによるパケットロスが発生した場合,以降の圧縮ヘッダを正しく復元することができずに廃棄するという問題があった.その問題を解決するために,複数のヘッダを参照し圧縮することで,1つのパケットロスがあっても同期はずれを生じないMRC(Multi-Reference Compression)方式と,同期はずれがあったとしても同期を再確立したリフレッシュヘッダの情報に基づき後方から圧縮ヘッダの復元を試みるRevDec(Reverse Decompression)方式を提案している.これら2方式がパケットロスのある無線リンクに対して有効であり,主観品質も向上させることをシミュレーション及び伝送実験により明らかにしている.

3章は「モバイルストリーミングQoS制御」と題し,送信サーバとモバイル端末間の伝送路において,マルチメディア伝送品質を高めるエンドエンド型のQoS制御技術について検討を行っている.送信サーバが有線ネットワークの輻輳状態だけでなく,無線リンクの無線誤り状態も適切に判断し,各状態に応じたQoS制御を実行できることが重要であると考え,有線ネットワーク/無線リンクの境界にRTPモニタリングエージェント(RMA)を配置し,RMAからRTCPレポートと同等のフィードバック情報を送信サーバに送ることを提案している.これにより,送信サーバがRMAからとモバイル端末からの2つのフィードバック情報から輻輳状態と無線リンク状態を適切に判別し,各状態に応じたQoS制御が可能となる.RMAからの情報を活用し,適切なQoS制御を実行することで,クライアント端末で再生されるMPEG-4ビデオ品質が向上できることをシミュレーションにより示している.

4章は「モバイルストリーミングメディアCDN」と題し,ストリーミングコンテンツを同時に大多数のモバイル端末に配信するためのモバイルストリーミングメディアCDN(MSM-CDN)について検討している.プレゼンテーション記述言語であるSMILを,モバイル端末の位置や配信コンテンツに応じて動的に書き換えるDynamic SMILフレームワークを提案し,本フレームワークにより,最適なサロゲート(キャッシュサーバ)の選択や,キャッシュ効率を高めるためのセグメント単位でのストリーミング配信を実現している.またMSM-CDNのプロトタイプシステムも構築し,実装評価を行っている.

5章は「モバイル放送向けマルチメディア伝送システム」と題し,片方向の無線チャネル上で動作する放送型ストリーミングプロトコルを提案している.無線チャネルがブロードキャスト配信に対応したときに,ブロードキャスト配信においてもユニキャスト配信と同様に,テキスト情報や静止画などの静的なメディアも音声や映像に同期させて表示させる機能が求められる.そのため,従来のユニキャスト向けストリーミング規格との整合性を考慮しつつ,かつ片方向の無線放送チャネル上に適用可能な放送型ストリーミングプロトコルを提案している.また提案プロトコルによるシステムプロトタイプを構築し,3G無線チャネルエミュレーション上での実験を行い,その有用性を示している.

6章は「結論」であり,以上の結果を総括し,今後の課題とモバイルマルチメディアサービスの展望について論じている.

以上これを要するに,本論文は,モバイルマルチメディア伝送の高品質化技術や高機能化技術を提案し,シミュレーションや伝送実験によりその有用性を示したものであり,情報通信工学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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