学位論文要旨



No 216942
著者(漢字) 岡屋,克則
著者(英字)
著者(カナ) オカヤ,カツノリ
標題(和) 天然ガスハイドレートペレットの充填と排出に関する研究
標題(洋)
報告番号 216942
報告番号 乙16942
学位授与日 2008.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16942号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 准教授 増田,昌敬
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

ガソリンの驚異的な値上がりに代表される最近のエネルギー価格の高騰は、あらゆる産業に深刻な影響を及ぼしつつある。現在、年間原油2.5億キロリットル、LNG6000万トンを輸入している日本は長期的展望に立ってエネルギー政策を見直さなければならない時期に来ているといえる。一方で、北海道から沖縄に至る日本沿岸の海底にはメタンハイドレートが発見されており、これらについての採掘および輸送技術が確立されれば、日本のエネルギー戦略に資することは間違いない。

そこで課題となるのは天然ガスを輸送・貯蔵するシステムである。Gudmundssonが1996年に試算をおこなった天然ガスハイドレート(NGH:Natural Gas Hydrate)輸送システム(以後略してNGHシステム)は小規模・短距離輸送に適した手段であり、大規模ガス田でしか採算の取れない現在のLNG(Liquid Natural Gas)システムと異なっている。したがってNGHシステムを用いれば、現在未開発の中小規模ガス田をも開発可能になる。現在確認されている中小ガス田は埋蔵量で全体の20%、ガス田数にして80%にものぼる。

NGHシステムの利点は、NGH生成装置が小規模であることだけでなく、NGHが常圧-20℃程度での保存が可能であるという自己保存特性にも由来する。これにより、極低温に耐える材料や、高圧に耐える構造を必要としないので輸送船や貯蔵タンクなどの製造コストが大幅に削減できる。したがってNGH輸送船が期待されるのは、LNG輸送船やCNG輸送船と比べて造船費用が安いからである。

しかし、これは同時にNGH輸送船に必要なNGHのハンドリング技術の確立を前提としなければならないことを意味する。すなわち、輸送船の設計ばかりではなく、NGHの製造、貯蔵、荷積み、輸送、荷揚げ、再ガス化、安全対策、国際法の整備に至るまでの一貫した流れを視野に入れた技術開発が必要となってきた。これらのいずれかが欠けてもシステム全体が挫折せざるを得なくなることは、過去の経験からも明らかである。同時にNGHシステムは海底下の天然ガスハイドレート開発の後方支援をするという認識も重要である。

さて、前述のようにNGHシステムには製造、輸送、再ガス化のプロセスがあるが、このシステムの困難な要因の一つはハイドレートが固体であるという点にある。ガスや液体と異なって固体によるハンドリングには、付着・固着、凝集、閉塞、偏積などといった粉粒体特有の物性が関係している。今回想定しているNGHシステムにおいても、バラ積み、スラリ化、ブロック化などの案もあったが、現在のところペレット化によるハンドリングが最も有望であろうという前提で計画が進行中である。

本研究室では2001年からこの計画に関わり、ペレット化の実現性の検討に参加してきた。2003年の所の博士論文で示したように、船倉へのNGHペレット充填を前提としてペレットの反発係数の影響が比較的少ないが、摩擦係数の影響は大きいこと、固着モデルによるシミュレーションによって通常のアーチブレーカなどの排出補助機構では円滑な排出が望めないことなどが分かってきた。この結果は、現在の輸送船設計のための重要な情報の一部となり、現時点での輸送船構想が成り立っている。

本報告では、MITの報告にあった非球形粒子による充填率向上に可能性を求め、改めて粒子の充填特性についての検討をおこなうと同時に、鎖による解砕で固着したペレット層を流動化・排出する可能性について探った。これらは単にNGH輸送船の積載能力を向上させるためだけではなく、輸送設計の前提となり、ひいてはNGHシステム全体の成否に関わる問題であると捉えている。

本研究の成果は、この種の研究を進めるのに有効な離散要素法(DEM)の最適化の提案、充填率を向上させるためのアルゴリズムの提案および非球形粒子による充填率向上の確認、固着ペレット層を解砕するための鎖網の効果の確認である。

DEMについては、長年のプログラミングの経験に基づいて、メッシュ法の中の大メッシュ法の最適化のロジックを示した。その結果、細かい粒子が多数あるにしても、大セル法では比較的メッシュ数が少ない方が計算速度を速めることがわかった。一方で、粒子に近接する粒子のみに着目し、ある程度離れている粒子に対する接触判定を先送りする遅延法(Lazy Method)を提案し、その最適化と計算速度向上の予測方程式を作成した。その結果遅延法によれば、最適化された大セル法の10倍から100倍の処理速度を達成できることがわかった。なお結果に幅があるのは、遅延法では粒子の取り得る最高速度を仮定しなければならないためであって、今回のような充填のシミュレーションでは比較的低速の運動と見なすことができるので、100倍前後の高速化を期待してもよい。

充填特性についての成果の一つは、球形粒子を前提とした粒度2成分系の充填において、細かい粒子が入り込めず充填できない領域(dead space)の概念を提案し、DEMによるシミュレーションによる解析に基づいた検討により、この領域が壁面効果と同等の粒子相互の関係によって引き起こされているものと説明できた。これにより、実際の混合充填率とこれまでの論理的充填率との食い違いが明らかになり、今後の混合充填率の予測がただしく行えるようになった。もう一つの成果は、非球形粒子の充填のシミュレーションで、レンズ型粒子のおよそ球形度70%程度で充填率が最大になるとの見通しが得られた。これについては以前におこなった2次元粒子のシミュレーションで、円形度が高い粒子の方は充填率が高いという知見を得ていたが、3次元で確認できたのは初めてである。非球形粒子の多成分系については検討中ではあるが、未だ成果が得られていない。形状の異なる粒子との組み合わせを考えれば、新たな可能性もあるが、粒径比をあまり大きくしないという制約条件下では大幅な充填率向上は望めない。

排出機構については、固着力測定から得られた所の固着DEMモデルを用い、鎖を用いた排出補助機構の解析をおこなった。提案する鎖構造は船倉内に1m程度の間隔で鎖を垂らし、それぞれの鎖を前後左右に横鎖で結びつけたもので、いわば鎖でできたジャングルジムと類似する。このままの状態でペレット充填をおこない、排出時点で縦鎖を引き下げて固着したペレット層を解砕(凝集・固着したものを振り解くこと)する。DEMによって得られた結果は、実際にペレットを4000個製造して-30℃の実験室で固着・解砕・排出した実験結果とよく一致した。このことにより、鎖による解砕機構のシミュレーションの妥当性が保障され、他の条件でのシミュレーションが可能となった。なお、鎖自体は連続した粒子のモデルであり、鎖粒子間にはノーテンションジョイントおよび固着モデルが除外されている。重要な知見は、排出口の大きさによって解砕限界強度がことなることであり、今後の輸送船設計に役立つかもしれない。

NGH輸送船の設計においては、万が一にも排出不能になることがあってはならないという見地から、実証されていないアイデアがいきなり実装されることはないと考えられる。現在の設計では、鉱石の荷揚げに用いられている掻き取り式のアンローダを、気密を確保した船倉内に設置し、排出をおこなうことになっている。ただし、この船が実際に稼働を開始すれば、本研究で提案している鎖方式の実証試験の空間をその一角に得られるかもしれない。本研究の実証試験はその時点から始まることになるだろう。

以上が本研究の要旨であり、この成果がNGHシステムの実現に貢献できることを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、天然ガスをハイドレート化して輸送するためのハンドリング技術についての検討をおこなっている。特に輸送船にペレット化した天然ガスハイドレート(NGH)を積載し、中近東もしくは東南アジアから日本に輸送する場合を想定し、積載量の増大、荷降ろしの高速化を意図した観点での条件設定および新規手法が中心課題となっている。

液化天然ガス(LNG)による輸送では、製造プラントの規模が小さくできないことから、中小ガス田の開発が困難であった。またLNGの極低温に耐える部材を必要とすることから輸送船や貯槽の建造コストは高くならざるを得なかった。それに対して、NGHは小規模のプラントで製造できることや自己保存効果によって一20℃程度での保存が可能であることにより、中小ガス田の開発が可能になり、輸送船の開発コストを引き下げることができる。

競合するエネルギー輸送技術としては、LNGの他にパイプラインによる輸送や、ガス生産地で発電をおこなって送電する方法や、高分子化して液化する方法などがあるが、コスト面などを総合するとNGHは小規模・短距離の輸送に適しているものと見込まれる。また安全性の面からも有利であり、ガス備蓄の手段としても有望であると考えられる。

NGHによる輸送システムはGudmundssonが1996年に試算をおこなったものであり、その実現のためには、NGH製造装置、NGHペレット製造装置、NGH再ガス化装置の開発など克服されるべき課題も山積しているが、輸送船および港湾でのNGHの積み下ろし装置の設計をするためのハンドリング技術についての研究が特に立ち遅れている。NGHを輸送する際の選択肢として、バルク輸送、スラリー輸送、ペレシト化による輸送力考えられてきたが、最終的にペレット化が有望であるとの見方が定着してきている。そこで、NGHをペレット化して輸送することを前提として、ペレットの粒度分布、粒子形状を最適化するための検討が必要となっている。一方、ペレジトが輸送船内で10日以上揺動を与えられ、圧密されることによってペレット層が固着する可能性があり、これに対する対処策が発見されなければならない。

本論文では、主として離散要所法(DEM)を用いて、充填率を高めるためのNGHペレットの粒子径の組み合わせ、粒子形状の最適化について検討している。また、固着したペレット層を解砕するために鎖を用いた機構を提案しその可能性を探っている。論文の構成としては、最初にDEMの最適化をおこない、次に球形および非球形粒子による充填率についての検討、最後に鎖による固着層の解砕についての検討をおこなっている。

DEMについては、大メッシュ法の最適化のロジックが示されている。その結果、細かい粒子が多数ある場合でも、比較的メッシュ数が少ない方が計算速度が速くなることが判明した。一方で、粒子に近接する粒子のみに着目し、ある程度離れている粒子に対する接触判定を先送りする遅延法(LazyMethod),が提案され、その最適化と計算速度向上の予測方程式ができた。その結果、遅延法を用いれば、最適化された大セル法の10倍から100倍の処理速度を達成できることがわかった。なお高速化の程度に幅があるのは、遅延法では粒子の取り得る最高速度を仮定しなければならないためであって、今回のような充填のシミュレーションでは比較的低速の運動と見なされるので、100倍前後の高速化が期待される。

充填特性についての成果の一つは、球形粒子を前提とした粒度2成分系の充填において、細かい粒子が入り込めず充填できない領域(deadspace)の概念を提案し、DEMによるシミュレーションによる解析に基づいた検討により、この領域が壁面効果と同等の粒子相互の関係によって引き起こされているものと説明された。これにより、実際の混合充填率とこれまでの論理的充填率との食い違いが明らかになり、今後の混合充填率の予測がただしく行えるようになった。もう一つの成果は、非球形粒子の充填のシミュレーションで、レンズ型粒子のおよそ球形度70%程度で充填率力最大になるとの見通しが得られた。2次元粒子のシミュレーションでも円形度が高い粒子は充填率が高いという知見が得られているが、3次元でこの傾向が確認できたのは初めてである。非球形粒子の多成分系については、形状の異なる粒子との組み合わせを考えれば、新たな可能性もあるものとみられている。

排出機構についでは、固着力測定から得られた所の固着DEMモデルを用い、鎖を用いた排出補助機構の解析をおこなっている。提案する鎖構造は船倉内に1m程度の間隔で鎖を垂らし、それぞれの鎖を前後左右に横鎖で結びつけたもので、いわば鎖でできたジャングルジムのようなものである。このままの状態でペレット充填をおこない、排出時点で縦鎖を引き下げて固着したペレット層を解砕するものである。DEMによって得られた結果は、実際にペレットを4000個製造して「30℃の実験室で固着・解砕・排出した実験結果とよく一致している。このことにより、鎖による解砕機構のシミュレーションの妥当性が保障され、他の条件でのシミュレーションが可能となった。なお、鎖自体は連続した粒子のモデルであり、鎖粒子間にはノーテンションジョイントおよび固着モデルが除外されている。重要な知見は、排出口の大きさによって解砕限界強度がことなることである。

これらの結果がNGH輸送船の設計の一助となると考えられる。

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