学位論文要旨



No 216944
著者(漢字) 野澤,元
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,ハジメ
標題(和) ビール成分の機能性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216944
報告番号 乙16944
学位授与日 2008.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16944号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 三坂,巧
内容要旨 要旨を表示する

近年、様々な食品成分の機能性に関する研究が活発に行われており、それらを活用した特定保健用食品や健康食品が多数開発されてきている。ところで、ビールは古来より人々に飲用されてきた低アルコール飲料であり、ホップや麦芽等の原料由来の植物成分を多数含む。ビール中に存在する機能性成分として、フェノール酸類、カテキン類、プロアントシアニジン類、カルコン類、フラバノン類、フラボン類、フラボノール類、ホップ樹脂類(α酸、β酸)、ビタミンB、葉酸等多様な成分がある。ビール成分の健康生理機能として、脚気の予防、動脈硬化予防、胃酸分泌促進、便秘予防、利尿作用等様々な機能性の報告があるが、体系的、かつ、総合的な科学的研究は乏しかった。そこで、本研究において、お客様へのおいしさの提供のみならず、ビールの健康価値の提供並びに健康機能性成分を活用した新規の商品の開発を目指し、ビール成分の健康生理作用に関する研究を実施した。本論文において、ビール・ホップ成分の発がん抑制作用、ホップ成分キサントフモールの抗炎症作用及び抗メタボリックシンドローム作用に関する研究を実施した。

ビール成分の発がん抑制作用について、これまでの報告では、発がんの各ステップについて、断片的に効果を検証した報告はあったものの、有機的な繋がりは無く、イニシエーション、プロモーション、プログレッションの一連のプロセスを、包括的に解析した実験報告は無かった。そこで、アゾキシメタンを用いたラット大腸発がんモデルを用い、ビール成分の発がんプロセス抑制作用を検証した。その結果、ビール成分摂取により、エンドポイントの腫瘍形成、前がん病変であるaberrant crypt foci (ACF)の形成、発がんのイニシエーション過程である大腸粘膜上のDNA損傷が抑制されることが明らかとなった。本発がん抑制に寄与する成分として、麦芽由来成分は、イニシエーション過程の抑制、ホップ成分については、ポストイニシエーション過程における抑制に寄与する可能性が示唆された。更に、本発がんプロセス抑制機序として、ホップ成分イソフムロンによる、大腸粘膜シクロオキシゲナーゼ-2抑制(PGE2産生抑制)が少なくとも関与することが示唆された。次に、我々が日常的に暴露する可能性のある発がん剤として、加熱食品由来へテロサイクリックアミン(HCA)をモデル発がん剤とし、HCAに対する発がんプロセス抑制作用を包括的に解析した。本研究においては、HCA発がんプロセスに対してもイニシエーション、前がん病変、腫瘍に至るすべてのステップを包括的に検証した。イニシエーション抑制作用については、サルモネラ菌を用いたAmes試験やCHL細胞を用いた小核試験、マウス肝臓におけるコメットアッセイ及びDNAアダクト解析において、ビール成分の抗変異作用を確認した。前がん病変形成試験において、凍結乾燥ビール摂取により、ラットにおけるPhIP惹起ACF形成が有意に抑制されることが示された。また、PhIP惹起ラット乳腺発がんモデルにおいて、凍結乾燥ビール摂取により、腫瘍発生率及び多発性が有意に低下することが明らかとなった。以上の検討より、ビール成分は腸や肝臓等食品成分が作用するに適した臓器において、発がん抑制効果を発揮することが考えられた。また、今回の動物試験結果を、ヒトに外挿すると、缶ビール1本程度の摂取レベル、つまり、適量摂取レベルにおいて、発がんプロセス抑制作用を示す可能性が示唆された。しかし、過剰に摂取させると、抑制度合いは低減する傾向が示唆された。

次に、ホップ成分の新規な生理作用について、検討を行った。LPS/IFN-γ刺激によるマウスマクロファージ細胞株RAW 264.7細胞におけるNO誘導産生系において、ホップペレットの酢酸エチル抽出画分に強いNO産生抑制活性を確認した。本画分のNO産生抑制機序は、iNOSタンパク質発現阻害作用によるものであった。関与成分の単離・構造解析を行った結果、キサントフモール及び類縁カルコンに強いNO産生抑制活性を認めた。構造活性相関を検討した結果、キサントフモールのカルコン骨格のα、β二重結合が重要であることが示された。

最後に、キサントフモールの新規の機能として、FXR活性化作用及び糖・脂質代謝調節作用を検討した。HepG2細胞を用いたFXRレポーターアッセイ系において、キサントフモールは処理用量依存的なFXR活性化作用を示し、更に、キサントフモールは、内因性FXRリガンドCDCAのFXR活性化作用を相加・相乗的に亢進させた。糖尿病モデルであるKKAyマウスにキサントフモールを摂取させると、顕著な飲水レベルの低下、体重増加の抑制傾向、脂肪組織重量の有意な減少、アディポネクチンの有意な増加を認め、病態を改善した。肝臓の遺伝子発現の解析を行った結果、キサントフモールは、in vivoにおいては、アゴニスト様、アンタゴニスト様の活性を示すという、選択的FXRモジュレーター様の作用を有する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

古来、世界の人々に飲用されてきたビールは、フェノール酸類、カテキン類、プロアントシアニジン類、カルコン類、フラバノン類、フラボン類、フラボノール類、ホップ樹脂類(α酸、β酸)、ビタミンB群、葉酸等多様な機能性成分を含む。ビール成分の健康生理機能として、脚気の予防、動脈硬化予防、胃酸分泌促進、便秘予防、利尿作用等の報告があるが、体系的・総合的研究は乏しかった。本研究は、ビール・ホップ成分の発がん抑制作用、ホップ成分キサントフモールの抗炎症作用及び抗メタボリックシンドローム作用に関し初めて詳細に解析したものである。

第1章序論に続き、第2章では、アゾキシメタンによるラット大腸発がんモデルを用い、ビール成分の発がんプロセスに対する影響を解析した。その結果、ビール成分摂取により、発がんエンドポイントである腫瘍(腺がん、腺腫)の形成、前がん病変であるaberrant cryptfoci(ACF)の形成、発がんのイニシエーション過程である大腸粘膜上のDNA損傷が抑制されることが明らかになった。

発がん抑制に寄与する成分のうち、麦芽由来成分はイニシエーション過程の抑制、ホップ成分はポストイニシエーション過程におけるその抑制に寄与する可能性が示唆された。更に、発がんプロセス抑制機序として、ホップ成分イソフムロンによる大腸粘膜シクロオキシゲナーゼ-2抑制(PGE2産生抑制)が関与することが示唆された。

第3章においては、人体が日常的に暴露される可能性のある発がん剤として、加熱食品由来ヘテロサイクリックアミン(HCA)をモデル発がん剤とし、HCAに対する発がんプロセス抑制作用について解析を行った。イニシエーション抑制作用については、サルモネラ菌を用いたAmes試験やCHL細胞を用いた小核試験、マウス肝臓におけるコメットアッセイ及びDNAアダクト解析において、ビール成分の抗変異作用を確認した。前がん病変形成試験において、凍結乾燥ビール摂取により、ラットにおけるPhlP惹起ACF形成が有意に抑制されることが示された。また、PhIP惹起ラット乳腺発がんモデルにおいて、凍結乾燥ビール摂取により、腫瘍発生率及び多発性が有意に低下することが明らかとなった。以上の検討より、ビール成分は食品成分に暴露しやすい腸・肝臓といった臓器において発がん抑制効果を発揮することが考えられた。また、今回の動物試験結果をヒトに外挿すると、缶ビール1本程度の適量摂取レベルにおいて、発がんプロセス抑制作用を示す可能性が示唆された。

第4章においては、ホップ成分キサントフモールの新規な生理作用について解析を行った。発がん抑制因子の1つである一酸化窒素(NO)の産生に対するホップ成分の影響を、LPS/IFN一γ刺激によるマウスマクロファージ細胞株RAW264.7細胞におけるNO誘導産生系を用いて解析を行った。ホップペレットの酢酸エチル抽出画分に強いNO産生抑制活性を確認した。本画分のNO産生抑制機序は、iNosタンパク質発現阻害作用によるものであった。関与成分の単離・構造解析を行った結果、キサントフモール及び類縁カルコンに強いNO産生抑制活性を認めた。構造活性相関を検討した結果、キサントフモールのカルコン骨格のα、β二重結合が重要であることが示された。

次に、FXR活性化作用及び糖・脂質代謝調節作用を検討した。HepG2細胞を用いたFXRレポーターアッセイ系において、キサントフモールは処理用量依存的なFXR活性化作用を示し、更に、キサントフモールは、内因性FXRリガンドCDCAのFXR活性化作用を相加・相乗的に充進させた。糖尿病モデルであるKKAyマウスにキサントフモールを摂取させると、顕著な飲水レベルの低下、体重増加の抑制傾向、脂肪組織重量の有意な減少、アディポネクチンの有意な増加を認め、病態を改善した。肝臓の遺伝子発現の解析を行った結果、キサントフモールは、in vivoにおいては、アゴニスト様、アンタゴニスト様の活性を示し、選択的FXRモジュレーター様の作用を有する可能性が示唆された。本キサントフモールの生理学的知見は新規知見である上、今後、応用面においても有益となろう。

以上、本研究は、ビール及びホップに由来するキサントフモールやイソフムロンといった化合物の生理機能を解明するとともに、機能性食品・飲料への展開に繋げ得るものであり、学術的・応用的意義は大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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