学位論文要旨



No 216946
著者(漢字) 秋山,実
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ミノル
標題(和) LIDARデータの雪氷防災への適用 : 積雪相当水量の推定と雪崩発生危険度の評価
標題(洋) Application of LIDAR data to Snow Disaster Prevention : Estimation of snow water equivalent volume and avalanche risk
報告番号 216946
報告番号 乙16946
学位授与日 2008.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16946号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 講師 竹内,渉
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

2004 年10 月23 日に発生した新潟県中越地震と2004-2005 年冬季の大雪は,雪氷防災行政にも新たな課題を投げかけた。この地震により形成された河道閉塞(天然ダム)では,応急対策工により当面の二次災害が防止されたが,春季の融雪出水の影響が懸念される状況となり,積雪相当水量の推定が緊急課題となった。また地震時に地すべりや斜面崩壊が発生した斜面では,雪崩が大量に発生し,雪崩危険度評価の精度向上が望まれた。

一方,近年利用が進んできた航空レーザ測量(LIDAR)は,地形や積雪上面を面的に測定できるため,積雪深分布の計測や斜面傾斜角の面的把握に適している。

そこで本研究では,雪氷災害の中でも特に重要な融雪出水と雪崩を取り上げ,LIDARデータにより,積雪相当水量の推定を高精度化するとともに,雪崩の発生危険度に対する各説明変数の寄与を分析して,より定量的な説明が可能な,新たな雪崩発生危険度評価手法を提案することを目的とした。

2.研究対象地区と初期データの作成

新潟県中越地震で大きな被害を受けた旧山古志村(長岡市山古志)芋川流域では,地震の被害把握やその後の河道閉塞対策,豪雪対策などの目的で,空中写真やLIDARデータの取得が繰り返し実施され,積雪量の計測や雪崩の判読なども面的に実施され,雪崩実績図が作成されるなど,本研究に必要な原データや評価用データとして利用可能であった。そこで,積雪相当水量の推定と雪崩発生危険度の推定に共通のデータを用いることとし,5mグリッドデータとして整理した。

3.積雪相当水量の推定

積雪前のLIDARデータから地表面のDEMデータを作成し,積雪後のLIDARデータから積雪上面のDSMデータを作成した。両データの差分から,積雪深グリッドデータを算出した。芋川流域全体の平均積雪深は2.84m,積雪総量は108.6百万m3と推定された。次に対象地域5ヶ所でスノーサンプルを採取し,雪密度を計測した。5点における雪密度の平均値とそのばらつきから,流域全体の雪密度を456.43±46.88kg/m3と推定した。積雪総量と雪密度から,流域全体の積雪相当水量は49.1±5.1百万m3,東竹沢河道閉塞の集水域では23.9±2.5百万m3と推定された。この結果は,国土交通省河川局に報告するとともに,2005年3月4日に記者発表し,融雪出水対策の基礎資料として活用された。

LIDARデータを用いた積雪深分布の計測と積雪相当水量の推定は,近年いくつか研究的に実施されてきたが,実際の融雪出水対策に活用され,その有効性が確認されたことから,手法としてほぼ確立できたと考えられる。今後は積雪期のダム管理にも広く活用されることが期待される。

4.雪崩発生危険度の推定

雪崩発生危険度の推定については,積雪前のLIDARデータから作成した地表面DEMデータからの斜面傾斜角グリッドデータ,積雪前の空中写真データの画像分類による土地被覆グリッドデータ,積雪前の空中写真から雪崩の発生に関連の強い筋状地形と崩壊地形を判読した地形的特徴グリッドデータの3種のデータを入力データとした。

一方,長岡雪氷防災研究所(現(独)防災科学技術研究所雪氷防災研究センター)が積雪後の空中写真から判読した「雪崩実績図」をグリッドデータ化し,評価・分析用の正解データとして利用した。

通常,積雪深は雪崩の発生に直接関係する要因であるが,LIDAR計測日における積雪深分布は,すでに雪崩によって積雪が移動してしまった結果を示しており,積雪深データは,なだれの発生要因としてよりは,雪崩の結果としての積雪深分布を示しているため,説明変数から除外した。

従って,説明変数としては傾斜角,土地被覆,地形的特徴の3つを用いることとし,それぞれの雪崩発生率への寄与を分析した。この3つの説明変数のうち,まず唯一の定量的変数である傾斜角と雪崩発生率との関係を調べた。傾斜角と,雪崩発生率とのグラフを図1に示す。

雪崩を地表と積雪との境界面もしくは積雪層間の境界面におけるすべり現象と捉えると,斜面傾斜角をθ,動摩擦係数を ,最大静止摩擦係数を とするとき,雪崩発生の条件は, で表される。そこで,傾斜角θに対する雪崩の発生率Rを表すモデルとして,次式のように摩擦係数 を変数とする正規分布関数を仮定した。 ,ここで, はグラフのピークにおける発生率,μ0はピークの傾斜角をθ0としたときの摩擦係数tanθ0,σ2は正規分布の分散にそれぞれ相当する。このパラメータを,図1の棒グラフを近似するように最小二乗法で求めると, となり,これを傾斜角による雪崩発生率の関数として採用した。近似関数のグラフを図1に示す。この近似関数で各グリッドの危険度を評価し,評価点と雪崩発生率との相関をとると,相関は0.991となった。

次に定性的説明変数である土地被覆クラスと地形的特徴クラスについて,それぞれのクラス毎に傾斜角と雪崩発生率のグラフを作成したところ,各グラフは全データのグラフとほぼ相似で,比例的な関係にあると推定された。従って,それぞれのクラスは全データに対応するグラフに倍率を掛ける形で寄与していると推定された。既往研究におけるこれまでの評価式では,定性的説明変数である土地被覆クラスや地形的特徴クラスについても,それらを経験に基づいて点数化し,それらを加算した総合得点で危険度を評価していた。これに対して,今回の分析からは,定性的説明変数の寄与は加算的ではなく,乗算的であるという結論が得られた。すなわち,雪崩発生危険度評価得点をR,積雪深得点をSd,傾斜角得点をSl,土地被覆得点(係数)をLc,地形的特徴得点(係数)をStとすると,これまでの評価式では,R = Sd + Sl + Lc + St であったのに対して,新たな評価式では,R = Sl × Lc × St となる。

各クラスの寄与率としては,雪崩発生危険度評価得点と雪崩発生率との相関を最大とする値を採用した。このときの相関は,0.9942という高い値が得られた。土地被覆クラスでは,本来雪崩が発生しやすいと思われる草地・灌木クラスの係数が,雪崩発生に抑制的と思われる森林クラスよりも小さい係数となるなど,さらに分析を要する結果もあるが,算出される危険度は雪崩発生率に対応したものとなり,対策工の優先度付けなど,行政上の対策立案にも利用しやすいものが得られたと考えられる。図2に雪崩発生危険度評価得点と雪崩発生率の関係を示す。

評価式を推定したデータと独立なデータで,評価式の有効性を検証するため,対象地域を南北に二分し,一方のデータで推定した評価式を他方に適用し,相関を求めた。その結果,0.96及び0.92という高い相関が得られ,本手法の有効性が検証された。

本研究で新たに作成した「雪崩発生危険度図」を図3に示す。この図で危険度が高いとされた赤色の地区は,黒色で示した雪崩実績と非常によく重なっており,危険度の高い斜面と低い斜面のメリハリもよく,雪崩防災対策の優先度付けにも十分寄与できるものと期待される。

図1 傾斜角対雪崩発生率と近似モデル

図2 雪崩発生危険度評価得点と雪崩発生率

図3 雪崩の発生危険度評価図

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2004 年10 月23 日に発生した新潟県中越地震と2004-2005 年冬季の大雪は,雪氷防災行政にも新たな課題を投げかけた。この地震により形成された河道閉塞(天然ダム)では,応急対策工により当面の二次災害が防止されたが,春季の融雪出水の影響が懸念される状況となり,積雪相当水量の推定が緊急課題となった。また地震時に地すべりや斜面崩壊が発生した斜面では,雪崩が大量に発生し,雪崩危険度評価の精度向上が望まれた。

積雪相当水量の推定や雪崩危険斜面の特定には,積雪深や地形の詳細な面的情報が必要であるが,従来の気象観測や地形図では十分な情報を得ることは難しかった。一方,近年利用が進んできた航空レーザ測量(LIDAR)は,地形や積雪上面を面的に測定できるため,積雪深分布の計測や斜面傾斜角の面的把握に適している。

本論文は,雪氷災害の中でも特に重要な融雪出水と雪崩を取り上げ,LIDARデータにより,積雪相当水量の推定を高精度化するとともに,雪崩の発生危険度に対する各説明変数の寄与を分析して,より定量的な説明が可能な,新たな雪崩発生危険度評価手法を提案し,今後の雪氷防災に貢献しようとしたものである。

積雪相当水量の推定については,積雪前後のLIDARデータの差分から積雪深を算出し,現地での雪密度計測値から,流域全体の積雪相当水量を49.1±5.1百万m3,東竹沢河道閉塞の集水域では23.9±2.5百万m3と推定した。この結果は,東竹沢河道閉塞の融雪出水対策の基礎資料として活用された。LIDARデータを用いた積雪深分布の計測と積雪相当水量の推定は,近年いくつか研究的に実施されてきたが,実際の融雪出水対策に活用され,その有効性が実証されたことから,手法としてほぼ確立できたと考えられ,さらに積雪期のダム管理にも広く活用されることが期待される。また,積雪深計測におけるLIDARデータの精度については,現地キャリブレーションを行わなくても積雪相当水量推定の目的には十分であることが判明した。

雪崩発生危険度評価については,斜面傾斜角,植生密度,積雪深などを分級加点し,雪崩リスクの高い斜面を評価する方法が従来からとられていたが,得点や評価は経験から恣意的にきめられており,統一的な基準はなかった。本論文では,説明変数が同じ値を持つ地点において2004-2005 年冬季に実際に雪崩が発生した割合である「雪崩発生率」との関係を定量的に分析し,それぞれの説明変数の寄与が適切に反映される評価式を新たに提案した。本論文において新たに判明した知見は以下の通りである。

第一に,雪崩を傾斜面におけるすべり現象として捉え,斜面傾斜角に対する雪崩発生率を斜面傾斜角の正接を変数とする正規分布関数で表すと,3パラメータを適切に決定することで高相関の近似式となる。

第二に,従来説明変数として用いられていた積雪深については,雪崩発生率と高い相関を示さなかったため除外した。これは,LIDARデータから得られる積雪深データが一時点での値であり,斜面の潜在的リスクの評価には動的説明変数は不適切であること,すべりの式では加重は寄与しないことなどによる。

第三に,定性的説明変数である土地被覆クラスと地形的特徴クラスについては,従来それぞれのクラスを分級して得点を与え,それらの合計点で総合的な危険度を評価していたが,定量的分析の結果,斜面傾斜角による雪崩発生率式に倍率を掛ける形で寄与していることが示された。従って,定性的説明変数の寄与は加算的ではなく乗算的であり,(雪崩発生危険度)=(斜面傾斜角関数)×(土地被覆クラス係数)×(地形的特徴クラス係数)で求められる。各クラスの最適係数は,新たに提案された評価式で計算された危険度評価得点と実際の雪崩発生率との相関が最も高くなる値として求められる。

対象地域とした長岡市山古志の芋川流域地区では0.9942という高い相関が得られた。また各グリッド点での評価値を図示した「雪崩発生危険度図」では,危険度が高いとされた地区が雪崩実績と非常によく重なっており,また危険度の高い斜面が特定可能なレベルで集中しており,雪崩防災対策の優先度付けにも十分寄与できるものと期待される。

このように,本論文はLIDARデータの利用を通じて雪氷防災に係る既往の研究を顕著に発展させたものであり,積雪相当水量の推定を実用手法として確立したこと,雪崩発生危険度の新たな評価手法を提案し,危険斜面を特定できる実用的な手法の開発に成功したもので,雪氷防災における行政実務への貢献は極めて高いと判定される.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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