学位論文要旨



No 216950
著者(漢字) 中林,耕二
著者(英字)
著者(カナ) ナカバヤシ,コウジ
標題(和) 自己集合性中空錯体における磁性制御の研究
標題(洋)
報告番号 216950
報告番号 乙16950
学位授与日 2008.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16950号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 准教授 石井,和之
 東京大学 准教授 河野,正規
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、自己集合性中空錯体の内部空間を活用した有機ラジカル分子の配列制御、または自己集合の手法を用いたラジカル性中空構造の構築による新奇スピン系の創出、さらには外部刺激によるスピン状態の制御による新たなスピン材料の創出を目的とした研究に関するものである。

1章では、本研究を行うにあたっての背景について記述してある。スピン性化合物(物質)の合成には、従来、不対電子を有する金属が主に用いられてきたが、ここ十数年、有機安定ラジカルが新たなスピン化合物として注目を集めるようになった。しかし、スピン材料を目指して有機ラジカルを集積させるためには、合成的に煩雑な行程を経て共有結合で連結するか、ラジカル自身のパッキングに委ねるという手法がほとんどで、効率良く、かつ設計性の高い集積手法はなかった。さらには、有機分子のスピンを外部刺激により制御する研究例はほとんど報告されておらず、メモリ材料の可能性を秘めたスピン物質への展開は困難であった。そこで、自己集合性中空錯体へのラジカル分子の取り込みや、中空錯体骨格へのラジカルの導入により、包接現象を介した新たなスピン系の発現をねらうとともに、得られた包接体の外部刺激に対する応答性を検討することで2~6章の結果を得た。

2章では、自己集合性かご状錯体の内部空間を利用したラジカル分子間のスピン-スピン相互作用の誘起に関して記述してある。ラジカル分子間の空間を介したスピン間相互作用を制御しスピン系を設計するといった研究はほとんどなされていない。なぜなら、通常のラジカル分子は分子間で顕著な親和性を持たず、スピンを効果的に近づけることができないからである。そこで、自己集合性かご状錯体による分子配列制御によりスピン間相互作用を発現させる着想に至った。自己集合性かご状錯体は、各種有機安定ラジカルを複数個包接し、スピン中心を近接する配置をとることがX線結晶構造解析により明らかになった。ESR測定から、ラジカル包接錯体は固体および溶液状態においても三重項シグナルを示し、かご状錯体内のラジカルが分子間でスピン-スピン相互作用していることがわかった。また、錯体内のラジカルの配置および数によりスピン間相互作用が変化することをX線結晶構造解析とESRスペクトルより明らかにした。

3章では、外部刺激によるラジカル分子間のスピン-スピン相互作用の制御について記述してある。かご状錯体内部でラジカルは比較的弱い相互作用(疎水性相互作用)により包接されているだけなので、スピン間相互作用をラジカル分子の動き、つまり熱で容易に制御可能である。またアミノ基を有するラジカルをゲストとして用いると、pHにより取り込み、放出が制御でき、一定温度でスピン-スピン相互作用のオンオフが可能であることがわかった。

4章では、安定ラジカル配位子からなるラジカル性の中空構造を有するかご状錯体の構築とその磁性およびゲスト取り込みに関して記述してある。アニオン性、カチオン性のホスト化合物は多数報告例があり特有のゲスト認識を示すこと知られている。しかし、不対電子を有するラジカルホスト化合物はほとんど例がなく、ラジカルゲストの取り込みやそのホスト-ゲスト間の相互作用について調べられた報告例はない。なぜなら、ラジカル分子を取り込むだけの大きな中空構造を持つラジカルホスト化合物はなく、またその内部空間に直接接する形でラジカルを配置することが困難であったからである。ここでは、自己集合の手法を用いることで、新規合成した三角パネル状の安定ラジカル配位子とパラジウム錯体から正八面体かご状スピン錯体を構築した。構造はCSI-MSおよびX線結晶構造解析から同定し、確かにラジカル配位子に囲まれた内径約1 nmの内部空孔を有することが確認された。このスピン錯体は、高い水溶性を持ち内部は疎水性であるので、水中でアダマンタンなど疎水性分子を取り込むことが可能である。特に安定ラジカルをゲストとして用いた場合には、ゲストの有無によりスピン状態を制御できることがわかった。スピン錯体においては、ブロードな許容遷移のシグナルおよびΔms = 2の禁制遷移のシグナルが観測され、ラジカル配位子間でスピン間相互作用していることが示された。ゲストとしてラジカルを取り込むと、禁制遷移のシグナル強度が強くなることからホストーゲスト間にスピン間相互作用が生じたことがわかった。ラジカルゲストを取り除くと元のスペクトルを再現することから、ラジカルゲストの有無によりスピン間相互作用を制御可能であることがわかった。

5章では、ラジカル性中空構造を有するネットワーク錯体の構築と結晶相ゲスト交換について記述してある。安定ラジカルを配位子としたネットワーク錯体は数多く知られているが、ゲスト包接能を有するものはほとんどなく、ゲストは水やエタノールなどの溶媒分子に限られている。また、磁性を操る上で、ラジカル配位子の配列、すなわちネットワーク錯体の骨格構造を制御することは重要であるが、ゲストのテンプレート効果により制御した例はない。これは、今まで用いられてきた安定ラジカル配位子はほとんどが小分子なので集積し易いため、中空構造ができにくく、また他の分子がテンプレートになりにくかったためだと考えられる。ここでは、前述の比較的大きな三角パネル状の安定ラジカル配位子とカドミウムイオンから、ゲスト交換可能なネットワークスピン錯体を合成した。錯形成時にテンプレートとして働く結晶溶媒を変えることで二次元ネットワーク錯体、三次元ネットワーク錯体を作り分けることができ、その構造変化に伴い磁性が変化することがわかった。また二次元ネットワーク錯体では、結晶状態を保ちながらゲスト交換が可能であることがわかった。ニトロベンゼン/メタノール溶液中で硝酸カドミウムとラジカル配位子Lを拡散させると錯体[Cd(L)(NO3)2(H2O)]nの単結晶が収率85%で得られる。この錯体はカドミウム4個、配位子4個からなる六角形が連なった二次元シート構造をとり、それが交互積層した構造を有する。ニトロベンゼンは層間に挟まる形で存在し、配位子とπ-πスタッキングしていることがわかった。この錯体の磁化率温度変化を測定したところ、3.6 Kに極大をもち配位子間に比較的強い反強磁性相互作用(J/kB = -2.8 K, Bonner-Fisher model)が働いていることがわかった。このニトロベンゼンは1,4-ベンゾキノンに結晶状態を保ったまま交換可能であることがわかった。このゲスト交換にともない、スピン量が1/3程度減少し、常磁性的に振る舞うことが磁化測定より確認された。これは、ドナー性の配位子(E1/2 = +0.48 V)とアクセプター性(E1/2 = -0.48 V)のベンゾキノンが酸化還元反応を起こしラジカルが失活したことに由来すると考えられる(GC-MSよりベンゾキノンの還元体であるハイドロキノン(分子量110)に由来するピークが検出された)。一方、クロロホルム/メタノール溶液中で得られる錯体は、クロロホルムが立体的なテンプレートとして働き、二次元シート間が結合で結ばれた三次元構造をとり常磁性的な振る舞いをすることがわかった。

6章では、自己集合性かご状錯体の特異な電子受容能およびドナー分子包接かご状錯体の光によるスピン生成について記述してある。光による電子(スピン)の制御は、磁性材料だけでなく反応設計においても重要な課題である。かご状錯体の電気化学測定により一電子酸化還元波が極端な低電位で観測され、かご状錯体の高い電子受容性が支持された。また、電子供与性ゲストを取り込んだ包接錯体を合成し、粉末状態、110 Kで光照射すると、近赤外領域付近に幅広い吸収が観測された。この吸収はかご状錯体の一電子還元体であることが定電位電解吸収スペクトルとの対応から明らかになった。

以上より、自己集合性中空錯体によるラジカル分子間の磁気相互作用の制御および錯体骨格の中心に安定ラジカルを導入した新奇中空錯体の構築を達成した。安定ラジカルの配置、配列を高度に制御することは、今後新奇磁性体を設計する上で重要になると考えられる。また、ゲストを取り込み可能な磁性体は、そのゲストの性質を付加した機能を創出できる可能性を秘めており、今後さらに研究が進められていくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

電子スピンの状態を自在に制御することは、次世代材料を構築するうえで必要不可欠な技術である。本論文は、自己集合性中空錯体の内部空間を活用した有機ラジカル分子の配列制御、または自己集合の手法を用いたラジカル性中空構造の構築による新奇スピン系の創出、さらには外部刺激によるスピン状態の制御による新たなスピン材料の創出を目的とした研究に関するものである。

1章では、本研究を行うにあたっての背景について記述してある。

2章では、自己集合性かご状錯体の内部空間を利用したラジカル分子間のスピン-スピン相互作用の誘起に関して記述してある。ラジカル分子間の空間を介したスピン間相互作用を制御しスピン系を設計するといった研究はほとんどなされていない。なぜなら、通常のラジカル分子は分子間で顕著な親和性を持たず、スピンを効果的に近づけることができないからである。自己集合性かご状錯体は、各種有機安定ラジカルを複数個包接し、スピン中心を近接する配置をとることがX線結晶構造解析により明らかになった。ESR測定から、ラジカル包接錯体は固体および溶液状態においても三重項シグナルを示し、かご状錯体内のラジカルが分子間でスピン-スピン相互作用していることがわかった。

3章では、外部刺激によるラジカル分子間のスピン-スピン相互作用の制御について記述してある。かご状錯体内部でラジカルは比較的弱い相互作用(疎水性相互作用)により包接されているだけなので、スピン間相互作用をラジカル分子の動き、つまり熱で容易に制御可能である。またアミノ基を有するラジカルをゲストとして用いると、pHにより取り込み、放出が制御でき、一定温度でスピン-スピン相互作用のオンオフが可能であることがわかった。

4章では、安定ラジカル配位子からなるラジカル性の中空構造を有するかご状錯体の構築とその磁性およびゲスト取り込みに関して記述してある。自己集合の手法を用いることで、新規合成した三角パネル状の安定ラジカル配位子とパラジウム錯体から正八面体かご状スピン錯体を構築した。ラジカル配位子に囲まれた内径約1 nmの内部空孔を有することが確認された。このスピン錯体は、高い水溶性を持ち内部は疎水性であるので、水中でアダマンタンなど疎水性分子を取り込むことが可能である。特に安定ラジカルをゲストとして用いた場合には、ゲストの有無によりスピン状態を制御できることがわかった。

5章では、ラジカル性中空構造を有するネットワーク錯体の構築と結晶相ゲスト交換について記述してある。安定ラジカルを配位子としたネットワーク錯体は数多く知られているが、ゲスト包接能を有するものはほとんどなく、ゲストは水やエタノールなどの溶媒分子に限られている。ここでは、前述の三角パネル状の安定ラジカル配位子とカドミウムイオンから、ゲスト交換可能なネットワークスピン錯体を合成した。錯形成時にテンプレートとして働く結晶溶媒を変えることで二次元ネットワーク錯体、三次元ネットワーク錯体を作り分けることができ、その構造変化に伴い磁性が変化することがわかった。また二次元ネットワーク錯体では、結晶状態を保ちながらゲスト交換が可能である。ゲストであるニトロベンゼンは1,4-ベンゾキノンに結晶状態を保ったまま交換可能であり、このゲスト交換にともない、ドナー性の配位子とアクセプター性のベンゾキノンが酸化還元反応を起こすことがわかった。一方、クロロホルム/メタノール溶液中で得られる錯体は、クロロホルムが立体的なテンプレートとして働き、二次元シート間が結合で結ばれた三次元構造をとり常磁性的な振る舞いをすることがわかった。

6章では、自己集合性かご状錯体の特異な電子受容能およびドナー分子包接かご状錯体の光によるスピン生成について記述してある。光による電子(スピン)の制御は、磁性材料だけでなく反応設計においても重要な課題である。かご状錯体の電気化学測定により一電子酸化還元波が極端な低電位で観測され、かご状錯体の高い電子受容性が支持された。また、電子供与性ゲストを取り込んだ包接錯体を合成し、粉末状態、110 Kで光照射すると、近赤外領域付近に幅広い吸収が観測された。この吸収はかご状錯体の一電子還元体であることが定電位電解吸収スペクトルとの対応から明らかになった。

以上より、自己集合性中空錯体によるラジカル分子間の磁気相互作用の制御および錯体骨格の中心に安定ラジカルを導入した新奇中空錯体の構築を達成した。安定ラジカルの配置、配列を高度に制御することは、今後新奇磁性体を設計する上で重要になると考えられる。また、ゲストを取り込み可能な磁性体は、そのゲストの性質を付加した機能を創出できる可能性を秘めており、今後さらに研究が進められていくことが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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