学位論文要旨



No 216951
著者(漢字) 森,有紀
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ユキ
標題(和) 同種造血幹細胞移植後のサイトメガロウイルス感染症の臨床評価と治療戦略の検討
標題(洋)
報告番号 216951
報告番号 乙16951
学位授与日 2008.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16951号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

同種造血幹細胞移植後は、強力な移植前処置や、GVHDの予防・治療により高度の免疫抑制状態となることから、各種感染症を合併する危険性が高い。移植後のウイルス感染症は、主に免疫抑制下で潜伏していたウイルスが再活性化することで発症し、しばしば重篤化して致死的状態となるため、その予防が重要である。特に発症頻度及び致死率が高いサイトメガロウイルス (CMV) 感染症に関しては、血中ウイルス量をモニターしながらガンシクロビル (GCV) の投与を行う早期治療 (pre-emptive therapy) が導入されている。これにより移植後早期の感染症は克服されつつあるが、晩期発症が問題となってきている。また、GCVは汎血球減少や腎機能低下等の副作用を有するため、全患者層に渡って同等に長期的予防投与を行うことは困難である。従って、発症のリスクの高い患者層を的確に把握し、リスク別に適切な予防対策を講じる必要がある。本研究では、GCVを用いたpre-emptive therapy の問題点を克服し、かつ最大限の予防効果を得るために、同種造血幹細胞移植における

(1) CMV抗原値とCMV感染症発症及び予後との関係

(2) 移植後晩期CMV感染の特徴

(3) Pre-emptive therapy におけるGCVの至適投与方法について検討した。

2. CMV抗原値とCMV感染症発症及び予後との関係(同種造血幹細胞移植におけるCMV抗原高値の評価)

血中ウイルス量とCMV 感染症発症及び予後との関係を明らかにするために、1995年~2002年に当院で同種造血幹細胞移植を施行した154例を対象に、CMV抗原高値と感染症の発症率、及び危険因子についての後方視的解析を行った。生着後1週間毎にCMV抗原をモニターし、GCVを用いた pre-emptive therapy を施行した。CMV抗原が1以上をCMV抗原陽性、50以上をCMV抗原高値 (high-grade(HG) antigenemia)、50個未満をCMV 抗原低値 (low-grade (LG) antigenemia) と定義した。107例(69.5%)でCMV抗原が陽性化し、その危険因子はレシピエントのCMV抗体陽性、HLA一致同胞以外からの移植及びグレードII以上急性GVHDであった。74例に対してGCVを用いたpre-emptive therapy を行ったところ、17例でHG-antigenemiaを発症し、その危険因子はGCV投与開始日の0.5mg/kg以上のステロイドの使用であった。7 例でCMV感染症を発症し、累積発症率は49.5%で、肺炎が3例、胃腸炎が5例、網膜炎が1例であった。HG-antigenemiaの患者群におけるCMV感染症の発症率は LG-antigenemiaの患者群より有意に高かった (49.5% vs 4%, P<0.001) が、5年生存率は両群でほぼ同等であった (59.5% vs 59.4%, P=0.79)。6例が死亡したが、CMV 感染症が直接の死因となった症例はなかった。以上より、HG-antigenemiaは、急性GVHDに対する高用量ステロイドの投与下という免疫抑制が高度な状態で認められるが、この場合でもCMV 感染症のリスクは高くなるが、抗ウイルス薬を用いた適切な治療により致死的感染症への進展は回避できることが示唆された。

3. 同種造血幹細胞移植後の晩期CMV感染の特徴

Pre-emptive therapy 導入後問題となっている晩期CMV 感染症への対策を検討するために、1998 年~2005 年に当院で同種造血幹細胞移植を施行し、CMV感染症の合併なく100日以上生存した101例において、100日目以降にGCV非投与下でCMV抗原陰性を確認した時点を起点として、晩期 CMV 抗原血症及び感染症の危険因子と予後について後方視的解析を行った。生着後1週間毎にCMV抗原を測定し、CMV 抗原血症に対しては適宜GCVによる pre-emptive therapy を行った。基準日以降にCMV抗原が1以上の場合を晩期CMV抗原血症と定義した。51 例で晩期CMV抗原血症を認め、累積発症率は53%で、危険因子はレシピエントのCMV抗体陽性、移植前処置におけるアレムツズマブの使用、慢性GVHDの発症及び0.5mg/kg/day 以上のステロイドの使用であった。50例 (98%) で陰性化を認め、CMV抗原の最高値の中央値は 2 であった。28例ではCMV抗原は終始3 未満で推移し、このうち25例ではGCVの投与なしに自然に陰性化した。CMV抗原が3以上となった23例中17例でGCVの投与を要したが、侵襲性肺アスペルギルス症で死亡した1例を除く22例で陰性化を認めた。8 例がCMV 感染症を発症し、累積発症率は8%であった。発症は胃・腸炎と網膜炎各4例で、GCVの投与により全例でCMV抗原の陰性化を認め、CMV感染症が直接の死因となった症例はなかった。移植前処置におけるアレムツズマブの使用が唯一のCMV感染症の危険因子であったが、非再発死亡の増加とは相関しなかった。以上より、移植後晩期のCMV抗原血症は比較的高頻度に認められ、特に免疫抑制が高度な患者でリスクが高いが、100日以降もCMVモニター及びpre-emptive therapyを継続することにより、晩期CMV 感染症の発症及びその致死的状態への進展を防ぎ得ることが示唆された。少なくとも発症のリスクが高い患者における移植後100日以降のCMVモニター及びpre-emptive therapyの継続が推奨される一方、CMV抗原が3未満であれば大半の症例で自然軽快が期待できる結果となった。

4. Pre-emptive therapyにおけるGCVの至適投与方法(軽度腎機能低下症例におけるGCV減量の妥当性の検討)

軽度腎機能低下症例に対してはGCVの 50%減量投与が推奨されているが、その薬物動態学的な評価は行われていないため、本研究では、50%減量投与時の血漿GCV濃度を測定して薬物速度論的解析を行い、50%減量の妥当性について検討した。同種造血幹細胞移植後CMV抗原が陽性となった12症例を対象とし、クレアチニンクリアランス(CLCR)≧70ml/minの腎機能正常群(A群)と50≦CLCR<70 ml/minの軽度腎機能低下群(B群)に分類した。各群に対して、それぞれ5mg/kg/dayと2.5mg/kg/dayのGCVを1時間で静脈内投与し、投与開始直前、30分後、1, 2, 4, 6, 8, 12 時間後の血中濃度を測定し(C0.5-C12)、薬物動態パラメータを算出した。A群の最高血中濃度 (Cmax)はB群のCmaxより有意に高かったが(9.20 vs 4.75μg/mL, P<0.01)、B群ではA群に比して、その後の濃度の低下(log C4/C1) が緩徐で(-0.66 vs -0.42, P=0.09)、総クリアランスが小さく(1.66 vs 3.04mL/min/kg, P=0.12)、消失半減期が有意に長かったため(5.76 vs 3.57hr, P=0.03)、最終的に両群の血中濃度下面積(AUC)に有意差は認められなかった(29.8 vs 24.6μg・hr/ml, P=0.57)。特にAUCが例外的に高い2例を除くと、AUCは25.6±4.77μg・hr/mlの狭い範囲に分布していた。各時点における血中濃度の中でC4がAUCと最も強く相関した(γ2=0.95)。以上より、同種造血幹細胞移植後の軽度腎機能低下症例に対して現在推奨されているGCVの減量基準の妥当性が明らかとなり、かつC4がAUCの正確な指標となる可能性が示唆された。

5. まとめ

本研究より、CMVの再活性化及びCMV感染症の発症は、高度の免疫抑制状態にある患者で発症率が高く、重篤化しやすいが、状況に見合った適切なpre-emptive therapyを導入することで、副作用を合併することなくCMVに関連する死亡率を低減することが可能であるとの結論が導かれた。

CMV感染症の発症と血中ウイルス量との関連性についてはまだ一定の見解は得られていないが、本研究の結果は、両者の相関を示唆するものであった。しかしCMV抗原が高値の患者と低値の患者における生存率に有意な差は認められず、これより、CMV抗原が高値の患者においては感染症発症の危険性は増加するものの、適切なpre-emptive therapyを行えば致死的状態への進展は防ぎ得るものと考えられた。

Pre-emptive therapyの導入後、移植後早期のCMV感染症が減少する一方で、晩期発症の増加が問題となっているが、本研究では、移植後晩期におけるCMVモニター及びpre-emptive therapy継続の有用性を確認し、特に移植前処置でのアレムツズマブの使用や、慢性GVHDに対する高用量ステロイドの投与などによる免疫抑制が高度な患者で推奨される結果となった。

GCVは、腎臓を主な排泄経路とし、軽度腎機能低下症例における経験的減量投与が行われているが、この妥当性を薬物動態学的に検証することは重要であることから、本研究では、実際に軽度腎機能低下症例に対してGCVの50%減量投与行った際の薬物血中濃度をモニターし、各種薬物動態パラメータ算出することで、広く経験的に行われてきたGCV減量投与の妥当性を実証した。

同種造血幹細胞移植の成績を向上させるために、移植後ウイルス感染症に関する多くの研究が行われてきたが、未解決の部分も多いことから、今後も1つ1つのデータを蓄積することが重要であり、本研究はその一助になり得るものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は同種造血幹細胞移植のサイトメガロウイルス(CMV)感染症に対するpre-emptive therapyの問題点を克服し、最大限の予防効果を得るために、CMV抗原値とCMV感染症発症及び予後との関係、移植後晩期CMV感染の特徴及びpre-emptive therapy におけるガンシクロビル(GCV)の至適投与方法について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. CMV抗原高値と感染症の発症率及び危険因子に関する後方視的解析の結果、CMV抗原陽性化の危険因子として、レシピエントのCMV抗体陽性、HLA一致同胞以外からの移植及びグレードII以上の急性GVHDが、一方CMV抗原高値(50以上)の危険因子としてはGCV投与開始日の0.5mg/kg以上のステロイドの使用が同定された。CMV抗原高値群のCMV感染症の発症率は 低値群より有意に高かった (49.5% vs 4%, P<0.001) が、5年生存率はほぼ等しかった (59.5% vs 59.4%, P=0.79)。CMV感染症の累積発症率は49.5%であったが、CMV 感染症が直接の死因となった症例はなかった。これより、CMV抗原高値は高度な免疫抑制状態で起こりやすく感染症発症のリスクとなるが、発症した場合でも適切な治療により致死的感染症への進展は回避できる事が示された。

2. 晩期 CMV 抗原血症及び感染症の危険因子と予後に関する後方視的解析の結果、晩期CMV抗原血症の累積発症率は53%で、危険因子としてはレシピエントのCMV抗体陽性、移植前処置におけるアレムツズマブの使用、慢性GVHDの発症及び0.5mg/kg/day 以上のステロイドの使用が同定された。CMV 感染症の累積発症は8%で、発症は胃腸炎と網膜炎のみであり、CMV感染症が直接の死因となった症例はなかった。移植前処置におけるアレムツズマブの使用が唯一のCMV感染症の危険因子であったが、非再発死亡の増加とは相関しなかった。これより、移植後晩期のCMV抗原血症は免疫抑制が高度な患者で比較的高頻度に認められるが、移植後100日目以降もCMVモニター及びpre-emptive therapyを継続することにより、晩期CMV 感染症の発症及びその致死的状態への進展を防ぎ得る事が示された。

3. 軽度腎機能低下症例に対するGCVの50%減量投与の妥当性を評価するために、同種造血幹細胞移植後CMV抗原が陽性化した腎機能正常患者(CLCR≧70ml/min:A群)と軽度腎機能低下患者(50≦CLCR<70 ml/min:B群)に対して各々5mg/kg又は2.5mg/kgのGCVを投与し薬物動態を解析した結果、A群の最高血中濃度はB群より有意に高かったが(9.20 vs 4.75μg/mL, P<0.01)、B群ではA群に比して、その後の濃度の低下が緩徐で、総クリアランスが小さく、消失半減期が有意に長かったため、最終的に両群の血中濃度下面積(AUC)に有意差は認めず(29.8 vs 24.6μg・hr/ml, P=0.57)、AUCは例外的高値を除くと狭い範囲に分布していることがわかった。これより、移植後の軽度腎機能低下症例に対して現在推奨されているGCVの減量基準は妥当であると考えられた。

以上、本論文はCMV感染症は免疫抑制が高度な患者で発症率が高く重篤化しやすいが、適切なpre-emptive therapyを導入することで、副作用を合併することなくCMVに関連する死亡率を低減できることを明らかにした。本研究は単施設でかつ多症例を対象として行った非常に貴重なデータであり、かつ今まで経験的に行われてきた治療の有用性を実証するものであって、同種造血幹細胞移植後のウイルス感染症の発症率を減少させ、移植の成績を向上させるために重要な貢献をなすと考えられ、学位を授与するに値するものと考えられる。

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