学位論文要旨



No 216955
著者(漢字) 飯島,明
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,アキラ
標題(和) 中大脳動脈 動脈瘤に対する血管内手術の有効性と安全性の検討
標題(洋)
報告番号 216955
報告番号 乙16955
学位授与日 2008.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16955号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安原,洋
 東京大学 准教授 青木,茂樹
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 川原,信隆
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

動脈瘤に対する治療は、開頭クリッピング術が唯一の方法であった時代は終わりを告げた。1990年代に臨床使用が認められた電気離脱式プラチナコイルにより血管内手術(カテーテルを用いた動脈瘤内コイル塞栓術)の治療成績は飛躍的に向上した。

近年、放射線診断技術の進歩や脳ドックの普及に伴い発見率が向上した未破裂脳動脈瘤の治療適応は議論のさなかにある。年間破裂率は、動脈瘤の発生部位・大きさ・形状により異なり、治療に伴う合併症出現率も同じ要因で大きく異なる。治療適応は患者の年齢や破裂危険因子、長期破裂予防効果も考慮して検討する。

クモ膜下出血をきたした破裂脳動脈瘤の治療は、2002年Lancet に掲載された「破裂脳動脈瘤2143例における開頭術(クリッピング術)と血管内治療(コイル塞栓術)に関する無作為臨床試験(ISAT)」が治療後1年経過時における患者ADL自立という点で血管内手術の優位性を示した。コイル塞栓術は開頭手術に比較して1年後の要介助または死亡の相対リスクを22.6 %、絶対リスクを6.9 %低くするという結果であった。

脳動脈瘤の中で、中大脳動脈動脈瘤(中大脳動脈瘤)は解剖学的特徴から特殊な治療対象である。多くの中大脳動脈瘤は手術開頭野から浅い部位に存在し手術操作に障害となる周囲構造物が少ない。少ない脳の牽引によりクリッピング操作に必要な広い術野を確保することができる。開頭クリッピング操作に困難を伴う椎骨脳底動脈系動脈瘤がコイル塞栓術の良い適応であるのに対して、中大脳動脈瘤は開頭クリッピング術の良い適応であるとの主張が多い。中大脳動脈瘤に対する血管内手術の適応を否定する論文も散見されるが、コイル塞栓術の治療成績を単独で扱った報告はなかった。ISAT における中大脳動脈瘤占有率は、治療対象となった全脳動脈瘤の14.1%である。この報告でも、中大脳動脈瘤に対して行われたコイル塞栓術に限定した治療成績は未公開である。

この特定部位に発生する特徴的解剖学的特性を有する動脈瘤の治療は単独での検討を避けることができない。この研究の目的は、開頭クリッピング術が優位といわれる中大脳動脈瘤に対する血管内手術の治療成績、合併症出現率、治療後動脈瘤再発率を明らかにすることにある。

方法

フランス国パリ市Fondation Ophthalmologique Adolphe de Rothschildで1998年2月1日~2002年12月31日に治療が行われた中大脳動脈瘤の血管内手術に対して後ろ向きに研究を行った。 2002年2月1日から回転DSA による3次元再構成ワークステーションが世界に先駆けて使用可能となった同施設では、モニター上で動脈瘤の大きさと形状、母血管との位置関係の把握、治療に至適な C-arm 角度の決定が容易になった。電気離脱式プラチナコイルの使用により瘤内塞栓術の安全性が向上し、母血管へのコイル逸脱を回避するremodeling technique を行うためのバルーンカテーテルの性能も改善、格段に治療成績が向上したこの時期を研究の対象とした。

動脈瘤内コイル塞栓術は137患者に存在する149個の中大脳動脈瘤、コイルによる母血管閉塞治療は6患者に存在する6個の中大脳動脈瘤に行われた。

個々の中大脳動脈瘤の解剖学的特徴は3次元再構成像を用いて評価した。治療成績と治療に伴う合併症は術中・術後透視画像に加えて、全例に術前後のCT を施行し評価した。治療直後、1年、2年、3年目の血管撮影で動脈瘤再発の有無を評価した。患者予後は治療時とフォローアップ血管撮影時の入院記録にテレホンインタビューを加えて Modified Rankin Scaleによる評価を行った。

虚血性合併症・出血性合併症を、発症様式(すなわち、破裂動脈瘤であったか未破裂動脈瘤であったか)別に統計学的検討を行った。動脈瘤再発率は発症様式と治療終了直後の動脈瘤所見(すなわち、完全閉塞であったか不完全閉塞であったか)、動脈瘤頚部径、動脈瘤最大径に関して統計学的検討を行った。

結果

137人の患者に発生した154個の中大脳動脈瘤のうち149個(96.8%; 破裂72個、未破裂77個)が瘤内コイル塞栓術の対象となった。治療に伴う虚血性合併症は13.8%(20/149)、治療中の動脈瘤破裂は4.7%(7/149)に生じた。瘤内コイル塞栓術は81.2%(121/149)で合併症なく施行された。

未破裂脳動脈瘤の治療に伴い後遺症を残す合併症は3%(2/77)、死亡は1%(1/77)に生じた。一過性の神経脱落所見を含めた合併症は9 %( 5 /58)に生じた。最終的予後は morbidity rate 3 % ( 2 /58)、mortality rate 2 %( 1 /58) であった。未破裂中大脳動脈瘤コイル塞栓術の3ヶ月経過時の重度後遺症残存( m-RS 4-6)は3 %( 2 /58) であった。

破裂動脈瘤の治療に伴い後遺症を残す合併症は1%(1/72)死亡は6%(4/72)に生じた。破裂中大脳動脈瘤に対する瘤内コイル塞栓術の3ヶ月経過時重度後遺症残存( m-RS 4-6)は14%(10 /72)であった。

頭蓋内に存在する他の動脈瘤破裂によるクモ膜下出血発症時に治療を行った未破裂中大脳動脈瘤の患者は7人( 5.1 %)。1人は血管攣縮により死亡、6人は m-RS 0-2 であった。3ヶ月経過時の重度後遺症残存( m-RS 4-6)は14 %( 1/7)であった。

6人に存在する6個の中大脳動脈瘤に対して行った瘤内コイル塞栓術以外の治療(母血管閉塞)では1例に m-RS 4の後遺症を残した。

治療終了時の血管撮影では77.2 %(115 /149)の動脈瘤が完全閉塞、19.5 %( 29 /149)が頚部残存、3.4 %( 5 /149)が動脈瘤残存であった。70.5%(105/149)の動脈瘤に少なくとも1回以上のフォロ-アップの血管撮影を行った。 累積1564ヶ月、平均15ヶ月のフォローアップ期間で20%(21/105)の動脈瘤に再発を認めた。再発動脈瘤21個のうち11個はフォロ-アップ期間中に増大を認めなかった。12個の再発動脈瘤に対して追加の治療を行った。追加治療で9個が完全閉塞。2個が頚部残存を認めた。1個の動脈瘤は開頭クリッピング術により治療した。残りの9個の再発動脈瘤は再発部位が小さく追加治療の候補とはならなかった。再治療の結果、78.5 %(117 /149)が完全閉塞、19.5 %( 29 /149)が頚部残存、2.0 %( 3 / 149)が動脈瘤残存となった。再発危険因子は、破裂動脈瘤の治療(p<0.03 )、10mm以上の動脈瘤(p<0.016 )、治療終了時の動脈瘤不完全閉塞(p< 0.001 )で統計学的有意差を認めた。

考察

コイル塞栓術中の動脈瘤破裂は2~4 %とされる。本研究における中大脳動脈瘤術中動脈瘤穿孔は未破裂で4 %、破裂症例で6 %であった。全症例術全後で CT を施行し軽微なクモ膜下出血の増加も術中破裂に含めていることが原因の一つと考えられる。2例の術中破裂は致命的頭蓋内出血をきたし、残り5例は無症状であった。破裂動脈瘤治療の18 %、未破裂動脈瘤治療の9 %に起きた血栓塞栓性合併症は本研究が示した中大脳動脈コイル塞栓術における重要な問題点である。破裂動脈瘤治療で認められた血栓塞栓症は頭蓋内すべての破裂動脈瘤を対象としたこれまでの報告に比較して高い。中大脳動脈のコイル塞栓術に限って虚血性合併症が高く発生する理由は、時に複雑な bifurcation もしくは trifurcation 部に発生することのある中大脳動脈瘤に特有の解剖学的特徴により説明が可能である。ISATでは、治療1年後の予後は、血管内治療群でADL非自立・死亡(m-RS 3-6)が23.7 %。開頭クリッピング術群で30.6 %であった。本研究における破裂中大脳動脈瘤治療後3ヶ月のADL非自立・死亡(m-RS 3-6)は14 %であり中大脳動脈瘤のコイル塞栓術がISATにおいて示された頭蓋内動脈瘤のコイル塞栓術に劣らないことを示すことができた。未破裂中大脳動脈瘤コイル塞栓術の合併症に伴う morbidity rate は 3 %、mortality rate は 2 %である全未破裂動脈瘤治療コイル塞栓症に関するこれまでの報告とほぼ同等である。2003年 Wiebersらが報告した「頭蓋内未破裂脳動脈瘤の国際研究;自然歴、予後、外科的治療と血管内治療の危険性」で示された未破裂動脈瘤に対する30日後のmorbidity と死亡 13.7 % に劣らない値であった。これまでに報告されているコイル塞栓術後の動脈瘤再発の危険因子は、動脈瘤の不完全な閉塞、破裂動脈瘤に対する治療、動脈瘤サイズである。再発危険因子は、我々の中大脳動脈瘤に対するコイル塞栓術でも同様であり、中大脳動脈瘤特有の再発危険因子がないことを示した。

結論

中大脳動脈瘤に対する血管内手術成績は治療装置の進歩と、治療器具の進歩により開頭クリッピング手術に匹敵する安全性で施行することが可能となった。中大脳動脈瘤コイル塞栓術に特徴的であった予後不良因子は破裂時治療の 18%、未破裂時治療の9%と高率に認められた虚血性合併症であり、重篤な予後をきたすことが多かった。この結果を踏まえ、母血管閉塞をきたしやすい形態をもつ中大脳動脈瘤はコイル塞栓術を避け開頭クリッピング術の選択を検討することが重要である。また、再発をきたしやすい10mmを超える中大脳動脈瘤もコイル塞栓術の選択を避け開頭クリッピング術の選択を検討し10mm 以下の中大脳動脈瘤治療においても再発率を低下させる目的で完全閉塞を治療目標とすることが重要である。

本研究により中大脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の治療効果と限界を示した。中大脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の適応決定に意義のある結果を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は電気離脱式プラチナコイルの出現、回転DSA を用いた3次元再構成ワークステーションによる動脈瘤形状評価、バルーンカテーテルを用いて母血管へのコイル逸脱を回避するremodeling techniqueにより治療適応が拡大し治療成績が向上した頭蓋内動脈瘤に対する血管内手術に関し、その解剖学的特徴から特殊な治療対象である中大脳動脈に存在する動脈瘤(中大脳動脈瘤)に焦点をあてた治療成績を明らかにしている。

137人の患者に存在する149個の中大脳動脈瘤(破裂72個、未破裂77個)に対する瘤内コイル塞栓術と6人に存在する6個の中大脳動脈瘤に対する母血管閉塞術を対象とし、合併症出現率と患者予後に関して以下の結果を示した。

1. 治療に伴う虚血性合併症は13.8%(20/149)、治療中の動脈瘤破裂は4.7%(7/149)に生じた。瘤内コイル塞栓術は81.2%(121/149)で合併症なく施行された。

2. 未破裂中大脳動脈瘤の竜ない塞栓術に伴い後遺症を残す合併症は3%(2/77)、死亡は1%(1/77)に生じた。一過性の神経脱落所見を含めた合併症は9 %( 5 /58)に生じた。最終的予後は morbidity rate 3 % ( 2 /58)、mortality rate 2 %( 1 /58) であった。未破裂中大脳動脈瘤コイル塞栓術の3ヶ月経過時の重度後遺症残存( m-RS 4-6)は3 %( 2 /58) であった。

3. 破裂動脈瘤の瘤内塞栓術に伴い後遺症を残す合併症は1%(1/72)死亡は6%(4/72)に生じた。破裂中大脳動脈瘤に対する瘤内コイル塞栓術の3ヶ月経過時重度後遺症残存( m-RS 4-6)は14%(10 /72)であった。

4. 頭蓋内に存在する他の動脈瘤破裂によるクモ膜下出血発症時に治療を行った未破裂中大脳動脈瘤の患者は7人( 5.1 %)。1人は血管攣縮により死亡、6人は m-RS 0-2 であった。3ヶ月経過時の重度後遺症残存( m-RS 4-6)は14 %( 1/7)であった。

5. 瘤内コイル塞栓術以外の治療(母血管閉塞術)では1例に m-RS 4の後遺症を残した。

治療終了時の血管撮影では77.2 %(115 /149)の動脈瘤が完全閉塞、19.5 %( 29 /149)が頚部残存、3.4 %( 5 /149)が動脈瘤残存であった。70.5%(105/149)の動脈瘤に少なくとも1回以上のフォロ-アップの血管撮影を行い血管内手術後の動脈瘤再発に関して以下の結果を示した。

1. 再発動脈瘤21個のうち11個はフォロ-アップ期間中に増大を認めなかった。12個の再発動脈瘤に対して追加の治療を行った。追加治療で9個が完全閉塞。2個が頚部残存を認めた。1個の動脈瘤は開頭クリッピング術により治療した。残りの9個の再発動脈瘤は再発部位が小さく追加治療の候補とはならなかった。再治療の結果、78.5 %(117 /149)が完全閉塞、19.5 %( 29 /149)が頚部残存、2.0 %( 3 / 149)が動脈瘤残存となった。

2. 再発危険因子は、破裂動脈瘤の治療(p < 0.03 )、10mmを超える動脈瘤(p < 0.016 )、治療終了時の動脈瘤不完全閉塞(p< 0.001 )で統計学的有意差を認めた。

中大脳動脈瘤に対する血管内手術成績は治療装置の進歩と、治療器具の進歩により開頭クリッピング手術に匹敵する安全性で施行することが可能となった。中大脳動脈瘤コイル塞栓術に特徴的であった予後不良因子は破裂時治療の 18%、未破裂時治療の9%と高率に認められた虚血性合併症であり、重篤な予後をきたすことが多かった。この結果を踏まえ、母血管閉塞をきたしやすい形態をもつ中大脳動脈瘤はコイル塞栓術を避け開頭クリッピング術の選択を検討することが重要である。また、再発をきたしやすい10mmを超える中大脳動脈瘤もコイル塞栓術の選択を避け開頭クリッピング術の選択を検討し10mm 以下の中大脳動脈瘤治療においても再発率を低下させる目的で完全閉塞を治療目標とすることが重要である。

以上、本論文は中大脳動脈瘤に対する血管内手術の安全性と有効性、またその限界を示している。中大脳動脈瘤に対する血管内手術の治療成績を単独にこれほどの母集団で扱った研究はこれまでになく、治療方針の決定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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