学位論文要旨



No 216956
著者(漢字) 阿古,潤哉
著者(英字)
著者(カナ) アコ,ジュンヤ
標題(和) シロリムス溶出性ステントにおけるステントストラット不完全密着 : 血管内超音波による検討
標題(洋)
報告番号 216956
報告番号 乙16956
学位授与日 2008.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16956号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 講師 山下,尋史
 東京大学 講師 賀藤,均
 東京大学 講師 江頭,正人
内容要旨 要旨を表示する

【論文要旨】

研究の背景

冠動脈ステントは経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)の中核をなす非常に重要な治療方法である。しかし、従来の金属ステント(Bare-metal stent: BMS)治療後数ヶ月後に生じるステント内再狭窄は3割以上にのぼるとされていた。ステント内再狭窄は再治療が容易ではなく、これを減少させることが臨床的に重要な課題として残っていた。

薬剤溶出性ステント(Drug-eluting stent: DES)は、PCI急性期の合併症の減少を金属ステントとしての性能により可能にしつつ、慢性期の問題である再狭窄を薬物により減少させることを目的としている。細胞周期停止薬であるsirolimusを薬剤として用い、非吸収性のポリマーとともに、ステントのコーティングとして用いたsirolumus-eluting stent (SES)は非常に強力な新生内膜増殖抑制を示し、再狭窄の著明な減少を実現した。このため、現在DESはBMSとともにPCIの中心的役割を担うに至っている。

血管壁へのステントの不完全密着(incomplete stent apposition: ISA)はステント留置時に認めることのできるbaseline ISAと、ステント植え込み時には存在せず遅発性に生じてくる遅発性ISA(late acquired ISA)の2種類に大別される。Baseline ISAが多くは不完全拡張などの手技上の要素や石灰化などの病変形態に起因するものであるのに対し、late acquired ISAはステント植え込み時の手技上の要素の影響は少ないと考えられている。Late-acquired ISAは血管内放射線治療を受けた患者において初めて報告された。Late acquired ISAは、血管内放射線療法において遅発性血栓症との関連が示唆されたことにより注目される所見となった。 ステント内再狭窄の原因である新生内膜の増殖を抑制するという意味においてDESは血管内放射線療法と類似の生体反応を生じる可能性がある。当研究の目的は、初めてのDESとして臨床使用可能となったSESにおけるISAの頻度と、その所見をBMSとの比較の中で明らかにすることである。

方法

対象:本研究での対象は、SIRIUS試験(The Sirolimus-Eluting Stent in De Novo Coronary Lesions Trial) (2)に組み入れられた患者のうち、血管内超音波(intravascular ultrasound: IVUS)による検査をステント植え込み時と8ヶ月の時点でのフォローアップの冠動脈造影時に施行しえた患者とした。SIRIUS試験は、SES (Cypher・, Cordis, Warren, New Jersey, USA)群とSESのベースとなっているBMS(BX Velocity・, Cordis, Warren, New Jersey, USA)への無作為振り分けを行った、アメリカ合衆国最初のSESの多施設無作為前向き臨床試験である。全米から1101名が登録され、1:1の無作為振り分けが行われた。当臨床試験に参加した53施設のうち16施設がIVUSによるフォローアップを行う施設に認定され、8ヶ月の時点の血管造影フォローアップの際に同時にIVUSによる検査を施行した。全患者のうち141名(BMS n=61, SES n=80)がステント植え込み時と8ヶ月フォローアップ時の定性的IVUS検査が可能であった。

IVUS計測法:IVUS画像の取得は各施設において、標準の方法に基づいて施行された。IVUS画像は米国スタンフォード大学内の集中画像解析センターCardiovascular Core Analysis Laboratoryで解析がなされた。解析者には、患者に対し何れの治療法が施行されたか伏せられた状態で解析は行われた。

ISAの定義と分類:ISAは1つ以上のステントストラットが血管内壁から分離しており、両者の間に赤血球による超音波信号の散乱像(blood speckle)が確認可能であることと定義された。ストラットが血管壁から分離している部分が血管の側枝の開口に起因するものは除外した。

ISAはステント植え込み時(ベースライン時)とフォローアップ時のステントと血管壁との密着状況から次のように分類した。Persistent ISAはステント植え込み時にみられるISAがフォローアップ時にも観察されるものと定義された。Late-acquired ISAは、植え込み時には観察されないISAがフォローアップ時に認められるものと定義された。

ISAの定量的解析

定量的解析は不完全密着の部分において2次元の横断面像から、ステント面積(stent area:SA)、血管内腔面積(lumen area: LA), 外弾性板面積(external elastic membrane area: EEMA)の測定を行った。

結果

患者背景とISAの頻度

SIRIUS試験に組み入れられた1101名のうちIVUSによる観察が、ステント植え込み時とフォローアップの両方あるものは141名(BMS 61例、SES80例)であった。患者背景に有意な差は認めなかった。ステント植え込み時とフォローアップのIVUSがなされているものの中で、ステント植え込み時にISAが認められるのはBMS群で14.7%(9/61)、SES群で16.3%(13/80)と両群とも同様の頻度で認められた。しかし、late acquired ISAはBMS群では0%であったにもかかわらず、SES群では8.7%の率で認められた。ISAの頻度はsingle stent群の中では5/57(8.7%)で、multiple stent植え込みをされた患者の中では2/23(8.8%)と両者に頻度の差は認められなかった。

ISAの定量的解析

Late-acquired ISAにおけるステント植え込み時とフォローアップ時の計測においては、断面におけるプラーク面積に変化は見られないが、EEMAの増加とそれとほぼ同程度の血管内腔の拡大が認められた(ステント植え込み時16.2・2.7mm3;フォローアップ時18.9・3.6mm3)。また、late-acquired ISA症例において、baselineのプラークの厚さはISA側で0.47・0.28mmであるのに対し、その対側では1.1・0.58mm (p<0.05)とステント植え込み時におけるプラークが薄い側がlate-acquired ISAとなっていることが示唆された。さらに、SES群内のISA同士の比較(persistent ISAとlate-acquired ISAの比較)では、ISAのステントと血管壁の距離, ISAの角度はいずれもlate-acquired ISA群の方が大きく、両者の間に何らかの発生機序の違いがあることが示唆された。また、late-acquired ISAは78%がステント中央部に生じた。

臨床的イベント

ISAの所見を有する患者において、12ヶ月までの臨床フォローアップにおいては死亡、心筋梗塞、ステント血栓症などの臨床イベントの発生は認められなかった。

考察

当研究の所見

SESにおいてはlate-acquired ISAが8.7%に認められ、BMSの0%と比較して有意に高頻度であった。Late-acquired ISAのメカニズムとしては血管のpositive remodelingが主であると考えられた。冠動脈の放射線治療で考えられていたようなプラークの退縮はあまり関与していないと考えられた。このことは、late-acquired ISAが比較的プラークの少ない側に認められたことからも支持されると考えられた。

血管壁に到達する薬剤が内皮の再生過程を阻害するためにこの所見が生じることも考えられたが、当研究の結果では単一ステント群も複数のステントを挿入された群においても同程度にlate-acquired ISAは認められていた。それゆえ、この所見は必ずしも薬剤の用量依存性に生じるものではない可能性がある。これに関しては今後より大きな患者数での検討が必要な事項と考えられた。

Late-acquired ISAはステントの両端ではなく中心に多く認められたが、これはその他のSESによる検討と矛盾しない結果である。SESにおいてはステント両端に比較的多くの新生内膜が生じることが報告されているが、これがlate-acquired ISA の発生部位と関連している可能性は否定できない。ステント両端に生じるISAはスムーズな血流を阻害しない可能性があるが、ステント中央部に生じるISAは、血栓を生じやすくなる可能性も否定できない。同画像所見を持つ患者は十分に厳格な臨床経過観察が必要であると考えられる。

結語

SESとBMSの前向き比較臨床試験において、late-acquired ISAはSESにおいてBMSよりも高頻度で認められた。Late-acquired ISAは主にステントの中間部分に生じ、また血管のリモデリングが主な計測上の変化であった。当臨床試験においては有害事象と関連は認めなかったものの、この臨床所見は遅発性血栓症との関連が示唆されるようになってきており、今後も更なる臨床研究が必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ステントストラット不完全密着(incomplete stent apposition: ISA)のなかでも、遅発性ステントストラット不完全密着(late-acquired ISA)は、遅発性血栓症との関連が示唆されたことにより注目されるようになった血管内超音波(IVUS)所見である。 当研究では、初めてのdrug-eluting stent(DES)として臨床使用可能となったsirolimus-eluting stent (SES)におけるISAの頻度と、その所見をBMSとの比較の中で明らかにするため、米国初の無作為大規模臨床試験であるSIRIUS試験からのIVUS所見を検討し、下記の結果を得ている。

1、ステント植え込み時とフォローアップのIVUSがなされているものの中で、ステント植え込み時にISAが認められるのはBMS群で14.7%(9/61)、SES群で16.3%(13/80)と両群とも同様の頻度で認められた。しかし、late-acquired ISAはBMS群では0%であったにもかかわらず、SES群では8.7%の率で認められた。ISAの頻度はsingle stent群の中では5/57(8.7%)で、multiple stent植え込みをされた患者の中では2/23(8.8%)と両者に頻度の差は認められなかった。

2、Late-acquired ISAにおけるステント植え込み時とフォローアップ時の計測においては、断面におけるプラーク面積に変化は見られないが、外弾性板膜面積の増加とそれとほぼ同程度の血管内腔の拡大が認められた(ステント植え込み時16.2・2.7mm3;フォローアップ時18.9・3.6mm3)。

3、また、late-acquired ISA症例において、baselineのプラークの厚さはISA側で0.47・0.28mmであるのに対し、その対側では1.1・0.58mm (p<0.05)とステント植え込み時におけるプラークが薄い側がlate-acquired ISAとなっていることが示唆された。

4、SES群内のISA同士の比較(persistent ISAとlate-acquired ISAの比較)では、ISAのステントと血管壁の距離, ISAの角度はいずれもlate-acquired ISA群の方が大きく、両者の間に何らかの発生機序の違いがあることが示唆された。

5、late-acquired ISAは78%がステント中央部に生じた。

6、当研究のISAの所見を有する患者において、12ヶ月までの臨床フォローアップにおいては死亡、心筋梗塞、ステント血栓症などの臨床イベントの発生は認められなかった。しかし、late acquired ISAと遅発性ステント血栓症との関連を示唆される報告が当臨床試験の終了後に報告され始めた。

以上本論文においては、SESとBMSの無作為前向き比較臨床試験において、late-acquired ISAはSESにおいてBMSよりも高頻度で認められることを示し、さらに本所見の形態学的検討を詳細に加えている。本研究はそれまで報告が無かったSESとBMSの比較におけるISAの詳細な報告であり、ステント血栓症の原因の解明する一端となる有用な臨床報告であると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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