学位論文要旨



No 216957
著者(漢字) 江藤,伸晃
著者(英字)
著者(カナ) エトウ,ノブアキ
標題(和) ダルベポエチンは足細胞の細胞骨格とネフリンの発現分布を正常化し、タンパク尿を軽減する。
標題(洋) Darbepoetin ameliorates urinary protein excretion by preservation of the cytoskeleton and nephrin distribution in the podocytes.
報告番号 216957
報告番号 乙16957
学位授与日 2008.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16957号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 上原,誉志夫
 東京大学 客員准教授 菱川,慶一
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

腎糸球体は原尿ろ過の責任部位であり、その機能異常は急性あるいは慢性腎臓病の主因の一つとなる。腎糸球体は糸球体内皮細胞(endothelial cell)、メサンギウム細胞(mesangial cell)、足細胞(podocyte)、ボーマン嚢上皮細胞(parietal epithelial cell)の4つで構成されており、各細胞の異常はそれぞれに特異的な病理像と病態を呈する。このうち足細胞は糸球体基底膜の外側に位置し、細胞体より這い出した数多くの足突起により、糸球体基底膜を覆うような形態を取っている。その機能としては血中から原尿へのタンパク質の漏出抑制にあると考えられており、事実その細胞異常によりネフローゼ症候群やタンパク尿といった臨床的所見が見られる。加えて、足細胞には増殖と再生能がないと考えられており、長期に渡る足細胞の障害は糸球体硬化の原因ともなりうる。

エリスロポエチン(EPO)は赤血球増殖因子として発見され、腎性貧血においてはその投与が最も有効な治療法として確立されている。近年ではEPO分子中の糖鎖修飾を改良することにより体内動態がより安定化する種々のEPO製剤が開発され、なかでもダルベポエチン(DA)は新規持続型EPOとしていち早く臨床応用されるに至っている。一方、EPOの薬理作用に関する基礎研究の進展は、EPOの造血作用のみならず、種々の臓器障害に対する直接的な保護作用を明らかにするに至っており、動物においては脳神経ならびに心血管障害モデルにおいてその効果が数多く示されており、脳梗塞や心不全においてはヒトへの臨床応用例も報告されはじめている。

このような中、腎臓におけるEPOの薬理作用については、長らくその受容体が尿細管上皮に発現することが知られていたため、その保護作用については主に尿細管障害を病因する虚血再還流モデルにおいてその効果が示されてきた。しかしながら、EPO受容体は糸球体の足細胞にも発現するという報告はこれまでにもあり、同細胞への直接的効果については大きな関心が寄せられていた。

本研究ではこれらの点を踏まえて糸球体足細胞に焦点を焦て、その傷害によって惹起されるタンパク尿と細胞形態の異常について、新規持続型EPOであるダルベポエチンによりその軽減が図れるかを検討した。

【方法】

実験1)

オスWistarラットにDAを1 shot皮下投与した後、puromycin aminonucleoside (PAN)を静脈投与して足細胞を特異的に傷害させることにより腎症を惹起し、1週間後のタンパク尿評価と腎糸球体についての形態解析を実施した。

実験2)

DAの薬理作用より造血を介した保護作用を分離するため、実験1.と同様の実験を、瀉血によりヘマトクリット値、ならびにヘモグロビン値をコントロールした条件下で実施した。

実験3)

その作用メカニズムの解析のため、培養ラット足細胞を用いた解析を実施した。同細胞にPANを添加し、細胞障害が惹起されることを確かめた後、DAによりその軽減が図れるかの検証を、細胞骨格を中心とした形態解析とアポトーシス解析により実施した。

【結果】

ラットにおいて、DA投与群はPAN投与による足細胞傷害で惹起されるタンパク尿値が非投与群に比して有意に低下していた。この効果は瀉血によりヘマトクリット値、ならびにヘモグロビン値を両群間で統計学的有意差がない状態にコントロールされた条件下においても同様に見られた。また、これらの腎臓を免疫染色と電子顕微鏡を中心とした組織解析に供したところ、DA投与群の腎糸球体は足細胞の障害マーカーの軽減が見られるとともに、足細胞の機能維持に重要な役割を果たしているネフリン分子の発現が改善されていた。

培養ラット足細胞を用いた解析では、PAN添加により惹起されるネフリン分子の発現低下と細胞骨格(F-actin)の破壊に対して、DAが有意かつ濃度依存的な改善効果を示していた。さらに、アポトーシス解析に関してはDA添加、非添加の細胞間に有意な差は無かったことから、DAの効果は抗アポトーシス作用で及ぼされているのではないことが判った。

また、これらの解析の過程で、これまで議論のあった足細胞でのEPO受容体の存在を複数の解析方法であらためて確認することができた。

【結論】

新規持続型EPOであるダルベポエチンの投与により、PANで惹起されるタンパク尿を抑制することができた。この効果は糸球体足細胞上に存在するEPO受容体を介した同細胞における細胞骨格の維持と機能分子の発現回復によるものだと考えられ、ダルベポエチンがこれまで報告のあった尿細管傷害のみならず、足細胞に対しても直接的な保護作用を及ぼすことがはじめて示された。

審査要旨 要旨を表示する

足細胞は腎糸球体を構成する細胞の一つであり、その機能異常によりネフローゼ症候群やタンパク尿といった臨床的所見が見られる。またエリスロポエチン(EPO)は赤血球増殖因子として発見されが、近年では造血作用のみならず種々の臓器障害に対する直接的な保護作用も有することが明らかになっており、腎臓においても虚血性の尿細管障害に対してその効果が示されてきた。しかしながら、糸球体構成細胞に対するEPOの薬理作用についての解析はこれまでに報告がなく、特に足細胞への直接的な効果については大きな関心が寄せられていた。

本研究ではこれらの点を踏まえて糸球体足細胞に焦点を焦て、その傷害によって惹起されるタンパク尿と細胞形態の異常について、新規持続型EPOであるダルベポエチンによりその軽減が図れるかを検討し、下記の結果を得ている。

1.ラットにおいて、ダルベポエチンはpuromycin aminonucleoside(PAN)による 足細胞障害で惹起されるタンパク尿を有意に抑制することを示した。

2.腎臓の組織学解析により、ダルベポエチンは足細胞障害を軽減するとともに、ネフリン分子の発現で示されるスリット膜の機能を維持させていることを示した。

3.瀉血を行ってHb, Hctをコントロールした条件下においてもタンパク尿抑制効果は維持されることから、ダルベポエチンの効果は造血作用に寄らない直接的なものであることを示した。

4.培養ラット足細胞を用いた解析において、ダルベポエチンはPANによる細胞障害に対してネフリンの発現とアクチン細胞骨格構造を正常に近い状態に維持させていることを示した。

5.アポトーシス解析法の一つであるTUNEL染色を行うことにより、ダルベポエチンの足細胞保護効果は他の細胞で報告である抗アポトーシス作用によるものではなく、細胞骨格および機能分子の発現維持によりもたらされていることを示した。

6.これまで不確定であった足細胞でのEPO受容体(EPO-R)の発現について、単離ラット腎ならびに培養ラット足細胞を用いた免疫染色、RT-PCR、イムノブロットといった複数の解析手段を用いることにより、その存在をより明確なものとした。

以上、本論文は新規持続型EPOであるダルベポエチンの投与により、足細胞障害で惹起されるタンパク尿を抑制することができることを明らかにした。この効果は、これまで未解明な点が多かった足細胞上に存在するEPO受容体の詳細な解析も合わせて行うことにより、同受容体を介した細胞骨格の維持と機能分子の発現維持によるものである可能性が高いことを明らかにした。本研究はダルベポエチンが足細胞に対しても直接的な保護作用を及ぼすことを示した新規性の高い発見と考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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