学位論文要旨



No 216958
著者(漢字) 引地,尚子
著者(英字)
著者(カナ) ヒキヂ,ヒサコ
標題(和) 骨吸収性疾患における血小板活性化因子の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 216958
報告番号 乙16958
学位授与日 2008.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16958号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,穣二
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 飯野,光喜
 東京大学 准教授 菊池,かな子
 東京大学 准教授 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

血小板活性化因子(platelet-activating factor, 以下PAF)が気管支喘息、アナフィラキシーショック、急性呼吸窮迫症候群などの疾患に大きな役割を果たしていることは知られている。しかし骨吸収に関連する疾患については、関節炎や歯周病などでPAFが多く産生されていることは報告されているものの、PAFの役割については今まで解明されていなかった。

閉経後骨粗鬆症は、骨吸収性疾患の1つであり、卵巣機能の低下とともに血液中のエストロゲンレベルが急激に減少することにより引き起こされる。エストロゲンがなくなると、骨代謝回転が増加して骨の形成・吸収(リモデリング)のバランスが崩れ、その結果骨吸収の方が活発となり骨折の危険性が増大する。本研究では、PAF受容体欠損(PAFR-KO)マウスを用いて、卵巣摘除による閉経後骨粗鬆症モデルの実験とそれに関連したin vitroの実験を行って、PAFの骨粗鬆症における役割を明らかにした。

卵巣摘除マウスの骨のレントゲン写真観察、骨密度測定および組織学的解析の結果から、野生型マウスに比較してPAFR-KOマウスは卵巣摘除されても骨吸収がおきにくい、すなわち高代謝回転型骨粗鬆症になりにくいことが判明した。

次に骨組織でPAFは産生されているのかどうかを確認した。骨リモデリングに関連する主な細胞は骨芽細胞と破骨細胞である。PAF合成に重要な酵素Lyso-PAFアセチルトランスフェラーゼの活性は骨芽細胞にはほとんどなく、破骨細胞に高いレベルで認められた。さらに、破骨細胞をサイトカイン(TNF-αおよびIL-1β)で刺激するとこの酵素活性は増加した。破骨細胞は骨芽細胞から指令を受けて骨を壊すことだけに特化した細胞なので、メディエーターを破骨細胞自身が産生するのは非常に興味深い。

さらにPAF受容体は骨芽細胞と破骨細胞のどちらに発現しているのかを検討した。ノーザンハイブリダイゼーションにより、PAF受容体は骨芽細胞ではなく破骨細胞に発現することが明らかになった。実際、破骨細胞でのみPAFによる細胞内カルシウム濃度の上昇が認められた。このように、骨芽細胞には発現せず、破骨細胞のみに発現している受容体はまれで、カルシトニン(甲状腺から分泌されるホルモン)やRANK以外知られていなかった。PAFは破骨細胞によって産生されるので、骨組織でオートクライン・パラクラインに作用する唯一のメディエーターであるといえる。

PAFの破骨細胞に対する作用は、生き残り作用(survival)とカルシウム吸収促進であることも判明した。もともとIL-1にはこれらの作用があることが知られていたが、PAF受容体が機能しない状態ではIL-1の作用は減弱された。骨の器官培養の結果からも同様に、IL-1の骨吸収効果の一部はPAFを介していることが明らかになった。

エストロゲンのレベルの低下はTNF-αやIL-1などのサイトカインの産生を増加させるという報告がある。従って、本研究の結果を総括すると、閉経後骨粗鬆症において、(1)エストロゲンレベルの低下により作られたサイトカインが破骨細胞のLyso-PAFアセチルトランスフェラーゼ活性を上げる、(2)PAF産生が増加する、(3)PAFは骨芽細胞を介さずに破骨細胞に作用する、(4)骨吸収が促進される、という過程でPAFは骨粗鬆症を悪化させるという機序が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、PAF受容体欠損(PAFR-KO)マウスを用いて、卵巣摘除による閉経後骨粗鬆症モデルの実験とそれに関連したin vitroの実験を行って、PAFの骨粗鬆症における役割を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1.卵巣摘除マウスの骨のレントゲン写真観察、骨密度測定および組織学的解析の結果から、野生型マウスに比較してPAFR-KOマウスは卵巣摘除されても骨吸収がおきにくい、すなわち高代謝回転型骨粗鬆症になりにくいことを明らかにした。

2. PAF合成に重要な酵素Lyso-PAFアセチルトランスフェラーゼの活性を測定し、骨芽細胞ではなく破骨細胞でのみPAFが産生されてことを確認した。さらに、破骨細胞をサイトカイン(TNF-αおよびIL-1β)で刺激するとこの酵素活性が増加することも明らかにした。

3.ノーザンハイブリダイゼーションにより、PAF受容体は骨芽細胞ではなく破骨細胞にのみ発現することを示した。また、破骨細胞でのみPAFによる細胞内カルシウム濃度の上昇を認めた。

4.PAFの破骨細胞に対する作用は、生き残り作用(survival)とカルシウム吸収促進であることも明らかにした。もともとIL-1にはこれらの作用があることが知られていたが、PAF受容体が機能しない状態ではIL-1の作用は減弱されることも示された。さらに、骨の器官培養の結果からも同様に、IL-1の骨吸収効果の一部はPAFを介していることを明らかにした。

以上、本研究の結果を総括すると、閉経後骨粗鬆症において、(1)エストロゲンレベルの低下により作られたサイトカインが破骨細胞のLyso-PAFアセチルトランスフェラーゼ活性を上げる、(2)PAF産生が増加する、(3)PAFは骨芽細胞を介さずに破骨細胞に作用する、(4)骨吸収が促進される、という過程でPAFは骨粗鬆症を悪化させるという機序が考えられる。すなわち、本研究はPAFが骨吸収増悪因子であることを明らかにし、また、骨芽細胞に影響を及ぼすことがないため、副作用の少ない骨粗鬆薬の開発が可能であることを示した。よって本研究は、閉経後骨粗鬆症を初めとする骨吸収性疾患治療法の解明において有用であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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