学位論文要旨



No 216962
著者(漢字) 吉村,充則
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,ミツノリ
標題(和) リモートセンシング手法による熱帯雨林の光環境評価に関する研究
標題(洋) Evaluation of Light Environment in Tropical Rainforest by Remote Sensing Techniques
報告番号 216962
報告番号 乙16962
学位授与日 2008.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16962号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 講師 竹内,渉
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

地球上の森林は、地球の総面積の約30%の陸地のうちのさらに約5分の1でしかない。しかし、地球全体の植物バイオマスの80%が森林に集中しているため、森林の地球規模の環境に対する役割が重要である。森林のうちでも熱帯雨林は、他の森林と比較してずば抜けて高い生産性を持つことから、そこで起こる現象が地球環境に対しても影響を与えることが考えられる。

一方で、森林生態学においては、森林を構成するさまざまなパラメータを計測し、光合成やガス交換を推定するなど森林におけるさまざまな現象を把握する研究が盛んに行われてきた。こういった森林の研究においては、異なる高さにおける光の状況の的確な状況把握が不可欠である。しかし、森林の光環境に対する計測は、高い樹高へのアクセスの困難さや技術的な問題があり、これまで草原や比較的規模の小さな植物群落を対象とするに過ぎなかった。

本論文は、東南アジアの熱帯雨林に対し、林冠クレーンを計測のプラットフォームとして用いた光環境計測手法を提案し、計測データに対する解析を通してその手法を確立し、さらに森林の光環境を評価し、かつ、計測手法の時間・空間での展開についても検討することで、リモートセンシング技術の森林機能の推定やスケールアップなどの森林生態学に対して貢献しようとしたものである。

2.研究対象地域と基盤情報の作成

研究対象地域は、ランビル国立公園で、東マレーシア・ボルネオ島のサラワク州の東に位置し、ランビル山周辺に広がる平均樹高40~50mの熱帯雨林地帯にある。ここでは、熱帯低地林の優先種であるフタバガキ科のDryobalanops aromaticaが優先している。研究のプラットフォームは、高さ80mアーム長75mの林冠クレーンである。このクレーンは、樹高(40~50m)より高いため、林冠を完全に突き抜けて森林の上に出ることができる。本研究における光環境計測の基盤情報を整備するために、林床と林冠の三次元形状を計測した。林冠では、地形測量により林床三次元データを生成した。林冠では、林冠クレーンを使ったレーザプロファイラによる計測から林冠の三次元データを生成した。この計測によって森林の三次元形状を林冠面と地上面との両面からとらえることができるため森林の構造的な特徴を知ることができる。

3.光環境計測手法の確立

林冠クレーンを使った分光反射計測と林内光環境計測とからなる光環境計測手法を提案し、提案する光環境計測手法をこの地域において代表的な熱帯低地林の優先種であるフタバガキ科Dryobalanops aromaticaの個体に対して適用し、取得された計測データから熱帯雨林の光環境の鉛直分布特性について検討した。計測の特徴は、「林冠」・「林内高さ」・「林床」の3つの位置に分けて計測したことである。図-1には、林冠クレーンを使った光環境の鉛直プロファイル計測に関する概念図を示す。ここでの光環境の計測では、林冠に入射する光が群落内に侵入した後、どのように変化していくのかを見ることになる。そのために、少なくとも林冠と林内もしくは林床とでは、計測時間が同期したデータ取得が必要で、かつ重要となる。また、林内の計測では、林内を三次元的に移動しながら任意点での計測を行うことになるので、林冠クレーンの利用は不可欠である。計測には、光量子センサやプラントキャノピーアナライザを用いて、林冠に到達した日射を「林冠」において計測し、林内に入り、吸収・反射・散乱・透過などを経て、林内にどの程度進入していくのかを「林内高さ」・「林床」で計測した。その結果、熱帯雨林においては、1) 樹冠形状に対して特有な二方向性反射特性を持ち、2)林内高さと相対光量子束密度との関係には指数関数的な関係が、3)林内高さと葉面積指数との関係には直線関係が、それぞれあることがわかった。相対光量子束密度と葉面積指数との関係で表される日射の減衰から、対象林はLambert‐Beerの吸光則にしたがっていることがわかった。また、対象樹冠の葉の総面積を、1)三次元形状データから計算できる地表面積と葉面積指数からと2)葉面積密度から推定する方法によって求めた。

4.光環境計測手法の時間・空間展開

時間変化に注目した光環境計測手法を確立するために光環境計測手法の時間軸への展開を行い、光環境の時間変化に対する熱帯雨林の光環境の応答を把握した。その結果、林冠からの反射光は、時間に依存することなくほぼ一定で、入射光に対して数%であった。これにより、経験則で言われる数値を実測値によって証明できた。また、異なる林内高さに進入する光の時間変化については、基本的に曇天日に計測されたデータがその林内高さにおける光環境を忠実に表していることがわかった。さらに、林内光環境の時間代表性については、晴天時には日平均値、曇天時には30分平均値を取れば、それぞれ対象林を代表する値を求められることがわかった。分光反射特性と日射量の時間変化からは、531nmと570nmの波長における反射特性に注目したスペクトル指標であるPRI(Photochemical Reflectance Index)を、光合成速度の計測結果より導き出された光-光合成曲線と比較することで、強い日射にさらされる熱帯雨林の光防御機能を推定できる可能性があることがわかった。

光環境計測手法を空間的に展開することと、応用可能性を探ることを目的として、光環境計測手法の空間展開を行い、衛星データとの比較や衛星検証への応用可能性、さらにスペクトル指標による植物の生理生態機能推定への応用可能性について探った。林冠における計測の空間展開では、計測点を対象林冠全体の2次元空間上で一様に分布するように配置して分光反射計測を実施することで、計測されたデータからグリッドベースでの分光反射データが生成できた。葉面積指数については、林冠表層で計測点が林冠より林内に約1m進入しかつ2次元空間上で一様に分布するよう考慮した計測からグリッド化を行うことができた。林全体の林内における光環境については、1)相対光量子束密度と葉面積指数、2)相対光量子束密度と林内高さ、3)葉面積指数との林内高さとの関係が、いずれもこの林を代表する樹種に対する計測結果と類似の傾向を示していた。また、光環境の環境要因別傾向からは、林は東西方向において特徴的であり、それはこの地域に降り注ぐ日射を効率よく受けるためであることがわかった。

衛星データとの比較・検証への応用では、高分解能衛星IKONOSデータから算出される見かけ上の反射率と計測データに基づくグリッドベース分光反射データとの比較を行った。また、GLIの衛星検証を目的としたデータ処理からは、本論文で提案した計測が今後の衛星検証において十分な利用可能性を持っていることがわかった。スペクトル指標による植物の生理生態機能推定への応用可能性では、主として実験室で得られた色素と分光反射の関係から提案されているいくつかのスペクトル指標について、空間展開された分光反射データを用いて指標算出を行い、その空間分布について検討した。現地における葉の色素抽出を行っていないので、現時点ではその有効性については明らかではないが、空間展開という面からは応用の可能性は十分にあるものと思われる。

5.まとめ

本論分で確立した光環境の計測手法は、そのデータ解析から、森林における光の分布を的確に捉えていることがわかった。同時に、熱帯雨林の光環境に関するいくつかの興味深い知見も得ることができた。このことから、本研究で確立した森林の光環境計測手法は、取得されたデータとそれに対するデータ解析から、森林の光環境を的確に評価し、かつ、その結果が森林の定量化や炭素固定、水循環などといった森林の持つ機能の推定やモデルの構築に対するパラメータとして活用されるものと結論付けることができる。また、個葉レベルや鉛直一次元で議論されてきた森林のいくつかの機能推定に対し、本論文で確立した光環境計測手法を適用すれば、そのスケールアップに対し貢献できる結果が得られ、森林生態学などの関連分野における貢献が極めて高いと判断された。

本研究の独自性でもある林冠クレーンを計測対象への三次元的アクセスに用い、さらに空間的に限界のあった計測手法を空間展開することで、衛星データを援用した光合成推定などのさらなるスケールアップへの可能性へとつながる。現在、この研究は、Global Canopy Networkを中心とする林冠クレーンを使った分野横断型の国際共同研究として進められている。さらに、本研究の方法は、特に熱帯雨林に限定したものではない。したがって、今後、他の異なる森林において展開していくことが考えられ、本研究の将来性は大きいものと考えられる。

研究の今後の展望については、データの交換やデータの相互利用から、これまで以上に質の高いデータ収集や研究を図るために積極的に得られたデータや情報の公開を図っていきたいと考えている。同時に、他の森林サイトにおける研究の展開や連携についても積極的に行っていきたいと考えている。

図-1 林冠クレーンを使った光環境の鉛直プロファイル計測概念図

審査要旨 要旨を表示する

地球上の森林は、地球の総面積の約30%の陸地のうちのさらに約5分の1でしかない。しかし、地球全体の植物バイオマスの約80%が森林に集中しているため、森林の地球規模の環境に対する役割が重要であると考えられている。森林のうちでも熱帯雨林は、他の森林と比較してずば抜けて高い生産性を持つことから、そこで起こる現象が地球環境に対しても影響を与えることが考えられる。

一方で、森林生態学においては、森林を構成するさまざまなパラメータを計測し、光合成やガス交換を推定するなど森林におけるさまざまな現象を把握する研究が盛んに行われてきた。こういった森林の研究においては、異なる高さにおける光の状況の的確な状況把握が不可欠である。しかし、森林の光環境に対する計測は、高い樹高へのアクセスの困難さや技術的な問題があり、これまで草原や比較的規模の小さな植物群落を対象とするに過ぎなかった。

本論文は、東南アジアの熱帯雨林に対して、林冠クレーンを計測のプラットフォームとして用いた光環境計測手法を提案し、計測データに対する解析を通してその手法を確立し、さらに森林の光環境を評価し、かつ、計測手法の時間・空間での展開についても検討することで、リモートセンシング技術の森林機能の推定やスケールアップなどの森林生態学に対して貢献しようとしたものである。

提案する光環境計測は、円筒状領域に3次元的にアクセスできる林冠クレーンの機能を使った分光反射計測と林内光環境計測とから構成される。提案計測手法をこの地域を代表する熱帯低地林の優先種であるフタバガキ科Dryobalanops aromatica個体に適用した結果、熱帯雨林においては、1)樹冠形状に対して特有な二方向性反射特性を持ち、2)林内高さと相対光量子束密度との関係には指数関数的な関係が、3)林内高さと葉面積指数との関係には直線関係が、それぞれあることがわかった。相対光量子束密度と葉面積指数との関係で表される日射の減衰から、対象林はLambert‐Beerの吸光則にしたがっていることがわかった。また、1)三次元形状データから計算できる地表面積と葉面積指数からと2)葉面積密度から推定する方法によって対象樹冠の葉の総面積が推定できることが確認できた。

計測手法の時間軸への展開では、林冠からの反射光が時間に依存することなくほぼ一定で、かつ入射光に対して数%であることがわかった。また、異なる林内高さに進入する光の時間変化から、曇天日に計測されたデータがその林内高さにおける光環境を忠実に表すことがわかった。さらに、林内光環境の時間代表性については、晴天時には日平均値、曇天時には30分平均値を取れば、それぞれ対象林を代表する値を求められることがわかった。分光反射特性と日射量の時間変化からは、531nmと570nmの波長における反射特性に注目したスペクトル指標であるPRI(Photochemical Reflectance Index)を、光合成速度の計測結果より導き出された光-光合成曲線と比較することで、強い日射にさらされる熱帯雨林の光防御機能を推定できる可能性があることがわかった。

計測手法の空間的展開では、分光反射計測を対象林冠全体の2次元空間上で一様に分布するように配置して実施することで、グリッドベース分光反射データを生成できることがわかった。葉面積指数についても同様、グリッドベース化ができた。林全体の林内光環境は、東西方向において変化する特徴があり、それはこの地域に降り注ぐ日射を効率よく受けるためであることがわかった。高分解能衛星IKONOSデータから算出される見かけ上の反射率と計測データに基づくグリッドベース分光反射データとの比較や、GLIの衛星検証を目的としたデータ処理からは、本論文で提案した計測が今後の衛星検証において十分な利用可能性を持っていることがわかった。スペクトル指標による植物の生理生態機能推定への応用可能性では、提案されているスペクトル指標が空間展開における応用可能性を十分に持つことがわかった。

このように,本論文で確立した光環境の計測手法は、計測結果から森林における光環境分布を的確に捉えていることがわかる。同時に、データ解析から、熱帯雨林の光環境に関するいくつかの興味深い知見を得ることができた。以上のことから、本研究で確立した森林の光環境計測手法によって、森林の光環境を的確に評価し、かつ、その結果が森林の定量化や炭素固定、水循環などといった森林の持つ機能の推定やモデルの構築に対するパラメータとして活用される可能性を十分に持つものと結論付けることができる。また、個葉レベルや鉛直一次元で議論されてきた森林のいくつかの機能推定に対し、本論文で確立した手法を適用すれば、そのスケールアップに対し貢献できる結果が得られ、同時に森林生態学などの関連分野に対する貢献は極めて高いと判断できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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