学位論文要旨



No 216964
著者(漢字) 井口,貴朗
著者(英字)
著者(カナ) イグチ,タカアキ
標題(和) 塑性加工のデジタルデザインのための成形不良予測の研究
標題(洋)
報告番号 216964
報告番号 乙16964
学位授与日 2008.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16964号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 帯川,利之
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 准教授 井上,純哉
 東京農工大学 教授 桑原,利彦
内容要旨 要旨を表示する

塑性加工の工程設計のデジタルデザインの目的の大半は、加工時の座屈や割れなどの不良を防止し、安定した加工条件を得るための部品形状や工程設計を自動的に行うことにある。そのために必要な課題は、 (1)大規模な問題をいかに精度良く、高速に解くか。(2)その結果から座屈や割れなどの成形不良をどう予測するか。という、大きく2つに分けられる。

(1)の課題は事実上FEMの高速高精度化技術である。(2)はFEMを用いた解析技術とは別の要素であり、FEM内では直接予測し難いものもあり、FEMの結果を受けてその不良発生を予測するモデルを別途構築する必要がある。これら2つを組み合わせて、塑性加工のデジタルデザインが可能となる。

塑性加工の成形不良には、材料内の応力が深くかかわっている。本論文では、成形不良の予測プロセスにおいては、塑性加工中、または加工後の応力を評価し、その応力値をもって成形不良を予測するという考えを一貫して採用している。そして圧延と薄板成形のいくつかの問題において、上記の考え方でFEMと成形不良予測モデルの結合を考えた。第1章序論に続き、各章の内容と結論は以下のとおりである。

第2章 剛塑性有限要素法によるH形鋼圧延解析と圧延ウェブ波発生限界の研究

大規模3次元加工解析としてH形鋼ユニバーサル圧延を取り上げ、剛塑性FEMを用いて材料内の応力評価を行い、実験による検証を行った。さらに、得られた応力を用いてウェブ座屈発生条件との関係を求め、実機圧延操業で確認した。その結果以下の成果を得た。

1)FEM解析で得られた応力分布と実験により得られた応力分布はほぼよく一致した。

2)FEM解析と実験により、ウェブ部にはロールバイト出口付近で長手方向に最大の圧縮応力が作用することがわかった。

3)上記最大圧縮応力はウェブ・フランジ等圧下率の条件では大きく、フランジ強圧下条件では小さくなる。

4)以上の結果より、本FEM解析によって得られるウェブ内応力を圧延ウェブ波発生の予測に用いることができる。

5) ウェブ内の応力値からウェブ座屈を予測する評価式を開発し、実機データと照合して座屈判定基準を明らかにした。

6) H形鋼の圧延条件から、ウェブ内の長手方向応力の代表値(等価応力と呼ぶ)を簡易に計算できる回帰式を作成した。

7) 上記5)6)を組み合わせることにより、圧延時にウェブ座屈の発生しない圧延条件を、実機で設定し、安定的に圧延できることを確認した。

第3章 動的陽解法有限要素法による3次元圧延解析と圧延後の残留応力の研究

冷間圧延工程や残留応力の評価など、弾性の影響を無視できない現象の解析には弾塑性解析は必須である。しかし大規模な3次元弾塑性圧延解析は、静的陰解法では困難であった。そこで動的陽解法を適用し、これを妥当な計算時間内で解くことを可能にした。そして圧延後の板内の残留応力の評価を行った。その結果、以下の成果が得られた。

1) 本解析において大きな問題は、要素のアワーグラス変形であった。この問題はBelytschkoによる要素安定化手法の導入により、解決された。

2)上記によって改善されたFEコードを用い、有限要素と分割モデルによるBURの変形解析を連成した、4段圧延の解析を行うコードを新たに開発した。本モデルにより、古典的解析法では考慮不可能な圧延材のエッジドロップ変形や、圧延材の張力分布や残留応力を評価することができた。これらの結果は文献における実験値と比べても妥当であり、従来法より優れていることがわかった。

3)本解析で得られた結果を幅分割コイルの曲がり予測に適用した。

第4章 非線形負荷、面外歪がある場合の延性破断限界の研究

薄板の延性破断限界に関し、応力限界破断説の検証やMK理論の応用を通して、破断限界の定量評価をする手法について研究し、応力限界破断説の適用可能範囲と拡張法を検討した。フェライト系ステンレス鋼(11%Cr鋼)を用いて、非線形負荷時の延性破断限界について検討した。いわゆるForming Limit Diagram(FLD)では変形限界は歪履歴によって異なるので、応力破断限界説が成り立つかどうかを検討した。このとき、精度を確保する上で重要な異方性降伏条件と加工硬化特性についても検証した。その結果を以下に示す。

1) 歪比が1軸引張の場合はHosfordの降伏条件がHillの降伏条件よりも精度が良く、歪比が等二軸引張の場合は逆にHillの降伏条件式が良い。

2) 歪量が大きくなるとr値は一定値に収斂する。

3) 上記を考慮して歪から応力を計算した結果によると、平面歪から各方向への2ステップの非線形負荷において、延性破断限界の応力は主応力平面において一本の線で表され、この線は第1ステップの歪量によって変化しないことがわかった。即ち応力破断限界説が成り立つことがわかった。

次に、FLDによる成形限界予測が不可能な非線形負荷条件において、その予測を可能にすることが期待される応力破断限界線図(FLSD)による方法に関する検討を行い、以下の成果を得た。

4)MK理論をベースにした解析モデルを用い、11%Cr鋼における応力破断限界線(FLSC)を求め、これが歪経路によらず、最終の応力比だけで一意に決まるものであることを示した。またこの結果は実験結果とも一致した。

5)上記理論における破断応力の物理的意味を明確化するため、一部の歪経路について破断応力測定実験を行った。その結果、理論で予測される破断応力は、実際に材料が破断する瞬間の応力ではなく、厚みくびれ(局所くびれ)が発生する瞬間の応力に近いことがわかった。

6)前記局所くびれが発生する瞬間の応力は、歪経路によらず、最終の応力比のみで決まる性質をもつことも示され、応力破断限界説で言われる破断応力と同じ性質をもつことがわかった。

さらに圧延などの面外変形を含むような変形経路における薄板成形の破断限界について、11%Cr鋼を用いて検討した。特に応力破断限界理論が上記のような歪経路を含む場合に拡張適用可能かどうかを検討した。実験的には、圧延+各歪状態での引張において、拡散くびれおよび局所くびれ、破断発生時の応力を実測し、理論的にはMK理論の拡張を試みた。その結果、以下の結果を得た。

7)圧延-引張試験結果において、破断応力に対応すると考えられる局所くびれ発生時の応力は、第1歪としての圧延歪が大きくなった場合、その歪に依存して増加する。即ち応力破断限界理論は完全には成り立たない。

8)第1負荷の圧延歪を、その応力状態の違いを考慮せず、結果としての歪の同一に着目して平面歪と同様に扱うという手法を用いたMK理論により解析を行ったところ、第2負荷における破断応力は、実験値とほぼよく一致した。

9)前記実験結果と理論解析結果の両者から、応力破断限界論が成り立たない原因には、第1負荷の歪による加工硬化によって、第2負荷時の再降伏応力点がFLSCの外側になる場合と、第2負荷が等二軸かそれに近い場合に、初期不整の成長の仕方に違いが生ずるという2つのメカニズムがあることがわかった。

10) 上記9)の前者の場合の破断応力は、その負荷時の応力状態における再降伏応力にほぼ等しい値である。また、9)の後者の場合の破断応力は、等二軸領域の破断応力を増大させる。即ち再降伏曲面と等二軸方向に拡大したFLSCとのうち、外側にある部分をつないだ線が新たな限界線となる。その限界線はMK理論でほぼ予測できる。

11) よって上記10)のような場合にはMK理論を直接使用するか、または本論文で提案した、簡易法で求めた膨張後のFLSCを使用することで、大歪を伴う場合でも非線形負荷時の延性破断限界を予測することができる。

第5章 多段プレス成形における延性破断限界の研究

第4章の結果を2段のプレス成形の場合において検証した。絞り、張出しの2工程プレスにおける多段非線形負荷工程において、延性破断限界を予測する方法について、実験で得られた破断限界をFLD、FLSD、MK法で求めた限界と比較し、以下の結果を得た。

1)角筒絞りの場合において、コーナー部の絞り歪が高くなると、第2工程以降の再絞り工程 において再降伏点がFLSCの外側に来る場合がある。このような場合はFLSDの手法では延性破断を予測できない。

2)上記1)のような場合でも、歪からMK理論を用いれば、破断限界をほぼ予測できた。ただし、この理論値は実験結果よりも限界を過小に評価する傾向があった。

3) MK理論による計算では、前工程の歪が小さく、再降伏点がFLSCの内側にある部分では、第2工程での破断応力は線形負荷でのFLSC上にある。逆に大きい場合は第4章で提案した膨張後のFLSC上にある。これは第4章での圧延-引張の場合に発生したものと同じ現象が、大歪絞り-引張の場合にも発生することを示している。

4)材料の加工硬化曲線として、大歪域で線形硬化となる式を用いると、上記2)の精度が改善された。

5) 上記2)においても、動的陽解法FEMでは応力の解析結果が不安定であるため、このままでは応力から破断を予測するのには適さない。歪、応力の変動をスムージング処理する方法を併用する必要がある。近似的には、各工程の最終歪のみを用いて、各工程内は線形負荷として評価する方法が採用できる。

第6章 結論

以上の研究により、圧延、薄板成形のいくつかの問題で、成形不良のデジタル予測の精度が向上した。

審査要旨 要旨を表示する

塑性加工における成形不良すなわち、製品の割れ、しわ、座屈ならびに平坦度不良などの現象は、塑性加工工程の設計において最も注意深く検討され、回避されるべきものである。近年、塑性加工工程の設計のデジタル化が進み、実成形製品の成形過程における変形および応力の解析が盛んに行われるようになった。この塑性加工工程解析と、加工事例データベースやCADとの融合を図ることによってデジタルデザイン技術を確立しようとする研究が、実用化を目指して盛んに行われている。これを可能とするためには、成形不良の予測を併せて確立する必要があるが、従来提案されてきた成形不良予測手法はその適用範囲に制限があり、また実成形加工に適用するためには精度に問題があるなど、問題を抱えていた。また、素材の製造プロセスである圧延加工から部材の成形プロセスであるプレス成形までを対象として、成形不良予測を系統的に扱った研究は行われていなかった。

本論文は、「塑性加工のデジタルデザインのための成形不良予測の研究」と題し、素材の製造プロセスである圧延加工から部材の成形プロセスであるプレス成形までを対象として、成形不良予測手法を提案し、評価し、またデジタルデザインへの適用例を論じている。論文は6章から構成されている。第1章は序論であり、デジタルデザインと成形不良予測、変形および応力解析手法であるFEM(有限要素法)、成形不良予測のための破断限界あるいは局所くびれ発生限界についての、過去の研究を総括している。第2章および第3章は素材の製造プロセスである圧延についての成形不良予測の研究である。代表的な圧延工程であるH形鋼圧延と薄板圧延を取り上げ、前者についてはウェブ座屈限界、後者については平坦度不良の発生限界あるいはキャンバー(圧延後曲がり)について論じ、座屈限界応力、座屈固有値解析等を利用することで成形不良を予測することができ、これをもとにした工程設計を行うことで健全な圧延による素材製造が行えることを示した。第4章では、非線形負荷および面外ひずみを含む鋼板の局所くびれ発生限界について論じている。局所くびれ発生限界は、延性破断を定量的に判断するために利用できる指標である。線形負荷、すなわち歪比が一定である負荷経路については、FLD(Forming Limit Diagram)が利用されており、ここに示されているFLC(Forming Limit Curve)を超える場合には破断する、すなわち成形不良に至るとの判断がされるが、実存の成形工程では線形負荷の条件が満足されてはいないために、FLDによる成形不良予測には限界が存在していた。本研究では、主ひずみ平面について表示されるFLDではなく主応力平面について表示されるFLSD(Forming Limit Stress Diagram)を利用することで、非線形負荷である実加工の成形不良についても精度良く予測できることを明らかにした。また、FSLDに加えてMarciniak and Kuczynskiによって提案された局所くびれ理論(MK理論、1967)を利用することによって、非線形負荷および面外ひずみを含む鋼板の局所くびれ発生限界を求めることができることを明らかにした。第5章では、第4章の結果を多工程のプレス成形時の破断(局所くびれ発生)予測に適用し、妥当な結果を得た。第6章では、研究成果を総括し、今後の展望について検討し考察した。

以上に述べたとおり本研究は、素材の製造プロセスである圧延加工から部材の成形プロセスであるプレス成形までを対象として、成形不良予測手法を提案し、評価し、またデジタルデザインへの適用例を論じており、今後の塑性加工のデジタルデザインを実用化するために必須の成形不良予測について明らかにした点で工業的な価値は高い。また、局所くびれの発生限界について力学的な考察を行い、新たな手法を提示したこと、さらに本論文の内容が、6編の原著論文(内4編は英文)として公表されていることは、工学的にも高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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