学位論文要旨



No 216965
著者(漢字) 佐久間,健
著者(英字)
著者(カナ) サクマ,ケン
標題(和) サイアロン系蛍光体と発光素子への応用
標題(洋)
報告番号 216965
報告番号 乙16965
学位授与日 2008.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16965号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,博之
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 准教授 近藤,高志
 東京大学 准教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,サイアロン系酸窒化物蛍光体と,これを用いた一般照明用白色LEDランプについて検討した.近年報告され,低い相関色温度を実現し得る白色LEDランプ用蛍光体として有望視されていたユーロピウム付活アルファサイアロン黄色蛍光体についてその組成・合成条件を検討し,光学特性を評価して,その相関について報告した.また,ユーロピウム付活アルファサイアロン黄色蛍光体をはじめとするユーロピウム付活酸窒化物・窒化物蛍光体を用いて白色LEDランプを試作し,優れた実用的な光学特性を有し温度安定性に優れた照明器具を得た.

第1章では,永続的な社会を実現するためには照明用電力の削減が重要であるとの課題を明らかにし,照明技術の歴史と固体照明技術について概観した.光学特性評価項目について述べ,照明器具の光学特性を決めるキーマテリアルである蛍光体の歴史とアルファサイアロン蛍光体の先駆的研究を概観した.

第2章では,ユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体について,青色光励起型白色LEDランプ用蛍光体として実用化することを目的とし,組成探索,合成条件の検討,光学特性の評価を実施した.まず窒化物ベースの組成について広範な組成範囲で試料を合成した.合成されたアルファサイアロン蛍光体は,近紫外波長域と青色波長域とに強い吸収がある双峰型の励起ピークを有し,発光ピーク波長が583-605 nmである線幅の広い橙色の単峰型の強い発光ピークを有していたEu元素の付活量は組成式CaxEuy(Si,Al)12(O,N)16に対してy = 0.075が最適値でありそれ以上では濃度消光が起きた.拡散反射スペクトルから求めた励起波長域である青色波長域の吸収はEu濃度の増加とともに増大し,Eu2+の直接吸収に帰属された.発光特性は組成に系統的に依存しており,Eu濃度の増大により発光波長が赤方偏移すること,さらにCa濃度の増加によっても赤方偏移が生じることを明らかにした.XRDパターンから求めた格子定数と発光波長との関係を示し,発光波長の赤方偏移は結晶場の変化に起因するEu2+ の5d軌道の分裂に起因すると考えられることを報告した.また,Ca及びEuの供給源として安価な酸化物を用いる組成についても最適組成範囲や粉末化手順,酸処理,微細粉末の除去によるミー散乱の低減等の検討を実施し,白色LEDランプ用途に適した黄色蛍光体を得た.図1に当該蛍光体の写真を,図2に励起スペクトルと発光スペクトルとを示す.

第3章では,光学特性を改善したユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体を用いて一般照明用白色LEDランプを製作し,その光学特性を評価した.

InGaN 系青色LED素子と組み合わせることで,従来の白色LEDランプでは成し得なかった相関色温度が低く発光効率の高い白色LEDランプを初めて実現することに成功した.発光色度は温かみのある白色である電球色であり,相関色温度2,600-3,000K前後の範囲で精密に制御が可能である.発光効率については,投入電力に対する視感効率で55 lm/Wを達成した.アルファサイアロン黄色蛍光体の温度消光が小さいことに起因して,得られた白色LEDランプの発光色度の温度依存性も小さく安定したものであることを報告した.図3に得られた電球色の白色LEDランプの写真を,図4にその発光スペクトルを示す.

第4章では,発光色度の制御を目的とし,ユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体のカルシウム元素の一部をイットリウム元素に置換したものを合成し,その光学特性を評価した.発光ピーク波長は585nmから608nmの範囲で変化し,α-SiAlON蛍光体の最長発光波長を更新した.発光波長の赤方偏移は,Eu2+イオン周囲の結晶場の変化によるものと考えられ,α-SiAlON蛍光体の発光波長を部分的な原子置換により制御可能であることを示すものである.青色発光ダイオード素子と当該蛍光体とからなる白色発光ダイオードランプの,対応する相関色温度の範囲は,これにより1,700Kまで低色温度側に拡張することが可能となった.また,励起スペクトル形状についても検討し,CaからYへの原子置換割合が増加するに従って平坦域が広くなることなどを報告した.固溶金属元素の置換はα-SiAlON 蛍光体の光学特性を制御する手段の一つとして有効なものである.図5に発光主波長の焼結温度・Y置換割合依存性を,図6に発光スペクトルの代表例を示す.

第5章では,ユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体と,これを用いたLEDランプとの発光波長について検討し,再吸収機構によるEu2+イオンの発光波長の赤方偏移について研究した.発光波長は,同一の母相組成Si12-(m+n)Alm+nOnN16-nに対して,共添加固溶元素Caの濃度を振った場合よりも付活元素であるEuの濃度を振った場合の方が影響が大きかった.Eu濃度の増大に伴い発光波長の赤方偏移が大きくなった.さらに,光部品のパッケージ構造によっても発光波長の赤方偏移が引き起こされ,白色発光ダイオードランプの透明樹脂中の蛍光体粉末濃度が濃くなった場合や過剰な塗布がなされた場合には,赤方偏移によって相関色温度が低くなることを明らかにした.発光ピーク波長と励起波長との相関について報告し,励起波長が500 nmよりも長い場合の発光波長の急激な赤方偏移は発光の再吸収に由来すると考えられることを配位座標モデルによって説明した.図7に発光波長のCa濃度を振った試料◇とEu濃度を振った試料◆の組成m値依存性を,図8に蛍光体を過剰塗布した場合の色度軌跡を示す.

第6章では,ユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体に加えてユーロピウム付活ベータサイアロン緑色蛍光体とカズン赤色蛍光体とを用いて,発光効率と演色性に優れた様々な相関色温度の白色LEDランプを製作し,その光学特性を評価した. 相関色温度6,800Kの昼光色から2,800Kの電球色まで,いずれの白色LEDランプにおいても平均演色評価数Raは80よりも高く,屋内一般照明用光源として十分な性能を有するものであった.また,投入電力に対する視感効率も25-33lm/Wであり,白色LEDランプとしては十分に高い効率を示した.温度変化に対する色度の安定性にも優れていた.ストークスシフト損失を考慮した視感効率の理論限界について検討した.青黄2色混色型白色LEDランプでは300lm/W前後であったのに対し,これら高演色型白色LEDランプでは190-220lm/W程度が理論限界であることを明らかにした.白色以外の装飾用中間色ランプも試作し,色域の広い良好なランプを得た.図9に各相関色温度の白色LEDランプの発光スペクトルを,図10にその色度座標を示す.

本研究以前には,永続的な社会の実現のために使用電力量を削減する固体照明の開発が要望されていたが,YAG:Ce系蛍光体以外の白色LEDランプ用蛍光体の研究はいずれもその途上にあり,特に酸窒化物・窒化物蛍光体にあっては研究の端緒についたばかりであると言っても過言ではない状況であった.本研究により,ユーロピウム付活カルシウム固溶アルファサイアロン黄色蛍光体について多くの知見が得られ,これを用いることで相関色温度の低い温かみのある白色LED 照明器具の実用化の見通しが立った.さらに,ユーロピウム付活ベータサイアロン緑色蛍光体とカズン赤色蛍光体をあわせ用いることにより,温度安定性に優れた高演色型白色LEDランプの開発にも成功した.

来る固体照明の時代に備え,その礎となる多くの研究がこれからも必要とされる.本研究は,その過程における一つのマイルストーンを成すものであり,これを足がかりとして酸窒化物・窒化物蛍光体とこれを用いた固体照明器具の研究がさらなる発展を遂げていくものと考えられる.

図1 アルファサイアロン蛍光体

図2 励起スペクトルと発光スペクトル

図3 電球色LEDランプ

図4 LEDランプの発光スペクトル

図5 発光主波長の焼結温度・Y置換割合依存性

図6 発光スペクトル

図7 発光主波長の組成依存性

図8 蛍光体過剰塗布時のLEDランプの色度軌跡

図9 白色LEDランプの発光スペクトル

図10 白色LEDランプの色度座標

審査要旨 要旨を表示する

様々な波長で動作する発光ダイオード素子が実用化され、その素子が低価格で供給されることから、発光ダイオード素子を用いた消費電力の低い照明用LEDランプの開発が注目されている。特に、青色発光ダイオード素子と青色光によって黄色に発光する蛍光体との組み合わせは、構成が簡単であるため安価な白色LEDランプとして期待されている。これまでに、YAG:Ce系蛍光体を用いた白色LEDランプが実用化されているが、他の白色LED用の蛍光体の開発はその途上にあり、発光ダイオード素子の高効率化とともに、様々な材料の研究開発が必要と考えられる。本研究では、サイアロン系酸窒化物蛍光体を作製し、青色光励起による特性を評価するとともに、実際に蛍光体を素子に実装し、照明用白色LEDランプに必要な光学特性の評価を通して、従来より高い効率で広い相関色温度を実現する白色LEDランプの実用化を検討している。本論文は以下の7章からなる。

第1章は序論であり、照明用電力の削減の重要性を述べ、広く蛍光体を概観し、本研究で注目したα-サイアロン蛍光体の先駆的研究について述べ、本研究の目的や位置付けを明確化している。

第2章では、Eu2+イオンを添加したCa固溶α-サイアロンの黄色蛍光体としての組成や焼成条件などを検討し、その光学特性の評価について述べている。窒化物を原料とした場合の最適Eu2+イオン濃度や発光波長のEu2+イオン濃度依存性やCaイオン濃度依存性を報告している。さらに、Ca及びEuの原料に安価な酸化物を用いた場合の黄色蛍光体としての最適組成範囲や作製条件の検討を行い、青色光励起による白色LEDランプの用途に適した黄色蛍光体の作製について述べている。

第3章では、第2章で作製したEu2+イオンを添加したCa固溶α-サイアロン黄色蛍光体を青色発光ダイオード素子と組み合わせ、白色LEDランプを製作し、その光学特性の評価を行っている。具体的には、InGaN 系青色発光ダイオード素子を用いて、従来の白色LEDランプでは成し得なかった相関色温度が低く、発光効率が高い白色LEDランプを実現している。発光効率は、投入電力に対する視感効率で、開発当時では最高効率の55 lm/Wを実現している。また、得られた白色LEDの発光色度の温度による変化が従来のものより小さく安定していることを報告している。

第4章では、発光色度の制御を目的とし、Ca固溶α-サイアロンのCaイオンの一部をYイオンに置換した蛍光体を作製し、その光学特性の評価を行っている。発光ピーク波長が、置換量とともに長波長側へシフトすること、この蛍光体を用いることにより、さらに低い相関色温度が実現できることを見出している。

第5章では、LEDランプとして実装したEu2+イオンを添加したCa固溶α-サイアロン黄色蛍光体の発光波長について検討を行っている。透明な樹脂中の蛍光体粉末の濃度が高い場合に発光波長が長波長側にシフトし、白色LEDランプとして相関色温度が低くなることを見出している。さらに、励起波長が500 nmよりも長波長になると発光波長が大きく長波長側へシフトする理由を、発光の再吸収に由来すると考え、配位座標モデルを用いて説明している。

第6章では、Eu2+イオンを添加したCa固溶α-サイアロン黄色蛍光体に加えてEu2+イオンを添加したβ-サイアロン緑色蛍光体とカズン赤色蛍光体を用いて、発光効率と演色性に優れた様々な相関色温度の白色LEDランプを製作し、その光学特性の評価を行っている。相関色温度6800Kの昼光色から2800Kの電球色まで、いずれの白色LEDランプにおいても平均演色評価数Raは80よりも高く、屋内の一般照明用光源として十分な性能を有するものであることを実証している。また、温度変化に対する色度の安定性にも優れ、投入電力に対する視感効率も25~33 lm/Wであり、白色LEDランプとしては十分に高い効率を実現している。

第7章は以上の総括である。

以上を要するに、本研究はEu2+イオンを添加したCa固溶α-サイアロン黄色蛍光体を開発し、青色発光ダイオード素子と組み合わせることで相関色温度の低い温かみのある白色LEDランプの実用化が可能であることを示し、さらに、他の酸窒化物蛍光体とあわせて用いることにより、温度安定性に優れた高演色型白色LEDランプを実現している。次世代の固体照明の分野に対して、新しい材料を提案し、その有効性を実証したことは、材料工学の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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