学位論文要旨



No 216969
著者(漢字) 花島,大
著者(英字)
著者(カナ) ハナジマ,ダイ
標題(和) 家畜排泄物処理における糞便汚染指標微生物の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 216969
報告番号 乙16969
学位授与日 2008.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16969号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 首都大学東京 准教授 春田,伸
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

食の安心・安全に対する消費者の関心は非常に高い。家畜排泄物は従来、堆肥化、液肥化処理を経て肥効成分に富んだ有機肥料として用いられてきた。しかし近年、牛が病原性大腸菌の主たる保菌動物であることが明らかになるとともに、飼料添加剤として、また疾病の治療薬として使用された抗生物質や合成抗菌剤に対する薬剤耐性菌の存在が危惧されている。それ故、これまで以上に家畜排泄物の衛生的な処理が望まれている。堆肥化過程で発生する高熱は70℃近くまで上昇し、有害微生物、雑草の種子などを死滅または失活させることが知られている。しかしながら、日本国内においては堆肥原料の水分を調整するのに必要なオガクズやワラなどの水分調整材の安定した調達が困難、または購入は可能であっても価格が高いなどの問題があるため、適正な堆肥化処理が行われていない事例も見受けられる。特に比較的高水分である牛糞(約85%前後)の堆肥化においてこの必要性は高い。よって本研究では、温度が上昇しにくい高水分の堆肥原料中での有害微生物の低減化を促進させる方法として、家畜糞と食品副産物等の有機廃棄物との混合堆肥化を検討した。また近年、堆肥化過程で一度は低下した有害微生物が、水分や温度など適当な生育条件が揃うことで再増殖するという現象が問題となっている。堆肥化過程における有害微生物の低減に加え、堆肥中での再増殖の抑制も堆肥の安全性を考える上で重要であることから、再増殖を起こしうる堆肥の類型化を行った。液肥化処理についてはそもそも研究蓄積が少なく、処理過程の有害微生物の動態や死滅機構は十分に明らかになっていない。そこで通気処理過程における糞便汚染指標微生物である大腸菌の消長についての知見を得るとともに、大腸菌数の推移に影響を与えると予測される物理化学的パラメータや微生物群集の推移を解析しそれらの関連性について検討を行った。

1.堆肥化処理における糞便汚染指標微生物の制御

1)家畜糞と食品副産物等の有機廃棄物との混合堆肥化

本試験では水分調整材が不足しがちな国内の状況を踏まえ、高水分含量の状態ながらも衛生的な条件を満たしうる堆肥化プロセスの確立を目的として、牛糞と各種有機廃棄物との混合堆肥化処理について検討を行った。最初に、水分含量が異なる堆肥原料に易分解性基質であるポリペプトンを添加し、堆肥の温度上昇に対する効果を測定した。その結果、水分が高くなるほど堆肥の温度上昇は抑制される一方で、ポリペプトンの添加は温度上昇を促進し、その効果は水分の高い堆肥原料において特に顕著となることを明らかとなった。高水分堆肥原料に対する易分解性有機物の添加効果が明らかになったところで、実際の有機廃棄物と牛糞との混合堆肥化試験を行った。高水分牛糞に対する豆腐粕、米ぬか、油かすおよび生ゴミの混合は、無添加の原料に比べ大幅に温度上昇を促進し、55℃を超える高温を維持することで、大腸菌数を激減させることが明らかとなった。この温度上昇は主として添加物中の易分解性有機物量に依存し、堆肥温度と易分解性有機物量の指標であるBOD (Biochemical Oxygen Demand)値の間には正の相関が認められた。また有機廃棄物を添加した堆肥原料のBOD値が166.2 O2 mg/g-dry matter以上の時、顕著な温度の上昇と大腸菌数の低減が認められた。家畜糞と有機廃棄物の混合堆肥化処理は有機資源の循環の上でも、また堆肥化プロセスの改善の意味でも有効な手段と考えられた。

2)豆腐粕混合牛糞の堆積堆肥化過程における温度上昇効果の検証

有機廃棄物のうち、顕著な温度上昇効果を示した豆腐粕について、豆腐粕と牛糞の混合物の分解特性と、農業現場で一般的な堆積型堆肥化における豆腐粕混合の温度上昇効果について検証を行った。小型堆肥化リアクターを用い、乾物当たり0、6および11%の豆腐粕を牛糞に混合して堆肥化を行った結果、乾物当たり11%の豆腐粕の添加は無添加の堆肥と比較して最高温度には差が認められなかったものの、高温域に達するまでに要する時間を短縮し、55℃以上の高温持続時間を有意に延長させた。また堆肥中のBOD値の測定から、豆腐粕の添加により堆肥原料中の易分解性有機物量が大幅に増加する一方で、12日間の堆肥化期間中にそれらの大部分は分解されることが明らかとなった。この豆腐粕の温度上昇効果はパイロット・スケールの堆積型堆肥化において更に顕著となり、堆積堆肥中のいずれの部位でも無添加区よりも高い最高温度、および約2倍の高温(>55℃)持続時間が認められた。豆腐粕添加は最高温度を上昇させるだけでなく、大腸菌の死滅に必要な高温持続時間を堆積物中の広範囲な部位で実現することが明らかとなった。

3)堆肥化ステージが異なる堆肥中に接種した大腸菌の再増殖

近年、十分に堆肥化が進行しなかった堆肥における有害微生物の再増殖(Regrowth)が問題となっている。また酪農経営においてはオガクズ等の敷料の高騰から堆肥をその代替として使用する事例も見受けられる。しかしながら乳牛は病原性大腸菌の主要な保菌動物とされており、非病原性大腸菌においても乳房炎の原因菌とされていることから散布堆肥中の、もしくは敷料中での大腸菌の増殖は好ましくない。堆肥化過程では堆肥の物理性、化学成分、そして微生物叢が大きく変化していくことが知られており、有害微生物の堆肥中での増殖は、これら堆肥性状の変遷と関連が深いと予想される。そこで堆肥化開始後から0、7、13、22、41、190および360日目に採取した堆肥に、人為的に大腸菌を接種することでそれぞれの堆肥における大腸菌の増殖リスクを検討した。堆肥サンプルは牛糞堆肥化および牛糞と豆腐粕の混合堆肥化過程から経時的に採取し、直ちに風乾した。堆肥は50%に水分調整され、大腸菌を接種された後に30℃の条件で5日間の培養を行った。大腸菌の計数は培養前後のサンプルについて希釈平板法により測定した。その結果ほとんどの堆肥中で大腸菌は増殖し、特に高温期の(7日)、または高温期が終了した直後の堆肥サンプルにおいても最も高い増殖が認められた。しかしながら堆肥化開始後13日以上経過した堆肥サンプルと、190日以上経過した堆肥サンプルの間には有意な差は認められなかった。豆腐粕混合堆肥の経過日数13日目よりも前の堆肥では、同時期の無添加の牛糞堆肥と比較して高い大腸菌の増殖割合が認められた。よって豆腐粕の混合は易分解性有機物の増加により堆肥温度を大幅に上昇させ大腸菌の死滅を促進する一方で、堆肥化過程で分解が進行しなかった場合には、適当な水分や温度条件が与えられることで大腸菌が大幅に増殖する可能性があることが示された。しかしながら十分な堆肥化期間を経ることでその増殖は無添加の堆肥と同程度になることが明らかとなった。

2.液肥化処理における臭気成分および糞便汚染指標微生物の制御

豚糞尿には低級脂肪酸をはじめとした臭気成分が含まれており、それらを有機肥料として圃場に施用する前には通気処理を行い、臭気を大幅に低減させるとともに有機成分を安定化させることが奨励されている。このプロセスは通気処理によって新たに生じた微生物群の活性によって進行すると考えられることから、本研究では環境負荷物質として重要な臭気物質および糞便汚染指標微生物である大腸菌の消長を測定するとともに、処理過程における微生物群集の変遷を非培養的手法で解析した。豚糞尿のORPは連続通気にも拘わらず1日目に-350mV近くまで低下したことから、好気性菌群による活発な溶存酸素の消費が起こっていたと考えられた。このORPが低い環境ではclass Bacilli、ClostridiaそしてBacteroidetesが優占となっており、特にBacillusは2日目のクローンライブラリーで全クローンの65%を占めていた。このORPが低く、Bacillusが優占していた環境下では、臭気物質である低級脂肪酸およびアンモニア濃度が低下するとともに大腸菌数が大幅に低下していた。低級脂肪酸が消失し、糞尿中の可溶性炭素成分の分解が鈍化した4日目前後を境にORP値は-250から-50mVの値を上下しつつ6日目に-7mVまで上昇した。このORP値の変動は可溶性炭素成分の消失に伴う好気的代謝活性の減退と、飢餓により生じた死菌を新たに基質として分解する際に要した酸素消費によるものと考えられた。糞尿中の有機成分の安定化とORP値の上昇に伴い、微生物群集はBacillus からProteobacteriaを優占とする群集へと遷移していった。2つの未培養の菌種を含むBacillus優占の群集は、豚糞尿の主要な臭気成分である低級脂肪酸の分解、アンモニアの有機化を進行させるとともに大腸菌数を大幅に低減させ、糞尿の有機物を分解することにより安定した有機肥料へと変換させていた。

まとめ

本研究では、堆肥化過程における大腸菌の低減には高温曝露が有効であり、水分条件が適正でない材料においても一定以上の易分解性有機物を含む有機廃棄物との混合により達成されることを示した。また完成堆肥についても有機物分解が十分に進行していない堆肥においては大腸菌の再増殖が起こることを明らかにした。堆肥化では温度が大腸菌の死滅要因であるのに対し、液肥化過程では温度以外の要因が大腸菌の減少に作用していた。物理化学的パラメータと微生物群集の同時解析により、微生物群集と液中環境の相互作用により劇的に変化していく生物的・非生物的要因が大腸菌の低下に影響を及ぼしていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

家畜排泄物は従来、堆肥化、液肥化処理を経て肥効成分に富んだ有機肥料として用いられてきたが、近年の状況からこれまで以上に家畜排泄物の衛生的な処理が望まれている。本研究では、温度が上昇しにくい高水分の堆肥原料中での有害微生物の低減化を促進させる方法として、家畜糞と食品副産物等の有機廃棄物との混合堆肥化を検討した。また、通気処理過程における糞便汚染指標微生物である大腸菌の消長についての知見を得るとともに、大腸菌数の推移に影響を与えると予測される物理化学的パラメータや微生物群集の推移を解析しそれらの関連性について検討を行った。

まず第1章では、高水分含量の状態ながらも衛生的な条件を満たしうる堆肥化プロセスの確立を目的として、牛糞と各種有機廃棄物との混合堆肥化処理について検討を行った。その結果、水分が高くなるほど堆肥の温度上昇は抑制される一方で、ポリペプトンの添加は温度上昇を促進し、その効果は水分の高い堆肥原料において特に顕著となることを明らかとした。次に実際の有機廃棄物と牛糞との混合堆肥化試験を行った。高水分牛糞に対する豆腐粕、米ぬか、油かすおよび生ゴミの混合は、無添加の原料に比べ大幅に温度上昇を促進し、55℃ を超える高温を維持することで、大腸菌数を激減させることを明らかとした。この温度上昇は主として添加物中の易分解性有機物量に依存し、堆肥温度と易分解性有機物量の指標であるBOD(Biochemical Oxygen Demand)値の間には正の相関が認められた。また有機廃棄物を添加した堆肥原料のBOD値が166.202mg/g-dry matter以上の時、顕著な温度の上昇と大腸菌数の低減が認められ、家畜糞と有機廃棄物の混合堆肥化処理は有機資源の循環の上でも、また堆肥化プロセスの改善の意味でも有効な手段と考えられた。

第2章では有機廃棄物のうち、顕著な温度上昇効果を示した豆腐粕について、豆腐粕と牛糞の混合物の分解特性と、農業現場で一般的な堆積型堆肥化における豆腐粕混合の温度上昇効果について検証を行った。小型堆肥化リアクターを用い、乾物当たり0、6および11%の豆腐粕を牛糞に混合して堆肥化を行った結果、乾物当たり11%の豆腐粕の添加は無添加の堆肥と比較して最高温度には差が認められなかったものの、高温域に達するまでに要する時間を短縮し、55℃ 以上の高温持続時間を有意に延長させた。また豆腐粕の添加により堆肥原料中の易分解性有機物量が大幅に増加する一方で、12日間の堆肥化期間中にそれらの大部分は分解されることが明らかとなった。この豆腐粕の温度上昇効果はパイロット・スケールの堆積型堆肥化において更に顕著となり、堆積堆肥中のいずれの部位でも無添加区よりも高い最高温度、および約2倍の高温(>55℃)持続時間が認められた。豆腐粕添加は最高温度を上昇させるだけでなく、大腸菌の死滅に必要な高温持続時間を堆積物中の広範囲な部位で実現することが明らかとなった。

第3章では堆肥化ステージが異なる堆肥中に接種した大腸菌の再増殖を検討した。堆肥化開始後から0、7、13、22、41、190および360日目に採取した堆肥に、人為的に大腸菌を接種することでそれぞれの堆肥における大腸菌の増殖リスクを検討した。堆肥を50%に水分調整し、大腸菌を接種された後に30℃ の条件で5日間の培養を行った。その結果ほとんどの堆肥中で大腸菌は増殖し、特に高温期の(7日)、または高温期が終了した直後の堆肥サンプルにおいても最も高い増殖が認められた。しかしながら堆肥化開始後13日以上経過した堆肥サンプルと、190日以上経過した堆肥サンプルの間には有意な差は認められなかった。豆腐粕混合堆肥の経過日数13日目よりも前の堆肥では、同時期の無添加の牛糞堆肥と比較して高い大腸菌の増殖割合が認められた。よって豆腐粕の混合は易分解性有機物の増加により堆肥温度を大幅に上昇させ大腸菌の死滅を促進する一方で、堆肥化過程で分解が進行しなかった場合には、適当な水分や温度条件が与えられることで大腸菌が大幅に増殖する可能性があることが示された。しかしながら十分な堆肥化期間を経ることでその増殖は無添加の堆肥と同程度になることを明らかとした。

第4章では環境負荷物質として重要な臭気物質および糞便汚染指標微生物である大腸菌の消長を測定するとともに、処理過程における微生物群集の変遷を非培養的手法で解析した。豚糞尿の酸化還元電位(ORP)は連続通気にも拘わらず1日目に-350mV近くまで低下したことから、好気性菌群による活発な溶存酸素の消費が起こっていたと考えられた。このORPが低い環境ではBacilli、ClostridiaそしてBacteroidetesが優占となっており、特にBacilluspp.は2日目のクローンライブラリーで全クローンの65%を占めていた。このORPがs 低く、spp.が優占していた環境下では、臭気物質である低級脂肪酸およびアンモニア濃度Bacillusが低下するとともに大腸菌数が大幅に低下していた。低級脂肪酸が消失し、糞尿中の可溶性炭素成分の分解が鈍化した4日目前後を境にORP値は-250から-50mVの値を上下しつつ6日目に-7mVまで上昇した。このORP値の変動は可溶性炭素成分の消失に伴う好気的代謝活性の減退と、飢餓により生じた死菌を新たに基質として分解する際に要した酸素消費によるものと考えられた。糞尿中の有機成分の安定化とORP値の上昇に伴い、微生物群集はspp.からProteobacteriaを優占とする群集へと遷移していった。2つの未培養の菌種Bacillusを含むBacillus優占の群集は、豚糞尿の主要な臭気成分である低級脂肪酸の分解、アンモニアの有機化を進行させるとともに大腸菌数を大幅に低減させ、糞尿の有機物を分解することにより安定した有機肥料へと変換させていた。

本研究では、固形状の家畜排泄物を扱う堆肥化処理、および液状物を扱う液肥化処理の2つの処理形態における糞便汚染指標微生物の動態を把握するとともに、それらの制御について検討を行った。堆肥化過程においては、大腸菌が残存しやすい高水分材料に対する有機廃棄物の添加効果を明らかとするとともに、大腸菌の再増殖が起こりやすい堆肥の類型化を行った。また液肥化過程における物理化学的パラメータと微生物群集の同時解析により、微生物群集と液中環境の相互作用により劇的に変化していく生物的・非生物的要因が大腸菌の低減に影響を及ぼしている可能性を示した。本研究で明らかとなった知見は、より衛生的な家畜排泄物処理の確立に寄与すると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいものと認めた。

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