学位論文要旨



No 216970
著者(漢字) 北野,賀久
著者(英字)
著者(カナ) キタノ,ヨシヒサ
標題(和) 電子写真とオフセット印刷におけるグロス発現に関する比較研究
標題(洋)
報告番号 216970
報告番号 乙16970
学位授与日 2008.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16970号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 江前,敏晴
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 准教授 信田,聡
 全国官報販売共同組合 常務理事 木村,実
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言

近年電子写真技術の高画質化、用紙汎用性や生産性の向上などにより、印刷市場の中でオフセット印刷を代替するような電子写真デジタルプリンタが数多く商品化され、世界的に市場が拡大している。しかしオフセット印刷と電子写真では、印刷物の質感(印刷物を見たときに表面状態などから受ける印象)が大きく異なり、見慣れたオフセット印刷物に比べると電子写真の印刷物は違和感を与える。印刷物の質感はその光沢感(グロス)が大きく影響しているが、電子写真では用紙グロスに関わらず印刷物グロスの変化が小さいという問題があった。

本研究では、電子写真において、オフセット印刷と同様に、用紙グロスに伴い印刷物グロスが変化する技術を確立し、質感を向上させることを目的とした。そのために、オフセット印刷と電子写真のそれぞれについて、グロスを決定する主要因であるの印刷物表面形状の違いと印刷物表面形状プロセスの違いを定量的に明らかにした。

第2章 オフセット印刷と電子写真の印刷物表面形状

オフセット印刷と電子写真において各々の標準印刷方法を定め、グロスが異なる4種類のコート紙を用いて印刷物表面形状を解析した。印刷前の用紙表面形状と印刷後同じ位置での印刷物表面形状の類似性を検証し、オフセット印刷ではキャストコート紙以外は非常に相関が高いこと、電子写真では全ての用紙種でオフセット印刷に比べ用紙表面の影響が小さく、起伏が大きくグロスが低い用紙でさえも高い相関は得られないことがわかった。印刷前の用紙上に存在する様々な起伏が、印刷後にどの程度再現しているかを明確にするため、新たに印刷前後表面形状の伝達関数という特性値を考案した。この特性値を用いて2つの印刷方式を比較すると、低周波数域ではオフセット印刷は用紙表面形状の影響を大きく受けた印刷物表面形状であり電子写真は用紙表面形状に起因しないトナーにより形成された形状が主要因であること、高周波数域では用紙表面の細かい起伏がインキやトナーによりどの程度埋められるかに差があることを明らかにした。また電子写真ではトナー量を少なくすることで、用紙表面形状が印刷物表面形状に及ぼす影響が大きくなることが明らかになった。以上のように、オフセット印刷では用紙表面形状の影響を大きく受けた印刷物表面形状であり、電子写真では用紙表面形状に起因しないトナーにより形成された形状が印刷物表面形状の主要因であることが明らかになった。以上のことから、電子写真でオフセット印刷同様に用紙グロスに伴い印刷物グロスが変化するには、用紙表面形状の影響を受けた印刷物表面形状を形成することが有効な手段であると言える。

第3章 オフセット印刷の印刷物表面形状形成プロセス

用紙表面形状が印刷物表面形状形成に大きく影響を及ぼすことが予想されるマットコート紙を用いて、オフセット印刷での印刷物表面形状形成プロセスに関して検証した。ブランケットロールから用紙にインキが転移する様子を高速度カメラにて観察したところ、インキフィラメントを発生しながらインキ層が分裂していく様子が確認できた。さらにインキフィラメントは、ほぼ中央で破断し用紙とブランケットに転移する、または用紙上のインキが脱着しブランケット側に転移する、ことがわかった。インキ転移直後の印刷物表面状態の観察から、インキ転移の際のインキ破断に起因した乱れが発生していること、これら乱れはインキが用紙に転移した後10秒程度で低減し、印刷物表面は用紙表面より滑らかな形状に変化することが明らかになった。さらに転移後30秒以降においてミクロな観察を行うことで、時間とともに荒れた表面形状に変化していく様子が確認できた。このことからインキビヒクルが用紙内に浸透しインキ層が薄くなることで、用紙表面形状に倣った印刷物表面形状に変化していることが予想できた。またインキ転移直後のインキ量分布と用紙表面形状の関係を比較した結果、転移直後は用紙表面形状に関係なく分布していたインキが、時間経過とともに用紙表面形状に倣った分布に変化することを明らかにした。このことからインキが用紙表面形状に沿って流動することで、インキ量に分布が生じたことが予想できた。これらインキビヒクルの浸透と流動による印刷物表面形状の変化は、スプリットパターンの消失程度によるインキ表面形状の粗さが印刷物表面形状を決定する主要因であった平滑度の高いコート紙とは異なる特徴であり、本研究で新たに得た知見である。以上ようにオフセット印刷での印刷物表面形状形成プロセスとして、インキが用紙に転移した直後、インキが転移する際に発生したインキフィラメントの破断により生じた乱れがレベリングすること、および用紙表面形状に沿ってインキが流動することで、用紙表面形状より滑らかな印刷物表面形状が形成されること、その後インキビヒクルが用紙に浸透しインキ皮膜が薄くなることで、用紙の起伏やコート層表面の顔料形状が明確になり、用紙表面形状と相関が高い印刷物表面形状が形成されることを明らかにした。

第4章 電子写真の印刷物表面形状形成プロセス

オフセット印刷での検証同様にマットコート紙を用いて、電子写真での印刷物表面形状形成プロセスを検証した。定着工程の主要なパラメータであるローラ間荷重、定着温度、定着速度を変化させて、印刷物表面形状の変化を印刷前後の相関係数と印刷前後表面形状伝達関数の変化を確認した。その結果これら全ての因子において、与える定着エネルギーを小さくすることが、印刷物表面形状が用紙表面形状に倣う方向であることが明らかになった。従来著者は、与える定着エネルギーを小さくすることで、トナーの変形量が減少し印刷物表面にトナー形状が残存したことで荒れた表面になりグロスが低下すると定性的に考えていたが、本実験で使用したトナー/定着装置構成では用紙表面形状に倣った印刷物表面形状になっていることがグロス低下に影響していることが定量的に明らかになった。また定着前後の印刷物表面形状に比べ、トナーが用紙に転移し静電気力で保持されている未定着像の表面形状の方が、用紙表面に存在した特徴的な起伏に対応する周波数が維持できていることが明らかになった。一方オフセット印刷の印刷物表面形状形成に大きな影響を与えていた用紙の吸液力は、本章で検証した定着装置の構成と用紙の吸液力を変化させた範囲では、印刷物表面形状形成与える影響は小さいことが明らかになった。以上のように電子写真での印刷物表面形状形成プロセスとして、トナー像が静電気力により用紙に転移した際は用紙表面に存在する起伏の周波数をある程度再現できていること、その後圧力と熱が加わりトナーの一部が空隙に圧入されかつ横方向に広がることで用紙表面形状に起因しないトナーにより形成された表面に変化し、用紙表面形状に比べて滑らかでグロスが高い表面形状が形成されることを明らかにした。

第5章 電子写真における用紙表面形状に倣うためのプロセス検討

オフセット印刷と電子写真でのマットコート紙を用いた印刷物表面形状形成プロセスから、電子写真の印刷物表面形状が用紙表面形状に倣うために必要なプロセスを立案し、これらを模擬的にプロセスに組み入れるとともに、グロスが異なる4種類のコート紙を用いて妥当性を検証した。用紙グロスと印刷物グロスの関係から、本手法によりオフセット印刷と同等の傾きが得られること、ただし全体的にグロスが高い方向にシフトすることがわかった。また相関係数と印刷前後表面形状伝達関数の比較により、本手法によりマットコート紙では印刷物表面形状が用紙表面形状に近づくこと、グロスコート/キャストコートでは低周波数域は用紙表面形状に近づくが高周波数域では用紙表面形状に比べて滑らかな印刷物表面形状になることが明らかになった。これらの結果から、用紙上の起伏が大きい場合は本手法が有効であるが、起伏が小さい場合は変化が不十分であったと言える。ただしこれらの結果は、トナー特性(粘弾性など)や定着手段の構成により変化することが予想される。また異なる2種類の定着方法を用いて用紙グロスと印刷物グロスの関係を検証したところ、これら定着方法で用紙表面形状に倣う印刷物表面形状を得るには、トナーによる形状の影響を抑制するプロセスと用紙表面形状の影響を受けてトナーが動くプロセスが必要であることがわかった。これらプロセスは本章で検討し新たに加えた手法に含まれていることから、本手法の方向は妥当であることが確認できた。以上のように、電子写真の印刷物表面形状が用紙表面形状に倣うために新たに検討したプロセスは、振幅が大きい起伏に対して狙い通りの変化が生じることが確認できた。一方振幅が小さい起伏に対して変化が不十分であったが、技術の方向性は妥当であることが確認でき、これらを改善する課題として、トナーの小粒径/少量化が必要であることが明確になった。

第6章 総括

以上、今後大幅な市場拡大が予想されるオフセット印刷市場にむけた電子写真デジタルカラープリンタに関する技術において、印刷物の質感に大きく影響するグロス発現に着目した研究を行った。その中でオフセット印刷と電子写真の印刷物表面形状の違い、オフセット印刷と電子写真での印刷物表面形状形成プロセスを明確にした。さらにこれら2つの印刷物表面形状形成プロセスを比較することで、電子写真方式においてオフセット印刷と同様に用紙グロスに伴い印刷物グロスが変化する技術を検討し、技術の方向性と今後の課題を明確にした。

審査要旨 要旨を表示する

電子写真方式の印刷は一般のコピー機器やレーザープリンタとして社会に広く普及している。また、版の作製が不要(オンデマンド)で、情報内容を一部一部替えることができる(バリアブル印刷)という特徴を持つために、少部数の商業印刷分野でも使用が増えつつある。その中で、印刷部分の光沢が、一般のオフセット印刷物に比べて高く出すぎる傾向があり、そのために印刷物に違和感を覚えることが多く、電子写真方式印刷の難問の1つとなっていた。この問題に取り組み、従来からの技術的課題を克服することに本研究の目的を置いている。この目的のもとに、印刷光沢発現において電子写真方式とオフセット方式の印刷過程で起きる現象の比較を行い、従来の問題点の克服と同時に、電子写真方式で印刷光沢を制御できるような技術へと発展させた本研究に対し、審査員の高い評価が得られた。

第二章では、印刷前の用紙表面形状と印刷後同じ位置での印刷物表面形状の測定方法、およびそれらの類似性を評価する新たな特性値を考案し、オフセット印刷と電子写真の印刷物表面形状の違いを検証した。伝達関数で係数の20がなぜ必要なのかという質問があったが、規格の上での定義として正しいとしても意味を調査することが課題として残された。

第三章では、マットコート紙を用いて、オフセット印刷での印刷物表面形状形成プロセスに関して検証し、インキが用紙に転移する際に発生したインキフィラメントがレベリングすること、用紙表面形状に沿ってインキが流動すること、インキビヒクルが用紙に浸透しコート層表面の顔料形状が明確になり、用紙表面形状と相関が高い印刷物表面形状が形成されることを明らかにした。印刷面が紙の形状に倣う必要性があるのかどうかの質問には、倣う必要性はないが紙表面の粗さに対応した印刷物表面形状を実現する最も現実的な方法であると説明した。インキが印刷後に流動するという考え方は本当に正しいのか、という点が審査の焦点となった。インキは紙と接触後に急速に液相成分が失われるため高粘度化するにも拘らず流動するのか、という質問には、重力により凹部に流れ込むという意味での流動ではなく、表面張力のために表面積を小さくする方向に動くという現象を流動と表現した。表面の平滑なグロスコート紙は印刷直後に表面の光沢が上昇し続けるのに対し、マットコート紙では低下する理由は、紙表面の起伏が印刷面に現れたことを意味し、インキの流動以外では説明できないとの考えを示した。それが証明できるような実験を今後期待したい、との意見が審査員から出された。明度分布を調べたときの分布の広さの違いをインキ流動の理由としているが、分布の広がりの差はわずかではないか、との質問があった。有意な差と考えているとの説明であったが、画素の輝度分布だけでは不十分で、濃淡の勾配を表現するよう示し方をすれば差が顕著になると考えられ、一部計算の追加が望まれる。

第四章では、電子写真での印刷物表面形状形成プロセスに関して、マットコート紙を用いて検証した。トナーに与える定着エネルギーが小さいほど用紙表面形状に近く、トナー像が静電気力により用紙に転移した際は用紙表面に存在する起伏の周波数をある程度再現していること、その後圧力と熱が加わり用紙表面の空隙に圧入されかつ横方向に広がることで滑らかでグロスが高い印刷物表面形状が形成されることを明らかにした。グロスが人の目による印刷物の質感を表現していることになるのかという質問が出たが、質感の数値化は非常に難しく、グロスは測定の容易な光学物性値であり、質感との対応が非常によいことがわかっているという、調査結果を基にした解釈を示した。

第五章では、オフセット印刷と電子写真での印刷物表面形状形成プロセスの差から、電子写真の印刷物表面形状が用紙表面形状に倣うために、与える定着エネルギーを低減しつつ用紙上でトナーの溶融状態を保持する手段の必要性を見出した。本手法によりオフセット印刷と同等の印刷光沢発現が得られることがわかった。振幅が小さい起伏の場合は印刷物表面形状の変化が不十分で、トナーの小粒径/少量化を提案した。トナー粒子径についての考察がそれまでの実験の流れとどう関連するのかを十分説明していないとの指摘があり、関連性についてもう少し具体的な記述を追加する必要性がある。

以上、今後大幅な市場拡大が予想されるオフセット印刷市場にむけたデジタルカラープリンタに関する技術において、オフセット印刷と同様に用紙グロスに伴い印刷物グロスが変化する技術を検討した一連の結果及び考察は、学位を授与するに値するものと審査員全員が評価した。

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