学位論文要旨



No 216971
著者(漢字) 畑中,晃昌
著者(英字)
著者(カナ) ハタナカ,アキマサ
標題(和) 魚類寄生虫Neobenedenia girellae幼生およびCryptocaryon irritansの繊毛不動化・凝集抗原に関する研究
標題(洋)
報告番号 216971
報告番号 乙16971
学位授与日 2008.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16971号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 鈴木,譲
 東京大学 教授 小川,和夫
 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 落合,芳博
内容要旨 要旨を表示する

近年の水産養殖業の拡大とともに、魚類寄生虫による感染症は大きな被害をもたらすようになってきた。これまで、養殖魚の治療は化学物質を用いたものが中心であったが、魚体および環境水への残留や、薬剤耐性虫の出現等の問題から、安全性の高い抗寄生虫ワクチンの開発が急がれている。養殖魚に感染する寄生虫の中でも、ハダムシNeobenedenia girellaeおよび海産白点虫Cryptocaryon irritansは宿主魚への特異性が低く、これまでヒラメ、ブリおよびトラフグなどの産業的に価値の高い養殖魚種への寄生が確認されている。しかしながら、これら寄生虫に関する生化学的研究、宿主魚と寄生虫の関係における免疫学的研究は十分には行われていない。魚類寄生虫ワクチンに関する研究はこれまで、淡水白点虫Icthyophthirius multifiliisで不動化・凝集抗原(immobilization antigen: i-antigen)を中心に行われてきた。ナマズ類を用いた試験では、i-antigenは腹腔内への接種により抗体(immunoglobulin M: IgM)の産生を誘導し、その血清はin vitroにおいて淡水白点虫を不動化・凝集させること、i-antigenの接種は攻撃試験においてナマズ類の生残率を向上させること、などが明らかになっている。

以上のような背景の下、本研究ではハダムシおよび海産白点虫の不動化・凝集抗原を同定すること、さらにはこれら抗原の接種に伴う魚体の免疫学的性状の変化を明らかにすることを目的とした。得られた成果の概要は以下の通りである。

1. ハダムシの不動化・凝集抗原の同定

ハダムシ幼生(オンコミラシジウム:oncomiracidium)を超音波破砕し調製した抗原を用いて作製したウサギ抗血清は、in vitroでハダムシ幼生を不動化・凝集したことから、ハダムシが不動化・凝集抗原を発現していることが明らかになった。そこで次に、このウサギ抗血清を用いて免疫組織染色を行ったところ、ハダムシ幼生の繊毛が強く染色された。また、あらかじめ過剰な繊毛タンパク質を用いてウサギ抗血清を吸収した場合には、ハダムシに対する不動化・凝集能が著しく低下したことから、ハダムシ幼生の繊毛抗原が不動化・凝集抗原であることが示唆された。

さらに、ハダムシ幼生から調製した繊毛抗原をヒラメ腹腔内へ接種したところ、ウサギの場合と同様にその血清はハダムシ幼生に対して不動化・凝集能を示し、ハダムシ幼生の繊毛抗原が不動化・凝集抗原であることを支持した。さらに、ヒラメ血清IgMを各種クロマトグラフィーを用いて精製し、ウサギ抗ヒラメIgM血清を作製してヒラメ抗血清のハダムシ幼生繊毛に対する抗体価を酵素免疫定量法(ELISA)で調べたところ、不動化・凝集能と高い相関を示した。また、ヒラメ血清の抗体価の上昇は3ヶ月以上持続することが明らかになった。一方、ヒラメ体表粘液のELISA抗体価は、ハダムシ幼生繊毛抗原の腹腔内への接種後、有意に上昇したものの(P<0.05)、血清のELISA抗体価との相関はほとんどみられず、体表粘液によるハダムシ幼生への不動化・凝集能もみられなかった。

次に、ヒラメ腹腔内にハダムシ幼生繊毛抗原を接種しハダムシ幼生を用いて攻撃試験を行ったところ、ハダムシ幼生繊毛接種区および対照のウシ血清アルブミン接種区間で、ハダムシの寄生数に差はみられなかった。これは、ヒラメ体表粘液中に不動化・凝集能を示す抗体を産生することができなかったことが原因と考えられた。なお、繊毛から細胞膜タンパク質を調製し、ウサギおよびヒラメ抗血清を用いて行ったイムノブロット解析により、ハダムシの不動化・凝集抗原は繊毛の細胞膜表面に存在する8 kDaの糖タンパク質であることが示された。

2. ハダムシに対して不動化・凝集能を示す血清レクチンの生化学的性状

ホシガレイのハダムシへの感受性は同じく異体類のヒラメのそれと比較して低いことが我々の両魚種の飼育経験上、知られていた。そこで本研究において、ハダムシ幼生を用いて両魚種に対して攻撃試験を行った。その結果、ホシガレイ体表へのハダムシの寄生数の体表単位面積あたりの平均値±標準誤差は1.4±0.6個体/cm2と、ヒラメへの6.8±2.5個体/cm2に比べて有意に低かった(P<0.01)。そこで、両魚種から血清を調製してハダムシ幼生に対する不動化・凝集能の測定を行ったところ、ホシガレイの血清中においてハダムシ幼生に対し強く反応する成分の存在が明らかになった。一方、ヒラメの血清には不動化・凝集能はみられなかった。ホシガレイ血清のハダムシ幼生に対する不動化・凝集能は、終濃度2 mMのD-グルコース、D-ガラクトースもしくはmyo-イノシトールの添加により阻害された。

そこで、D-グルコース・アガロースカラムを用いるアフィニティー・クロマトグラフィーにより上記の成分の精製を行い、ホシガレイ血清中に高濃度(約2 mg/mL)で含まれ、非還元条件下のSDS-PAGEで33 kDaおよび30 kDaの易動度を示す2種類のレクチン(Verasper variegatus lectin: VVL)を得た。精製VVLがin vitroでハダムシ幼生を不動化・凝集した一方、D-グルコース・アガロースカラムの素通り画分には不動化・凝集能はみられず、したがってVVLがハダムシ幼生の不動化・凝集能を示す成分であることが明らかになった。生化学的な解析から、これら2種類のレクチン間においてN型糖鎖の付加の有無の差しかないこと、還元条件下の等電点電気泳動でpI 4.6および4.8を示す15 kDaのサブユニットがジスルフィド結合したヘテロダイマーであること、などが示された。また、各種単糖を用いたウサギ赤血球凝集阻害試験によって、これら2種類のレクチンはいずれもD-マンノース、N-アセチル-D-グルコサミンおよびD-グルコースに特異性を示すことが明らかになった。

VVLのN末端アミノ酸配列から設計した縮重プライマーを用いて、rapid amplification of cDNA ends(RACE)法でVVLサブユニット遺伝子の単離を行ったところ、いずれも163アミノ酸残基からなるサブユニット・アイソフォームをコードする4種類のcDNAが得られた。ペプチド・マス・フィンガープリンティング法を用いて精製した2種類のVVLサブユニット分子種の同定を行ったところ、両VVLとも一つのサブユニットはD-マンノースおよびD-グルコースの誘導体に特異性を示すレクチンに特異的なGlu-Pro-Asn配列を有することが示された。しかしながら、もう一つのサブユニットについてはペプチド・マス・フィンガープリンティングで十分な情報を得ることができなかった。2種類の精製VVLを蛍光標識して組織染色したところ、ハダムシ幼生の繊毛を認識することが示された。さらに、VVLを用いたレクチンブロット解析により、前節で述べたハダムシ幼生繊毛の細胞膜表面に存在する8 kDaの不動化・凝集抗原を認識していることが明らかになった。

3. 海産白点虫の不動化・凝集抗原の同定

海産白点虫の感染期の仔虫(セロント:theront)からタンパク質を調製して作製したウサギおよびトラフグ抗血清はin vitroで海産白点虫を不動化・凝集した。そこで、トラフグの血清IgMを精製し、ウサギ抗トラフグIgM血清を作製することでトラフグ血清の海産白点虫セロントに対するELISA抗体価を調べたところ、トラフグ免疫後2-6週目に最大値を示した。また、トラフグ血清のELISA抗体価および不動化・凝集能には相関がみられた。

海産白点虫セロントから細胞膜タンパク質を調製し、非還元条件下で電気泳動を行いウサギおよびトラフグ抗血清を用いてイムノブロット解析したところ、海産白点虫セロントの不動化・凝集抗原は虫体表面に存在する32 kDaタンパク質(CISA-32)であることが示された。一方、還元条件下で電気泳動を行いイムノブロット解析を行ったところ、トラフグ抗血清にCISA-32は認識されず、CISA-32の抗原性にはジスルフィド架橋による立体構造が重要であることが示唆された。また、各種クロマトグラフィーを用いてCISA-32を精製してマウス抗血清を作製したところ、免疫組織染色からCISA-32抗原は海産白点虫の繊毛表面に主に発現していることが示された。

さらに、CISA-32のN末端アミノ酸配列から設計した縮重プライマーを用いて、RACE法でCISA-32遺伝子の単離を行い、328アミノ酸残基をコードする1,147 bpのcDNAを得ることができた。同時に海産白点虫から部分領域をPCR増幅したelongation factor-1α(EF-1α) cDNAの塩基配列およびその演繹アミノ酸配列の解析結果を併せると、海産白点虫ではTetrahymena属およびParamecium属などの繊毛虫と同様にTAAおよびTAGは終止コドンではなく、グルタミンをコードすることが示唆された。また、CISA-32 cDNAの演繹アミノ酸配列にはNおよびC末端に疎水性の高い領域がみられ、その特徴からCISA-32はglycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカータンパク質である可能性が考えられた。しかしながら、公開されているデータベースに、機能が明らかになっているタンパク質をコードする相同遺伝子が存在しなかったことから、海産白点虫におけるCISA-32の機能および役割を推測するには至らなかった。さらに、イムノブロットおよびRT-PCRを用いた解析により、CISA-32抗原が海産白点虫の寄生体(トロホント:trophont)においても虫体表面に発現していることが示された。

以上、本研究において、8 kDaのハダムシ繊毛タンパク質が不動化・凝集抗原であることを明らかにした。次に、ホシガレイのハダムシへの感受性は同じく異体類のヒラメのそれと比較して低く、その原因がホシガレイノ血清中のレクチンによる可能性を示した。さらに、海産白点虫の不動化・凝集抗原は主に繊毛表面に存在する32 kDaのタンパク質であることを明らかにした。これらの成果は魚類寄生虫の感染防除に基礎的な知見を与えるもので、魚類増養殖に資するところが大きい。

審査要旨 要旨を表示する

近年の水産養殖業の拡大とともに、魚類寄生虫による感染症は大きな被害をもたらすようになってきた。養殖魚に感染する寄生虫の中でも、ハダムシNeobenedenia girellaeおよび海産白点虫Cryptocaryon irritansは宿主魚への特異性が低く、これまでヒラメ、ブリおよびトラフグなどの産業的に価値の高い養殖魚種への寄生が確認されている。しかしながら、これら寄生虫に関する生化学的研究、宿主魚と寄生虫の関係における免疫学的研究は十分には行われていない。本研究ではハダムシおよび海産白点虫の不動化・凝集抗原を同定すること、さらにはこれら抗原の接種に伴う魚体の免疫学的性状の変化を明らかにすることを目的とした。

まず、ハダムシ幼生(オンコミラシジウム:oncomiracidium)を超音波破砕し調製した抗原を用いて作製したウサギ抗血清は、in vitroでハダムシ幼生を不動化・凝集した。そこで、この抗血清を用いて免疫組織染色を行ったところ、ハダムシ幼生の繊毛が強く染色された。また、あらかじめ過剰な繊毛タンパク質を用いてウサギ抗血清を吸収した場合には、ハダムシに対する不動化・凝集能が著しく低下した。さらに、ハダムシ幼生から調製した繊毛抗原をヒラメ腹腔内へ接種したところ、ウサギの場合と同様にその血清はハダムシ幼生に対して不動化・凝集能を示した。一方、ヒラメ体表粘液によるハダムシ幼生への不動化・凝集能もみられなかった。次に、ヒラメ腹腔内にハダムシ幼生繊毛抗原を接種しハダムシ幼生を用いて攻撃試験を行ったところ、ハダムシ幼生繊毛接種区および対照のウシ血清アルブミン接種区間で、ハダムシの寄生数に差はみられなかった。なお、イムノブロット解析により、ハダムシの不動化・凝集抗原は繊毛の細胞膜表面に存在する8 kDaの糖タンパク質であることが示された。

ホシガレイのハダムシへの感受性はヒラメのそれと比較して低いことが経験上、知られていた。そこでハダムシ幼生を用いて両魚種に対して攻撃試験を行った。その結果、ホシガレイ体表へのハダムシの寄生数の体表単位面積あたりの平均値±標準誤差は1.4±0.6個体/cm2と、ヒラメへの6.8±2.5個体/cm2に比べて有意に低かった(P<0.01)。また、ホシガレイにのみ血清中においてハダムシ幼生に対し強く反応し、その不動化・凝集能は、終濃度2 mMのD-グルコース、D-ガラクトース、myo-イノシトールの添加により阻害された。そこで、D-グルコース・アガロースカラムを用いて本成分の精製を行い、非還元条件下のSDS-PAGEで33 kDaおよび30 kDaの易動度を示す2種類のレクチン(Verasper variegatus lectin: VVL)を得た。これら2種類のレクチン間にではN型糖鎖の付加の有無の差しかなく、還元条件下の等電点電気泳動でpI 4.6および4.8を示す15 kDaのサブユニットはジスルフィド結合したヘテロダイマーであった。また、これら2種類のレクチンはいずれもD-マンノース、N-アセチル-D-グルコサミンおよびD-グルコースに特異性を示した。RACE法でVVLサブユニット遺伝子の単離を行ったところ、いずれも163アミノ酸残基からなるサブユニット・アイソフォームをコードする4種類のcDNAが得られた。ペプチド・マス・フィンガープリンティングで両VVLとも一つのサブユニットはD-マンノースおよびD-グルコースの誘導体に特異性を示すレクチンに特異的なGlu-Pro-Asn配列を有していることが示された。2種類の精製VVLを蛍光標識して組織染色したところ、ハダムシ幼生の繊毛を認識した。さらに、VVLを用いたレクチンブロット解析により8 kDaの不動化・凝集抗原を認識していることが明らかになった。

次に、海産白点虫の感染期の仔虫(セロント:theront)からタンパク質を調製して作製したウサギおよびトラフグ抗血清はin vitroで海産白点虫を不動化・凝集した。そこで、海産白点虫セロントから細胞膜タンパク質を調製し、イムノブロット解析したところ、海産白点虫セロントの不動化・凝集抗原は虫体表面に存在する32 kDaタンパク質(CISA-32)であることが示された。また、免疫組織染色からCISA-32抗原は海産白点虫の繊毛表面に主に発現していることが示された。さらに、RACE法でCISA-32遺伝子を単離し、328アミノ酸残基をコードする1,147 bpのcDNAを得た。海産白点虫ではTetrahymena属およびParamecium属などの繊毛虫と同様にTAAおよびTAGは終止コドンではなく、グルタミンをコードすることが示唆された。また、CISA-32 cDNAの演繹アミノ酸配列にはNおよびC末端に疎水性の高い領域がみられ、その特徴からCISA-32はGPIアンカータンパク質である可能性が考えられた。さらに、イムノブロットおよびRT-PCRを用いた解析により、CISA-32抗原が海産白点虫の寄生体(トロホント:trophont)においても虫体表面に発現していることが示された。

以上、本研究は、8 kDaのハダムシ繊毛タンパク質が不動化・凝集抗原であることを明らかにした。次に、ホシガレイのハダムシへの感受性はヒラメのそれと比較して低く、その原因がホシガレイノ血清中のレクチンによる可能性を示した。さらに、海産白点虫の不動化・凝集抗原は主に繊毛表面に存在する32 kDaのタンパク質であることを明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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