学位論文要旨



No 216973
著者(漢字) 須藤,美音
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,ミネ
標題(和) 時間的・空間的不均一性を配慮したパーソナル空調システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216973
報告番号 乙16973
学位授与日 2008.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16973号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 客員准教授 前,真之
 東洋大学 教授 高草木,明
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、人間の持つ「時間的」・「空間的」に一定ではない熱・気流に対する要求を明らかにし、空調制御に生かすことにより快適性・省エネルギー性の両面を達成したパーソナル空調システムの開発が目的である。

従来のオフィス空調下では、事務の女性は毛布をかけて仕事をしている一方で、外から帰ってきた営業マンは汗を流しているという光景がしばしばみられていた。これは、従来のオフィス空調が室内均一な環境形成を目指したものであるため、性別・年齢・職種などの異なる人々に対し同一の熱環境を提供していたために生じた問題である。さらに、OA機器の大量導入によりオフィスの中で大きな熱負荷が偏在するようになったことや、ローパーティションを使用することによって、従来の天井吹出しでは室内気流分布に障害が発生しはじめ、空間的に均一な環境を形成すること自体が困難になっている。また、農業社会・工業社会・知識社会とパラダイムシフトするに従い、「ヒューマニゼーション」や「パーソナリゼーション」等の観点が配慮された空間作りが要求されるようになった。

一方、1990年代に入り地球温暖化問題が深刻化されるようになった。1997年に京都で行われたCOP3では、各国温室効果ガスの具体的な削減目標が課せられた。これを受けて、オフィスでは夏季の室内冷房温度を28℃と設定し、軽装とする企業が増えており、省エネルギーの意識が強まっている。

このようなオフィス環境・オフィス利用者の変化や省エネルギーの必要性を背景に、空調制御ゾーンの細分化や空調機器の個別分散化が進むようになり、パーソナル空調が注目されるようになった。タスク・アンビエントの概念に基づくパーソナル空調のコンセプトは無理に室内の温熱環境を均一にするのではなく、むしろ局所不均一を積極的に利用することである。人が主として通過することに使われるアンビエント域をラフに制御し、人の滞在時間の長いタスク域をシビアに制御する。また、空調が必要な時に使用できるということも大きな特徴である。つまり、「必要な時に、必要な場所へ」という「時間的」・「空間的」に不均一な熱に対する要求に対応可能な空調システムである。この「時間的」・「空間的」な制御のメリットは快適性の向上のみならず、必要最小限のエネルギーで快適を達成することができるということから、省エネルギーにもつながりえるものである。

しかしながら、既存のパーソナル空調では、高いコスト(イニシャルコスト等)の割に、パーソナル空調の「時間的」・「空間的」不均一な空調制御という特性が生かされていないため、快適性・省エネルギー性が高いとはいえない。そのため、日本では普及に至っていてないのが現状である。

本研究では、被験者実験を中心として人間の持つ「時間的」・「空間的」に一定ではない熱・気流に対する要求を明らかにし、空調制御に生かすことにより快適性・省エネルギー性の両面を達成したパーソナル空調システムの検討を目的としている。以下、本論文の構成及び各章の結論を示す。

第1章では、序論として、パーソナル空調が注目されるようになった背景を論説した。また、パーソナル空調をはじめ、関連する既往の研究をレビューした。既往のパーソナル空調の研究は既存のパーソナル空調の性能評価に留まるものが多く、パーソナル空調の形状・制御法等の概念を再構築する研究の必要性について論説した。

第2章では、本研究の基本となる温熱環境における人間の生理・心理について概説した。特に、生体リズム、年齢、性等については、体温に多少なりとも変動を与える要素であり、少なからず本研究の実験結果に影響している可能性があるので詳しく解説した。また、被験者実験で必要な温熱環境の快適性評価法について概説し、本研究の被験者実験の参考とした。

第3章では、流体数値シミュレーション手法に関して概説した。流体の数値シミュレーション手法において、流体力学の基礎式であるNavier-Stokes方程式と連続式を始め、乱流現象を数学的にモデル化したRANS(Reynolds Average Navier-Stokes)モデル等流体の数値シミュレーションの基礎となる式をまとめた。また、放射熱伝達の数値シミュレーション手法の紹介として、放射熱伝達解析の基礎、モンテカルロ法による形態係数の算出方法を概説した。最後に、パーソナル空調の換気効率について評価を行うために用いた、空気齢等の指標について解説した。

第4章ではパーソナル空調の有用性・本研究の意義を確認することを目的として、パーソナル空調を導入するオフィスを実測し、被験者にアンケートを行った。この結果、パーソナル空調のある環境・ない環境を比較した場合、パーソナル空調がある環境の方が満足感が得られていることが明らかになった。ただ、アンケート結果からパーソナル空調に対し不満がないとはいいきれない結果であり、運用方法、制御方法等さらなる検討が必要であることが示唆された。このことからパーソナル空調自体の有用性の確認、そして今後パーソナル空調システムに関するさらなる研究を行う必要性について確認された。

第5章では、パーソナル空調が有用であると確認されたにもかかわらず日本では普及に至っていない原因を明らかにするため、ヒアリング及び被験者実験を行った。

ヒアリングは、従来型パーソナル空調を導入するオフィスにて事業者・建物管理者及びパーソナル空調使用者に対して行った。その結果、事業者・建物管理者側が感じるパーソナル空調の問題点として、イニシャルコスト・ランニングコスト・メンテナンスコストが高いことや、オフィスのレイアウト変更に対応しにくい等があげられた。また、パーソナル空調使用者側が感じる問題点として、吹出し口と人体の距離が近くドラフト感を覚えやすいこと、コントロールできる条件が限られていること等があげられた。

被験者実験は、被験者30人にパーソナル空調を自由に使用させ、その状況をモニターにより観察するとともに、実験後アンケートを実施した。モニターによる観察ではパーソナル空調の風向・風速・温度等のコントロール回数や使用者の好む設定条件を分析した。また、アンケート結果からはパーソナル空調を使用することにより、温冷感は熱的にはおおよそ「中立」と感じているが、女性の場合は快適性が低いという傾向があった。このような温熱快適性以外に不快をもたらす原因としては、特に目の乾燥や前面からの気流に対する不快感などがあげられた。さらに、作業中にパーソナル空調のコントロールが疎かになることがわかり、省エネルギー性が満たされない原因も指摘された。

第6章・第7章では人間の「空間的」・「時間的」に不均一な熱に対する要求を明らかにすることを目的とした実験を行った。

第6章では、パーソナル空調により形成された不均一な温熱環境における人間の生理・心理を明らかにするために被験者実験を行った。その結果、パーソナル空調を上向き吹出しとした時、被験者の頭部の皮膚温・温冷感は大きく低下し、それに伴い全身温冷感も大きく低下する傾向があった。また、パーソナル空調を下向き吹出しとした時、手の皮膚温は大きく低下するものの、手の温冷感はあまり低下しないのとともに全身温冷感もあまり低下しない傾向が見られた。この実験結果に基づき、重回帰分析により各部位温冷感を説明変数とした全身温冷感の予測式の検討を行った。その結果、頭部の温冷感が全身温冷感の大部分を説明することが明らかになった。このことから、上向き吹出しとして、頭部中心に冷却することにより効率よく全身温冷感が低下する可能性を示唆する結果となった。

また、CFD解析により、パーソナル空調使用時の人体周辺で形成される極めて不均一な温熱環境について把握した。

第7章では、人間の活動変化に伴い時間変動する快適性の影響およびパーソナル空調による熱的不快感の緩和効果について検討を行った。

はじめに、オフィスで勤務者の活動状態を明らかにするために実測を行った。この結果、オフィス勤務者は室内の滞在時間が大部分を占め、温熱環境の大きな変化に曝されることはあまり多くないことが明らかになった。また、オフィスの中では代謝量の大小様々な活動を行っていることが明らかになった。これよりオフィスで温熱快適性に影響を与える要因は物理環境の変化よりも活動変化の影響が大きい可能性が示唆された。この結果を受けて、環境実験室による基礎実験を行った結果、大小様々な活動変化(代謝量の変化)により人間の生理的に・心理的に変化をすることが明らかになった。

さらに、活動変化に伴い生じた熱的不快感の緩和効果を検討するために、パーソナル空調を用いた被験者実験を行った。この結果、0.9m/s歩行後にパーソナル空調を使用することにより男性は5分、女性は3分で熱的不快感(温冷感0)が緩和した。1.8m/s歩行後は、男女ともに約10分で熱的不快感が緩和(温冷感0)した(アンビエント域:室温28℃、相対湿度50%RH。パーソナル空調:吹出し温度26℃、相対湿度40%)。また、熱的不快感緩和後2,3分で快適感が最大になるが、その後は低下し実験終了時は不快に達する傾向があった。この原因は目の乾燥の影響や寒さによる不快感であることが明らかになった。

第8章では第5~7章の実験結果を踏まえて、「時間的」・「空間的」不均一性を配慮したパーソナル空調システムの概要及び制御法について提案した。

第9章では本研究の全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「時間的・空間的不均一性を配慮したパーソナル空調システムに関する研究」と題し、人間の持つ「時間的」・「空間的」に一定ではない熱・気流に対する要求を明らかにし、空調制御に生かすことにより快適性・省エネルギー性の両面を達成したオフィスなどの執務空間でのパーソナル空調システムを検討し、これを新たに提案している。個人を対象としたパーソナル空調システムの研究は、本研究が初めてではないが、人間の持つ「時間的」・「空間的」に一定ではない熱・気流に対する要求を明らかにし、これをシステムに反映した点で従来にないオリジナルな成果が得られている。

まず、第1章では、序論として、パーソナル空調が注目されるようになった背景を論説している。また、パーソナル空調をはじめ、関連する既往の研究をレビューし、実用性の高いパーソナル空調システムには、『時間的』・『空間的』不均一性の概念を空調制御に活用する必要があることを述べている。第2章では、本論文の基本となる温熱環境における人間の生理・心理について概説している。第3章では、流体数値シミュレーション手法に関して概説している。第4章では、パーソナル空調を導入するオフィスを実測し、パーソナル空調の有効性を検討している。第5章では、パーソナル空調が有用であるにもかかわらず、日本で普及に至っていない原因を明らかにするため、ヒアリング及び被験者実験を行っている。その結果、事業者・建物管理者側のパーソナル空調の問題点として、コストが高いことや、オフィスのレイアウト変更に対応しにくい点など、また使用者側の問題点として、吹出し口と人体の距離が近くドラフト感を覚えやすいこと、コントロールの制約などがあげられている。被験者実験は、被験者30人にパーソナル空調を自由に使用させ、その状況をモニターにより観察するとともに、実験後アンケートを実施している。モニターによる観察では、使用者の好む設定条件を分析している。また、温冷感は男女ともに熱的にはおおよそ満足しているが、快適性は女性の場合に高くないことを認めており、その原因としては、特に目の乾燥や前面からの気流に対する不快感などを指摘している。さらに、執務中は、パーソナル空調のコントロールが疎かになり、冷やし過ぎなど、省エネルギー性が満たされないことも指摘している。第6章では、パーソナル空調により形成された不均一な温熱環境における人間の生理・心理を明らかにするために被験者実験を行っている。この結果、上向き吹出しとして、頭部中心に冷却することにより効率よく全身温冷感が低下する可能性を示唆する結果となっている。また、CFD解析により、パーソナル空調使用時の人体周辺で形成される極めて不均一な温熱環境について把握し、気流設計に生かす方法に関して検討している。第7章では、人間の活動変化に伴い時間変動する快適性の影響及びパーソナル空調による熱的不快感の緩和効果について検討を行っている。オフィスの実測から温熱快適性に影響を与える要因は物理環境の変化よりも活動変化の影響が大きい可能性を指摘し、これを受けた環境実験室による基礎実験により、大小様々な活動変化(代謝量の変化)が人の生理、心理に与える影響を明らかにしている。さらに、活動変化に伴い生じた熱的不快感の緩和効果を検討するために、パーソナル空調を用いた被験者実験を行っている。この結果、0.9m/s歩行後にパーソナル空調を使用することにより男性は5分、女性は3分で熱的不快感が緩和し、1.8m/s歩行後は、男女ともに約10分で熱的不快感が緩和する結果を得ている。また、熱的不快感緩和後は2,3分で快適感が最大になるが、その後は低下し、実験終了時は不快に達する傾向を認めている。これは目の乾燥の影響や寒さによる不快感であることを明らかにし、こうした状況に対応することがパーソナル空調の設計に重要であることを指摘している。第8章では第5~7章の実験結果を踏まえて、「時間的」・「空間的」不均一性を配慮したパーソナル空調システムの概要及び制御法について提案している。第9章では本研究の全体のまとめを行っており、本研究の成果と今後の課題が総括されている。

以上を要約するに、本論文は、パーソナル空調が次世代空調と期待されていながらも普及しない様々な原因を丹念に明らかにし、その解決策を提案している。また、パーソナル空調の大きな特徴である『必要な時に、必要な場所へ』という概念を具体化するために、CFD解析・被験者実験を行い、『時間的』・『空間的』不均一環境に対する人間の生理的・心理的な影響について明らかにしている。このシステムは、『時間的』・『空間的』不均一性という概念を空調制御に導入するということにより、従来型のパーソナル空調で満足されていなかった快適性・省エネルギー性の向上が期待されるもので、オフィス環境におけるパーソナル空調の実用化に寄与するところが大であると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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