学位論文要旨



No 216974
著者(漢字) 山下,英和
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヒデカズ
標題(和) 総合設計制度による市街地の環境改善効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 216974
報告番号 乙16974
学位授与日 2008.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16974号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 准教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

市街地整備を推進する上で、良質な建築物の整備を誘導することは重要な課題であり、具体的な建築計画を前提に、一般的な建築規制の適用を排除し、より即地的かつ合理的な制限に置き換えることは、有効な誘導手法の一つである。周辺の市街地環境に対する影響に配慮しつつ、建築規制の適用を合理化する中で、容積率割増し等の手法により、実質的には、政策目的に沿った良質な建築物の整備を誘導するためのインセンティブを働かせることが期待できる。本研究は、市街地の環境改善に貢献する建築物の整備を誘導する手法として、近年拡充傾向にある都市計画・建築規制に関する規制緩和施策のうち、地方公共団体の創意工夫の下、地域の政策課題に対応した独自の運用が行われており、適用実績も豊富な総合設計制度を対象とする。特定行政庁の許可基準等の比較、実際の適用実績に関するデータの解析の両面から、総合設計制度の適用実態について明らかにするとともに、ヘドニック法を用いて、市街地の環境改善効果を定量的に分析することにより、建築物の規制誘導手法としての合理性について検証し、さらにはより効果的な誘導手法のあり方について検討する。このため、本研究は、研究の背景・目的や位置付け、構成を示す序章に続き、特定行政庁における許可基準等の比較や適用実績に関する統計的分析を行う第1章及び第2章、ヘドニック法を用いて制度適用による環境改善効果に関する経済分析を行う第3章から第5章まで、建築物の総合的な環境性能に着目して新たな制度展開の可能性について考察する第6章、並びにまとめ及び今後の課題を整理した第7章から構成される。

第1章では、総合設計制度における容積率割増しの制度的枠組みについて、制度の運用主体である地方公共団体の許可基準等の比較を行った。近年、総合設計制度における割増容積率の算定方法は多様化する傾向にあり、公開空地面積率に基づく割増容積率についても、公開空地の規模や形態に加え、敷地や立地条件にも対応して割増容積率は規定されている。特に、市街地住宅型における割増容積率の算定に当たっては、住宅供給に対する地方公共団体の姿勢の相違等により、一般型との比較において、許容される割増容積率にも相当の差異があり、その結果、総合設計制度の適用実績に占める市街地住宅型の割合は、都市ごとに大きな差が生じている。また、容積率割増しの要件として、法令上明示される公開空地の整備に加え、社会福祉施設や社会教育施設、文化施設等の公益的施設、歴史的建造物等に着目した容積率割増しが多くの特定行政庁において実施されるなど国土交通省が示す許可準則等を超えた積極的かつ特徴的な運用がなされている。さらに、近年では、景観や環境に配慮した建築物についても、一定の条件に合致する場合には、容積率割増しの対象とする取り組みも始まっている。

第2章では、総合設計制度の適用実績に関するデータを用いて、公開空地面積率と割増容積率との関係等について統計的分析を行った。その結果、例えば、市街地住宅型においては、割増容積率の算定に際し、住宅に対する優遇の程度が高いほど適用実績が増加する傾向が見られ、一定程度の開発需要が見込まれる地域において、政策上立地を促進すべき建築物に対して割増容積率を付与することは、一定の誘導効果を有するものと考えることができる。

第3章では、ヘドニック法を活用して、総合設計制度の適用を受けた建築物による周辺市街地への環境改善効果の計測を行った。具体的には、地価データをもとに環境要因を示す説明変数の導入により、説明力の高い地価関数の推計に努め、さらに、公開空地の整備による影響を表す変数を導入することで、総合設計制度の適用を受けた建築物に起因する周辺地価への影響を計測し、これらの環境改善効果を定量的に把握した。その結果、東京都千代田区という特殊かつ限られた地域における推計結果であるが、総合設計制度の適用を受けた建築物は周辺市街地の環境条件を向上させ、地価を引き上げる効果を有しており、周辺市街地に対して環境改善効果をもたらすことが一定の統計的有意性をもって確認された。また、総合設計制度の適用を受けた建築物による環境改善効果は、その増加床面積や公開空地面積の大きさに応じて増大し、当該建築物に接近するほど大きくなるが、100m以上離れると統計的に有意な環境改善効果は確認できないとする推計結果が得られた。

なお、こうした環境改善効果をもたらす要因としては、公開空地の整備によるもののほか、土地利用転換等による建築物の更新や大規模化による可能性も想定され、その内容を特定することは難しいが、ヘドニック法により計測された地価の状況からは、建築物が単に新しいことや大規模であることのみによる可能性は高くなく、公開空地の規模に応じて、周辺市街地の環境条件の向上に貢献している可能性が高いものと考えられる。しかし、総合設計制度の適用を受ける建築物は単に敷地内に公開空地を整備するに止まらず、建築物の設計において、修景等に関しても総合的に配慮されるなど、通常の手続きを経て建築される建築物と比較して様々な面で優れたものである可能性が高いが、ヘドニック法によっては、環境改善効果をもたらす個々の要因について分析することは困難である。

第4章は、立地条件によって環境改善効果に格差が生じるか否かを検証するものであり、用途地域の都市計画において高い容積率が指定され、都市機能の集積や公共施設の整備の水準も高い都心部においては、相対的に大きな環境改善効果が生じることが確認された。これは、割増容積率の算定に当たっては、公開空地面積率と同時に基準容積率にも依存しており、同一の公開空地面積率であっても、基準容積率が高くなるほど、より大きな容積率の割増しを認める現行の制度設計は、周辺市街地に対する環境改善効果の増大を的確に評価するという観点から、一定の合理性を有することを示すものである。

第5章では、総合設計制度の容積率割増対象とされる公益施設等の立地がもたらす環境改善効果について、東京都千代田区における推計結果として、歴史的建造物は近隣の限定的な区域において明確な環境改善効果をもたらし、また、学校等の社会教育施設は一定の地域内に集積することで環境改善効果を示すことが推定された。これらの施設は、その立地自体が周辺市街地に対する環境改善効果を有するものと考えられる。また、歴史的建造物や社会教育施設以外の公益施設等については、ヘドニック法による分析からは必ずしも周辺市街地に有意な環境改善効果をもたらすことは確認できず、むしろ隣接する区域には負の効果を与える可能性が推定される施設も存在した。こうした施設等は、その隣接する地域において、市街地環境の悪化を招くおそれがあることから、その立地を積極的に誘導する場合、別に市街地環境の向上に貢献する措置を講じることによって、限られた隣接地域でも、その立地が市街地環境の悪化をもたらすことがないように配慮する必要がある。

第6章は、高い環境性能を有する建築物が周辺市街地にもたらす環境改善効果をヘドニック法を用いて計測するものであり、名古屋市における分析の結果、建築物総合環境性能評価システム(CASBEE)によって、総合的な環境性能が高いと評価された建築物は、周辺市街地に対して環境改善効果をもたらす可能性が高いことが確認された。総合設計制度等において建築物の良質性を示す指標となる公開空地面積についても、同様の測定条件下で有効性が再確認されたが、単に公開空地を有する建築物に比べ、総合環境性能評価の高い建築物の方が環境改善効果の影響範囲も広く、かつ、統計的有意性も高いものであった。

この結果より、建築物の環境性能を総合的に評価する総合環境性能評価は、周辺市街地に対する建築物の環境改善効果に着目して良質性を示す指標として有効に機能し得ることが確認され、市街地環境の改善に貢献する建築物の誘導手法として、公開空地の評価を中心とした現行の手法に比べ、より効果的なものとして機能し得る可能性が確認できた。

本研究におけるヘドニック法を用いた環境改善効果の分析結果から、市街地環境の改善に貢献する良質な建築物を誘導する手法である総合設計制度における容積率割増に関し、

敷地内に整備される公開空地面積率に対応して割増容積率を付与すること

その際、公開空地面積率に加えて、基準容積率に応じて、割増容積率を増減すること

こうした割増とは別に、一定の公益施設の立地に対しても割増容積率を付与すること

を主な内容とする現行の制度設計について、周辺市街地に対する環境改善効果に着目して、概ね合理的なものと評価することができる。また、本研究を通じて、市街地環境の改善に貢献する良質な建築物を誘導するためには敷地内の公開空地の整備のみならず、建築物の環境性能に関する良質性について、より総合的かつ多面的に評価することが可能な指標を用いることが有効であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、市街地の環境改善に貢献する建築物の誘導手法として、都市計画・建築規制に関する規制緩和施策のうち、地方公共団体の創意工夫の下、地域の政策課題に対応した独自の運用が行われ、適用実績も豊富な総合設計制度を対象としている。研究の背景・目的や位置付け等を示す序章に続き、特定行政庁における許可基準等の比較や適用実績に関する統計的分析を行う第1章及び第2章、ヘドニック法を用いて制度適用による環境改善効果を分析する第3章から第5章まで、建築物の総合的な環境性能に着目した制度展開の可能性を考察する第6章、並びにまとめ及び今後の課題を整理した第7章から構成されている。

第1章では、総合設計制度における容積率割増しの制度的枠組みについて、制度の運用主体である地方公共団体の許可基準等の比較を行った。自治体に応じて割増容積率の算定方法は多様化する傾向にあるが、特に、市街地住宅型においては、地方公共団体によって許容する割増容積率に相当の差異がある。本章では、(1)適用実績に占める市街地住宅型の割合は、都市ごとに大きな差が生じていること、(2)法令上明示される公開空地の整備に加え、社会福祉施設や文化施設等の公益的施設、歴史的建造物等に着目した容積率割増しが多くの特定行政庁で実施されるなど国が示す許可準則等を超えた積極的かつ特徴的な運用がなされていることなどが示された。

第2章では、総合設計制度の適用実績に関するデータを用いて、公開空地面積率と割増容積率との関係等について統計的分析を行った。例えば、市街地住宅型では、割増容積率の算定に際し、住宅に対する優遇の程度が高いほど適用実績が増加する傾向が見られたことから、一定程度の開発需要が見込まれる地域において、政策上立地を促進すべき建築物に対する割増容積率の付与は、一定の誘導効果を有することが示された。

第3章では、ヘドニック法を活用して、総合設計制度の適用を受けた建築物による周辺市街地に対する環境改善効果の計測を行った。分析の結果、東京都千代田区という特殊かつ限定的な地域における推計結果であるが、こうした建築物は市街地環境を向上させ、地価を引き上げる効果を有しており、周辺市街地に対して環境改善効果をもたらすことが一定の統計的有意性をもって確認された。その環境改善効果は、公開空地面積に応じて増大し、対象建築物に近付くほど大きくなるが、100m以上離れると統計的に有意な効果は確認できないとする推計結果が得られた。なお、こうした環境改善効果の要因を特定することは難しいが、ヘドニック法による計測結果からは、建築物が単に新しいことや大規模であることのみによる可能性は高くなく、公開空地の規模に応じ、周辺市街地の環境改善に貢献している可能性が高い。しかし、制度適用を受ける建築物は、敷地内の公開空地整備に止まらず、修景等にも配慮した設計がなされるなど、通常の手続きを経て建築される建築物と比べ様々な面で優れたものである可能性が高いが、ヘドニック法では環境改善効果に関する個別要因について分析することは困難である。

第4章では、立地条件によって環境改善効果に格差が生じるか否かを検証した。用途地域の都市計画において高い容積率が指定され、都市機能の集積や公共施設の整備の水準も高い都心部においては、相対的に大きな環境改善効果が生じることが示された。

第5章では、総合設計制度の容積率割増対象とされる公益施設等の立地がもたらす環境改善効果について分析した。東京都千代田区における推計結果として、歴史的建造物は近隣の限定的な区域において明確な環境改善効果をもたらし、また、学校等の社会教育施設は一定の地域内に集積することで環境改善効果を示すことが示された。

第6章では、環境性能の優れた建築物が周辺市街地にもたらす環境改善効果をヘドニック法を用いて計測した。名古屋市における分析の結果、建築物総合環境性能評価システム(CASBEE)によって、総合的な環境性能が高いと評価された建築物は、環境改善効果をもたらす可能性が高いことが示された。総合設計制度において建築物の良質性を示す指標となる公開空地面積についても、同様の測定条件下で有効性が再確認されたが、単に公開空地を有する建築物に比べ、総合環境性能評価の高い建築物の方が環境改善効果が及ぶ影響範囲も広く、かつ、統計的有意性も高いものであった。

第7章では、本研究におけるヘドニック法を用いた環境改善効果の分析結果からは、総合設計制度の適用を受け、公開空地や一定の公益施設等を整備した建築物は、少なくとも都心部の業務市街地においては、周辺市街地に対し環境改善効果を有するものと推計され、現行の制度設計は概ね合理的なものと評価できることが示されたことをまとめている。

以上のように、都心部における総合設計制度の運用においては、正の有意な環境改善効果を緻密な分析によって定量的に示しており、学術的な価値の高い知見を得ている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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