学位論文要旨



No 216975
著者(漢字) 青笹,真一
著者(英字)
著者(カナ) アオザサ,シンイチ
標題(和) クロス緩和を用いた利得シフト高濃度ツリウム添加光ファイバ増幅器の研究
標題(洋)
報告番号 216975
報告番号 乙16975
学位授与日 2008.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16975号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山下,真司
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 准教授 何,祖源
内容要旨 要旨を表示する

近年、インターネット等に代表される大容量の通信需要に対応するため、波長分割多重通信の信号帯域が拡大傾向にある。そのため中継器として用いられる希土類添加光ファイバ増幅器の広帯域化が必要不可欠である。これまで長距離伝送が可能な光ファイバの低損失域(1450~1650 nm)においてC帯(1530~1565nm)のエルビウム添加光ファイバ増幅器(EDFA)およびL帯(1565~1625nm)のEDFAの実現により広帯域化が進められてきた。更なる広帯域化を推し進めるため、次世代の信号帯域として期待されるS帯(1460-1530nm)の光ファイバ増幅器の検討が精力的に行われている。

本論文は、S帯のツリウム添加光ファイバ増幅器に関するものである。特に希土類添加光ファイバ増幅器において未実現の帯域であったS帯中波長域(1480~1510 nm)をターゲットとして確立した、S帯中波長域増幅技術、高効率化技術、アンプの最適設計技術、利得等化技術、利得制御法等のアンプの要素技術全般について報告する。なおS帯中波長域の増幅は、S帯短波長域に増幅帯域を有するツリウム添加光ファイバ増幅器の増幅帯域をクロス緩和により長波長域に利得シフトさせることで実現した。

第2章では、S帯中波長域以上で高利得が得られる利得シフトツリウム添加光ファイバ増幅器(TDFA)の実現を目指し、従来の励起法であるアップコンバージョン励起の課題を明らかにし、それを解決する手段として高濃度ツリウム添加による利得シフト法を新たに提案した。まず、TDFAがS帯中波長域への利得シフトするための必要条件として40%以下の低反転分布であることを示した(図1)。 次にアップコンバージョン励起では、EDFAのC帯からL帯への利得シフト手法である増幅用ファイバの長尺化手法を用いてもその必要条件を満たせないことを明らかにした。そこで、その課題を解決した利得シフト手法として、ツリウムイオンを高濃度添加時に発生するツリウムイオン間のクロス緩和を用いることで、低反転分布化を可能にし、利得シフトを実現する方法を提案した(図2)。高濃度添加時におけるクロス緩和の発生に関しては、増幅始準位の蛍光強度の経時変化について実験と理論解析の両面から確認した。実験についてはツリウム添加の濃度の増加に伴う蛍光寿命の減少を確認し、クロス緩和発生の根拠とした。理論解析についてはクロス緩和発生時のツリウムイオン間のエネルギー移動について定式化を行い、クロス緩和のエネルギー遷移に関するパラメータを導出した。またクロス緩和発生時の蛍光強度の経時変化をレート方程式でモデル化を行い、シミュレーションを行った結果、電気双極子相互作用の3つの作用(電気双極子-電気双極子相互作用、電気双極子-電気四重極子相互作用、電気四重極子-電気四重双極子相互作用)を考慮すると実験値と最も一致することを明らかにし、理論的にもクロス緩和の発生を確認した。

第3章では、TDFAの高濃度ツリウム添加による利得シフト法に関して、増幅特性を測定し実験的に原理確認を行った後、増幅特性に大きく影響する最適化パラメータ(ツリウム添加濃度、励起波長、ファイバ長、双方向励起時の前方と後方の励起光パワー比)を見出した上でアンプの設計指針を示し、その設計指針を基に各パラメータの最適値を導出し、その増幅特性を示した。まず、利得シフトの原理確認およびツリウム添加濃度の最適化に関しては、低濃度ツリウム添加時と高濃度ツリウム添加時の利得スペクトルを比較し、30nm以上の利得シフトを確認した(図3)。またツリウム添加濃度6000ppmまでは利得シフトと同時にピーク利得が増加していることから、EDFAにおいて発生する濃度消光による効率劣化が発生しないことが判明した。以上のことから6000ppmがツリウム添加濃度の最適値であることが分かった。励起波長の最適化に関しては、遷移モデルの異なる1.4μm帯と1.0μm帯アップコンバージョン励起の比較を行い効率の観点から、1.4μm帯励起の方が高効率であることが分かった。また1.4μm帯アップコンバージョン励起において、1段目の励起(3H6→3F4)については吸収断面積の観点から長波長域が有効であること、2段目の励起(3F4→3H4)については長波長に行くに従い雑音特性が劣化することを考慮し、1400nmが最適であることが分かった。ファイバ長依存性に関しては、ファイバ長の増加に伴い30nm以上の利得シフトが発生することがわかった。双方向励起時の前方と後方の励起光パワー比率の最適化に関しては、前方の励起光パワーの比率(RPf)が25%の時最大利得が得られ、またRPf=25%以上で雑音指数6dB以下を達成できることが分かった。上記の各指針を基に最適化を行った結果、1477~1507 nmの信号波長域で利得22dB以上、雑音指数6dB以下の優れた特性を実現し、S帯中波長域の高利得増幅という目的を達成した。

第4章では、S帯TDFAに関して、WDM伝送システムへの適用を目指し、アンプ構成の最適化により高効率化・低雑音化の検討を行った。アンプの単位構成の種類として挙げられる単一透過型と反射型について比較を行い、変換効率や雑音特性についてそれらの優劣を明らかにした。その結果、変換効率については、反射型が70%、単一透過型が60%を達成し、反射型の方が高効率であること明らかにした。また雑音特性については、雑音特性に関しては、単一透過型の方が優れており、特に高入力条件においてその差が顕著になった。この2つのアンプ構成の異なる長所を生かした、前段に雑音特性の優れる単一透過型、後段に高効率増幅が可能な反射型を配置したカスケード型アンプ構成を提案し、高効率と低雑音を両立することに成功した。さらに本アンプをポストアンプおよびプリアンプとして用いた120kmDSF,8x10G/sWDM伝送実験に成功し、本アンプがWDM伝送システムへ十分適用可能であることを明らかにした。またカスケード型TDFAの利得等化器の設計に関しては、TDFAの複雑な準位系のためEDFAの設計手法が適用できないことを明らかにした。その原因としてTDFAでは利得等化器の損失スペクトルが後段アンプへの入力信号光パワーに大きく依存していることを見出した。そこで利得等化器を模擬した光アッテネータを挿入し、後段アンプへの入力パワーが光アッテネータを挿入時と利得等化器挿入時で等しくなるようにすることで、利得等化器の損失スペクトルを導出する手法を考案した。提案した手法により作製した利得平坦型カスケードTDFAは利得偏差0.6dB以下を達成し、本手法の有効性を実証した。

第5章では、多中継WDM伝送に対応したTDFAの利得スペクトル制御の実現を目指し、新たな制御法を2種類提案した。1つは利得クランプと励起光パワーを組み合わせた制御、もう1つは制御光を用いる制御である。いずれの制御法も1重のフィードバックループの制御であり、高速制御を実現可能である。利得クランプと励起光パワー制御を組み合わせた制御法に関しては、制御原理を示し、EDFA並みのフィードバックループ数が1の簡便な制御が可能であることを示した。実際に本制御構成を組み込んだTDFAを作製し、評価した結果、信号帯域:1479~1507nm、総入力信号光パワー:-32~-2dBmで利得偏差0.35dB以下の優れた特性を実現し、本制御性の有効性を実証した。制御光による制御法に関しては、制御原理を示し、前節で提案した利得スペクトル制御と同様に1重のフィードバックループによる制御が可能であることを示した。入力側PDのモニタ値に対して補正を行う補正回路を考案し、更なる高精度の制御に成功した。また温度変動に伴う利得スペクトル変動に対しても補正するため、上記の補正回路に新たな補正関数を組み込み、入力変動と温度変動の同時補償を希土類添加光ファイバ増幅器では初めて実現した。その結果、信号帯域:1479~1509nm、総入力信号光パワー:-27~-7dBm、温度変動:10~60℃で利得偏差:0.82dB以下を達成した。2つの制御法の比較に関しては、制御アルゴリズム、制御精度、温度補償、使用部品の観点から比較を行った。利得クランプと励起光パワー制御を組み合わせた制御法については、制御精度、使用部品の信頼性において優位であることが分かった。一方、制御光による制御に関しては、温度補償を可能であること既に確認済みである点、伝送信号チャネルにアンプの動作確認用の信号チャネルを割り当てる必要が無い点において優位であることがわかった。

以上、本研究ではS帯TDFAの実現に向け、その要素技術である利得シフト技術、高効率・低雑音化技術、利得等化技術、利得スペクトル制御技術を確立した。各技術共にツリウムイオン特有の挙動を考慮したものであり、理論的な裏づけを明確にすることで本技術の適用性を高めた。その結果、次世代のWDM信号波長域として期待されるS帯を用いたフォトニックネットワークの実現に向け、S帯光ファイバ増幅器の開発を大きく進展させたと考える。

図1. 各反転分布状態における利得スペクトル

図2. クロス緩和による低反転分布状態の実現

図3. 高濃度ツリウム添加によるS帯中波長域増幅の実現

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「クロス緩和を用いた利得シフト高濃度ツリウム添加光ファイバ増幅器の研究」と題し、6章より構成されている。近年、インターネット等に代表される大容量の通信需要に対応するため、波長分割多重通信(WDM)の信号帯域が拡大しており、中継器として用いられる希土類添加光ファイバ増幅器の広帯域化が必要不可欠である。これまで光ファイバの低損失域(1450~1650 nm)においてC帯(1530~1565nm)のエルビウム添加光ファイバ増幅器(EDFA)およびL帯(1565~1625nm)のEDFAの実現により広帯域化が進められてきた。更なる広帯域化を推し進めるため、次世代の信号帯域として期待されるS帯(1460-1530nm)の光ファイバ増幅器の検討が精力的に行われている。本論文は、S帯のツリウム添加光ファイバ増幅器(TDFA)に関するものであり、クロス緩和による利得シフト技術を中核技術とし、高効率化技術、最適設計技術、利得等化技術、利得制御技術の研究についてまとめたものである。

第1章は序論であり、光通信システムにおける光増幅技術の役割、光ファイバ増幅技術について概観し、ツリウム添加光ファイバ増幅器の研究経過と本研究の位置づけが記述され、本研究の目的と論文の構成を明らかにしている。

第2章では、S帯中波長域以上で高利得が得られる利得シフトTDFAの実現を目指し、従来の励起法であるアップコンバージョン励起の課題を明らかにし、それを解決する手段として高濃度ツリウム添加による利得シフト法を新たに提案している。まず、TDFAがS帯中波長域への利得シフトするための必要条件として40%以下の低反転分布であることを示し、 次にアップコンバージョン励起では増幅用ファイバの長尺化手法を用いてもその必要条件を満たせないことを明らかにしている。そこで、その課題を解決した利得シフト手法として、ツリウムイオンを高濃度添加時に発生するツリウムイオン間のクロス緩和を用いることで、低反転分布化を可能にし、利得シフトを実現する方法を提案している。高濃度添加時におけるクロス緩和の発生に関して実験と理論解析の両面から確認している。

第3章では、TDFAの高濃度ツリウム添加による利得シフト法に関して、増幅特性を測定し実験的に原理確認を行った後、増幅特性に大きく影響する最適化パラメータを見出した上でアンプの設計指針を示し、その設計指針を基に各パラメータの最適値を導出し、その増幅特性を示している。利得シフトの原理確認およびツリウム添加濃度の最適化に関しては、低濃度ツリウム添加時と高濃度ツリウム添加時の利得スペクトルを比較し、30nm以上の利得シフトを確認し、6000ppmがツリウム添加濃度の最適値であることを見いだしている。励起波長の最適化に関しては、効率と雑音特性の両面から考えて1400nmを見いだしている。双方向励起時の前方と後方の励起光パワー比率の最適化に関しては、前方の励起光パワーの比率が25%の時に最大利得が得られることを結論づけている。これらの各指針を基に最適化を行った結果、1477~1507 nmの信号波長域で利得22dB以上、雑音指数6dB以下の優れた特性を実現し、S帯中波長域の高利得増幅という目的を達成している。

第4章では、S帯TDFAに関して、WDM伝送システムへの適用を目指し、アンプ構成の最適化により高効率化・低雑音化の検討を行っている。前段に雑音特性の優れる単一透過型、後段に高効率増幅が可能な反射型を配置したカスケード型アンプ構成を提案し、高効率と低雑音を両立することに成功している。本アンプをポストアンプおよびプリアンプとして用いた120km, 8x10G/s WDM伝送実験に成功し、本アンプがWDM伝送システムへ十分適用可能であることを明らかにしている。またカスケード型TDFAの利得等化器の設計に関しては、TDFAの複雑な準位系のためEDFAの設計手法が適用できないことを明らかにしている。そこで、実験的に利得等化器の損失スペクトルを導出する新しい手法を考案している。提案した手法により作製した利得平坦型カスケードTDFAは利得偏差0.6dB以下を達成し、本手法の有効性を実証している。

第5章では、多中継WDM伝送に対応したTDFAの利得スペクトル制御の実現を目指し、新たな制御法を2種類提案している。1つは利得クランプと励起光パワーを組み合わせた制御、もう1つは制御光を用いる制御である。いずれの制御法も1重のフィードバックループの制御であり、高速制御を実現可能である。いずれの制御法についても実際にTDFAに組み込んで評価し、有効性を実証している。両者の比較の結果、前者は制御精度と使用部品の信頼性において優位であり、後者は温度補償が可能である点と伝送信号チャネルにアンプの動作確認用の信号チャネルを割り当てる必要が無い点において優位であることを見いだしている。

以上のように本論文は、次世代のWDM信号波長域として期待されるS帯の光ファイバ増幅器であるS帯TDFAの実現に向け、申請者のオリジナル技術であるクロス緩和による利得シフト技術を中核技術とし、利得シフトS帯TDFAの高効率・低雑音化技術、利得等化技術、利得スペクトル制御技術を理論と実験の両面から確立したものであって、電子工学、特に光エレクトロニクスの発展に貢献するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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