学位論文要旨



No 216978
著者(漢字) 飯山,みゆき
著者(英字) Iiyama,Miyuki
著者(カナ) イイヤマ,ミユキ
標題(和) 生業多様化、脱農業化、社会分化 : 南アフリカ・ケニヤ農村からの事例研究
標題(洋) Livelihood Diversification, De-agrarianisation and Social Differentiation : Case Studies on Rural Livelihoods from South Africa and Kenya
報告番号 216978
報告番号 乙16978
学位授与日 2008.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第16978号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 教授 高橋,昭雄
 東京大学 教授 加納,啓良
 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 准教授 矢坂,雅充
内容要旨 要旨を表示する

グローバル化時代におけるアフリカ農村貧困の特殊性

サブ・サハラアフリカ農村地域は、世界で最も開発の遅れた地域の一つである。乾燥/半乾燥の厳しい気候条件が農業の商業的発展を阻む環境下において、農村住民は長らく粗放的な農業・牧畜を中心とする自給自足的な生業を営んできた。しかし20世紀を通じ、人口圧力の上昇の中、粗放的農牧業は次第に環境資源への負担をかけるようになっていった。地方、植民地化・グローバル化の下で貨幣経済が拡大し、さらに教育や生活スタイルの変化に応じて農村住民による貨幣所得の需要が高まっていった。農村世帯は次第に生業活動の多様化を深め、とりわけ、高リスクを伴う農業・牧畜活動に比べ、より安定的に貨幣収入を保証する農外活動―正規・非正規雇用、小規模商業、都市出稼ぎ、等一への依存度を高めるようになっていった。

1970-80年代の自由化政策時代以降、農村の生産活動・社会関係の中心が次第に農牧業から農外活動へとシフトする「脱農業化(de-agrarianisation)」現象が、アフリカ大陸全土で報告されるようになる。脱農業化の程度は地域差が大きいものの、アフリカ全般において、正規雇用機会が一部エリートの特権となり、多数が非正規雇用に甘んじる、という状況が近年構造化しつつある。結果として、農外活動への生業多様化は、アフリカ農村社会における社会分化の拡大をもたらしてきた。

アフリカにおいて脱農業化が進行してきたのと同時期、アフリカ以外の地域は貧困削減と社会経済開発で大きく前進を果たしていた。グローバル化の中で開発から取り残されるアフリカ農村の貧困の特殊性を認識し、貧困削減の糸口を見つけることは、今日の開発研究の最大の課題の一つである。そのためには、現代アフリカの農村貧困の2つの側面を認識する必要がある。ひとつ目の側面は、分業・市場発展度の低さであり、アフリカ生来の厳しい気候・環境・人口・歴史的条件に起因すると考えられる。もう一方の側面は、農外活動への生業多様化・脱農業化・社会分化、という、グローバル化の中で顕在化しつつある一連の現象である。アフリカ生来の制約条件とグローバル化の影響が複雑に絡まりあい、農村開発・貧困削減の課題を困難なものにしている。

本研究の目的

近年、開発研究において、アフリカ農村貧困の特殊性の解明と、アフリカを対象とした新たな戦略の必要性に関する関心がかつてないほど高まりつつある。アフリカ農村貧困の原因については、地理的要因にすぎないと主張する研究者がいる一方、アフリカの社会経済・政治構造の特殊性に元凶を見出す研究者もいる。これらの意見に対し、筆者は、アフリカ農村貧困の原因を、アフリカ生来の地理的・社会経済的条件とグローバル化の影響の相互作用、として捉える新たな視点の提示を試みる。具体的には、サーベイと詳細な事例研究に基づき、次の2つの課題に答えていく。

第一の研究課題は、現代アフリカ農村における貧困の2つの側面一(1)アフリカ生来の環境・人口・歴史的条件に起因する、分業と市場の低い発展度、(2)グローバル化により顕在化しつつある、農外活動への生業多様化・脱農業化・社会分化、といった一連の現象とその要因を明らかにすることである。

第二の研究課題は、アフリカ農村開発と貧困に対するグローバル化の影響を分析することにある。その目的のためには、(a)グローバル化の下で生業多様化・脱農業化・社会分化の拡大をもたらす要因、の解明のみならず、(b)それらがアフリカ生来の要因に規定されてきた分業・市場の発展度に与えうる影響、を評価する必要がある。(b)の分析上、着目すべきは、アフリカ生来の要因に規定されてきた分業・市場発展度の低さを反映し、かつアフリカ固有の社会関係を特徴づける「生産的活動における農村世帯間の機能的相互依存関係の欠如」(thel ack of functionailn terdependence between ruralh ouseholds inproductive activities)である。グローバル化による社会分化の拡大は、農村社会関係の個人主義化を進行させうるが、各世帯レベルでの生業多様化により、必ずしも世帯間分業関係の深化をもたらさない可能性がある。その場合、グローバル化は貨幣経済による農村社会の包摂を促進するが、前方・後方連関を通じた農村・農業発展の起爆力とはなりえず、農村住民を外的ショックに晒すリスクを高めるだけかもしれない。アフリカ農村社会関係へのグローバル化の影響は地域差を示すはずであり、事例研究の比較を通じた帰納的な分析を必要とする。

比較地域研究は、グローバル化に対する社会変化の促進要因とグローバル化の影響に地域差をもたらす要因を並行して解明することを通じ、アフリカ農村変容に関する理論構築への貢献が期待される。本研究は、南アフリカ共和国(南ア)旧ホームランド地域とケニヤ大地溝帯地域に位置する農牧民コミュニティの事例を扱う。両調査地とも、都市や市場から遠く離れた僻地にあり、半乾燥地域に位置する。他方、両地域は、歴史的に極めて対照的な体験― 植民地政策・国家介入・農村-都市出稼ぎ労働の制度化・市場経済の浸透度、等一を経てきた。2地域からの事例の比較分析は、(a)アフリカ全般で顕在化しつつある生業多様化・脱農業化.社会分化の促進要因に関する理解を深めるのみならず、(b)脱農業化が農業開発に及ぼす影響の地域間格差についても解明することが期待される。

本研究の主要な目的は、以下にまとめられる

●農村世帯が生業を営む環境・制度的コンテクストの理解を深め、また、農村貧困現象の要因を(1)アフリカ生来の制約条件と(2)グローバル化の影響とに判別する

●(a)グローバル化の下、生業多様化・脱農業化・社会分化の拡大をもたらす要因を解明する

●(b)アフリカ生来の要因に規定されてきた分業・市場の発展度にグローバル化が与えうる影響について、「生産的活動における農村世帯間の機能的相互依存関係」への生業多様化・脱農業化・社会分化の影響に着目して評価する

● 事例研究の分析結果をもとに、アフリカ農村貧困の特殊性と開発の課題に関する、理論的・政策的含意をまとめる

分析手法と論文構成

グローバル化の中におけるアフリカ農村貧困の特殊性を分析するにあたり、第一の作業仮説(a)は、グローバル化への対応に伴う農村社会変容を、一方で農村経済のリスクと便益、他方でグローバル化に伴うリスクと経済機会を鑑み、自らのキャピタル・アセット制約の下で、最適な生業戦略の採択を試みる合理的な個別世帯の視点から捉える点にある。農村内部でも、キャピタル・アセット賦存は世帯間で大きく異なり、よってグローバル化への対応として異なる生業多様化ポートフォリオが採択される結果、社会分化の拡大が進行する。他方、グローバル化の農村社会関係への影響は、地域ごとの歴史的条件・政治経済的状況を反映して地域差を持つ、というのが第二の作業仮説(b)である。

実際の分析では、(a)グローバル化への反応について、異なる生業多様化戦略を採択する世帯の社会経済的特質について調べる必要があるだけでなく、(b)グローバル化の社会関係への影響については、異なる生業多様化戦略をとる世帯グループ間の関係性を評価しなければならない。これらの分析を可能にするために、本研究は、グローバル化への対応度の異なる生業多様化戦略にもとついて、アフリカ農村世帯集団カテゴリ(クラスター)を分類するための手法と、新たな社会学的類型を提案する。

これら手法と社会学的類型は、事例研究に応用される。南アの事例は、南ア政治経済の動態に応じた社会関係の変化が農村開発にもたらした影響を論じる。出稼ぎ労働システムの制度化、そして構造的失業と、長年にわたる脱農業化過程で生じた社会関係の変化が農村での土地利用に及ぼしてきた影響を分析するにあたり、正規農外所得の有無・家畜資産・土地利用の差異が、南ア農村における社会学的類型の分類基準として選定される。ケニヤの事例は、農外活動への多様化と農業集約化、社会分化とガバナンス、の間の関係性と持続的農村開発へのインプリケーションについて論じる。世帯間の生業多様化戦略の異質性の実態を認識し、それらの農業集約化・資源ガバナンヌへの影響の分析を可能にするために、社会学的類型は、農外所得活動(正規・非正規)と様々な農牧業活動(自給自足的vs.商業的、在来種vs.改良種)の多様な組合せを反映させる。

本論文は4部、10章から構成される。第I部は、生業研究の鍵概念・主要テーマ(Chapter1)、理論的意義(Chapter2)、分析手法(Chapter3)、について検討する。第II部は、南アフリカの事例をとりあげる。南ア政治経済の背景を概観した上で(Chapter4)、生業と農村社会関係の変化とその影響については、土地制度の歴史的分析(Chapter5)と、ライフ・ヒストリー分析(Chapter6)を通じ、詳細に明らかにされる。第III 部はケニヤの事例をとりあげる。ケニヤ農村における農業集約化の課題と脱農業化の動向を概観した上で(Chapter7)、調査地世帯による特定の生業多様化パターンと持続的資源管理の採択に影響を及ぼす要因として、世帯のキャピタル・アセット賦存(Chapter8)、さらには様々な穀物と家畜種のポートフォリオ(Chapter9)、が詳しく分析される。第IV部(Chapter10)は、分析結果を総括し、事例研究の比較から導き出される理論的・政策的含意について論じる。

結論

まず、(a)正規雇用所得、家畜資産、高等教育へのアクセスの差異が、グローバル化の中でのアフリカ農村における社会分化を加速していることが明らかになった。高所得獲得者は収入の一部を農外活動や農業技術改善に投資する余裕をもつ一方で、貧困層は非熟練・非正規労働に甘んじている。南ア・ケニヤでの状況は、アフリカ農村からの多くの事例研究結果とも一致し、従って、生業多様化・脱農業化・非農業資産へのアクセス差異による社会格差の拡大、という現象が、アフリカ農村貧困の普遍的な特徴であることが裏付けられた。

次に、(b)グローバル化の農村社会関係への影響に関しては、南ア・ケニヤ両農村部ともに、各世帯が個別に農外所得活動への生業多様化を図る中、農業・農外活動双方ともに「生産的活動における農村世帯間の機能的相互依存関係」が依然として欠如していることが示された。他方、脱農業化の農村開発への負の影響は、とりわけ貧困層の脆弱性の観点からみて、ケニヤ農村よりも南ア農村ではるかに顕著であることが確認された。南ア農村では、貨幣経済の蔓延と社会分化の拡大により、農村世帯間の非市場的で互酬的な社会関係が破綻しつつあり、失業者は自給自足的農業さえも行う余裕がない状況に置かれている。対するケニヤの貧困層は、自給自足経済に引き篭もる、あるいは共有自然資源を搾取するなど、「市場外」("outside the systems")において生存を維持する選択肢を確保しているようだ。ただし、貧困層の戦略は、農村住民全成員にとっての資源枯渇をもたらしかねず、今後、人口圧による資源競争の悪化が予想される中、深刻なガバナンス問題を引き起こしつつある。

事例研究からの結果を鑑みて、次の2つの政策提言が引き出される。第一は、生業多様化の事実は、農業セクターのみに焦点を当てた農村開発政策の有効性に疑問を呈する。アフリカ農村における貧困削減のためには、農業セクターのみに焦点を当てた政策よりも、教育を促進し、また小規模ビジネス等の農外雇用機会を奨励するような、マルチ・セクター横断型の経済発展を目的とするマクロ政策が必要である。第二に、アフリカ農村の貧困層は、一般に、人的資源等のキャピタル・アセットを欠き、グローバル化によりもたらされた経済機会に対応した高リターン生業ポートフォリオを採択できない。コミュニティ・レベルでのプロジェクトにおいては、貧困層を対象とした支援を行うために、効果的なターゲティングが必要となる。対象地域での主要な生業多様化戦略に応じて、住民を生業多様化戦略クラスターにグループ化する手法が効果的である。

最後に、アフリカ農村開発の知的空隙を埋めるためには、さらなる研究が行われねばならない。アフリカ農村の生業は常に変化しつつある。よって、演繹的なモデルを模索するのではなく、農村住民の視点から社会変化を捉える帰納的研究の継続が求められている。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は,近年、高まりつつある,アフリカ農村貧困の特殊性とアフリカを対象とした新たな開発戦略の必要性の問題に対して、それをアフリカ生来の地理的・社会経済的条件と現代的要因の影響の相互作用として捉え,生業アプローチを用いた複眼的な視点から解明を試みたものである。すなわち,現代アフリカ農村における貧困の2つの側面,(1) アフリカ生来の環境・人口・歴史的条件に起因する分業と市場の低い発展度,(2) 近年顕在化しつつある農外活動への生業多様化・脱農業化・社会分化の現象とその要因,そして,近年の社会変化がアフリカ農村開発と貧困に及ぼす影響,をそれぞれ分析することによって,アフリカ農村における近年の社会変動の促進要因とその影響に地域差をもたらす要因を並行して解明することを通じ、アフリカ農村変容に関する理論構築への基礎を提供することを目的としている。その際,この論文は,半乾燥地域に属する二つの調査地,南アフリカ共和国(南ア)旧ホームランド地域とケニア大地溝帯地域に位置する典型的な農牧民社会の事例を比較することによって,地域の固有性が有する影響について詳細に検討している点にも著しい特徴がある。

本論文は,以下のように4部10章からなっている。

Part I. Livelihood Diversification in Rural Africa

Chapter 1. Introduction

Chapter 2. Theoretical Implications

Chapter 3. Methodology

Part II South African Case

Chapter 4. South African Background

Chapter 5. Tracing the Origin of Diversity in Rural South African Society

Chapter 6. Revealing the Process of Social Differentiation in a Rural South African Society

Part III. Kenyan Case

Chapter 7. Kenyan Background

Chapter 8. Livelihood Diversification Strategies, Incomes, and Soil Management in Kerio River Basin

Chapter 9. Crop-Livestock Diversification Patterns in Relation to Income and Manure Use in Kerio River Basin

Part IV. Discussions and Conclusion

Chapter 10. Synthesis for Theoretical and Policy Implications

その基礎となった論文は,国内外の査読付雑誌(『アフリカ研究』,African Journalof Agricultural Research, Annals of Arid Zone, Journal of IntenationalDevelopment)で公刊された4本の論文とケニアの著名な研究機関IntenationalLivestock Research Instituteにおける2本のWorking Paperであり,英 文論文はいずれも既に国際的に高い評価を受けている。

本論文の概要は次の通りである。まず,第1部では,生業研究の鍵概念・主要テーマ(第1章)が提示されたあと,理論的意義(第2章)と分析手法(第3章)が述べられている。すなわち,現代アフリカの農村貧困を象徴する現象として,生業多様化,脱農業化,農外所得・非農業資産へのアクセスの差による社会偏差の拡大が提示され,その検討に生業アプローチの有効性が説明されている。

第II部は,南アフリカの事例研究である。個別行動様式や分配にかんする農村住民が有するイデオロギーの多様性について,植民地期にまで遡り,土地保有制度との対応から考察が深められている。第4章では南アフリカにおける政治経済の背景が論じられている。農民は,アパルトヘイト時代には,出稼ぎ労働のみならず,自給自足的農牧業を維持し,生業を多様化して生存維持を図ってきた。ところが,民主化後には,農民に階層分化にともなう社会関係の変化が生じ,耕作を放棄せざるを得なくなり,自給自足さえ実現できない農民が増加してきたという興味深い事実が指摘されている。これを受けて第5章は,その背景としての農民の経済行動の裏側にある多様なイデオロギーを扱う。著者は,旧ホームランドにおける土地行政が,画一的に「擬制的実質平等ルール」を押しつける形で二重経済をもたらしたことを指摘し,それが住民の行動様式や分配についてのイデオロギーに多様性を与えたと主張する。第6章では,以上の議論を基礎として生業アプローチの拡張が行われ,ライフ・ヒストリー分析を援用することによって,農民の生業多様化戦略が検討される。その分析から著者は,送金・非正規農外収入または年金のみに頼る貧困層と年金と家畜または正規農外収入と家畜に依存する非貧困層が,析出されるという新しい事実を発見し,旧ホームランドの農村開発では,住民間の多様な利害関係に配慮し,貧困層に対する農外所得源・生業機会の選択肢の拡大が重要な意味を有することをあきらかにしている。

第III部ではケニアの事二例が扱われている。まず,第7章は,ケニア農村における農業集約化の課題と脱農業化の概観に充てられる。貧困農村住民の多くは,元来,天候不順による農業の不作リスクにそなえ,在来種家畜の放牧に重きをおいて生計を立ててきた。ところが,近年,インフラ開発や教育普及により,従来農業不適地と考えられた地域にも貨幣経済が浸透し,人口増加と相まって,粗放的農牧業に必要な資源が急激に枯渇する事態が生じている。生活スタイル変化による現金獲得機会への需要増大にもかかわらず,安定的な農外所得機会(教職・NGO・小規模ビジネス)は少ない。その結果,多くの貧困世帯が現金収入を共有地の木材伐採による炭焼きや粗放的な農牧業の拡大に依存し始め,コミュニティ全体が有する自然資源の枯渇を加速させているのである。この重要な事実発児を受け,第8章では,持続的資源管理に着口した生業多様化戦略の採用が検討される。正規農外活動からの所得を有する高い人的資源を有する非貧困層が果樹栽培・改良家畜に関わる技術導入を促進し,持続的土壌管理の誘因を有する一方で,非正規農外活動や在来家畜飼育に依存する貧困層は,木材伐採や共有地における放牧など,自然資源搾取に過度に依存し,持続的資源管理への誘因に欠けることが示される。この事実は,貧困層に対しての政策が,共有資源アクセスを制限するものよりも,彼らにより高いリターンの生業戦略を選択するような誘因を与える技術や機会を提供することが望ましいことを示している。他方,第9章は,持続的土地利用を促進する農作物と家畜の組合せ(crop-livestock diversification:CLDパターン)の選択をもたらす決定要因の分析に充てられている。 クラスター分析の結果,改良種乳牛と果樹栽培の組合せが所得,土壌改良技術の選択と高い正の相関があり,メイズと在来種あるいはメイズ栽培のみのCLDパターンでは,所得との正の相関を有するものの,土壌改良技術選択については逆相関になっていることが明らかにされる。さらに,これらの選択を行う世帯は低い人的資源賦存に特徴づけられ,土地利用の決定は耕地の条件(地理的位置と所有形態)に依存することが指摘された。

最後に,第IV部(第10章)では,分析結果が総括され,南アフリカとケニアという二つの事例研究の比較から導き出される理論的,政策的含意について論じられている。貧困削減と持続的な農業開発については,地方レベル・マクロレベルにおいて、農業セクターにとどまらず、教育促進や農外活動を含む多セクターの発展の促進を促すような政策が必要となる。またミクロレベルのプロジェクトにおいては、貧困層の人的資源を強化し生業ポートフォリオのリターンを高めるような支援が必要となる。その効果的な農村プロジェクトの実施のためには、効率的に貧困層の特定化が行えるように、特定地域における主要な生業多様化パターンを判別し、カテゴリーごとに世帯を分類する手法が効果的である。理論的観点からは,貨幣経済の浸透が進むアフリカ農村開発における知の空隙を埋めるための機能的研究・実証研究の亜要性である。既存の開発理論は,現代アフリカ農村において、農外活動への生業多様化を通じた社会偏差の拡大がもたらす影響,すなわち,南アフリカにおける耕作放棄,ケニアにおけるガバナンス問題を過小評価しているように思われる。今後さらなる生業多様化戦略に関する調査の比較研究の蓄積を通じて,アフリカ社会変動をミクロレベルの主体の観点から捉える分析が必要となることが指摘されている。

以上のように,木論文は,貨幣経済の浸透によって急速に変容するアフリカ農業において生起している,脱農業化,生業多様化,社会分化といった二国が抱える極めて現代的な課題を,世帯の特性に着目し,生業アプローチによって分析するという斬新な視角を有する独創性の高い研究であり,既往の研究の蓄積の上に発展的な議論を展開している。この種のアプローチに基づくアフリカ研究は,日本でもまだ緒についたばかりであり,本研究はその意味でも先駆的な意義を有している。

また,本論文は,著者の長期にわたる南アフリカとケニアの二国の半乾燥地域における詳細な実態調査を土台とした研究成果である。ライフ・ヒストリー分析を含め,参与観察に基づく多くの貴重な事実発見がなされている。そして,それらの事実発見について一次資料に基づく詳細な実証分析を行って着実な議論が展開されている点も高い評価がなされるべきであろう。

さらに,木論文の土台となった研究は,国際的にも高い評価を得ていることも付言されるべきであろう。各章のべースとなった学術論文は,既に複数の査読付国際学術雑誌に掲載されたものである。また,著者は,現在所属するアフリカの国際研究機関において既に主導的な役割を果たしており,その成果が本論文においても示されている。これらの事実は著者が既に独立した高い資質を有する研究者であることの証左でもある。

もちろん,本論文にも問題点がないわけではない。本論文は,優れた東アフリカの半乾燥地域における研究になっているものの,それが西アフリカをはじめとする他のアフリカ地域の研究にどのような意義を有するのかが必ずしもあきらかではない。これらの国の周有性を理解するためにも乾燥地域との比較の視,点が必要であるように思われる。また,脱農業化という現象は,アフリカのみならず普遍的な現象であるが,それについての考察が不足しているために,著者が対象とした地域の固有の特性についての論述がやや不十分になってしまっている点なども悔やまれる。

このように本論文には,いくつかの問題点は残るものの,それらは今後の研究における課題と言えるものであり,本論文のアフリカ研究における新たなフロンティアの開拓という価値をいささかも損なうものではない。以上の理由から,本論文は,博士(経済学)を授与するに十分な水準に達していると審査委員の全会一致で判断した。

審査委員

主査中西徹

副査矢坂雅充

加納啓良

高橋昭雄

柳田辰雄

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32455