学位論文要旨



No 216982
著者(漢字) 大内,香
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,カオリ
標題(和) 癌悪液質に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 216982
報告番号 乙16982
学位授与日 2008.07.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16982号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 客員教授 吉田,稔
 東京大学 准教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

癌は糖尿病疾患、脳疾患と並ぶ三大成人病疾患の一つとして罹患率及び死亡率の高い疾患である。癌疾患は患者の生存とQOLに悪影響を及ぼす全身疾患であり、中でも癌悪液質は多くの固形癌で散見され、生存短縮、化学療法の応答性の低下等の問題を示すといわれている。しかし現在、癌悪液質に対する支持治療は行われていない。 本背景をふまえ、本論文は癌悪液質の病態研究とその改善を大きな目的とした。まず第一に癌悪液質モデルの確立を行い(第一章)、癌悪液質発症の原因因子として考えられるシステミックな液性因子を探索した(第二章)。次に新規抗癌剤capecitabineの癌悪液質改善効果を検討した(第三章)。

第一章では癌悪液質モデルの確立について論述した。1) 担癌により体重減少を示すマウス結腸癌Colon 26より悪液質強発現亜株clone20と悪液質非発現亜株clone5を単離した。これら二株の担癌マウスモデルでは体重減少等の悪液質の諸症状と生存期間に大きな差が認められた。2) 悪液質を強く発症するclone20を肝臓に移植した場合には腫瘍の増大にもかかわらず、悪液質の発症が認められないことが見い出された。3) Clone20モデルはT cell 欠損マウスでも同様に体重減少と生化学的なパラメータの変動が認められた。4)ヒト子宮頸がんY株から悪液質を強く発症するclone17癌悪液質モデルを作成した。Colon 26 clone20と同様に体重減少と生化学的なパラメータの変動が認められたことから、本株も癌悪液質モデルとして有用であることが示唆された。

第二章では悪液質発症の原因因子の探索について論述した。1)抗interleukin-6 (IL-6)抗体投与による悪液質発症の減弱効果から、Colon 26 clone20モデル及びヒト子宮頸がんY株Clone17の悪液質発症の原因因子として腫瘍の産生するIL-6が関与していると考えられた。しかし、癌悪液質非発現株であるclone5担癌マウス血中においても生物活性を有するIL-6が検出されたことから、悪液質の発現にはIL-6と共に何らかの付加的な因子が関与している可能性が示唆された。2) Clone20とclone5担癌マウス血中で差の認められる液性因子としてparathyroid hormone related protein (PTHrP)が検出され、PTHrP抗体投与によりclone20モデルにおける悪液質発症の減弱効果が認められた。IL-6抗体の投与ではPTHrPが減少せず、PTHrP抗体投与ではIL-6レベルが減少しなかったことから、IL-6とPTHrPとは異なる経路で悪液質を誘導し、発症には少なくともこれら二つの液性因子が必要である可能性が考えられた。3) Clone20とclone5腫瘍中のgene expression profileの比較から悪液質にIL-6とPTHrP以外の液性因子が関与する可能性は少ないことが示唆された。4)抗炎症剤あるいはIFN-γ投与によりColon 26 clone20の悪液質発症が抑制され、血中IL-6の低下が認められた。以上の結果から悪液質の発症の原因因子としてIL-6とPTHrPが共に役割を担っていることが示唆された。

第三章では5-FU系抗癌剤capecitabineによる癌悪液質の改善効果について論述した。1) Capecitabineは抗腫瘍効果を示さない低い用量で既に発症したcolon 26 clone20あるいはY株担癌悪液質状態を改善した。2) Capecitabine投与により担癌マウス血中のIL-6及びPTHrPが減少していた。3) CapecitabineのPTHrP及びIL-6減少効果はin vitroにおける癌細胞への直接的な効果ではなく、in vivoの腫瘍組織中でthymidine phosphorylaseを強発現している癌細胞への選択的な抗腫瘍効果の結果である可能性が示唆された。

以上、本論文は癌悪液質モデルにおいて、悪液質発症の原因因子としてIL-6とPTHrPとが共に関与していることを示した上で、抗体、抗炎症剤、Th1サイトカインによる治療の可能性があること、及び既存の抗癌剤であるcapecitabineが悪液質改善という新たな作用機作を有する可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

がん患者の生存期間を短縮させる原因のヤつとしてがん悪液質があり、その臨床症状は脂肪組織重量や筋重量の減少による体重低下(るい痩)である。そのため、がん患者の生存延長には悪液質発症の原因因子を明らかにすることは、極めて重要である。

本論文では、がん悪液質発症に差を示す担がんモデルを確立し、がん悪液質発症の原因因子を探索した。また、治療的な見地から大腸がんに対する標準的治療薬であるcapecitabineのがん悪液質改善効果について検討した。

序論に続き、第一章では悪液質の発症に差がある担がん動物モデルを確立し、モデル間の差を検討することにより原因因子の探索を行った。マウス結腸がんColon 26 から悪液質発症に差の認められるclone20とclone5を単離し、血中で差の認められる液性因子としてparathyroid hormone related protein(PTHrP)を見出した。PTHrP中和抗体投与によりがん悪液質の減弱が認められた。本章では悪液質の発症の異なる亜株細胞を単離し比較することにより、PTHrPががん悪液質の原因因子であることを見出した。

第二章では悪液質発症に対する炎症性サイトカインの関与を検討した。Clone20担がんマウス血中及び腫瘍中においてinter leukin-6 (IL-6) が検出され、中和抗体により悪液質の発症が抑制された。IL-6とPTHrPは抗体により互いに減少せず、In vitro においてもIL-6によるPTHrPの発現には変化が認められなかった。一方、がん悪液質を発症しないclone5においても生物活性を有したIL-6が発現していた。以上の結果から!L-6もまた悪液質の発症に関与する因子であり、IL-6とPTHrPとは互いに独立して発現経路を有すること、IL-6単独では悪液質を発症しないことが明らかになった。

第三章では悪液質発症におけるがん微小環境の関連検討を行った。悪液質発症を示さないclone20肝臓移植モデルを確立した。肝臓に移植したclone20腫瘍組織は宿主細胞の浸潤がわずかであったことから悪液質発症における宿主細胞の関与が疑われた。抗human IL-6抗体投与による悪液質発症の減弱効果が認められたとき、腫瘍中のmouseIL-6も同時に減少していた。以上、がん組織中のがん細胞と宿主細胞のinteractionが生み出す腫瘍内微小環境が悪液質の原因因子発現に役割を担うごとを見出した。

第四章では大腸がんの標準的治療薬である5-FU系抗がん剤capecita bineによる悪液質の改善効果を検討した。capecitabineは抗腫瘍効果を示さない低い用量でclone20及びY株担がんモデルにおいて血中のIL-6及びPTHrPを減少させ、悪液質改善及び生存延長を示した。以上、抗がん剤capecitabineが担癌宿主血中の悪液質の原因因子を抑制した結果、悪液質改善効果および生存延長を示すことが見出された。

本論文では、がん悪液質発症の原因因子としてPTHrPが重要な因子であること、IL-6も二次的に悪液質発症に関与していることを明らかにした。また、両因子の発現制御にはがんの微小環境が役割を担っている可能性が示された。さらに治療の観点から、抗がん剤capecitabineが悪液質改善という新たな作用機作を持つことを見出し、その機作としてがん悪液質の原因因子を選択的に増殖阻害することが示唆された。

本研究のがん悪液質の病態と原因物質の解析から、IL-6とPTHrPを制御することでがん、悪液質を改善できる可能性が示唆された。今後、臨床におけるがん治療の未解決の課題である悪液質を克服する臨床研究に結びつくことが期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)∧の学位論文として価値あるものと認めた。

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