学位論文要旨



No 216985
著者(漢字) 広瀬,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,ヒロコ
標題(和) イギリスにおける性教育の義務必修化に関する研究 : セクシュアリティに関心を持つ近代国家の政策の一展開
標題(洋)
報告番号 216985
報告番号 乙16985
学位授与日 2008.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第16985号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,学
 東京大学 准教授 勝野,正章
 東京大学 准教授 小玉,重夫
 東京大学 教授 川本,隆史
 東京大学 客員教授 小川,正人
 女子栄養大学 教授 橋本,紀子
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

本稿は,イギリスにおける1994年の性教育義務必修化が、公権力不介入原則を「留保」する政策であったという理解のもとに、「原則保留」をもたらした背景を明らかにしながら「原則保留」の意味を読み解くことを目的とする。緊急的対処という意味合いを強く持つこの制度化過程が知見として示しているのは、政府による価値教育への関与が一律に排除されるものではないというにとどまらず、国家が価値教育に関与する仕方は二者択一でない複数の関心次元の複合として構成されているということである。

2 保革枠組みの無効

イギリスで、自由化を支持する労働党路線とそれを「許容」主義であるとして批判する保守党路線の対立を背景に、家族計画協会に主導される「進歩的」性教育はその「許容性」の象徴として保守派から批判される形で1970年代にクローズアップされる。1980年代には保守党のサッチャー (Margaret Thatcher) 政権下で性教育への政府関与が議論されはじめ、1994年実施の制度につながる。新制度は、ナショナル・カリキュラムのサイエンスに含まれる部分の性教育をどの子どもにも必修とし、それ以外の性教育については親が子供を退席させる権利を認めるものであり、サイエンスにおける性教育には価値的事柄を含まないとした。

道徳的右派 (The Moral Right) と呼ばれる原理主義的保守派からの、「進歩的」性教育実践に対する長期にわたる熾烈な批判の「帰着点」でもあるこの制度は、道徳的観点と家族の重視を方針とするなど、保守色を見せたと考えられた。しかし、新制度は道徳的右派のロビーに抗しながら制度化されたのであり、結局のところ「自律性」を称揚し、野党労働党に親和的な家族計画協会が推進していた「進歩的」性教育の普及定着を内実にするものであった。

セクシュアリティという私的領域に関与する性教育の義務必修化は、公教育が私的領域に積極的に関与することを宣言するものであり、近代が「正義」としてきた公権力不介入原則を「留保」するものにほかならない。しかし、議会論争にも見られるように、1970年代には強固に共有されていたこの原則が、1980年代にはア・プリオリに「正義」の原則にならなくなってくるのである。保革枠組みの無効は、「原則留保」を含意する保守党政府の判断を、保守党労働党双方が見解を一致させて支持したことにより出現する。

3 私的領域の浮遊

権力不介入原則を留保させた事態は、他ならぬ私的領域の浮遊である。確固たる価値観を持てずに性教育にあたれない親の大量出現と、少女たちの望まない妊娠の急増、それに追い討ちをかけるように始まったHIV/AIDSの感染拡大は、その具体的相である。とりわけ、十代の望まない妊娠問題のインパクトは多大で、これが単なる個人の性行動選択の問題ではなく、貧困を背景にした社会的排除の世代継承の問題であることが明らかにされて多方面に及ぶ影響が認識されるようになると、性行動は、私的自由のアジェンダ項目から社会の危機管理のアジェンダ項目へと明確に論点の軸をシフトさせていった。この流れはエイズパニックによって決定的となり、性領域への政策関与は、社会のほぼ総意として、「許容」にとどまらず、「要請」されることになる。性教育導入が意図したのは、浮遊し始めた私的領域の維持再建であった。

1970年代に家族計画事業から性教育領域へ参入した家族計画協会は、保守派の批判に対峙しながらも現実路線をとって精力的に「進歩的」性教育実践を牽引した。1980年代には、家族計画協会の実績を引き継ぎながら性教育協会が設立され、右派も含めた性教育のネットワークが整備された。大多数の親は性教育実践を支持し、学校に性教育を期待した。性教育を硬派の話題として伝えようとするメディアの姿勢も、世論形成に大きく影響した。1990年代になると、宗教界も学校における性教育に対するコンセンサスづくりをはじめ、足並みを揃えた。

こうした流れに唯一反対を貫いたのは、議会に強い影響力を持つ道徳的右派であった。しかし、禁欲をよしとする彼らの性教育批判の論理は、後追い的な嫌悪感の表明に終始し、世論の支持を得ることはできなかった。性教育への政府関与の提案は、もともと彼らが「進歩的」性教育を規制する趣旨で提案したものであったが、「政府関与」は意味合いを変えて保革を越えた支持を得るに至るのである。制度化に反対する道徳的右派は、抵抗の最後の砦として、性教育から子どもを退席させる親の権利の導入を求めて激しいロビー活動を行った。制度成立を優先した政府は、妥協をもってこの権利要求を入れた。

新制度は各地各学校で前向きに受け入れられ、サイエンスに価値的な要素を入れる実践が工夫されるなど、制度の趣旨は定着に向かい、後の労働党政権下でシティズンシップ教育にリンクする。

4 公私二元論の限界と再解釈と

性教育を学校教育の中に義務として制度化する発想は、価値領域への公権力介入をタブーとする近代学校制度を想定した議論からは出てこない。一種の緊急事態として言説化されたイギリスの性教育は、しかし時限的な措置に終わらずに学校教育の中に位置づくことになる。

公権力不介入原則が規範的常態として想定するような公私二元論的な社会構造は、近代社会において常態ではなかったということは、既に現状分析においても、理論的分析においても広く知られているところである。近代社会の権力の作用が、抑圧どころか解放を強要されたセクシュアリティを媒介にして機能していると見たフーコー (M. Foucault) の卓越した分析は代表的である。性領域に関心を持つ国家権力の「性向」は、イレギュラーであるどころか、近代社会の順当な「性向」としなければならないということになる。

公私二元論のフィクション性を露呈させたケースでもあるイギリスの性教育制度化は、フーコーの理論シェマをよりよく検証する事例であるかにも思われる。しかしこの事例が示すのは、むしろ、フーコーの理論シェマを越えてしまった社会の現状であり、内面の自由と社会の多元化の成熟と表裏して浮遊を余儀なくされた私的領域が、「自律性」を機能させられなくなる事態である。権力作用の装置として機能不全に陥る「自由な私的領域」を、維持再建する策が性教育制度化であった。

一方、フーコーの登場によって有効性を減じたと考えられていた公私二元論は、近代社会におけるこうしたメンテナンス需要を予期するものであった。公私二元論の出発点の意味を読み解くべく、ジョン・ロック (John Locke) に立ち戻った中山道子は、ロックが採用した公私分離の手法は、絶対的な権力は存在させない家族が現実に優勢であったことを利用し、そういう家族を理想としたロックが採用した、政治領域に適合する家族形態を確保するための「戦略」であったということを見出している 。性教育制度化に見られる公権力による私的領域の再建策は、現実の家族形態の変化とともに効果を減ずるロックの時限的「戦略」の代替策の一つであったともいえるだろう。そして、私的領域の浮遊によって行き詰まりを迎えたかに見えた「性的欲望の装置」は、学校教育に常置された性教育によってメンテナンスされながら延命するシナリオが読み取れるのである。

5 「国家による価値観の教育」の少なくとも二つの位相

イギリスの性教育制度化が知見として示しているのは、公的関与が教育において排除されるものではないということにとどまらず、国家が価値領域に関与する仕方は、二者択一でない複数の関心次元の複合によって構成されているということだ。子どもを退席させる親の権利の要求が現状を認識しない無責任なものとして非難されながらも、政府がこの権利の導入を排除しえなかったのは筋としては正当な要求だと考えられたからである。「原則」は完全に破棄されたわけではなく、制度化のスポットライトから外れた場所で維持された点を見逃してはならない。「自律性」が機能しているときの秩序維持と、それが機能しないときの秩序メンテナンスという、国家の価値教育への関与の二つのモードが性教育制度化過程に併存して稼働していたのである。

日本の理論状況に照らすと、「『国家』から「『独立』した『自由』な『聖域』などあり得ようはず」がない として、国家と教育を対立的に把握した「国民の教育権論」を批判した持田栄一の問題視角や、私事性と公共性は「社会的共同性を実現する『分化した』(したがって協同的な) 二つの契機であり、関係 」であるとする黒崎勲の指摘を、教育行政学理論の出発点として確認できるだろう。

教育法学においても近時、教育への政治介入を原則否定しながらも、憲法的価値の教育は必要だと考える主権者教育論を再評価する動きがある 。国家による価値教育への関与を一律排除せずにいくつかの次元で考えようとする試みであり、イギリス性教育の事例に通底する課題意識が見てとれる。しかし、そうした課題意識に基づく理論枠は、教育と政治的関与を積極的に論じる契機を持ちえない「文字どおり」の公私二元論とは別の形で構想しなければならないことは確認しておきたい。

中山道子『近代個人主義と憲法学』、東京大学出版会、2000年。持田栄一『持田栄一著作集5教育変革の理論』明治図書、1980、p.21。黒崎勲『増補版 教育の政治経済学』日々教育文庫 同時代社、p.333。例えば、戸波江二、西原博史『子ども中心の教育法理論に向けて』エイデル研究所、2006。
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審査の結果の要旨

本論文は、イギリスにおいて1994年に制度化された性教育の義務必修化の政策の立案と審議の過程を分析し、セクシュアリティという私事領域の教育に政府が介入するにいたった経緯を、近代公教育の公私二元論の原則における葛藤として叙述し考察している。

第一部においては、性教育の制度化前史を対象として1950年代から1960年代の性教育状況(第1章)、「進歩的」性教育の動向(第2章)、避妊の意味づけの変化と家族計画協会の性教育への参入(第3章)が詳細に分析され、家族計画協会に牽引された「進歩的」性教育と道徳的右派と呼ばれる原理主義的保守派の諸団体による性教育批判との対立構図が叙述されている。

第二部においては、性教育の制度化過程が主題化され、家族計画協会による性教育の宣言(第4章)、性教育をめぐる議会の論争史(第5章)、性教育の義務必修化の法的枠組みの政策論議(第6章)、性教育における論争的事項(第7章)、性教育に対する世論とメディアの報道(第8章)、道徳的右派による性教育批判の論理(第9章)、性教育に対する宗教界の見解(第10章)が多様な文書と議事録を資料として考察されている。

第三部においては、性教育が義務必修化された制度の展開と実際が検討され(第11章)、性教育導入の様式と授業実践の具体について事例調査をもとに記述されている。

そして第四部の「考察」においては、性教育の義務必修化において現れた「許容的」社会の「負」の問題水準と国家による価値教育の二つの位相において公私二元論の原則が再調整を求められたことの教育行政学的な意味について探究されている。

本論文は、イギリスにおける性教育をめぐる議論と政策に関する洗練された実証的研究であり、性教育に関する「進歩的」教育と道徳的右派との論争を議会レベルの審議と政策において包括的に研究した本格的研究である。これほど詳細かつ精緻に性教育の義務必修化の過程を考察した研究は日本はもちろんイギリスにおいても例を見ない点において、本論文はそのオリジナリティを評価された。さらに本論文は、性教育の義務必修化がサッチャー首相の保守政権下において政策化され、しかも「進歩的」勢力の推進する性教育の内容が制度化されるという逆説的現象に着目したユニークな考察を行っている。本論文は、この保革の逆説的現象の基盤を10代の妊娠やAIDSの拡大に代表される私的領域の「浮遊」によるものと解釈して、セクシュアリティという私的領域に対する公的介入が必然化され、近代公教育の行政における公私二元論の原則も再調整されるにいたったと結論づけている。

本論文は、上記のように、イギリスにおける性教育の義務必修化の政策分析において精緻な実証的研究として評価されるだけでなく、セクシュアリティの教育に対する公的介入の論理を考察した点においても独創的で優れた成果をあげている。よって、本論文は博士論文としての水準を十分にみたすものとして評価された。

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