学位論文要旨



No 216990
著者(漢字) 筒井,浩明
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ヒロアキ
標題(和) 頭足類の色素細胞を模倣した新規な高分子ゲル調光材料の研究とその応用
標題(洋) A Study of a Novel Polymer-Gel Light Modulation Material Mimicking Pigment Cells of Cephalopods and Its Applications
報告番号 216990
報告番号 乙16990
学位授与日 2008.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16990号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 准教授 吉田,亮
 東京大学 准教授 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

刺激応答性高分子ゲル(以下、刺激応答ゲル)は外部環境の変化により、急激にその体積を変化させるという特異な現象を示し、学術的観点のみならず、応用面でも多くの興味を集めている材料である。特に、その急激な体積変化と生体適合性の高さから人工筋肉や薬物徐放性材料などの機能材料としての利用が期待されてきている。

本論文では刺激応答ゲルの人工筋肉および物質担持体としての機能に着目し、頭足類の変色器官である色素細胞を模倣した新規な生体模倣材料である調光材料の設計とその光学素子としての応用検討を行った結果をまとめている。頭足類の色素細胞は色素嚢と筋繊維で構成され、筋繊維の収縮・弛緩に伴う色素嚢の光吸収断面積変化により、色変化を発現させている。筆者は刺激応答ゲルを色素嚢兼人工筋肉として利用することにより、色素細胞の機能を人工的に実現した調光材料(以下、調光ゲル)を考案した。すなわち調光ゲルは色材(顔料)を担持し、その体積変化により、光吸収断面積を変化さて、色変化を実現する。本研究では刺激応答ゲルを利用した変色原理を提示するとともに、その基本原理検証、および実用化を念頭に置いた光学素子の応用例の検証を行うことを目的としている。

まず調光ゲルの材料設計の詳細について検討を行った。モデル材料として感熱応答性のN-isopropylacrylamide (NIPAM)ゲルを用いた。大きな透過率変化には高濃度の顔料含有が必要なため、顔料濃度がNIPAMゲルの温度応答性へ与える影響について検討した。結果、顔料濃度増加により体積変化量は減少する傾向があったが、合成条件の最適化により、高顔料濃度での大きな体積変化を実現した。これらの検討により、膨潤・収縮により色濃度の変化する調光ゲルの合成に初めて成功した。また、含有させる顔料種および顔料濃度によって、変色温度は変化しないため、含有させる顔料種を変えるのみで様々な色変化を示す調光ゲルが作成可能なことも明らかとなった。

次にNIPAM調光ゲル粒子を利用した光学素子の透過率変化を決定する各要素の詳細検討を行った。調光ゲル粒子の粒径・体積変化量・顔料濃度や調光素子中に分散される調光ゲル粒子の濃度および調光層の厚みなどが光学素子の透過率変化に与える影響を明らかとした。これらの結果は、調光ゲルを用いた光学素子の透過率変化制御のための基本的設計指針を与える重要なものである。

さらに、実用化に向けた光学素子構成を考案した。調光ゲル粒子と膨潤液を単純に分散しただけの素子では、膨潤・収縮による粒子間凝集および、重力により粒子の沈降により性能が劣化するという課題があった。そこで、調光ゲル粒子を刺激応答性のない高分子ゲル中に分散・担持するという新たな光学素子構成を考案し、その作製を実現した。本構成では素子中での調光ゲル粒子の凝集や沈降を回避できるため、繰り返し変化および長期間の使用に対し安定な実用性の高い光学素子が実現可能となった。また、この光学素子では応答速度の速い調光ゲル微粒子を分散した構造を持たせたことにより、従来困難であったバルクでの短時間での特性変化も実現している。

また、調光ゲルの応用例としてフォトリソグラフィーの手法を利用した調光ゲルパターン化を考案した。調光ゲル粒子を光硬化性樹脂前駆体溶液中に分散させ、基板上に塗布した状態で、フォトマスクを通して紫外線を照射することにより、フォトマスクのパターンを複写した調光領域を基板上に形成可能とした。さらに異なる温度に応答する調光ゲル独立して基板上にパターン形成することにより、温度センサーアレイとして本手法を適用できることも示している。

もう一つの応用先としてスマートガラスへの適用を検討した。スマートガラスとは室外の気温変化に応答して透過率が変化し、日光の入射量を制御することで空調の電力使用量を低減するものである。スマートガラス実現には、UCSTゲルへの顔料含有が必要になるが、報告されているUCSTゲルへの高濃度の顔料含有は困難であった。そこで、筆者は顔料含有アクリルアミドゲルに対し、ポリアクリル酸を外部から浸透させる手法によりsemi-IPN(相互侵入網目)構造をもつUCSTゲルの合成に成功した。本手法により、UCST特性を持つ調光ゲルの調製が初めて実現された。この調光ゲルを用いた光学素子は高温時には透過率が約10%、低温時では60%以上の透過率を示し、高温時に自律的な遮光を実現するスマートガラスとして機能することを確認した。さらに本semi-IPNゲルはこれまで報告されていたUCSTゲルに比べ簡便に合成できると伴に、優れた繰り返し再現性を示し、スマートガラスへの実用化にきわめて重要な特長を持つことも明らかとした。

このように本研究において、調光ゲルの調製法を確立し、その調光原理の検証と材料設計のための指針を明らかとした。さらにセンサーアレイ・スマートガラスへの応用検討により、調光ゲルは高い応用可能性を有すことを実証した。応用展開のための今後の課題の一つとして、より長期間の信頼性向上がある。本研究で検討している調光ゲルは水を膨潤溶媒とするため、長期間の使用において調光ゲルが乾燥して応答性を損なうおそれがある。この課題は光学素子の封止技術の開発や、蒸気圧の低い溶剤を膨潤溶媒とした調光ゲルを開発することによって解決することができるであろう。また、本研究における調光ゲルは様々な刺激応答ゲルに適応可能であり、たとえば、電気応答ゲルを用いることによって、様々な表示材料に適応できる可能性も有している。本研究の内容を基礎することにより、調光ゲルを利用した光学デバイスが実用化される未来もそう遠くないであろう。

審査要旨 要旨を表示する

生体模倣材料は、新たな機能性材料創製の可能性を有し、基礎および応用の両面から注目を集め活発な研究が進められてきている。その中でも刺激応答性高分子ゲル(以下、刺激応答ゲル)は外部環境の変化により、急激にその体積を変化させるという特異な現象を示すため、人工筋肉や薬物徐放性材料等の機能材料としての利用が期待されてきた。

本研究では刺激応答ゲルの物質担持体および人工筋肉様の機能に着目し、頭足類の変色器官である色素細胞を模倣した新規な調光材料の設計と光学素子としての応用検討を行っている。頭足類の色素細胞は色素嚢と筋繊維で構成され、筋繊維の収縮・弛緩に伴う色素嚢の光吸収断面積変化により、色変化を発現させている。申請者は刺激応答ゲルを色素嚢兼人工筋肉として利用することにより、色素細胞の機能を人工的に実現した調光材料(以下、調光ゲル)を考案した。すなわち調光ゲルは色材を担持し、その体積変化により、光吸収断面積を変化させ、色変化を実現する。本論文では調光ゲルの設計指針および基本特性を明らかにし、光学素子としての基礎検証を行っている。さらに、センサーアレイやスマートガラスへの応用検討により、高い実用性を示すことにも成功している。以下、各章毎に、本論文の審査結果の概要を述べる。

第1章は序論であり、刺激応答ゲルの特徴と応用研究例を述べるとともに、刺激応答ゲルの調光材料への利用に関する研究の現状と課題について論じている。その上で、刺激応答ゲルの人工筋肉および化合物担持体としての特徴が頭足類の色素細胞と類似していることに言及し、本研究で目指す刺激応答ゲルを利用した変色原理を提示するとともに、その基本原理検証、および実用化を念頭に置いた光学素子の基礎検証を行うことを本論文の主題と位置づけている。

第2章では、調光ゲルの材料設計の詳細について明らかにしている。ここでは感熱応答性のN-isopropylacrylamide (NIPAM)ゲルを用いた原理検証を行っている。大きな透過率変化には高濃度の顔料含有が必要なため、顔料濃度のNIPAMゲルの温度応答性への影響を詳細に検討している。結果、顔料濃度増加より体積変化量は減少する傾向が判明したが、合成条件最適化を検討することにより、高顔料濃度での体積変化を実現し、膨潤・収縮により色濃度の変化する調光ゲルを初めて調製した。また、含有させる顔料種および顔料濃度によって、応答する刺激強度は変化しないため、刺激応答ゲルに含有させる顔料種を変えるのみで様々な色変化を示す調光ゲルが作製可能なことも明らかとしている。

第3章ではNIPAM調光ゲル粒子を利用した光学素子の透過率変化を決定する各要素の検討を詳細に行っている。調光ゲル粒子の粒径・体積変化量・顔料濃度や調光素子中に分散される調光ゲル粒子の濃度および調光層の厚みなどが光学素子の透過率変化に与える影響について明らかにしている。これらの結果は、調光ゲルを用いた光学素子の透過率変化制御のための基本的設計指針を与える重要なものである。

第4章では、実用化に向けた光学素子構成の検討をしている。調光ゲル粒子分散液のみでは、膨潤・収縮による粒子間凝集および、重力により粒子の沈降により調光性能が劣化するという課題があった。そこで、調光ゲル粒子を刺激応答性のない高分子ゲル中に担持するという新たな光学素子構成を考案し、それを実現している。本構成では素子中での調光ゲル粒子の凝集・沈降を回避でき、繰り返し変化および長期間の使用に対し安定な実用性の高い光学素子が初めて実現可能となっている。また、この光学素子では応答速度の速い調光ゲル微粒子を分散した構造を持たせたことにより、従来困難であったバルクでの短時間での特性変化も実現している。

第5章ではフォトリソグラフィーの手法を利用して、調光ゲル粒子を基板上に特定の形状で固定する方法について提案している。調光ゲル粒子を光硬化性樹脂前駆体溶液中に分散させ、基板上に塗布した状態で、フォトマスクを通して紫外線を照射することにより、フォトマスクのパターンを複写した調光領域を基板上に形成可能となっている。さらに異なる温度に応答する調光ゲルを独立して基板上にパターン形成し、温度センサーアレイとして本手法を適用できることも示している。

第6章ではスマートガラスへの応用を検討している。スマートガラスとは室外の気温変化に応答して透過率が変化し、日光の入射量を制御することで空調の電力使用量を低減するものである。スマートガラス実現には、上部臨界溶解温度(upper critical solution temperature, UCST)ゲルへの顔料含有が必要になるが、報告されているUCSTゲルへの高濃度の顔料含有は困難であった。そこで、申請者は顔料含有アクリルアミドゲルに対し、ポリアクリル酸を外部から浸透させたsemi-IPN(相互侵入網目)構造をもつUCSTゲルを新たに考案している。本手法により、UCST特性を持つ調光ゲルの合成が初めて実現された。この調光ゲルを用いた光学素子は高温時には透過率が約10%、低温時では60%以上の透過率を示し、スマートガラスとして機能することを確認している。さらに本semi-IPNゲルはこれまで報告されていたUCSTゲルに比べ簡便に合成できるとともに、優れた繰り返し再現性を示し、スマートガラスへの実用化にきわめて重要な特性を持つことも明らかとしている。

第7章は全体総括である。一連の研究のまとめと調光ゲルの光学素子、表示素子としての今後の展望についてまとめている。

以上のように、申請者は刺激応答ゲルを利用して、頭足類の色素細胞を模倣した新規なメカニズムによる調光材料の開発に成功している。本論文の内容はその独創的なアプローチと開発された調光ゲルの性能の高さ、および応用面での有用性から考えてマテリアル工学の分野において秀でたものであると判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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