No | 216992 | |
著者(漢字) | 大嶽,久志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオタケ,ヒサシ | |
標題(和) | 月インブリウム盆地の化学組成構造に関する分光学的研究 | |
標題(洋) | Spectroscopic study of the chemical structure of the Imbrium Basin | |
報告番号 | 216992 | |
報告番号 | 乙16992 | |
学位授与日 | 2008.07.14 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第16992号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究『月インブリウム盆地の化学組成構造に関する分光学的研究』の目的は,Mare Imbriumにおける玄武岩溶岩流の立体的な化学組成構造を求め,マグマの化学組成・活動規模に関する時間的・空間的な変化を明らかにすることにより,玄武岩起源モデルに対して制約条件を与えることである. 月の海と呼ばれる玄武岩の溶岩流地形は月面全体の17%の領域を覆うが,その体積は107km3であり,月の地殻と比較すると1%以下にすぎない(Head, 1975).このように体積比は小さいが,マントルに起源を発する海の玄武岩溶岩流の鉱物・化学組成,および噴出規模に関する情報は,月の玄武岩起源と月内部の熱的な進化に対して制約を与えるという点で重要である. Apollo 11号,17号で回収された高チタン玄武岩の生成年代が36~39億年であるのに対し,Apollo 12号,15号で回収された低チタン玄武岩は32~34億年前であり,TiO2量が多い玄武岩ほど古い生成年代という傾向であった.これらの玄武岩試料の化学・鉱物・同位体組成やその他の情報に基づき,海の玄武岩の起源に関するモデルが提案されている(Green and Ringwood, 1973; Taylor and Jakes, 1974; O'Hara et al., 1975; Kesson, 1975; Hubbard and Minear, 1975; Ringwood, 1975; Shih and Schonfeld, 1976; Ringwood and Kesson, 1976; Binder, 1982など).これらのモデルは前述の高チタン玄武岩は低チタン玄武岩より古い年代であるという回収試料の結果を1つの根拠として組み立てられている. しかしながら最近のリモートセンシングにより得られた月面全域のチタン分布図により,Hiesinger et al. (2000)はOceanus Procellarum(嵐の大洋)において若い年代の玄武岩TiO2量が多い傾向にあることを示した.この結果はApollo回収試料における傾向とは逆であり,Apollo計画の試料回収地点は月面全体から見てごく限られた場所で,岩石の年代と鉱物・化学組成との関係も月における全容を表しているとは言えないことを示唆している. このような状況により,玄武岩溶岩流のTiO2量と噴出規模が年代と共にどのように変化したかを広範囲に調べる必要がある.全体の化学組成構造と,マグマ結晶分化作用による化学組成変化を理解する上で,特に地下方向の溶岩流の分布(深さ,組成)が重要な情報をもたらす.そこで本研究論文では玄武岩の化学組成と噴出の規模,分布との相関を把握するために最も適した場所の1つとして,Mare Imbirumを解析対象に選んだ. 衝突クレータの周辺に分布するイジェクタは地下から掘り起こされたものであるから,その鉱物・化学組成はクレータ形成前の地下の物質分布に関する情報をもたらす(図1).そのため本研究論文では,クレータイジェクタの分布とイジェクタの起源である岩石がクレータ形成前に存在した場所の深さとの関係を導いた.そしてさまざまな大きさのクレータから掘り起こされたイジェクタのTiO2量より,地下を含めた全体の化学組成構造を初めて求めた(図2).その結果,Mare Imbriumにおける火山活動はImbrium期からEratosthenian期にかけて噴出規模が大きく減少し,かつTiO2量は低チタン玄武岩から高チタン玄武岩へと増加したことが分かる.低チタン玄武岩の分布は高チタン玄武岩より古く大規模であり,活動の最終期には少量の高チタン玄武岩を噴出して活動が終わったことが示された. また,玄武岩の各地質ユニット内の化学組成変化より,マグマの結晶分化作用が年代・場所によりどのように変化するかをマスバランス解析により推定した.マグマでの結晶化度と噴出規模との相関を求め,そしてMare Imbriumでは東・西側の領域で溶岩流の化学組成・噴出規模の時間的な変遷が異なることを示した. 解析結果から得られた玄武岩起源モデルへの制約条件により,特に化学組成の時間変化の観点で,モデルは改良が必要であることが分かった. 本研究によりMare Imbriumにおける玄武岩溶岩流の化学組成構造が明らかになり,マグマの活動に関して化学組成・活動規模の時間的な変化についての新たな見解が得られたと考える.月周回衛星かぐやが今後取得する元素分布,高空間分解能・高波長分解能の分光データ,電波による地下構造探査データは,本研究をさらに発展させるものと期待される. 図1.衝突クレータと周囲に分布しているイジェクタ.色はTiO2量を表す(wt%).クレータ形成時に掘り起こされた物質は表層とは異なるTiO2量を示す.HT:6%以上,LT2:3~6%,LT1:1~3%,VLT:1%未満. 図2.表層と各深さにおけるTiO2量分布.VLT,LT1,LT2,HTは図1と同じ識別を表す.図中の白い線は本文中で断面をとって解析した場所. | |
審査要旨 | 本論文は6章から構成されている。第1章では本研究の背景について述べられている。月の海に存在する玄武岩のチタン含有量と生成年代との関係について、過去の月探査計画(アポロおよびルナ計画)で回収された試料の分析結果と、最近のリモートセンシングにより得られた結果との間で相違があるという問題点を述べ、玄武岩のチタン含有量・噴出規模の時間変化について、月の海全体における傾向がまだ明らかになっていないことを論じている。その全容を把握するためには、月の海について地下方向も含めた化学組成構造を把握する必要があると述べている。また、インブリウム盆地(直径約1160km)は、その内側のほぼ全体が大規模な玄武岩溶岩流で覆われており、玄武岩は幅広い生成年代(39~23億年前)と、広い範囲のチタン含有量(0.5~11wt%)を示すため、溶岩流の化学組成と噴出の規模・分布との相関を把握するためには最も適した場所の一つである。このことから本研究ではインブリウム盆地の化学組成構造を研究対象としている。 第2章では、今までに提唱されている海の玄武岩の起源モデルについてまとめている。海の玄武岩の起源モデルには、集積岩の再溶融モデル、同化モデルぐ沈み込みモデルの三つがあり、いずれのモデルも、過去の月探査計画で回収された試料の研究によるチタン含有量が多いほど年代が古いという結果に基づいている。 第3章では、本研究で使用したデータについてまとめている。クレータのイジェクタ(噴出物)の数百メートル規模の物質分布を解析対象とするために、米国のクレメンタイン衛星による高空間分解能の分光画像データが必要であることを述べている。 第4章では、インブリウム盆地での表層の玄武岩の分布を求め解析している。その結果から、この海の表層に分布する玄武岩はインブリウム期からエラトステニアン期にかけて噴出規模が大きく減少し、かつチタン含有量は低チタン玄武岩から高チタン玄武岩へと増加したことを述べている。 第5章では、地下の玄武岩の分布について解析した結果について述べている。まず、クレータ半径の0.14倍の深さから掘り起こされたクレータ・イジェクタが、クレータ中心からクレータ半径の1.1~1.5倍の領域に分布することをクレータ形成の理論モデルから導き、その結果を室内の衝突実験および地球上のクレータの野外調査結果を用いて検証している。次に、このクレータリム付近の領域に分布するイジェクタ組成に着目すると、同じ大きさのクレータについてはローカルな領域内で互いに近い化学組成を有することが分かった。したがって、等しい深さでの溶岩流の化学組成および水平方向の分布が得られる。また、クレータサイズを変えて同様のことを行うと、深さ方向の溶岩流化学組成の分布も得られる。このことを328個のクレータそれぞれに適用し、初めて地下の玄武岩の化学組成構造を明らかにした。この結果、低チタン玄武岩の分布は、高チタン玄武岩より古く大規模であり、活動の最終期には少量の高チタン玄武岩を噴出して活動が終わったことが示された。このような化学組成構造が示されたことは過去にはなく、世界で初めての解析結果を得ることができた点は高く評価すべきである。 第6章では、第4章・第5章での玄武岩分布に関する解析結果より得られた、玄武岩起源モデルへの制約条件をまとめ、それらに基づいて今までの玄武岩起源モデルの検証を行っている。これまでのモデルは、月面上の限られた場所からの回収試料の分析結果に基づいたものであった。本研究で得られたインブリウム盆地の玄武岩におけるチタン含有量と年代との関係は、回収試料による研究とは異なるため、これまでの玄武岩起源モデルは改良が必要であることが示されている。 本研究は、分光観測データから、海の玄武岩の地下方向を含めた化学組成構造を求める手法の考案と検証を行っている。それをインブリウム盆地の海に適用することにより、初めてその領域での化学組成構造を明らかにすることができたという点で高く評価される。これにより、この場所でのマグマ化学組成の時間的・空間的な変化についての知見が得られた。本研究での化学組成構造の推定方法・考え方は、月面上の他の地域、および他の天体にも応用が可能であることから、惑星科学において重要な研究手法が得られたと考えられる。 なお、本研究の一部は水谷仁宇宙航空研究開発機構名誉教授との共同研究による結果も含んでいるが、論文提出者が主体的に分光画像データの解析、化学組成構造を求める手法の考案と検証、得られた化学組成構造に関する解釈を行っており、その寄与は十分と判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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