学位論文要旨



No 216996
著者(漢字) 德田,進一
著者(英字)
著者(カナ) トクダ,シンイチ
標題(和) 茶園土壌の亜酸化窒素生成に関する研究
標題(洋)
報告番号 216996
報告番号 乙16996
学位授与日 2008.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16996号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 八木,一行
 東京大学 講師 大塚,重人
内容要旨 要旨を表示する

現代の食料生産において、高い生産性を維持するためには、窒素肥料の利用が必要不可欠である。しかし、窒素肥料の過剰施用は、地域レベルでは地下水の硝酸汚染を引きおこし、地球レベルでは温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)の生成を増加させている。N2Oは農地から発生する温室効果ガスとしては、二酸化炭素やメタンよりも温暖化係数(GWP)が大きく、オゾン層の破壊にも関与している。そのため、農業形態別のN2O発生量の把握と発生機構の解明が急がれている。一方、茶園土壌の室内培養試験や、ライシメーターを使った茶の栽培試験の結果から、茶園からの窒素揮散の可能性が示唆されていた。しかし、これまで茶園からの窒素揮散量、揮散のメカニズムについて検討した報告はほとんどない。茶園は窒素施肥量が多く、これに伴って土壌が酸性化しており、これまで得られている知見から、N2Oとして窒素が揮散していている可能性が考えられた。そこで、茶園土壌からN2Oが生成しているかどうかを調査するとともに、N2O生成量と土壌の理化学性や肥培管理との関係を明らかにし、さらにはN2O発生機構を生成反応とそれに関与する微生物のレベルで検討した。

最初に土壌のN2O生成能の評価方法を確立した。茶園土壌(生土)を三角フラスコに入れ、アンモニア態窒素と硝酸態窒素をそれぞれ0.4 mgN g-1乾土になるように添加し、水分含量を最大容水量の60%に調整した後、フラスコ気相を大気条件のままで密封した。25℃で培養し、定期的にフラスコ気相中のN2O濃度をECD-GCで分析した。その結果、無機態窒素を添加した茶園土壌からは、培養開始から2週間目まで一定速度でN2Oが生成し続けた。この時、フラスコ気相中の酸素濃度は19%以上を維持していた。茶園土壌のN2O生成能は3.8 μg N2O -N g-1 d-1と計算され、これまで報告されている森林土壌や草地土壌、一般の畑土壌の値に比べて3~1000倍以上高かった。また、供試土壌を、風乾、4℃で長期保存、あるいは供試前に前培養してもN2O生成能は上昇しなかった。以上の結果から、好気条件において、強酸性化した茶園土壌のN2O生成能は非常に高く、それは茶園土壌がもともと有している性質であると考えられた。さらに、重窒素標識した無機態窒素を添加した茶園土壌から発生するガスをGC-MSで分析したところ、重窒素標識されていたのはN2Oのみで、標識された窒素ガスは検出されなかった。このことから、茶園土壌からはN2Oが生成していることが確認されるとともに、窒素揮散の形態はN2Oが中心で窒素ガスの揮散はほとんどないと考えられた。

次に、N2O生成能と土壌の理化学性や肥培管理との関係を明らかにするために、国内の主要な茶産地を持つ府県の茶業関係研究所で管理されている試験圃場から、畝間表層土壌を採取して解析した。その結果、茶園土壌のN2O生成能と土壌pHには負の指数関数的相関が認められ、土壌pHが低くなるほど加速度的にN2O生成能が高まった。また、相関関係からはずれて著しく高いN2O生成能を有していた3種類の土壌は、これら土壌を採取した茶園の窒素施肥量が1,000 kgN ha-1 y-1を越えていた。そこで、N2O生成能と土壌の理化学性、肥培管理との関係をさらに検討するために、異なる肥培管理を長期継続している野菜茶業研究所内の四要素試験圃場から、窒素肥料と石灰資材(苦土石灰)の施用量が異なるために土壌pHが異なる土壌を採取し、N2O生成能を比較した。その結果、石灰資材を施肥しないことによって酸性化した土壌に比べ、窒素多肥によって酸性化した土壌のN2O生成能は非常に高かった。以上の結果から、長期にわたる窒素多肥によって土壌pHが低下することによって、茶園土壌のN2O生成能が高まったと考えられた。

茶園土壌が高いN2O生成能を持つという知見を確かなものとするために、四要素試験圃場からのN2Oフラックスを2年間にわたって測定し、N2Oフラックスと土壌の理化学性や地温、降水量等との相関関係を検討した。その結果、圃場からもN2Oが大気中に多量に放出されており、室内培養試験の結果と同様に、窒素施肥量が多く、土壌pHが低い圃場ほど放出量は多かった。また、茶園からのN2Oフラックスは大きな時間的変動を示したが、その変動要因を解析したところ、従来報告されている土壌水分や無機態窒素含量ではなく、土壌のN2O生成能の影響が最も強かった。以上の結果から、窒素施肥量が多く、土壌pHが低い茶園からは多量のN2Oが生成することが、圃場においても確認された。

茶園土壌は土壌pHが低いほどN2O生成能が高かったが、これはこれまでに報告のない事例であった。そこで、この理由を明らかにするために、茶園土壌からのN2O生成機構を検討した。茶園土壌のような酸性条件では化学的脱窒による非生物反応によってN2Oが生成する可能性が示されている。そこで、オートクレーブによって滅菌した土壌に亜硝酸態窒素を添加したところ、土壌からのN2O生成量はわずかであった。このことから、土壌全体のN2O生成量への化学的脱窒によるN2O生成の寄与は小さく、主に生物反応によってN2Oが生成すると考えられた。茶園土壌からのN2O生成量は硝化抑制剤(ニトラピリン)の添加によって23.7%減少したが、この減少分は主に硝化由来のN2O生成量に相当すると考えられた。一方、硝化抑制剤を添加しても抑制できないN2Oは脱窒由来と考えられた。硝化だけを選択的に抑制する濃度のアセチレンガスを培養フラスコ気相に添加しても依然としてN2Oが発生することからも、茶園土壌では脱窒からN2Oが生成すると考えられた。以上の結果から、強酸性化した茶園土壌を好気条件で培養した場合、N2Oは硝酸化成と脱窒の両方から生成するが、脱窒が主反応であると考えられた。

次に、茶園土壌における好気的脱窒によるN2O生成に関与する微生物を検討した。細菌と糸状菌の生育を選択的に阻害する抗生物質として、それぞれクロラムフェニコールとシクロヘキシミドを茶園土壌に添加したところ、無添加土壌に比べ、N2O生成量はクロラムフェニコールによって44%、シクロヘキシミドにより91%が阻害された。このことから、茶園土壌からの脱窒によるN2O生成には細菌だけでなく糸状菌も関与しており、糸状菌が関与する割合が大きいと考えられた。そこで、N2O生成能の高い茶園土壌から希釈平板法等によって82株の糸状菌を分離し、純粋培養におけるN2O生成能を評価した。その結果、74株がN2O生成能を有していたが、培養期間中のN2O生成量、生育に伴う酸素消費量、菌体増殖量は菌株によって異なっていた。分離株のうち、最もN2O生成量が多かった菌株について、純粋培養時の培養フラスコ気相のN2O濃度と酸素濃度の変化を詳細に測定した。その結果、この糸状菌はフラスコ気相中の酸素濃度が培養開始36時間後に大気レベルから低下し始めると同時にN2Oを生成し始め、酸素消費速度が最大の時にN2O濃度の増加速度も最大になった。また、利用可能な酸素が消費されつくし、酸素濃度が一定の値を示し始める120時間目以降には、N2O濃度の増加速度も低下した。次に、N2O生成活性測定培地のpHと硝酸態窒素濃度がN2O生成速度に及ぼす影響を検討した。培地pHが8.0から4.0に低下するにつれてN2O生成速度は徐々に高まり、pH 3.0では著しく増大した。培地の硝酸態窒素濃度が500 mgN L-1まではほぼ一定の速度であったが、この濃度を超えるとN2O生成速度は増加し、2,000 mgN L-1 でもN2O生成は阻害されなかった。この糸状菌の純粋培養による試験で得られた、培地のpHと硝酸態窒素濃度に対する応答に関する知見は、茶園土壌のN2O生成の特徴に類似するものであった。

脱窒活性の茶園内での垂直分布を明らかにするために、茶園の畝間表層から不透水層までの下層土壌をボーリングにより採取して、理化学性と生物性を分析した。全細菌数と脱窒菌数は表層から下層にかけて減少したが、深さ15 mを超えると再び増加し、下層土壌にも表層と同程度かそれ以上の細菌、脱窒菌が存在した。また、表層から深さ1.2 mに存在した有機物層では、その上下の土壌に比べ細菌数、脱窒菌数とも多かった。脱窒活性は表層から下層にかけて急激に低下したが、グルコースの添加により下層土壌の脱窒活性は高まることから、下層土壌でも脱窒が起こりうると考えられた。有機物層と地下水面における硝酸態窒素濃度の窒素安定同位体自然存在比の変化からも、これらの部位で脱窒が起こっている可能性が示された。

強酸性茶園土壌の生物性の特徴を、土壌微生物バイオマス量とFDA(二酢酸フルオレセイン)分解活性から検討した。茶園土壌の微生物バイオマス量は中性土壌に匹敵し、また微生物活性の指標となるFDA分解活性は、土壌pHが低いほど高くなる傾向が認められた。

以上の結果から、茶園土壌からのN2O生成について、次のように結論づけた。

(1) 好気条件において、今まで報告されている中性土壌に比べて、多量のN2Oを生成する。

(2) N2O生成能は土壌pHが低いほど高く、特に窒素施肥量が一定レベルを超えると著しく増大する。

(3) N2O生成過程は、好気条件にあるにもかかわらず脱窒が主要な生成反応である。

(4) 好気条件における脱窒によるN2O生成には糸状菌の関与が大きく、実際に茶園土壌から分離した糸状菌の多くがN2O生成能を有していた。

審査要旨 要旨を表示する

現代の食料生産において、高い生産性を維持するためには窒素肥料の利用が必要不可欠であるが、窒素肥料の過剰施用は温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)の生成を増加させる。そのため、農地からのN2O発生量の把握と発生機構の解明、発生抑制技術の開発が急務となっている。一方、施肥窒素の収支を検討した結果、茶園からのN2O発生の可能性が示唆されていたが、これまで茶園からのN2O発生について検討した報告はほとんどない。本論文は、茶園土壌からN2Oが生成しているかどうかの実態調査と、N2O発生機構の解明を、圃場レベルから微生物レベルまでの幅広い視点から検討したものである。

最初に土壌のN2O生成能の評価方法を確立し、典型的な窒素多肥・酸性の茶園土壌の大気条件におけるN2O生成能を評価したところ、N2O生成能は3.8 μg N2O -N g-1 d-1となり、これまで報告されている一般の畑土壌等の値に比べて3倍以上高いことを明らかにした。次に、国内の茶園から21種類の土壌を採取し、N2O生成能と土壌の理化学性や肥培管理との関係を検討した。その結果、茶園土壌のN2O生成能と土壌pHには負の指数関数的相関が認められ、土壌pHが低くなるほどN2O生成能が高まった。また、相関関係からはずれて著しく高いN2O生成能を有していた3種類の土壌は、これら土壌を採取した茶園の窒素施肥量が1,000 kgN ha-1 y-1を越えていた。さらに、異なる肥培管理を長期継続している施肥試験圃場から採取した土壌のN2O生成能を比較したところ、窒素多肥が原因となって酸性化した土壌のN2O生成能は非常に高かった。以上の結果から、長期にわたる窒素多肥によって土壌pHが低下することにより、茶園土壌のN2O生成能が高まると結論づけた。

茶園土壌が高いN2O生成能を持つという知見を確かなものとするために、施肥試験圃場からのN2O発生量を2年間にわたって野外において測定した。その結果、室内培養試験の結果と同様に、窒素施肥量が多く、土壌pHが低い圃場ほどN2O放出量は多かった。また、N2O発生量の変動要因を統計解析したところ、従来報告されている降雨や施肥ではなく、土壌のN2O生成能の影響が最も強かった。以上の結果から、窒素施肥量が多く、土壌pHが低い茶園から多量のN2Oが発生することを、圃場においても確認した。また、圃場からのN2O放出は土壌のN2O生成能、すなわち土壌中のN2O生成に関与する微生物の数や活性によって強く支配されている可能性を示した。

次に、茶園土壌のN2O生成機構を検討した。酸性条件で起こりうる化学的脱窒によるN2O生成は、土壌全体のN2O生成量に比べてわずかであり、主に生物反応によってN2Oが生成した。土壌中でN2Oを生成する生物反応は硝化と脱窒であるが、硝化によるN2O生成を選択的に阻害する硝化抑制物質(ニトラピリン)の添加によって23.7%減少したが、抑制できないN2Oは脱窒由来と考えられ、茶園土壌では主に脱窒からN2Oが生成すると考えられた。以上の結果から、強酸性化した茶園土壌は好気条件であるにも関わらず、脱窒がN2Oの主な生成反応であると結論づけた。

次に、茶園土壌における好気的脱窒によるN2O生成に関与する微生物を検討した。細菌と糸状菌の生育を選択的に阻害する抗生物質を添加したところ、抗真菌剤であるシクロヘキシミドによる阻害割合が大きかった。このことから、茶園土壌からの脱窒によるN2O生成には糸状菌が関与する割合が大きいと考えられた。そこで、茶園土壌から82株の糸状菌を分離してN2O生成能を評価したところ、74株がN2O生成能を有していた。分離株のうち、最もN2O生成量が多かった菌株について、純粋培養時の培養フラスコ気相のN2O濃度と酸素濃度の変化を詳細に測定した。その結果、この糸状菌はフラスコ気相中の酸素濃度が大気レベルから低下し始めると同時にN2Oを生成し始めた。また、この糸状菌の純粋培養におけるN2O生成活性は、培地pHが低いほど、また、培地の硝酸態窒素が高いほど、高まった。この、培地のpHと硝酸態窒素濃度に対する反応は、茶園土壌のN2O生成の特徴に類似するものであった。

本研究においては、圃場試験レベルと室内培養試験レベルの両方によって、茶園土壌から多量にN2Oが生成し、生成量は窒素施肥量が増えるほど、また、土壌pHが低いほど増加することを明らかにした。このことは、茶園からのN2O生成量を削減するためには、窒素施肥量を減らし、極端な土壌の酸性化を避けることが重要であることを示している。また、好気条件における糸状菌による脱窒が茶園土壌の主要なN2O生成反応であることを、土壌レベルと微生物レベルで明らかにしたが、これらの知見はこれまで知られている土壌のN2O生成の特徴と大きく異なるものであった。

以上、本研究は、茶園土壌のN2O生成の特徴を解明するとともに、農耕地からのN2O生成制御技術の開発への展開に繋げ得るものであり、学術的、応用的意義は大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク