学位論文要旨



No 216997
著者(漢字) 小久保,諭
著者(英字)
著者(カナ) コクボ,サトシ
標題(和) 遺伝子組換えヒト型骨形成因子-2/生分解性担体複合体の骨誘導作用及び骨欠損修復作用に関する臨床的研究
標題(洋)
報告番号 216997
報告番号 乙16997
学位授与日 2008.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16997号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西村,亮平
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 准教授 望月,学
内容要旨 要旨を表示する

骨折に代表される骨組織損傷,骨の形態異常,骨形成不全などの骨関連疾患の治療は,整形外科,口腔外科,歯科等の人を対象とした診療領域のみでなく,獣医診療においても重要な位置を占める領域の一つである。中でも,重度の外傷,骨腫瘍摘除,遷延治癒あるいは偽関節治療のための骨切除等に起因する骨欠損は自然治癒が期待できず,患者のquality of lifeを著しく低下させる要因となることから,骨欠損部の補填が必要となる。

現在,骨欠損の補填には自家骨,同種骨,及びセラミクスなどの移植材料が用いられている。いずれの移植材料も良好な臨床成績が示される反面,自家骨では採骨部位の疼痛,感染及び骨折等の合併症,同種骨では移植片への免疫反応,感染症伝搬の危険性,人工材料では生体内での残存,骨組織との力学強度特性の差異等の問題点もそれぞれ指摘されており,これら移植材料と同等以上の臨床効果を示し,かつ問題点を補完し得る新たな移植材料が求められている。

骨形成因子-2(BMP-2)は1988年,Wozneyらにより遺伝子配列が同定された蛋白であり,以降,遺伝子組換え型BMP-2(rhBMP-2)の臨床応用に関する検討が進められている。rhBMP-2はin vitroにおいて未分化間葉系細胞,筋芽細胞等を骨及び軟骨系細胞に強力に分化誘導することから,上記移植材料に代わる新たな骨欠損補填材料としての応用が期待される。しかし,生体内に移植されたrhBMP-2は速やかに分解及び拡散されることから,in vivoにおける薬効発現には本蛋白を保持し,かつ持続的に放出し得る適切なdelivery system,すなわち担体が必須である。これまでに脱灰骨基質,コラーゲンなどの生物由来材料,ハイドロキシアパタイト,リン酸三カルシウム等の人工材料,ポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体(PLGA)より作製した多孔性顆粒と自家血液との混合物等が担体候補として報告されているが,いずれも担体強度,分解吸収性,整形性などの問題で満足度が高いとは言えず,rhBMP-2の薬効発現に最適な担体は未だ見出されていない。

著者らはこれら担体の欠点を補完する新規担体候補として,ゼラチンスポンジをPLGAでコートしたPLGA-coated gelatin sponge(PGS)を創製した。本担体はラット異所性骨誘導モデルにおいて,誘導カルシウム量,担体内への骨侵入の程度,誘導された骨組織の形状,移植時の操作性等に優れた性能を有することが確認され,rhBMP-2新規担体としての有用性が期待される。しかし,実際に臨床応用される適応部位を想定した検討は十分に行われていない。

そこで本研究では,長管骨骨欠損部補填を主たる適応症と想定し,これに即した動物モデル,すなわちウサギ尺骨及びイヌ脛骨分節性骨欠損モデルを用い,PGSを担体とした場合のrhBMP-2用量反応性,安全性,及びrhBMP-2含浸PGS(rhBMP-2/PGS)により誘導される骨組織の長期安定性等について,X線所見,組織学的所見及び力学強度を指標に検討した。

第一に,PGSのrhBMP-2担体性能の探索的検討を目的とし,ウサギ尺骨分節性骨欠損モデルにおいてrhBMP-2/PGSの骨修復作用,rhBMP-2用量反応性,及び安全性を,X線所見,組織学的所見及び力学強度を指標に検討した。日本白色種ウサギの右尺骨骨幹部に1.5cm長の分節性骨欠損を作製し,rhBMP-2を濃度0.1, 0.4もしくは1 mg/cm3にて含浸させたPGS(BMP群),もしくはPGSのみ(PGS群)を移植し,移植後8もしくは16週まで観察した。PGS群では骨欠損修復が見られなかったのに対し,BMP群はX線学的癒合率をrhBMP-2濃度依存的に増加させた。BMP群の組織所見において,移植後8週では骨髄腔内の線維性骨,再生皮質骨の骨内膜側の表層不整,活性化骨芽細胞が観察され,本時点ではリモデリング過程にあることが示唆されたが,これらの所見は移植後16週には消失しており,再生された骨組織は層板構造を有する成熟骨組織にリモデリングされることが確認された。また両時点において,移植されたPGSの免疫原性を示す組織所見は観察されなかった。一方,rhBMP-2濃度依存的な再生骨組織の力学強度の回復が,移植後16週において認められたが,正常尺骨の強度までの完全な回復は確認できなかった。以上の成績より,rhBMP-2/PGSはrhBMP-2濃度依存的に骨欠損修復作用を発現し,かつ,PGS担体を使用した場合のrhBMP-2至適濃度は0.4 mg/cm3前後であると推察された。

第二に,rhBMP-2/PGS移植後初期における骨形成過程及び安全性に関する詳細な検討を,ウサギ尺骨分節性骨欠損モデルにて実施した。PGSに含浸させるrhBMP-2用量は0(PGS群),0.4もしくは1 mg/cm3(BMP群)とし,移植後3, 7, 14, 21もしくは28日に採材し組織検査に供した。移植後3日及び7日において,PGS移植部位周囲の筋組織間隙には未分化間葉系細胞あるいは血管内皮細胞と推定される多数の紡錘系細胞が観察され,本所見はBMP群でより顕著であった。BMP群では移植後14日より血管再生を伴う骨再生像が認められ,移植後28日までには骨欠損部が再生骨組織により充填される像が観察された。またrhBMP-2濃度間で有意差は見られなかったものの,骨欠損中央部における骨形成面積はrhBMP-2濃度依存的に増加する傾向が認められた。更に,rhBMP-2/PGS移植部及びその周辺部におけるvascular endothelial growth factor(VEGF)の発現を免疫組織化学により検討した。移植後3日では,PGS群を含む全ての群でVEGFの発現が移植部周囲の筋組織間隙に確認された。移植後7日以降,PGS群及びBMP群(0.4 mg/cm3)ではVEGFの発現は確認されなかったが,BMP群(1 mg/cm3)では移植後14日でもVEGF陽性細胞が観察された。移植されたPGSに対する異物反応は,その構成成分であるポリマー及びゼラチンを単独で移植した場合の反応と同程度であった。以上の成績は,rhBMP-2/PGSが濃度依存的に骨欠損修復を促進し,またその作用の一部は未分化間葉系細胞あるいは血管内皮細胞の動員,VEGF誘導を介した血管新生に因ること,及びPGSの安全性を示唆するものと思われた。

前述の通り,ウサギ尺骨分節性骨欠損モデルにおいて,rhBMP-2/PGSはrhBMP-2用量に依存した骨欠損修復作用を発現することが示されたが,rhBMP-2/PGS移植後16週においては,再生された骨組織の力学強度は健常な骨組織のレベルにまで完全には回復していなかった。しかし,rhBMP-2/PGSがより強い荷重負荷の要求される部位へ適用される可能性のあること,かつ骨組織は長期に渡り支持組織として機能する必要があることから,再生された骨組織の長期機能的安定性の確認は非常に重要である。そこで第三に,これら課題の検証を目的として,イヌ脛骨分節性骨欠損モデルおけるrhBMP-2/PGSの骨欠損修復作用をX線及び組織所見,ならびに力学強度を指標に検討した。また,観察期間を最大104週に設定し,再生骨組織の長期安定性についても検討を加えた。イヌ脛骨骨幹部に2.5cm長の分節性骨欠損を作製し,金属プレートで固定後,rhBMP-2を濃度0(PGS群)もしくは0.4 mg/cm3にて含浸させたPGS(BMP群)を移植し,移植後32, 52, もしくは104週までX線学的に観察した。なお,プレートは移植後16週に抜去した。観察期間終了後,力学強度及び組織学的観察を実施した。PGS群では移植後16週時で癒合不全の所見を呈したのに対し(本時点にて安楽死),BMP群では移植後8週にて全例で断端間骨癒合を認めた。プレートと接触する部位におけるX線透過像が移植後16週にて観察されたが,この所見は32週までに消失した。また,移植後32週より104週にかけて,再生骨組織の明らかな減少を示唆する所見は認められなかった。rhBMP-2/PGSによる再生骨組織の力学強度は,全てのパラメータが移植後32週において正常脛骨と同程度に回復し,かつ移植後104週においても再生骨の力学強度は正常骨と同程度に維持されることが明らかとなった。また,強度試験後の試験片を組織学的に観察したところ,移植後104週における再生骨組織は緻密な層板構造を有することが観察された。以上の結果より,誘導された骨組織は長期にわたり機能的に安定であることが示された。

以上,本研究によりrhBMP-2/PGSは自家骨移植等の既存の移植材料に代わる長管骨欠損部補填に有用な生体材料となり得ることが明らかとなった。この成績は臨床応用に向けた有効性,及び安全性の一部を示したものとして非常に重要と考えられる。また,本研究の成果はその他の骨再生/骨造成を必要とされる更なる適応への拡大に向けての基礎データとしても寄与するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

従来、大きな骨欠損部位の治療には自家骨,同種骨及びセラミクスなどが移植材料として用いられてきたが、自家骨では採骨部位の疼痛や採骨量の制約、同種骨では移植片への免疫反応や感染症伝搬の危険性、人工材料では生体内での残存や骨組織との力学強度特性の差異等、様々な問題点が指摘されており、新たな移植材料が求められている。

骨形成因子-2(BMP-2)は1988年、Wozneyらにより遺伝子配列が同定された蛋白であり、ヒト遺伝子組換え型BMP-2(rhBMP-2)が開発されて以降、その強力な骨及び軟骨系細胞への分化誘導作用から、新たな骨欠損補填材料としての応用が期待されている。しかし、生体内に移植されたrhBMP-2は速やかに分解及び拡散されることから、その薬効発現には本蛋白を保持し、かつ徐々に放出し得る適切な担体が必須である。これまでに多くの担体が検討されてきたが、rhBMP-2の薬効発現に最適な担体は未だ見出されていない。著者らはその担体候補として,ゼラチンスポンジをPLGAでコートしたPLGA-coated gelatin sponge(PGS)を創製し、ラット異所性骨誘導モデルにおいて,優れた性能を有することを示した。

そこで本研究では、長管骨骨欠損を主たる適応症と想定し、ウサギ尺骨及びイヌ脛骨分節性骨欠損モデルを用い、PGS担体とrhBMP-2の臨床応用を目的として以下の実験を行った。

第1章の緒言に続き、第2章では、PGSのrhBMP-2担体性能の探索を目的とし、日本白色ウサギの尺骨分節性骨欠損モデル(1.5cmの分節性欠損)においてrhBMP-2/PGSの骨修復作用、rhBMP-2用量反応性及び安全性を検討した。骨欠損部にrhBMP-2をそれぞれ0.1, 0.4, 1 mg/cm3含浸させたPGS(BMP群)、あるいはPGSのみ(PGS群)を移植し、移植後8もしくは16週まで観察した。その結果、PGS群では骨欠損修復が見られなかったのに対し、BMP群ではrhBMP-2濃度依存的にX線学的癒合率が増加した。組織学的にも移植後16週のBMP群では、層板構造を有する成熟骨組織が認められた。一方、再生骨組織の力学強度の回復は濃度依存的に認められたが,正常尺骨の強度までには回復しなかった。

第3章では,rhBMP-2/PGS移植後初期における骨形成過程に関する詳細な検討を、ウサギ尺骨分節性骨欠損モデルを用いて実施した。材料と方法は前章と同様であり、移植後3, 7, 14, 21, 28日に採材し組織検査に供した。移植後3日及び7日において、 rhBMP/PGS移植部位周囲の筋組織間隙には未分化間葉系細胞あるいは血管内皮細胞と推定される多数の紡錘系細胞が観察された。PGS群では骨再生が見られなかったが、BMP群では移植後14日より血管再生を伴う骨再生像が認められ、移植後28日までには骨欠損部が再生骨組織により充填され、rhBMP-2/PGSが濃度依存的に骨欠損を修復することが認められた。さらに、vascular endothelial growth factor(VEGF)の発現を免疫組織化学により検討したところ、BMPの作用の一部は未分化間葉系細胞あるいは血管内皮細胞の動員,VEGF誘導を介した血管新生に因ることが示唆された。

第4章では、再生された骨組織の長期的機能を検討する目的で、イヌ脛骨分節性骨欠損モデルにおけるrhBMP-2/PGSの骨欠損修復作用をX線及び組織所見、ならびに力学強度を指標に検討した。イヌ脛骨骨幹部に2.5cm長の分節性骨欠損を作製し、金属プレートで固定後、rhBMP-20.4 mg/cm3含浸させたPGSを移植し、移植後32、52、104週までX線学的に観察した。その結果、移植後8週にて全例で骨欠損部断端間の骨癒合を認めた。また、再生骨組織の力学強度は、全てのパラメータで移植後32週に正常脛骨と同程度に回復し、かつ移植後104週もその力学強度は正常骨と同程度に維持されていた。移植後104週の再生骨組織は緻密な層板構造を有していた。以上の結果より、誘導された骨組織は長期にわたり機能的に安定であることが示された。また、これらの実験を通じて、PGSに対する有害な反応は見られなかった。

以上要するに、本研究はrhBMP-2/PGSが長管骨大欠損部の移植材料としてきわめて有用であることを示し、かつその至適濃度や安全性も明らかにしたものであり、臨床応用上その貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)として価値あるものと認めた。

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