学位論文要旨



No 216999
著者(漢字) 榎園,淳一
著者(英字)
著者(カナ) エノキゾノ,ジュンイチ
標題(和) 血液組織関門におけるBreast Cancer Resistance Protein (BCRP/ABCG2)による異物排泄の定量的解析
標題(洋)
報告番号 216999
報告番号 乙16999
学位授与日 2008.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16999号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 樋坂,章博
 東京大学 准教授 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

トランスポーターは、薬物の消化管吸収、組織分布および排泄過程において、細胞膜を介した輸送を制御する主要な役割を担っている。薬物の生体膜輸送に関与するトランスポーター分子の同定と、in vivoにおける体内動態的イベント(消化管吸収、組織分布および排泄)における役割を明らかにすることは、薬物の体内動態制御機構を解明する上で重要な検討課題である。本研究ではbreast cancer resismnce protein (BCRP/ABCG2)に注目した。BCRPはATP-binding cassette transporter family Gに属するトランスポーターであり、ATPの加水分解と共役して基質を細胞内から細胞外へと排出する。BCRPは多くの組織で発現しており、薬物の体内動態にとって重要な組織である消化管や肝臓、腎臓、血液組織関門では特に高い発現が認められている。多様な化合物群を基質として認識し、抗癌剤やキノロン性抗生物質など種々の医薬品のほか、発癌性物質や抱合代謝物を基質とする。抱合代謝物の中では、特に硫酸抱合体を良い基質とする。Bcrp-/-マウスを用いたこれまでの研究により、BCRPは医薬品を含む生体異物の経口吸収性を抑制し、尿中や胆汁中への排泄を促進することが明らかとなっている。

本研究の第一の目的は、BCRPの血液組織関門、特に血液脳関門(blood-brain barrier,BBB)と血液精巣関門(blood-testis barrier,BTB)を介した生体異物の組織分布制御における役割を明らかにすることである。第一章では、医薬品や食品性発癌性物質、植物性エストロゲンなど様々なBCRP基質について、脳および精巣分布におけるBCRPの影響をBcrp-/-マウスを用いたin vivo実験によって評価した。第二章では、第一章で評価した化合物について、BCRPやP-glycoprotein(P-gp)の強制発現細胞を用いたin vitro輸送実験を行った。そして、得られた結果を第一章で得たin vivoの結果と比較解析することにより、脳や精巣分布においてBCRPの影響を受けやすい化合物の特性を考察した。本研究の第二目的は、硫酸抱合体の輸送におけるBCRPの役割を解明することである。BCRPは硫酸抱合体を良い基質とすることから、sulfotransferase(SULT)によって生成する硫酸抱合代謝物の排泄において重要な役割を担うことが予想される。第三章では、消化管および肝臓での硫酸抱合体の輸送におけるBCRPの役割をBcrp-/-マウスを用いて解析した。

本研究により、BCRPの血液組織関門の関門機構としての重要性ならびに第3相の異物解毒における役割を明らかにした。

1.BBBおよびBTBにおけるBCRPの機能解析

BBBとBTBにおける関門機構としてのBCRPの役割を、Bcrp-/-マウスを用いて検討した。植物性エストロゲン(daidzein、genistein、coumestrol)、食品性発癌性物質(PhIP、MeIQx)および医薬品(dantrolene、prazosin、triamterene)をそれぞれ野生型マウスとBcrp-/-マウスへ静脈内定速持続投与した。定常状態における血漿、脳および精巣における化合物濃度を定量し、組織-血漿中濃度比(Kp)を野生型マウスとBcrp-/-マウスで比較した。triamtereneを除くすべての化合物について、脳と精巣のKpがBcrp-/-マウスにおいて有意に上昇した。Triamtereneについては、脳のKpがBcrp-/-マウスにおいて有意に上昇した。PhIPについては、発癌性の原因代謝物であるN-hydroxyl PhIPについてもBcrp-/-マウスにおける有意な脳と精巣のKpの上昇が認められた。

genisteinについては、エストロゲンによる有害作用が報告されている精巣上体、卵巣、胎児および胎児脳への分布におけるBCRPの影響を検討した。卵巣への分布に有意な変化は認められなかったものの、精巣上体、胎児および胎児脳への分布についてはBcrp-/-マウスにおける有意な上昇が認められた。

以上の結果より、BCRPは関門組織において植物性エストロゲン、食品性発癌性物質および医薬品など様々な生体異物を積極的に汲み出し、脳および精巣への分布を制限することが明らかとなった。genisteinについては、精巣上体、胎盤および胎児脳への分布についてもBCRPによって制限されていることが明らかとなった。

2.BBBおよびBTBにおけるBCRPの機能についてのin vivo-in vitro比較解析

第一章でin vivo試験を行った8化合物について、マウスBcrpと、マウスBBBに発現しているP-gp分子種Mdrlaの強制発現細胞を用いた輸送試験を行った。単層培養した細胞を介した双方向の経細胞輸送を評価し、基底膜側(basal)から頂側膜側(apical)への透過クリアランスとapicalからbasalへの透過クリアランスの比(flux ratio)を求めた。トランスポーター強制発現細胞におけるflux ratioとコントロール細胞におけるflux ratioとの比をcorrected fluxratio(CFR)とし、トランスポーターによる輸送活性の指標とした。また、前章の結果よ りBcrp-/-マウスにおけるKp値と野性型マウスにおけるKp値の比(Kp ratio)を算出し、脳と精巣への分布におけるBCRPの影響の大きさの指標とした。

評価した8化合物はいずれもマウスBcrpの基質であった。8化合物のうちMeIQx、PhIP、prazosinおよびtriamtereneはマウスMdrlaの基質であった。マウスBcrp強制発現細胞を用いて求めたCFRとKp ratioの間には、明確な正の相関が認められなかった。一方、マウスMdrla強制発現細胞を用いて求めたCFRとKp ratioの間には負の相関が認められた。マウスBcrpの選択的基質と、マウスBcrpとMdrlaの共通基質のpKaを比較した結果、マウスBcrpの選択的基質がいずれも生理的pHにおいて酸性化合物であるのに対し、マウスBcrpとMdrlaの共通基質は生理的pHにおいて塩基性か中性化合物であった。

以上の結果より、BCRPはP-gpと基質が重複しており、共通基質についてはBCRPとP-gpがともに異物排泄に働くために、BCRPの影響が低下すると考えられた。しかし、酸性のBCRP基質はP-gpの基質となりにくく、BCRPによって主に排泄を受けることが示唆された。

3.硫酸抱合体の輸送におけるBCRPの機能解析

消化管および肝臓での硫酸抱合体の輸送におけるBCRPの役割をBcrp-/-マウスを用いて評価した。消化管については、BCRPとSULTの機能および発現の分布を比較した。Western blotting法によって測定したBCRP蛋白の発現量は回腸において最も高く、他の部 位の約2倍であった。消化管各部位の反転腸管を用いて4-methylumbelliferone sulfateの輸送活性を指標に測定したBCRPの活性は、回腸>大腸>空腸の順で大きかった。また、消化管各部位の反転腸管を用いて測定した4-methylumbelliferoneの硫酸抱合代謝活性は大腸において特に高かったのに対し、グルクロン酸抱合代謝活性は十二指腸と空腸で高く、下部では低かった。消化管にはSult1a1/2、1b1、1d1および2b1のmRNAが検出された。Sult1ファミリーのSult1a1/2、1b1および1d1は発現量が大腸において最も高く、Sult2b1の発現量は消化管の各部位で同程度であった。BCRPおよびSULTの発現量と活性はともに消化管の上部より下部において高いことが明らかとなった。この分布の類似性は、両者の協同した生体異物解毒作用において重要と考えられる。

minoxidilの活性代謝物であるminoxidil sulfateについて、小腸から管腔側へ排出輸送におけるBCRPの影響を検討した。反転腸管法によって測定したminoxidil sulfateの管腔側への排出クリアランスは、Bcrp4-/-マウスにおいて野性型マウスの約2分の1に低下した。minoxidil sulfateの小腸管腔側への輸送におけるBCRPの関与が明らかとなった。

PhIPを投与した後の、未変化体および代謝物の血漿中濃度および胆汁中排泄量を野性型マウスとBcrp-/-マウスで比較した。血漿中濃度に変化が認められたのは4'-PhlP sulfateのみであり、Bcrp-/-マウスにおける血漿中濃度は野性型マウスの約6倍であった。4'-PhIP sulfateの胆汁中排泄量はBcrp-/-マウスにおいて有意に低下し、これが4'-PhIP sulfateの有意な血漿中濃度上昇の原因と考えられた。BCRPは硫酸抱合体の胆汁排泄に関与し、硫酸抱合体の血漿中濃度に大きな影響を及ぼし得ることが明らかとなった。

troglitazoneによって惹起される肝内胆汁鬱滞作用の原因代謝物と考えられるtroglitazone sulfateについて、胆汁中排泄におけるBCRPの関与を検討した。troglitazone sul fateをマウスへ静脈内定速持続投与したときの胆汁中排泄クリアランスは、Bcrp-/-マウスにおいて野生型マウスの約3分の1に低下した。BCRPはtroglitazone sulfateの胆汁中排泄に関与していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

トランスポーターは、薬物の消化管吸収、組織分布および排泄過程において、細胞膜を介した輸送を制御する主要な役割を担っている。薬物の生体膜輸送に関与するトランスポーター分子の同定と、in vivoの体内動態的イベント(消化管吸収、組織分布および排泄)における役割を明らかにすることは、薬物の体内動態制御機構を解明する上で重要な研究課題である。申請者はbreast cancer resistance protein(BCRP/ABCG2)に注目し、研究を行った。BCRPはATP-binding cassette transporter(ABC)family Gに属するABCトランスポーターであり、ATPの加水分解と共役して基質を細胞内から細胞外へと排出する。多様な構造的特徴を持つ化合物群を基質として認識し、かつ薬物の体内動態にとって重要な組織である消化管や肝臓、腎臓、血液組織関門に高発現しているという、生体異物の体内動態を制御する上で適した特徴を持っている。Bcrp(-/-)マウスを用いた過去の報告により、BCRPは医薬品を含む生体異物の経口吸収性を抑制し、尿中や胆汁中への排泄を促進することが明らかとなっている。しかしながら、BCRPは血液組織関門の管腔側に発現し、脳から血液方向への輸送を行うと期待されるものの、そのことが明確に実証された例はほとんどなかった。

申請者の本研究における目的は二つある。第一の目的は、血液組織関門、特に血液脳関門(blood-brain barrier,BBB)と血液精巣関門(blood-testibs arrier,BTB)におけるBCRPによる異物排泄の重要性を明らかにすることであり、第一章と第二章に述べられている。第一章では、BCRPの影響をBcrp(-/-)マウスを用いたin vivo実験により、Bcrp(-/-)マウスで組織中濃度が大きく変化する化合物を探索し、医薬品や食品性発癌性物質、植物性エストロゲンなどを見いだした。第二章では、第一章で見いだした化合物について、BCRPやP-glycoprotein(P-gp)の強制発現細胞を用いたinvitro輸送実験を行い、結果を第一章で得たin vivoの結果と比較解析することによって、脳や精巣分布においてBCRPの影響を受けやすい化合物の特性を考察している。申請者の第二の目的は、硫酸抱合体の輸送におけるBCRPの役割を明らかにすることであり、第三章に述べられている。これは、BCRPが硫酸抱合体を良い基質とすることから、体内で硫酸抱合体を生成するsulfotransferase(SULT)との機能協関に注目した研究である。Bcrp(-/-)マウスを用いたin vivo実験によって、消化管と肝臓での硫酸抱合体輸送におけるBCRPの重要性を示唆する結果を得ている。研究の詳細を以下に示す。

第一章BBBおよびBTBにおけるBCRPの機能解析

従来、Bcrp(-/-)マウスにおいても、Bcrp発現臓器である脳や精巣の組織中濃度が増加するわけではなく、関門機構の一つとしての重要性は疑問視されていた。申請者は、Bcrp(-/-)マウスに種々の化合物を静脈内定速持続投与し、in vivoで組織中濃度が増加する化合物群の探索を行った。その結果、植物性エストロゲン(daidzein、genistein、coumestrol)、食品性発癌性物質(PhIP、MeIQx)および医薬品(dantrolene、prazosin、triamterene)など様々なBCRP基質が、Bcrp(-/-)マウスで組織中濃度が増加することを見いだした。triamterene以外の化合物については、脳と精巣の両方のKpがBcrp(-/-)マウスにおいて有意に上昇した。triamtefeneについては、脳のKpがBcrp(-/-)マウスにおいて有意に上昇した。PhIPについては、発癌性の原因代謝物であるN-hydroxylPhIPについてもBcrp≠ マウスにおける有意な脳と精巣のKpの上昇が認められた。さらに、genisteinについては、エストロゲンによる有害作用が報告されている精巣上体、卵巣、胎児および胎児脳への分布におけるBCRPの影響を検討した。もともと血液組織関門機構が存在しないと言われている卵巣への分布に有意な変化は認められなかったものの、精巣上体、胎児および胎児脳への分布についてはBcrp(-/-)マウスにおける有意な上昇が認められた。

以上の結果より、BCRPは植物性エストロゲン、食品性発癌性物質および医薬品など様々な生体異物の脳および精巣への分布を制限することを明らかとした。特に、genisteinについては、精巣上体、胎盤および胎児脳への分布についてもBCRPによって制限されていることを明らかとした。

第二章BBBおよびBTBにおけるBCRPの機能についてのin vivo-in vitro比較解析

第一章でin vivo試験を行った8化合物について、マウスBcrpの強制発現細胞を用いた輸送試験を行い、in vitroにおけるマウスBcrpによる輸送活性と、in vivoにおける脳と精巣への分布に対するBCRPの影響を定量的に比較した。しかしながら、両者の間に明確な相関は認められず、in vitroで測定されたBcrpによる輸送速度は化合物間で同程度であるのに対して、in vivoで評価を行った8化合物のBcrp(-/-)マウスにおける脳と精巣分布の変動は化合物により異なっていた。申請者は、化合物ごとにBcrpの寄与率が異なることをin vivoとin vitroが乖離する要因と考えた。マウスのBBBに発現しているP-gp分子種であるMdrlaに着目し、マウスMdrlaの強制発現細胞を用いた輸送試験を行った。その結果、daidzein、genistein、coumestrolおよびdantroleneなど、脳と精巣分布におけるBCRPの影響が大きかった化合物は、いずれもBCRP選択的基質であったのに対し、PhIP、MeIQx、prazosinおよびtriamtereneなど脳と精巣への分布におけるBCRPの影響が小さかった化合物は、いずれもBCRPとP-gpの共通基質であった。構造的特徴を比較すると、BCRPの選択的基質が弱酸性化合物であったのに対し、BCRPとP-gpの共通基質は中性から塩基性化合物であった。

以上の結果より、BCRPはP-gpと重複した基質選択性を示し、関門組織においてBCRPとP-gpがともに異物排泄に働くために、Bcrpの欠損が基質化合物の組織分布に与える影響がin vitroからの予測よりも小さくなると考えられた。一方、弱酸性のBCRP基質はBCRPが主たる排出ポンプとなるため、Bcrpの欠損が組織分布に与える影響が大きいことが示唆された。

第三章硫酸抱合体の送におけるBCRPの機能解析

消化管および肝臓でのBCRPとSULTの機能協関について、Bcrp(-/-)マウスを用いて評価した。消化管におけるBCRPとSULTの機能および発現の分布を比較した。4-methylumbellifbron sulfateの輸送活性を指標に評価したBCRPの活性と、Western blotting法によって求めたBCRP蛋白の発現量は、ともに消化管の中部~下部(空腸~大腸)において高かった。4-methylumbelliferonの硫酸抱合代謝を指標に評価したSULTの活性と、Sultlファミリー(4-methylumbelliferonなどフェノール性水酸基を持つ化合物を良い基質とする分子群)のmRNA量はともに大腸において高かった。BCRPとSULTはともに消化管の上部より下部において活性と発現量が高いという点で類似しており、この類似性がBCRPとSULTの協同した解毒作用に重要であると考えられた。minoxidilの活性代謝物であるminoxidil sulferteについても小腸から管腔側へ排出輸送におけるBCRPの影響を検討し、minoxidil sulfateの小腸管腔側への輸送にBCRPが関与していることを明らかにした。

肝臓については、硫酸抱合体の胆汁中排泄におけるBCRPの影響を、PhIPをモデル化合物として評価した。PhIPを静脈内投与した後の血漿中4'-PhIP sulfate濃度は、Bcrp≠ マウスにおいて野性型マウスの約6倍に上昇した。4'-PhIP sulfateの胆汁中排泄量はBcrp(-/-)マウスにおいて有意に低下し、これが4'-PhIP sulfateのBcrp(-/-)マウスにおける血漿中濃度上昇の原因と考えられた。BCRPは硫酸抱合体の胆汁排泄に関与し、硫酸抱合体の血漿中濃度に大きな影響を及ぼし得ることが明らかとなった。troglitazoneによって惹起される肝内胆汁欝滞作用の原因代謝物と考えられるtroglitazone sulfateについて、胆汁中排泄におけるBCRPの関与を検討した。troglitazone sulfateをマウスへ静脈内定速持続投与したときの胆汁中排泄クリアランスは、Bcrp(-/-)マウスにおいて野生型マウスの約3分の1に低下し、BCRPはtroglitazone sulfateの胆汁中排泄に関与していることが明らかとなった。

本研究によって申請者は、BCRPが血液脳関門や精巣関門において、医薬品を含む様々な生体異物の組織分布を制限することを明らかにした。また、脳や精巣への分布がBCRPによって影響されやすい化合物の特性を提唱した。さらに、BCRPは消化管と肝臓において硫酸抱合体の体外排出を担うことを明らかにし、消化管においてはBCRPとSULTとの類似した分布が両者の協同した解毒作用の効率化に寄与していることを提唱した。これらの成果は、薬物動態研究の進展に貢献するものであり、申請者を薬学博士の学位の授与に値すると認めた。

UTokyo Repositoryリンク