学位論文要旨



No 217001
著者(漢字) 西山,宇一
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ウイチ
標題(和) 血小板減少状態におけるトロンボポエチンによる血栓形成亢進作用の減弱 : 機序の解明及び治療における意義
標題(洋)
報告番号 217001
報告番号 乙17001
学位授与日 2008.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17001号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
内容要旨 要旨を表示する

トロンボポエチン(TPO)は、巨核球・血小板造血を司る主要なサイトカインであり、遺伝子組換えTPOは、血小板減少症治療薬としての応用が期待されている。一方で、TPOはin vitro及びex vivoおいて、血小板表面に存在するc-Mpl(TPO受容体)に結合し、血小板機能を亢進させることが明らかとなっている。このことから、TPO投与による血栓形成の亢進に伴う血栓症の増悪が懸念されている。頚動脈及び冠動脈血栓症モデルを用いてこれまでに実施された検討において、TPOの血栓形成亢進作用は認められていないが、十分な検討が実施されたとは言い難い。

以上の背景から、新たな血栓症モデルを用いて血栓形成に対するTPOの作用の有無を明らかにすることを目的とする検討を行い、その成果を前半に示した。また、前記検討の結果、TPOは血栓形成亢進作用を有するものの、その作用は血小板減少状態において減弱することが明らかとなったことから、その減弱の機序を明らかとすることを目的とする検討を行い、その成果を後半に示した。

腸間膜微細静脈血栓症モデルラットを用いた血栓形成に対するトロンボポエチンの作用検討

微細血管の血栓症モデルにおけるTPO投与の影響はこれまでに検討されていない。そこで本検討では、腸間膜微細静脈血栓症モデルラットを用いた。その際正常ラットに加え、TPOが使用される臨床状態を想定し、血小板減少ラットを用いた。血小板減少は、全身放射線照射(TBI)により惹起した。

正常ラットに開存性の血栓を作製後、媒体又はTPO(PEG-rHuMGDF)を静脈内投与したところ、媒体投与群では血栓の増大は認められなかったが、TPO投与群では多くの個体において、投与後10分以内に血栓の増大に伴う血管閉塞が認められた(表1)。一方、血小板減少ラットでは、TPO投与による血栓形成の亢進は認められなかった(表1)。

以上の結果から、TPOの血栓形成亢進作用は、TBIによる血小板減少状態においては減弱することが判明した。また、血小板減少状態におけるTPOの血栓形成亢進作用減弱の機序を解明する上で、血小板の性状解析が必要と考えられた。

全身放射線照射による血小板減少状態において認められる血栓形成に対するトロンボポエチンの亢進作用減弱の機序に関する検討

上記の通り、TBIによる血小板減少状態において、血栓形成に対するTPOの亢進作用の減弱が認められたことから、減弱の機序を明らかとするため、本検討では、ラットに加えマウスを用い、血小板機能として凝集能を測定した。TBIによる血小板減少期のマウス及びラット血小板の凝集能を正常動物のそれと比較したところ、アゴニストにより惹起される凝集能は正常であったが、in vitroにて添加したTPOのアゴニスト惹起凝集に対する亢進作用の減弱が認められ、TPOシグナルの異常が示唆された。

そこで、免疫沈降及びイムノブロッティングを用いて、TBIによる血小板減少期のマウス血小板のc-Mpl、及びその下流シグナルを担うJak2、Stat5蛋白質の量並びにチロシン燐酸化を正常動物のそれらと比較した。その結果、c-Mpl及びJak2蛋白質量の減少が見出され、in vitroにおけるTPO(rMuMGDF)刺激後のStat5蛋白質のチロシン燐酸化は認められなかった(図1)。

TBIなどの骨髄抑制処置により、内因性TPOレベルが上昇することがこれまでに明らかとなっている。そこで、血小板減少期の血小板におけるc-Mpl及びJak2蛋白質量減少とレベル上昇する内因性TPOの影響との関連、及びin vitroにて添加したTPO(rMuMGDF)に対する血小板減少期の血小板の応答性減弱と内因性TPOの影響との関連を、以下の通り検討した。TBI後の血小板減少期の血小板採取に先立ち、内因性TPOを吸収する目的で、過剰量の可溶型c-Mpl(s-Mpl)をマウスに連続投与し、媒体投与マウスと比較検討した。その結果、血小板採取時の末梢血血小板数は媒体投与マウスのそれと同程度に減少したが、採取した血小板において、in vitroにて添加したTPOの凝集亢進作用の回復が認められ、Jak2蛋白質量及びin vitroにて添加したTPOによるJak2活性化の回復が認められた(図2)。

以上の結果から、TBIによる血小板減少状態においては、レベル上昇した内因性TPOに暴露された血小板のc-Mpl及びJak2蛋白質量が減少することにより、in vitroにて添加したTPOに対する血小板の応答性が減弱するものと考えられた。

正常及び血小板減少マウスより採取した同数の血小板に対し、媒体(一)又はrMuMGDF(30ng/mL、+)を添加して5分間培養後、whole cell lysateよりc-Mpl、 Jak2及びStat5を免疫沈降(IP)し、イムノブロッティング(IB)により蛋白質量(上パネル)及びそれぞれの蛋白質のチロシン燐酸化(ptyr、下パネル)を比較した。

(A)TBI(0日目)後、媒体又はs-Mpl(3mg/kg(回)を4日目から6日目までの間に12時間間隔で5回(黒三角)静脈内投与した。0日目より15日目まで、末梢血血小板数を測定した。7日目に採取した血小板を洗浄し、同数の血小板を用いて以下の検討を行った。(B)媒体又はrMuMGDFを添加して3分間培養後、ADP(8μmol/L)を添加し、最大凝集率を比較した。(C)媒体(-)又はrMuMGDF(30ng/mL、+)を添加して5分間培養後、Jak2を免疫沈降(IP)し、イムノブロッティング(IB)により蛋白質量(上パネル)及び蛋白質のチロシン燐酸化(ptyr、下パネル)を比較した。以上の検討を、正常マウスより採取した同数の洗浄血小板を用いて同時に行った。(A、B)N=4、平均値± 標準誤差。

総括・結論

本研究において、TPOのin vivoにおける血栓形成亢進作用が初めて示された。また、TBIにより惹起される血小板減少状態においては、前記の作用が減弱すること、及びその分子機序の一端が本研究において明らかとなった。

本研究の結果、TBIなどの骨髄抑制処置に伴う血小板減少状態におけるTPOの血栓形成亢進作用減弱に関し、以下の機序が考えられた。即ち、血小板は無核のために積極的な蛋白質合成が行われず、一方で骨髄抑制処置により内因性TPOレベルが上昇する結果、血小板のc-Mplに内因性TPOが結合し内在化した後、c-Mpl及びJak2蛋白質が分解され減少し、投与やin vitroにおける添加など、追加的に作用させたTPOに対する血小板の応答性が減弱することにより、TPOの血栓形成亢進作用が減弱しているものと考えられた(図3)。

本研究結果から、骨髄抑制処置により惹起される血小板減少症患者や、骨髄抑制状態にある難治性血液疾患患者においては、内因性TPOレベルの上昇によって、血小板減少症治療のために投与されたTPOの血栓形成亢進作用は減弱するものと考えられ、従って、TPO投与による血栓症増悪の懸念は緩和されると考えられた。

現在、TPOと同様の作用を有するいくつかのc-Mpl作動性分子が血小板減少症治療薬として非臨床・臨床開発下にあるが、本研究成果は、血小板減少症の治療法に関して重要な知見を提供するものと考えられた。

表1正常及びTBI惹起血小板減少ラットにおける血栓の増大に伴う血管閉塞に対するTPO(PEG-rHuMGDF)投与の影響

図1 TBIによる血小板減少マウスにおける血小板のc-Mpl、Jak2及びStat5蛋白質量並びにTPO(rMuMGDF)刺激によるそれぞれの蛋白質のチロシン燐酸化

図2TBIによる血小板減少マウス血小板において認められるTPO(rMuMGDF)による凝集亢進作用減弱及びJak2蛋白質量減少に対するs-Mpl投与の影響

図3 骨髄抑制による血小板減少状態において認められる血栓形成に対するTPOの亢進作用減弱に関し、本研究結果から考えられる機序

審査要旨 要旨を表示する

「血小板減少状態におけるトロンボポエチンによる血栓形成亢進作用の減弱:機序の解明及び治療における意義」と題する本論文は、遺伝子組換え型トロンボポエチン(TPO)を臨床応用する際に起こりうる問題点を予想し、実験モデルを用いて検証した結果が述べられている。トロンボポエチン(TPO)は、巨核球の分化・成熟と血小板の形成を促す主要なサイトカインであり、血小板減少症治療薬として開発できる可能性がある。しかし、TPOは血小板機能を亢進させることも知られており、血栓形成を亢進するおそれもある。このような背景が第1章に述べられている。次に、新たな血栓症モデルを用いて血栓形成に対しTPOが促進的に作用すること、TPOの血栓形成促進作用は値血小板減少状態において減弱することを明らかにした結果が第2章に述べられている。血小板減少状態では、いかなる原因でTPOの血栓形成促進作用が減弱するかを検討した結果が第3章に述べられている。第4章は総括である。

まず行われたのは、腸間膜微細静脈における血栓症モデルラットの開発と、これを用いた血栓形成に対するトロンボポエチンの作用検討である。その際、正常ラットに加え、TPOが使用される臨床状態を想定し、血小板減少ラットを用いている。血小板減少は、全身放射線照射による。正常ラットではTPO投与により多くの個体で血栓の増大に伴う血管閉塞が認められたが、血小板減少ラットではTPO投与による血栓形成の亢進は認められなかった。

次に、全身放射線照射による血小板減少状態において認められる血栓形成に対するトロンボポエチンの亢進作用がいかなる原因で減弱するかが検討された。マウス及びラット血小板のADPにより惹起される凝集能には正常動物由来と血小板減少動物由来とで違いが無かったが、凝集に対するTPOの亢進作用が血小板減少動物由来の血小板では減弱していた。そこで、免疫沈降及びイムノブロッティングを用いて、TPOレセプターであるc-Mpl、及びその下流シグナルを担うJak2、Stat5蛋白質の量及びtyrosineリン酸化を血小板減少期のマウスと正常動物の血小板で比較した。その結果、c-Mpl及びJak2蛋白質量の減少が見出され、in vitroにおけるTPO刺激後のStat5のtyrosineリン酸化が消失していた。

このようなTPOシグナルの不応性がいかなる機構で起るかが次に検討された。すなわち、c-Mpl及びJak2蛋白質量減少と内因性のTPOレベル及びTPOに対する応答性の関連が追究された。内因性TPOの有効レベルを可溶型c-Mpl連続投与することによって低下させると、採取した血小板において、添加したTPOの凝集亢進作用の回復がin vitroにて認められた。以上の結果から、血小板減少状態においては、レベル上昇した内因性TPOに暴露された血小板のc-Mpl及びJak2蛋白質量が減少することにより、投与したTPOに対する血小板の応答性が減弱することが強く示唆された。

以上のように、新たに開発されたin vivoにおける血小板機能促進を測定するシステムを作製し、本研究において、TPOのin vivoにおける血栓形成亢進作用が初めて示された。また、放射線照射により惹起される血小板減少状態においては、前記の作用が減弱することが本研究において明らかとなった。

本研究の結果値TBIなどの骨髄抑制処置に伴う血小板減少状態におけるTPOの血栓形成亢進作用減弱に関し、以下の機序が考えられた。即ち、血小板は無核のために積極的な蛋白質合成が行われず、一方で骨髄抑制処置により内因性TPOレベルが上昇する結果、血小板のc-Mplに内因性TPOが結合し内在化した後、c-Mpl及びJak2蛋白質が分解され減少し値投与やin vitroにおける添加など、追加的に作用させたTPOに対する血小板の応答性が減弱することにより、TPOの血栓形成亢進作用が減弱しているものと考えられた。

本研究結果から学位申請者は、骨髄抑制により惹起される血小板減少症患者や、難治性血液疾患患者においては、内因性TPOレベルの上昇によって血小板の不応性が生じていると予想した。もしこの結論が一般化できれば、血小板減少症治療のために投与されたTPOの血栓形成亢進作用は減弱するものと考えられ、TPO投与による血栓症増悪の懸念は緩和される。

本研究成果により、個体レベル及び細胞レベルでフィードバックループを多重に有しているTPOの作用についてその一端が解明された。これらの結果は血小板減少症の治療法に関して重要な知見を提供するものと考えられ、本研究を行った西山宇一は博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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