学位論文要旨



No 217003
著者(漢字) 島村,誠
著者(英字)
著者(カナ) シマムラ,マコト
標題(和) 雨、風、地震に対する列車運転規制方法の改良
標題(洋)
報告番号 217003
報告番号 乙17003
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17003号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 内村,太郎
 東京大学 准教授 清水,哲夫
 東京大学 講師 知花,武佳
内容要旨 要旨を表示する

安全,安定な鉄道輸送を確保する上で,列車運行に危害を及ぼす恐れのある各種の自然外力に対する列車運行の制御,すなわち,運転中止,速度規制等の運転規制に対する適切な判断を行うことが不可欠である.これらは『災害時列車運転規制』と呼ばれ,その決定手続きは,近年における社会一般の安全に対する要求の高まりと自然災害に関連する観測技術,監視体制の進歩に呼応して,かつての担当者個人の主観的判断に頼る方法から計測データにもとづく客観的な『災害時列車運転規制基準』へと進化するとともに,運転取り扱い上きわめて厳正に遵守すべき規範とみなされるに至っている.

しかしながら,従来の災害時列車運転規制基準は,多くの場合,過去の事故,災害や実際の自然外力作用条件下での運転規制の運用実績等の経験の蓄積にもとづいて形成される,という暗黙の仮定がおかれていたため,基準をその適用環境の変化に適合させていく手続きに常に試行錯誤を伴い,多大な労力を要していた.また,これらの運転規制は,往々にして必要以上に大きな輸送障害を招く原因ともなっていた.

そこで本研究では,従来の災害時列車運転規制基準が個別的な経緯を経て変遷していく過程に現れる一般的傾向を明らかにした上で,それらの基準を安全水準と輸送阻害コストの均衡の観点から論理的,効率的に改良していくことが可能になるように,統計データにもとづく情報処理と意思決定の一般規則を再定義し,これらを敷衍して個々の運転規制基準を,試行錯誤によらず,演繹的に導出する方法を示した.また,列車運行に対する代表的な自然外力である風,雨および地震の各々について,従来と比較して災害発生の危険性をより的確に捕捉できる新しい外力の評価方法を開発し,これらを用いて各線区,区間に適用する運転規制の発令・解除基準を具体的に構築するとともに,利用可能な統計データにもとづいて費用対効果の観点からその有効性を検証した.

従来,災害時列車運転規制基準の更新は,多くの場合,輸送障害の増大の犠牲のもとに安全水準を引き上げるように決定関数を冗長化させるか,あるいは,安全水準を従前よりも低下させないよう何らかの付加的な対策を講じたうえで輸送障害を低減すべく決定関数の警報しきい値を緩和するか,のいずれかの方法によって行われてきた.これに対して本研究は,決定関数に用いられる危険指標そのものを改良することによって,安全水準を低下させることなく運転規制による輸送障害を低減することのできる方法の構築を目標とするものである.

従来の災害時列車運転規制基準は,多くの場合,過去の事故や災害の経験や類推にもとづいて形成される,という暗黙の仮定がおかれていたため,基準をその適用環境の変化に合わせて改良していく手続きに常に試行錯誤を伴い,多大な労力を要していた.一方,雨,風,地震による災害の予測に用いられる危険指標に関して数多くの研究があり,それらの研究において提案された新しい危険指標の多くは,かつては,測定および計算上の制約から,一般的方法論の提案にとどまっていたが,計測機器および情報処理技術の飛躍的な進歩により,近年においては,列車運転規制の実務に十分適用可能なものとなってきている.しかし,それらのうちどの指標が最適であるか,またその指標を用いた場合の警報しきい値の決定方法,さらにその警報しきい値を採用することによる安全性および輸送安定性の改善効果について,十分定量的かつ具体的に検討されているとは言い難い.

また,従来の研究の多くは,雨,風,地震のいずれかひとつの自然外力に着目したうえで,災害時運転規制をそれら個々の自然外力に関する防災上の課題の一側面として扱っているが,災害時運転規制そのものを一般論として俯瞰する視点を提供していない.そのため,危険指標の選択および警報しきい値決定のよさを比較する規準の内容および記述方法に統一を欠いていた.

本研究では,個々の自然外力固有の問題を扱う前にまず災害時運転規制に関わる問題の一般的側面について考察し,従来の災害時列車運転規制基準が個別的な経緯を経て変遷していく過程に現れる一般的傾向を明らかにした上で,個々の運転規制基準を改良するための規範および手続きを統一的な概念および用語の下に定式化することにより,従来の研究ではしばしば不明確であり実務的にも混乱を生じていた新しい危険指標の導入効果の判定や具体的な運転規制基準の決定方法に一元的かつ明確なガイドラインを与えた.また本研究では,新しい技術的方法の構築に当たって,単に方法論の提案や少数事例での例証にとどまらず,実用化のための根拠たるに耐えるだけの質,量を備えたデータと統計的推論にもとづいて妥当性ならびに有効性の検証を行った.

本論文は,以下の7章から構成されている.第1章『序論』では,本研究の背景をなす,鉄道自然災害の現況と災害時運転規制の課題について述べるとともに,関連する既往の研究開発事例について概観し,本研究の位置付けを明らかにした.また,本論文の全体構成を簡単にまとめた.

第2章『災害時列車運転規制基準の成立経緯』では,国鉄およびJR東日本における現行の風,雨および地震に対する運転規制基準の成立経緯について要約するとともに,それらの変遷過程に見られる一般的傾向について考察した.

第3章『災害時列車運転規制基準設計の定式化』では,第4章以降の各章において扱うそれぞれの自然外力に対する運転規制基準の分析と設計に際して必要となる数理的な基礎概念を要約し,これまでの歴史的な紆余曲折を経て一般に受け入れられるに至った最適な運転規制方法を選択するための方法論を,情報処理と決定規則の公理系として再定義し,これにもとづいて演繹的に敷衍できるように論理的に記述した.

第4章から第6章までの3章は,それぞれ,風,雨,地震に対する運転規制の改善方法について論じた.まず第4章『実効雨量による雨に対する運転規制方法の改良』では,従来の雨に対する運転規制基準で用いられている時雨量,連続雨量および日雨量に比べて災害発生の危険度をより的確に表現できると期待される実効雨量を危険指標とし,さらに,評価すべき災害属性の不確実性および並存性を表現するため,複数の半減期を組み合わせて用いる代替案を提案し,その効果をJR東日本エリアにおける過去約25年間の降雨災害発生ならびに降雨履歴データを用いて検証した.

第5章『風速の時系列解析による風に対する運転規制方法の改良』では,観測風速が規制風速を超過した場合,その後の風速変動の推移と無関係に一定時間の運転規制を行うことを定めた従来の風に対する運転規制基準の問題点を解決するため,過去の観測風速時系列から将来風速を予測し,この予測風速が運転規制発令基準風速を超過する確率にもとづいて運転規制の発令,解除を判断する,より柔軟かつ合理的な風に対する運転規制基準を提案し,その効果を線路沿線での観測ならびに気象官署の強風データを用いて検証した.

第6章『早期地震検知システムの警報性能評価』では,新幹線において世界に先駆けて導入され,在来線や一部の私鉄線についても気象庁の緊急地震速報を利用する形で現在導入が進められている『早期地震検知システム』の走行列車に対する地震時の危害低減効果について,早期地震検知システム自身の観測仕様に加え,線路沿線の地震活動度や車両の地震時走行安定性,高架橋の耐震性能等のパラメータを組み込んだ評価方法を構築し,関連する既往研究により得られた知見を用いていくつかのタイプの早期地震検知システムの警報性能の比較を行った.

第7章『結論および展望』では,本研究で得られた結果について考察し,将来の研究に向けた推奨事項について述べた.

以上をまとめると,本研究は,災害時列車運転規制基準における技術的課題を考える上での一般的方法論を定式化するとともに,現行基準成立の歴史的経緯と自然災害に関する研究分野において行われた危険指標に関する基礎研究を踏まえながら,それらの成果を応用して合理的かつ実用的な災害時列車運転規制基準の改良方法を示したものである,と位置付けることができる.

本研究が提示する災害時列車運転規制方法は,すでにJR東日本の鉄道業務において,実用に耐えうる有効性および簡便性を備えたものであることが確認されており,自然災害に対する列車運行の安全性を維持,向上させるのみならず,不必要な運転規制の発令頻度および時間を減じる効果において輸送の安定性向上に大きく貢献している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、列車運行に危害を及ぼす恐れのある各種の自然外力に対する列車運行の抑止や速度規制あるいはその解除といった運転規制のルールを、自然現象の定常的観測と信頼性理論に基づく、科学的な手続きによって合理的に設計する手法を開発し、それを実地の鉄道防災業務に適用した研究である。

従来の災害時列車運転規制基準は、多くの場合、過去の事故、災害や実際の自然外力作用条件下での運転規制の運用実績等の経験の蓄積にもとづいて形成される、という暗黙の仮定がおかれていたため、基準をその適用環境の変化に適合させていく手続きに常に試行錯誤を伴い、多大な労力を要していた。また、これらの運転規制は、往々にして必要以上に大きな輸送障害を招く原因ともなっていた。

そこで本研究では、従来の災害時列車運転規制基準が個別的な経緯を経て変遷していく過程に現れる一般的傾向を明らかにした上で、それらの基準を安全水準と輸送阻害コストの均衡の観点から論理的、効率的に改良していくことが可能になるように、統計データにもとづく情報処理と意思決定の一般規則を再定義し、これらを敷衍して個々の運転規制基準を、試行錯誤によらず、演繹的に導出する方法を示している。また、列車運行に対する代表的な自然外力である風、雨および地震の各々について、従来と比較して災害発生の危険性をより的確に捕捉できる新しい外力の評価方法を開発し、これらを用いて各線区、区間に適用する運転規制の発令・解除基準を具体的に構築するとともに、利用可能な統計データにもとづいて費用対効果の観点からその有効性を検証している。本研究では、個々の自然外力固有の問題を扱う前にまず災害時運転規制に関わる問題の一般的側面について考察し、従来の災害時列車運転規制基準が個別的な経緯を経て変遷していく過程に現れる一般的傾向を明らかにした上で、個々の運転規制基準を改良するための規範および手続きを統一的な概念および用語の下に定式化することにより、従来の研究ではしばしば不明確であり実務的にも混乱を生じていた新しい危険指標の導入効果の判定や具体的な運転規制基準の決定方法に一元的かつ明確なガイドラインを与え、JR東日本における鉄道防災の実地に適用している。また本研究では、新しい技術的方法の構築に当たって、単に方法論の提案や少数事例での例証にとどまらず、実用化のための根拠たるに耐えるだけの質、量を備えたデータと統計的推論にもとづいて妥当性ならびに有効性の検証を行っている。

本論文は、以下の7章から構成され、第1章『序論』、第2章『災害時列車運転規制基準の成立経緯』、第3章『災害時列車運転規制基準設計の定式化』、第4章『実効雨量による雨に対する運転規制方法の改良』、第5章『風速の時系列解析による風に対する運転規制方法の改良』、第6章『早期地震検知システムの警報性能評価』と順を追い、降雨、強風、地震を対象にして論を展開した後、第7章『結論および展望』をまとめている。

以上をまとめると、本研究は、災害時列車運転規制基準における技術的課題を考える上での一般的方法論を定式化するとともに、現行基準成立の歴史的経緯と自然災害に関する研究分野において行われた危険指標に関する基礎研究を踏まえながら、それらの成果を応用して合理的かつ実用的な災害時列車運転規制基準の改良方法を示したものである、と位置付けることができる。本研究が提示する災害時列車運転規制方法は、すでにJR東日本の鉄道業務において、実用に耐えうる有効性および簡便性を備えたものであることが確認されており、自然災害に対する列車運行の安全性を維持、向上させるのみならず、不必要な運転規制の発令頻度および時間を減じる効果において輸送の安定性向上に大きく貢献している。

これより、本研究の内容と成果はその新規性と有用性において、博士論文として十分な水準に達しているものと判断する。また、論文提出者は、社会基盤学に関する専門学術及び外国語についても十分な学力を有していることが確認された。

以上より、審査委員は一致して、論文提出者が博士(工学)の学位論文審査に優秀な成績で合格したものと判断した。

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