学位論文要旨



No 217004
著者(漢字) 山崎,清
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,キヨシ
標題(和) 応用都市経済モデルによる大都市圏政策の評価 : 横断的・統一的評価
標題(洋)
報告番号 217004
報告番号 乙17004
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17004号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,孝行
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
 東京大学 准教授 小国,健二
 筑波大学 准教授 堤,盛人
内容要旨 要旨を表示する

戦後の我が国の経済・社会は産業革命以来の規格大量生産型の産業構造を基本として、欧米へのキャッチアップという明確な目標を共有し、社会全体が経済成長へ向かっていった。その中で東京圏は都心部を中心に業務機能、湾岸部に大規模工場が高集積し、経済発展の原動力となったが、同時に労働力として人口が大量に流入し、高密度な大都市圏を形成してきた。一方、少子高齢化、産業構造の変化により社会・経済情勢にも変化が生じてきている。そして、今後も道路整備、鉄道整備、都市整備等の多くの社会基盤整備が計画されているが、財政制約の下で、大都市圏政策も従来の自然発生的に無尽蔵に増加すると仮定していた需要に対して後追い的に整備をするのではなく、供給(基盤整備等)による住民行動や大都市圏構造の変動を十分に考慮(もしくは予測)して分野横断的・統合的に計画を行う必要があると考えられる。

これらの背景を踏まえ、本研究では道路整備計画、鉄道整備計画、土地利用計画等に関して横断的・統一的な予測及び評価を行うための大規模な数値モデルを構築し、大都市圏(東京圏)において現在、計画・想定されている実際の政策を評価することを目的としている。モデルは実用的な土地利用・交通モデルにミクロ経済学的基礎を導入し、計算可能にした応用都市経済モデルであり、行動論的な基礎を重視する一方で、現実の統計・データの制約、既存手法の移転等も考慮した実用的な大規模数値モデルである。そして、政策効果発現のメカニズムが不明確であるという大規模でかつ複雑なモデルの欠点に対し、理論モデルを構築し、政策効果の一般性について検証している。この理論モデルによる検証は応用都市経済モデルが有する理論的な一貫性によって可能となっている。

本研究で用いる応用都市経済モデルは既存の土地利用・交通モデルに比べ、以下の点が長所である。長所の1つ目として、立地、交通等の行動に関して理論的にも十分精緻な数値モデルとしている点である。構築モデルはミクロ経済学的な基礎に基づき、家計(世帯)、企業の最適化行動に基づいて導出しており、単なるデータ上の経験則を模しているものではない。2つ目として、従来の土地利用モデルに焦点を当てた既存の応用都市経済モデルに加え、近年、大規模計算が可能となりつつある交通ネットワーク均衡を導入し、交通市場及び土地市場の両面の均衡モデルとして現在、計画されている大都市圏政策の評価を直接的に行えることである。

以下、本論文を構成する各章について内容を要約する。

本研究は第1章が序論、次章以降が本論、第7章が全体の結論となっている。第1章では研究の背景、目的等を述べており、この中では大都市圏政策や評価の考え方、大規模モデルへの懐疑、既存評価手法の課題、そして、大都市圏政策評価モデルの要件について詳述している。

第2章では既存研究について整理し、本研究で用いる応用都市経済モデルに位置づけを明確にする。まず、応用都市経済モデルは土地市場と交通市場の部分均衡モデルであり、土地市場の均衡は都市経済学において、交通市場均衡は土木計画で発展してきているが、これらの均衡は一般的な経済均衡モデルにおける完全競争均衡とは異なることを整理している。次に、既存の土地利用・交通モデルについて整理しており、ここでは都市政策実務では予測と評価の両面が重要であり、評価を行う場合にはミクロ経済学的な基礎を持つことが必要であり、世界各地で適用されている実用的な土地利用・交通モデルには課題があることを示している。また、近年、適用されているマイクロシミュレーションモデルは現在、政策実務で行われている交通需要予測及び費用便益と整合的ななく、都市政策全般を立案するためには課題があることを示している。そして、既存の土地利用・交通モデルにうち、経済学的な基礎は反映させていると言われている実用都市モデルであるMEPLAN等についてレビューしている。最後に、都市群モデル(A System of Cites)、空間的応用一般均衡モデル等の他経済均衡モデルとの違いについて述べる。

第3章では東京都市圏において応用都市経済モデルを構築し、実務への適用方法について記述している。モデル構築はモデルの汎用性も考慮し、可能な限り統計データから構築されている。応用都市経済モデルは道路交通計画、鉄道計画、都市整備、国土計画等の幅広い施策分野で適用可能であるとともに、個別施策評価、政策評価、そしてビジョン及びマスタープラン等の政策立案の各過程において適用可能であり、その適用方法について詳述している。

第4章では、道路交通計画における開発・誘発交通を考慮した場合の効果に関する比較分析を行っている。応用都市経済モデルの大きな特徴は道路交通計画において誘発・開発交通を考慮している点であり、実務で普及している自動車OD固定型の需要予測・評価手法とは異なる結果が出力される。ここでは従来型モデルと実証及び理論の両面において比較分析を行い、違いを明らかにしている。実証面では3章で構築した応用都市経済モデルを基礎としてモデルの仮定(誘発・開発交通の有無)を変えて実行し、CO2排出量、便益、そして土地利用、交通の各指標について比較する。理論面では簡単な2地域をベースとして一般形モデルを用いてCO2排出量、便益について便益帰着構成表を作成して分析していく。ただし、既存の便益帰着構成表では多数の変数が変化する線積分による分析であり、交通容量の拡大が明示的に扱われていなかったため、誘発・開発交通を明示的に扱うことが困難であったが、本研究では交通容量の変化を明示的に扱って分析し、交通容量の変化と便益項目の関係を明らかにしている。

第5章から第7章が実際の実務での適用事例である。第5章は個別の施策の評価への適用事例であり、東京湾アクアラインの料金値下げの影響・効果を計測している。東京湾アクアラインは開業後、利用交通量が低迷し、期待された効果が発揮されていない状況であり、これらの課題に対応するため、料金値下げのニーズが高い。ここでは料金値下げによる土地利用、交通、環境、経済への影響・効果について計測しており、結果として料金減収額を上回る便益が計測され、アクアラインと湾岸道路との分担も適正化され、環境にも良い効果が得られている。また、アクアラインへの交通量の転換によってアクアラインの近傍の混雑が上昇し、その混雑の影響は千葉県サイドより神奈川県サイドに発現する。その結果として、帰着便益は主に千葉県サイドに帰着し、人口、従業者は千葉県サイドに移動するという結果である。

6章では政策立案におけるモデル適用事例であり、ここでは経済成長と交通環境負荷のデカップリング政策立案のための事例である。政策とはある目標を達成するためにそれに寄与する施策を束ねたものであり、複合的な施策群もしくはパッケージ施策を意味する。ここでは応用都市経済モデルを用いてデカップリング政策の予測・評価を行っている。具体的には東京都心部の容積緩和、道路整備、ロードプライシング、鉄道整備、鉄道運賃変更等の施策群の評価を行い、便益帰着構成表を作成している。その結果、道路整備は最も大きな便益を産み出すものの、CO2排出量を増加させるため、CO2排出量を削減させる鉄道整備、鉄道運賃の低減、ロードプライシング等の施策群とのパッケージ政策が有効であることを示している。

7章では大都市圏におけるビジョンまたはマスタープラン策定の際の適用事例である。ここでのビジョンとは首都圏整備計画等であり、道路整備等の個別事業を大都市圏政策全体の中で位置づけ、事業を促進させるために大都市圏の将来の姿を描くものである。ビジョンでは住民の生活、就業等の様々な場面での姿を描くため、その全てに数値シミュレーションモデルが対応することは不可能であるが、大都市圏構造等の大都市圏の骨格の変化等は把握可能であるため、骨格としては矛盾の無いビジョンを策定するために有意義である。ここではビジョン策定の際のモデル実行ケースの策定やモデル実行結果から読みとる事象等について述べる。勿論、応用都市経済モデルの特徴の一つである分野横断的な分析結果についても示している。具体的には東京都市圏へのコンパクト化政策を評価していくが、コンパクトシティはそれ自体が目的では無く、持続可能な都市へ再構築するための都市政策の方向性であるため、本研究ではコンパクト化と持続可能性の両面について評価している。評価手順としては総人口等の社会経済トレンド、現在、計画されている道路整備(3環状9放射等)及び鉄道整備(運政審18号答申)を所与として将来の姿をBAUとして計測する。その後、政策目標を定め、実施可能な施策群を検討し、それらの施策について評価する。評価はBAUと比較して行う。本研究ではコンパクト化施策としては都心部の容積緩和、業務核都市育成、業務核都市の都市整備等を考慮していた。その結果、既存の業務核都市の育成は東京都市圏においてコンパクト性、便益、環境等において悪い結果が得られている。業務核都市は東京都心の混雑に起因する外部不経済の緩和のために掲げられた政策であるが、強制的な業務核都市の育成は当然のことながら負の便益となる。

最後に、第8章では本研究で得られた知見、成果についてとりまとめるとともに、今後の大都市圏政策の評価のあり方を提示することにより、本研究の全体の結論とする。

審査要旨 要旨を表示する

我が国の大都市圏は戦後の経済発展の原動力となったが,同時に労働力としての人口が大量に流入し,高密度な空間となった.バブル崩壊後に人口は一時,転出超過となったが近年,再び転入超過となっている.大都市圏は新たな段階に入ってきており,それに応じて大都市圏政策もこれまでの需要追随型の整備ではなく,供給主導型に転換していく必要がある.つまり,従来の自然発生的に無尽蔵に増加すると仮定していた需要に対して後追い的に整備をするのではなく,供給(基盤整備等)による経済主体の行動や都市構造の変動を十分に考慮して分野横断的に計画を行う必要があると考えられる.

これらの背景のもとに,本論文は道路整備計画,鉄道整備計画,土地利用計画等に関して横断的・統一的な予測・評価を行うための大規模な数値モデルを構築し,大都市圏(東京圏)において現在,計画・想定されている実際の政策を評価することを目的としている.実用的な土地利用・交通モデルにミクロ経済学的基礎を導入して計算可能にした応用都市経済モデルを手法として活用している.基本的なモデルを大都市圏政策の分析に対応して発展させており,行動論的な基礎を重視する一方で,現実の統計・データの制約,既存手法の移転等も踏まえた実用的な大規模数値モデルを開発している.そして,今後の実務へ広く適用していくため,モデルの挙動(政策による影響・効果)についても理論及び実証の両面で検証している.本論文で用いているモデルの長所は以下の2点に要約される.(1)立地,交通等の行動に関して理論的にも十分精緻な数値モデルとしている点.構築モデルは基本的にはミクロ経済学的な基礎に基づき,家計(世帯),企業の最適化行動に基づいて導出している.(2)従来のモデルに比べて大規模計算が可能となりつつある交通ネットワーク均衡を導入し,交通市場及び土地市場の両面の均衡モデルとして構成されている点.

本論文は7章で構成されており,各章は以下の通りである.

第1章では研究の背景,目的等を述べており,この中では大都市圏政策や評価の考え方,大規模モデルへの懐疑,既存評価手法の課題,そして,大都市圏政策評価モデルの要件を述べている.

第2章では既存研究について整理し,本研究で用いる応用都市経済モデルに位置づけを明確にする.まず,応用都市経済モデルは土地市場と交通市場の多市場同時均衡モデルであり,土地市場の均衡は都市経済学において,交通市場均衡は交通計画学で発展してきているが,これらの均衡の特徴を整理している.次に,本論文で用いる応用都市経済モデルは実用的な土地利用・交通モデルにミクロ経済学的な基礎を導入したモデルであることから,既存の土地利用・交通モデルについて整理する.そして,既存の土地利用・交通モデルにうち,経済学的な基礎は反映させていると言われている実用都市モデルであるMEPLAN等についてレビューしている.最後に,都市群モデル(A System of Cites)等の他経済均衡モデルとの違いについて述べている.

第3章では東京都市圏において応用都市経済モデルを構築し,実務への適用方法について記述している.モデル構築はモデルの汎用性も考慮し,可能な限り統計データを利用することを意図して構築されている.モデルの特徴とその適用方法について詳述している.

第4章では道路交通計画における開発・誘発交通を考慮した場合の効果に関する比較分析を行っている.応用都市経済モデルの大きな特徴は道路交通計画において誘発・開発交通を考慮している点であり,実務で普及している自動車OD固定型の需要予測・評価手法とは異なる結果が出力される.ここでは実証及び理論の両面において従来型モデルとの比較分析を行い,本論文のモデルとの相違を明らかにしている.実証面では3章で構築した応用都市経済モデルを基礎としてモデルの仮定(誘発・開発交通の有無)を変えて実行し,CO2排出量,便益,そして土地利用,交通の各指標について比較している.理論面では簡単な2地域をベースとして一般形モデルを用いてCO2排出量,便益について便益帰着構成表を作成して分析して実証結果の考察に対する基礎としている.

第5章は個別の施策の評価への適用事例であり,東京湾アクアラインの料金値下げの影響・効果を計測している.東京湾アクアラインは開業後,利用交通量が低迷し,期待された効果が発揮されていない状況であり,これらの課題に対応するため,料金値下げのニーズが高い.ここでは料金値下げによる土地利用,交通,環境,経済への影響・効果について計測しており,結果として料金減収額を上回る便益が計測され,アクアラインと湾岸道路との分担も適正化され,環境にも良い効果が得られている.

6章では政策立案におけるモデル適用事例であり,ここでは経済成長と交通環境負荷のデカップリングに関する複合的な施策群もしくはパッケージ施策をも含む多様な政策の立案を例としている.ここでは応用都市経済モデルを用いてデカップリング政策の予測・評価を行っている.具体的には東京都心部の容積緩和,道路整備,ロードプライシング,鉄道整備,鉄道運賃変更等の施策群の評価を行い,便益帰着構成表を作成している.その結果,道路整備は最も大きな便益を産み出すものの,CO2排出量を増加させるため,CO2排出量を削減させる鉄道整備等の施策群とのパッケージ政策が有効であることを示している.

7章では大都市圏におけるビジョンまたはマスタープラン策定の際の適用事例である.ここでのビジョンとは首都圏整備計画等であり,道路整備等の個別事業を大都市圏政策全体の中で位置づけて大都市圏の将来の姿を描くものである.具体的には東京都市圏へのコンパクト化政策を評価していくが,コンパクトシティはそれ自体が目的では無く,持続可能な都市へ再構築するための都市政策の方向性であるため,本論文ではコンパクト化と持続可能性の両面について評価している.コンパクト化施策としては都心部の容積緩和,業務核都市育成,業務核都市の都市整備等を検討し,それらの政策の便益の推定手法とその有効性を示している.

最後に,第8章では本研究で得られた知見,成果についてとりまとめるとともに,今後の大都市圏政策の評価のあり方を提示することにより,本論文の全体の結論としている.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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